怖い……怖い……

誰か……誰か、助けて…!!

お母さん……お兄ちゃん…!!




キツネ狩り―11―




「……うっ……お母さん……」

どうして、どうして私がこんな目に合うのよ
子供の頃から、そうだった
いつも、いつも、お父さんの暴力に怯えて
お父さんがヤクザに殺された時は正直言ってホッとした

榊祐子(女子9番)は幼い頃の父のドメスティックバイオレンスがトラウマとなり、人一倍暴力に対し恐怖心を抱いていた。




その彼女から、ほんの100メートルほど離れた場所、畑の隅に立てられた粗末な納屋の中に男子生徒がいた。
ウェーブのかかった髪、ワイルドセブンこと七原秋也だ。
支給武器の軍用ナイフを片手に真剣に地図を見ていた。
美恵 さん……慶時……」
七原は、すでに自分が取るべき行動を決めていた。


まず仲間を集める。最初に探すべき人物は二人の人間だ。
その二人とは好きな女の子と、一緒に育った親友。
まずC地区を通り国信慶時(男子7番)を見つけ、次にE地区で天瀬美恵と合流する。
もちろん、その間にクラスメイトたちと1人でも多く出会うことができれば、言う事は無い。
だが、いくら楽観的な性格の七原といえども、そう上手くいくだろうか?という想いは拭いきれなかった。

もしも、移動中、転校生に見つかったら勝てるだろうか?

武器といえばナイフ一本だけだ。どう考えても強力な武器とはいえない。
それよりも、美恵や国信のことが気になった。
自分が見つけるまでに、生きていてくれるだろうか――と。




「和くん……助けて、和くん……」
小川さくら(女子4番)銃を両手で握り締めながら、まるでカタツムリのように、ゆっくりと林を進んでいた。
C地区へ向かっていた。そこには恋人の山本和彦がいたからだ。
もっとも貴子や光子あたりに言わせれば温厚で優しいだけが取り得の山本など頼りに出来ないだろう。
だが、少なくても、さくらにとっては『白馬の王子様』だった。














「う……うぅ……」

祐子はまだ泣いていた。とにかく隠れていることにした。
外に出て仲間を探すなんてとんでもないことだった。
今いる場所はA地区の集落(E地区ほどではないが家が多数ある)の一つ。
なるべく目立たない家を選んだつもりだ。
幸運にも玄関に鍵がかかってなかった、この家に飛び込むと、祐子はすぐに内側から鍵をかけた。
もちろん家中の窓やドアも同様だ。
そして、カーテンをかけ、ドアには内側から椅子や机で即席バリケードをあつらえた。
ここには数十件の家があるのだ。自分の隠れ家がピンポイントで見つかるわけがない。
しかし……ガタガタッと不気味な音がした。

「……ひっ!」

クラスメイトだろうか?違う、きっとあいつ等だ!!

祐子は包丁を握りしめた(支給された警棒だけでは心細く、この家のキッチンで手に入れた)
玄関のドアの方からした物音がやんだ。
この場所から離れたのかと思い、祐子はそっとソファの影から身を乗り出した。
その時、ガシャン!と嫌な音がした。
同時に大きな物体が祐子が潜んでいたリビングルームに飛び込んできた。


「キャー!!」


我を忘れて声をあげる祐子。止まらない恐怖に叫び声は加速した。
飛び込んできたものは、この家の庭にあった割と大きめな盆栽だった。
そう、ただの盆栽だが、恐怖に我を忘れた祐子には、それすらも認知できなかった。
なぜなら、恐怖を決定的とする者があらわれたからだ。
粉々にガラスを粉砕され、人一人ゆうに通れるくらいの穴が空いた。
そこからサッシから侵入した男を見て祐子の心臓は凍りついた。


「ひいっ!!」


菊地直人だ。この集落は先ほど彼がいた家から近い場所にあったのだ。
その家の中から、菊地は一見してこの家が怪しいと思った。

その根拠はこうだ。
プログラムを実行するにあたって住民には前もって連絡などない。
ある日突然、兵士たちが来て、有無を言わさず退去命令を出される。
よって、住民たちは身の回りのものを鞄につめる余裕すら、ほとんどない。
それこそ、着の身着のまま家を後にしている。
この島の住民たちも、一昨日、財布と着替えを少しだけ持って我が家を後にした。
時間は午後3時。中には戸締りすらしてない家も多い。
つまり日常そのまま状態で置かれたにもかかわらず、家中カーテンで覆われていたのは、この家だけだった。
しかも玄関には鍵、そしてバリケード。もはや決定的だった。
まず物を投げ入れ相手が飛び道具を持っていないことを確認し(所持していれば大抵撃ってくるだろうからな)侵入。
そして、相手を確認したというわけだ。
祐子が敵から身を隠そうと思わずしてしまった防衛策が逆効果になってしまったのだ。


「いやぁー!!」


走り出す祐子、玄関に回ったがバリケードが邪魔をしている。
皮肉にもそれは祐子が我が身を守る為に築いたもの。
菊地は慌てることもなく、ゆっくりと近付いてくる。
祐子はキッチンに回った。裏口から逃げるつもりだ。
つまずき半ば四つんばいになりながらも必死に走る祐子。


「………?」


だが、そこで祐子の動きが止まった。
自分を追ってくる菊地を確認するため、うしろを振り返った。
しかし、その肝心の菊地がいなかった。影も形も無い。


(どこ?まさか、逃げたとは思えない)


しかし、足音はおろか、物音一つ、気配すら感じない。
祐子は立ち上がった。
なぜかはわからないけど菊地は立ち去ったのだ。それ以外考えられない。




「……助かった……でも、なんで逃げたんだろう?……銃でも持ってると思ったのかな?」


とくかく助かった……助かったのだ。

「……よかった……よか…!!」

突然声が出なくなった。

「!!」

口を押さえられていた。
そして、左胸――心臓だ――深々とナイフが突き刺さっている。

「………?!!」


……どう…し…て……?


口を押さえられたまま、ゆっくりと首だけ後方に回した。
菊地の冷たい瞳が視界に入った。


……そんな、だって……だって……。
……全然、気配を感じなかったの……よ。


菊地はすでに祐子の口を塞いでいた手を離していた
だが、祐子は声を出すことは出来なかった。
さらに菊地がナイフを抜くと同時に、その場に倒れこんだ。
血が流れキッチンの床を染め上げている。

祐子は――すでに思考すら出来なかった。

菊地は壁にかけてあったタオルで、ナイフに着いた血を拭き取った。
チラッと祐子に目をやったが、先ほどの赤松同様、特に何も感じなかった。
唯一感じたことといえば、赤松や祐子が見せた死の恐怖に直面した者の狼狽ぶりを醜悪で見苦しいと思った。

――ただ、それだけだった。




「だから温室育ちは嫌いなんだ」


菊地は吐き捨てるようにいった。

――どいつもこいつも死に直面した奴ほど、醜い者はいない。
――だが、仕方ないか……。


「オレたちのように最初から地獄にいる奴は狂うことすらできないからな」














「……和くん……和くん……」

早く、早くC地区に行かないと!!

さくらは走っていた。周囲に気を配ることなど出来なかった。
幼い頃、目の前で父親を殺されて以来、政府に対して抱いていた感情それは恐怖のみ。
怒りなど無かった。あるのは恐怖だけ。それほど、彼女は強さとは無縁の人間なのだ。
とにかく、山本とあいたい。今はそれしか考えられ無い。
この島から脱出するとか、まして敵と戦うなど、完全に思考の範疇外。
「早く、早く行かないと」
握り締めていたのは銃。支給武器としては大当たりだ。
林の中を走った。

(この林を抜けて、それから………)


「キャー!!」
もの静かなことで定評のあるさくらが絶叫していた。
その大音響は辺り一面にこだました。
「……あ、あ、……」
顔面を貫かれた死体。
この世のものとは思えないほど残虐な殺され方だた。

「……赤松くん……」

貴子や光子くらい強い精神力を持った女なら、恐怖を押し殺し戦闘態勢をとるだろう。
だが、もちろん、さくらは強い女などではない。
その場に座り込んだまま動けなくなった。
まるで北極圏に置き去りにされたかのように、ガクガク震え顔色は完全に蒼白。
まるで人形だ。それもガチガチに固い。










その叫び声は二人の人間の耳に届いた。

「……さくらさん?」

納屋の中、ディパッグを肩にかけ立ち上がろうとしていた七原。




そして、もう一人は最悪の人物だった。
そう、恐怖の転校生・菊地直人だ。

「林の中か。あの臆病豚の死体を見つけたらしいな」


菊地は祐子のデイパッグを一通り確認すると、林に向かって走り出した。




【B組:残り36人】
【敵:残り5人】




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