「今すぐ兵士を統率して基地を死守しろ。時間がない第一種戦闘体制をとれ」
「……だ、第一種戦闘体制~?そ、それって、せ、戦争するってことじゃねえかー!!
い、嫌だぁー!オレはごめんだぁー!!戦争屋のてめえらだけがやれっ!!
お、オレを巻き込んじゃねぇー!!」
「貴様が司令官だろう。司令官としての任務を全うしろと言っているだけだ」
「じょ、冗談言うなっ!お、オレは遊んで暮らせるから司令官やってたんだっ!!
ゲリラと戦うなんて、そんな恐ろしいこと出来るかぁぁー!!」
「それが司令官というものだ。今すぐパニック状態になっている兵士たちを何とかしろ。
それが出来ないならゲリラが攻めてくる前にオレがおまえを殺してやる」




キツネ狩り―過去との決別9―




(援軍が間に合えばいいが……晶と薫は助かるだろうか?)

氷室は一人雪がちらつく道を歩いていた。
彰人が車に送らせるといったのだが丁重に断った。

(晶たちも気になるが、晃司は無事だろうか?)

高尾は南米で大東亜共和国大使館がテロリストに占拠されたので派兵された。
(……雪か)
雪は嫌いだ。嫌なことを思い出させる。
誰も踏み入れたことのない穢れのない雪でさえ。
連想させるのだ。鮮血を。

雪の上に飛び散った血、そして美也子の死骸を――。














「隼人さん、大きくなったわね。お父様によく似ているわ」
美也子は氷室の頬に手を添えると「もっとよく顔をみせて」と微笑んだ。
「あなたなら特選兵士にだって選ばれること間違いないわね」
「そんなことを言うために来たのか?」
「あなたに会いたくなったのよ。少しは笑ったらどう?」
美也子は氷室の顔をジッと見詰めさらに言った。
「トップに立ちなさい。あなたならなれるわ」




「隼人、隼人!」
「なんだ?」
「見たぞ、すごい美人だったな。おまえもすみにおけないな」
同じ特選兵士の一人で、自分を慕ってくれている蛯名攻介だった。
「あんな美人の恋人がいたなんて」
「……恋人?もしかして美也子のことなのか?だったら違う、見当はずれだ。
美也子はオレの姉だ。ずっと離れて暮らしている」
「お姉さん?」
「ああ軍の中では男と女は肉親であっても離れて暮らす、それが決まりだからな」
男と女は完全に隔離されている。一緒にして揉め事が起きたら大変だから。
隔離された施設にいるから肉親でも滅多に会えない、それがルール。




それから、しばらくした頃だった。総統の息子がやって来た、名は彰人。
その時、たまたま身の回りの世話をしたのが美也子だった。
彰人が帰って数日後、柳沢が慌てて氷室のところにやって来た。
「宮内省から役人が来たぞ。美也子のところに」
宮内省……総統と、その一族のプライベートな部分に関係している部署だ。
それが美也子のところに来た。いやな予感がした。


「彰人殿下の第三夫人にと辞令が出たらしい」
「美也子を彰人殿下の?」


総統の一族は何人も妻や妾を持っている。彰人も父である総統が決めた本妻がいた。
だが夫婦仲はかなり悪いらしく別居状態ということだ。
第二夫人は総統の側近の娘だった。
その側近が次期総統の可能性の高い彰人に娘を是非にと申し込んできたらしい。
断るということは、その父親とも生涯手を組まないと突っぱねることにもなる。
政治的判断から彰人は承諾した。しかし、その娘とも仲が悪いらしく別居状態だ。
もともと彰人は軍人肌の人間なので家庭に寄り付くような性格ではない。
重婚はしていたものの、彰人は父や兄弟たちと違って決して女癖の悪い男ではなかった。
だから愛人はいないし、その後は戦場や軍施設にばかり出向いていたので新しい縁談がくることはなかった。


その彰人が美也子を欲した。
総統の一族が気に入った娘を手に入れるなんて本当に簡単なことだ。
側近に「気に入った」と一言言えば後は側近が手配してくれる。
中には一夜限りの女も大勢いる。それが普通で当たり前。
だが氷室は珍しく顔をしかめた。

『第三夫人』?

総統の息子が相手とは言え、あの美也子が他の女たちの下座に置かれるのか?


あのプライドの高い美也子がそんな屈辱的な立場に。
氷室家が没落さえしなければ、そんなことにはならなかったはずだ。
嫌な予感がした。さらに嫌な事に的中した。
宮内省の役人が美也子に対して脅迫めいた行為をして、それに激怒した美也子が逃げ出したのだ。
逃亡は重罪。殺されても文句が言えなかった。
面目を失った宮内省はヒットマンを放ち、美也子は殺された。
彰人には急病で死んだとだけ伝えられ、関係者には口止めされ事実は闇に葬られましたとさ。

メデタシメデタシ。














「お、おい!上の連中は何やってんだよ、なんで指令が出ないんだ!?」
「まさかビビッてトンズラしたんじゃないんだろうなっ!」
「冗談じゃねぇ!奴等何考えてんだよ!!」
兵士達はパニック状態だった。防衛線を突破したゲリラの大部隊がすぐそこまで迫ってきているのだ。
その時だった。兵士の一人が「……で、殿下だ」と声をもらしたのは。
一斉に兵士達が振り向いた。実は兵士達は一度も宗徳を見たことがない。
だが間違いない。なぜなら司令官のみが許されている白の軍服を身に纏っていたからだ。
最上段の高台にいるため、フロアーにいる兵士達からは距離があった。
そのうえ軍帽で顔が見えなかったが確かに司令官閣下だ。


「静かにしろ。敵は烏合の衆に過ぎない、全員配置につき敵を迎え撃て」


姿を見るのも初めてだ。声も聞くのも勿論初めてだった。

「し、しかし殿下!奴等は我々より数が上です、しかも防衛線を突破された今となっては……」
「私はすでに援軍を要請している。一時間もすれば来るだろう」

兵士達にどよめきが起きた。




「一度しか言わないからよく聞け!もし諸君等がゲリラに降伏したいっというのなら止めはしない!
今すぐ私を殺し、この首を降伏の証として不逞の輩に差し出せば済むことだ!!
だが私を信じ共に戦うというのなら、必ずや諸君等を生きて凱旋させることを約束しよう!!」




兵士達はしばらく宗徳をぽかんとした表情で見詰めた。
宗徳の言葉を聞くのは初めてだ。だが毅然とした態度と凛々しい物言いは彼らに感動すら与えた。


「……ば、万歳、宗徳殿下」

一人の兵士が口にした。

「宗徳殿下、万歳!!」
「司令官閣下万歳!!」

途端に堰を切ったように兵士達が叫びだした。
それに応えるかのように宗徳が拳を高々とあげると、さらに歓声は大きくなった。


「第一種戦闘体制に移れ。歩兵師団は全軍第三区域に集合、そこで不逞の輩を迎え撃つ!」


その後、兵士達に細かい指令を出すと、宗徳は姿を消した。
しかし宗徳を讃える歓声はしばらく続いたという。














パチパチと乾いた拍手が立花の手でされていた。

「お見事。君、軍人より役者になったほうがいいんじゃないのか?」


「き、貴様らぁぁー!こんなバカなことをして只で済むと思っているのかぁー!!」


その足元にはロープでグルグル巻きにされた宗徳が転がっている。
「ああ確かにバカなことだな」
男が白い軍帽をとった。
「こんな軍服一つで総統の息子になれるんだからな」
有能な司令官閣下の正体は周藤晶だった。
周藤は宗徳に司令官としての最低限の責任を果たせと詰め寄ったが、宗徳は泣き叫び話にならなかった。
そこで仕方なく一芝居うつことにしたのだ。

「第一、援軍が来るなんて大嘘よくもつけたもんだな!!」
「嘘じゃあないさ」
「なんだと!?」
「少し前に貴様の名前を使って援軍を要請しておいた」
「お、オレの名前をっ!?き、貴様ぁー!!」


「オレをっ!恐れ多くも総統陛下の息子のオレを何だと思っているんだぁー!!
いいつけてやる!オレに暴行した上に縛りやがって、父上に言いつけてやるからな!!」

周藤と立花の目が恐ろしいくらい冷酷な光を放っていたが、宗徳は気付かずに怒鳴り続けた。

「見てろ!軍法会議にかけるまでもない、貴様等をすぐに銃殺刑にしてやる!!
殺してやる、ぶっ殺してやるからな!いや、銃殺刑なんて勿体無い!!
絞首刑、それも公開処刑だ!おまえたちの身内も全員まとめて地獄に送ってやる!!
今さら後悔しても遅いからな!いいか、あらゆる拷問を味あわせて地獄に――」





ドンっと、鈍い音が宗徳の脳内に響いた。
だが、それが何だったのか宗徳には永遠にわからない。
宗徳の頭には穴が空いていた。
そこからとろとろと血が流れ、ゆっくりと広がり煙が上がっていた。
硝煙のキツイ匂いが辺りにたちこめられる。


「……宗徳殿下は侵入したゲリラに暗殺され名誉の戦死を遂げられた」


立花が持っていた銃をベルトにしまい、そう言った。


「それでいいんだね晶?」
「当然だ」















やがて援軍が到着。ゲリラは敗走した。
援軍を率いて駆けつけた彰人は宗徳の暗殺を報告されたが眉一つ動かさなかった。
ただ宗徳が見事な演説と指揮で司令官としての采配を揮ったという点のみに疑問を持った。
そしてチラっと周藤や立花を見たが、特に何も言わなかった。
宗徳の戦死を聞かされた総統はそれなりに衝撃を受けたようだが、それどころではなかった。
本部が手薄になった隙をつかれ、テロリスト集団が総統公邸に侵入してきたのだ。
三分逃げ遅れるのが遅かったら間違いなく殺されていただろう。
その証拠に何とか逃げ切った総統はともかく、総統の一族が11人も殺された。
こうなったら宗徳暗殺などに構っていられない。総統は彰人に全てを任せた。
彰人は副司令官をはじめ高官たちに適当な罰を与えさっさと処理を済ませてしまった。
ただ周藤と立花だけは宗徳の我侭で閉じ込められ任務を全う出来なかったということでお咎め無しだった。




「死人にくちなし。便利なことわざだよ」
「薫……わかっているだろうな?」
周藤は立花の方を見ずに切り出した。
「……二度と、この件は口にするな。知っているのはおまえとオレの二人だけだ。
もしバレたらどうなるか……おまえも、そこまでバカじゃないだろう?」
「ああ、わかっているよ」




総統の息子殺し――。

やれなければ、こっちが殺されていた国家権力の前に。

だから殺した。後悔もない。あのクズは死んで当然だった。

だが……もしバレたら全てが終わる。

特選兵士の地位。

保証された将来。

そして命さえも簡単に失う重罪だ。

決してもらしてはならない秘密。

それを――。


――よりによって、こんな奴と共有しなければならないとは。


周藤と立花はお互いにそう思った。




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