最初の出会いは最悪、すぐに殺してやろうと思った――。
『会いたかったよ天瀬
さん』
二度目の出会いも最悪、少なくても彼女にとっては。
哀れみも同情も何も無かった、利用してから殺してやろうと思った――。
『君を助けてやってもいいんだよ』
必要だったから、そう言ったまでだ。桐山和雄を殺すために。
後は生まれて初めて自分に逆らった女に対する興味と征服欲。
そして鳴海雅信に対する復讐心。
――それだけだった。
キツネ狩り―101―
「『あなたを愛してる、私は本気よ。
あなたが私を受け入れてくれるのなら、私は他には何もいらないわ。
名門軍閥の令嬢としての地位も権力も。
あなたしかいらない、お願いだから私の気持ちにこたえて。
あなたの為なら全てを捨ててもいい。
薫ともすぐに別れるわ』……か」
立花は、その情熱的な文面を読み上げると懐からライターを出した。
ライターが点火、そして佐伯に届くことのなかったラブレターが黒く変色していった。
「残念だな沙織。君は僕の取巻きの中でも最も資産的魅力があったのに。
君さえ殊勝な心を忘れずにいてくれたら大事にしてあげるつもりだったんだよ?
でも、こうなったら仕方ないな、寛大な僕にも忍耐の限度というものがある。
心配しなくても僕のほうから別れてあげるよ。
でもね……君が愛した男は、永遠に手に入らないんだ。永遠に……」
立花が、どうしてその手紙を入手したのかはわからない。
余談だが、相手の女は自動車事故で入院。
今も意識が戻らず植物人間状態だということだ。
「……ふざけるな雅信」
佐伯は唇を噛み締めながら立ち上がった。
チラッと美恵
の顔を見た。
ほんの一瞬、刹那的に優しい目になった。
それは佐伯本人にも鳴海も気付かない程の、ほんの一瞬だった。
「……いいか、よく聞け」
佐伯は鳴海の襟を掴み上げた。
「この女は……」
息が苦しい。
言葉を口にするだけで身体中が悲鳴を上げそうなくらいに痛む。
「この女は……おまえのものでも、桐山のものでもない!。
彼女は約束したんだ。オレの女になると。
……おまえには他にいくらでも抱きたいときに抱ける女がいるだろう……っ。
この女に……この女だけには手を出すなッ……!!」
「美恵 から手を引け!!」
「ヒッ!……か、勘弁してください周藤さん!!」
木の幹に縋りつくような体勢で怯える新井田。
その新井田の胸倉を掴むや否や、周藤は再び新井田の顔面を殴った。
「この役立たずの豚!」
「こ、殺さないで……殺さないで下さいぃー!!
い、嫌だぁ!死にたくない、死にたくないぃ!!」
「だったら今すぐに戻れ。そうすれば、あの時約束したことは守ってやる」
「……ひっ…」
新井田は思い出した。あの時のことを――。
「問題だ。この銃は、おまえの頭を狙っている。
当然、オレは外さない。そして、おまえには有効な武器はない。
もちろん100%逃げられない」
新井田は、これ以上ないくらい目を見開いた。
夢だ、これは悪い夢だ。
早く、早く覚めてくれ!
「さあ、どうする?」
ググッと周藤が引き金に力を入れるのが目に入った。
「……い、嫌だー!死にたくない、助けてくれー!!」
勿論、そんな言葉は通用しないだろう。
それでも自分の命が消えるなんて想像したくもない。
が、意志とは反して死ぬことへの恐怖は加速していた。
「助けてやってもいいぞ」
今何て言った?
新井田は恐る恐る顔をあげた。
今しがた自分を狙っていた銃口は下がっている。
「聞こえなかったのか?助けてやってもいいと言ったんだ?」
助ける?この冷酷非情な男が?
藤吉の死に様をみた新井田には信じられない言葉であった。
「信じてないようだな。オレにとって大切なのは優勝することで、殺す事じゃないってことだ」
周藤はさらに続けた。
「オレたち5人は仲間じゃない。むしろ、この点取りゲームの対戦相手つまり敵だ。
強い生徒を血祭りに上げれば、それだけ高得点獲得する。
そうだな、このクラスで言えば、桐山、川田、三村……その辺りだ。
さっき片付けた女を数十人殺すより、ずっと点が高いんだよ。
だが奴等もバカじゃない。その内クラス中で集まって徒党を組んでくるだろうな」
周藤は今だ半信半疑で呆然としている新井田に恐ろしい取引を持ちかけた。
「おまえがクラスメイトをオレに売ることが出来るなら助けてやる。
おまえ一人を殺すより、はるかにオレにとっては利益があるからな」
「……売る?…売るって、どうやって?」
疑問符をつけながらも新井田は話を続けた。
もう、おわかりだろう?
新井田は半信半疑であるにもかかわらず、すでに周藤の取引に応じる構えを見せたのだ。
まだ取引の内容すら聞いていないというのに。
しかし、新井田にはそんな事どうでもよかった。
重要な事は『自分は助かる』という、その一点なのだから。
勿論、クラスメイトは殺される。 でも、それは仕方ないだろう。
自分が取引に応じようが、応じまいが、どのみち殺されることに変わりはない。
そう、自分の決断一つで運命が変わるのではない。
こんな状況だ。誰もが自分の命を守る為に必死になっているだろう。
だから自分も自分の身を守る為に最善を尽くして何が悪い?
「簡単だ」
周藤は携帯を取り出すと新井田にほかりつけた。
「おまえはクラスメイトと合流しろ。そうだな、なるべく強い奴がいい。
奴等が徒党を組み、どこでどう動くか逐一オレに連絡するんだ。簡単だろ?」
つまり、スパイ……新井田はゴクッと唾を飲み込んだ。
確かに難しいことじゃない。隙を見て連絡さえすればいい。
それで自分の命はつながる。
しかし……本当に信用できるのだろうか?
新井田はそれだけが心配だった。
クラスメイトの死に全く心が痛まないことはない。
二人の女の顔が浮んだ。天瀬美恵と千草貴子だ。
しかし、それは気になる女の子を売る罪悪感ではなく、『勿体無いな』程度の遺憾でしかない。
「……こんなことなら力づくでモノにしておくんだったなぁ」
思わず、そんな本音が口から漏れた。
「おい、おまえ」
「あ、いえ何でもないです!ほら、うちのクラス結構いい女がいるじゃないですか。
だ、だから……殺すのは勿体無いなァ…って。
あ、勿論、非難しているわけじゃないです。しょうがないことですから」
新井田の言葉使いはすでに敬語になっていた。
「天瀬美恵のことか?」
「え?」
どうやら図星のようだ。
周藤は適当に美恵 の名前を口にしただけだが大正解だ。
もっとも、純粋な愛情ではなく、新井田の場合は性欲だろうが。
焦る新井田に周藤は飛んでもないことを言った。
「天瀬美恵も助けてやってもいいぞ」
「え?」
新井田の目がこれ以上ないほど丸くなる。
「桐山たちさえ片付けることが出来れば、あの女を殺して点取りする必要もないからな」
「ほ、本当ですか!!?」
「ああ、ただし、おまえの働き次第だがな」
「はい!」
新井田の周藤を見る目が変わっていた。
先程まで疑心暗鬼に満ちていたのに、今は自分が助かるという喜びで疑心など微塵もない。
新井田は周藤の罠にはまったのだ。
こういう場合、命を助けてやると言っただけでは信用されないだろう。
だが思ってもいなかったオプションをつけてやれば、人間という奴は簡単に引っ掛かる。
要求もしていなかったご褒美までくれるのだ。
命を助けてやるというのは嘘じゃない、そう思い込んでしまう。
その心理を周藤は利用したのだ。
(ついでに千草もつけてもらいたいけど……まあ、しょうがないか。
二兎追うものは一兎も得ず。欲が深いと失敗するもんな)
新井田は完全に助かると思い込み、そんな新井田を見て周藤は思った。
(こういう単純なバカほど騙し易い奴はいないな)
「忘れたわけじゃないだろうな。オレはおまえの働き次第で助けてやると言ったんだ。
それが出来ないのなら、オレの点取りの役に立ってもらおうか」
周藤はスッと銃を向けた。
「ま、待って下さい!戻る、戻りますぅぅー!!」
「本当だろうな?」
「は、はい!!今度は逃げません、だから、だから許して下さい!!」
「そうか」
周藤はスッと銃口を下げた。
新井田は大きく息を吐いた。助かった、助かったんだ!
「だったら、すぐに戻れ」
「……は、はい」
新井田は立ち上がるとディバッグを手に取ろうとした。
「ああ、それともう一つ」
周藤は懐から15センチ程の細長い箱を取り出した。
「開けてみろ」
ゆっくりと蓋を開けると注射器が入っている。
なんだろう?新井田はきょっとんとした表情になった。
「何ですか、これ?」
「オレの支給武器は毒薬だった。それは刺したら数分で息絶える即効性の毒だ」
「ええ?」
サァーと新井田の顔から血が引いた。
「こ、これでオレに何を?」
「桐山が合流しているはずだ」
「……?」
「銃撃戦の音が止んだ。どうやら晃司は一時退却したらしい。
しかし桐山は重傷だろうな。今頃は気を失って意識不明だろう。
今の奴なら……おまえでも簡単だろう?」
「……!!」
ゴクッ……新井田は大きく唾を飲み込んだ。
「隙を見てやれ」
新井田の手が震えていた。桐山和雄の強さはクラスメイトなら誰でも知っている。
だが、断ることは即死を意味する……。
それに……いくら無敵の桐山でも今は赤子も同然だ。
周藤を怒らせるよりはマシだろう。
新井田は覚悟を決め、その箱を懐に入れると半ばふらつきながら来た道を戻って行った。
「これで、奴等が結束することはない」
新井田が去ってから周藤はククッと笑った。
「あんなクズに桐山が殺せるものか」
周藤の作戦には裏があった――。
「……ふざけるな。この女はオレの女だ」
鳴海の口調がさらに低くなっていた。
「オレの女だ……どうしようがオレの勝手だ」
「……ふざけやがって」
……どいつも、こいつも
「……桐山といい、おまえといい」
……ひとの女に手を出しやがって…!
「おまえが、どうでもいい女とくだらない付き合いをしていたことくらい知っている。
この女は……美恵 はそういう女じゃないんだ!!
おまえが相手にしてきた女なんかと同じレベルに堕とされてたまるか!!」
「オレの女を、そんな下らない女と一緒にするな!!」
【B組:残り22人】
【敵:残り4人】
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