「兄貴!よかった兄貴、無事だったんだな!!」
輪也が駆け寄ってくる。何しろゲリラに襲われたのだ。
もしかしたら周藤も戦死したかもしれない。そう思ったのだろう。
しかし輪也が駆け寄ってきた理由はそれだけではなかった。
「総統陛下の公邸が襲われた。西園寺紀康のグループだ」
「!」
周藤の目つきが変わった。
「……兄貴。軍はすぐに報復にでると言っている。
ジハードの過激派グループを殺すために暗殺部隊を組むらしい」
キツネ狩り―過去との決別10―
周藤啓一は一枚の写真を見詰めていた。
随分と痛んできたな1枚の写真を――。
「……元気でやってるかな紗江子たちは」
「死んだよ。自殺だ」
「なんだと!?」
啓一は反射的に振り向いた。
油断していたとはいえ気づかなかった。気配を完全に消されていたのだ。
「ああ自己紹介だけはしておこうか。周藤晶、未来の総統陛下だよ」
「……なんだと?」
名乗った途端、男の顔色が変わった。
「……西園寺紀康はどこにいる?」
「おまえ……まさか」
「ブラックリストのトップに名を連ねる西園寺紀康。奴を殺せば、間違いなくオレは高い場所にいける」
「だから」と言って周藤は一気に距離を縮めた。
ナイフが横一直線に空を切る。啓一は咄嗟に後ろに飛んだ。
だがかわし切れなかった、胸に横一直線に切り裂かれた痕!!
「……晶。おまえは晶なのか?」
「ああそうだ。言え、西園寺紀康はどこいる」
今度は銃声が轟いた。
「……クッ」
啓一は右肩を抑えながら壁に倒れこむ。
「……なぜだ?」
「なぜ?愚問だな、奴の命はどんな戦功にも勝る。
間違いなくトップに立つための道標が出来るんだ」
「……その為に父親を殺すのか晶!」
――二週間前――
「フン……ゲリラに殺されて帰ってくると思ったのに五体満足かよ」
周藤と立花の姿を見た途端、和田は嫌味だ。
「でも、おまえらラッキーだったなぁ。聞いた話じゃ、ゲリラ一掃作戦で手柄立てて勲章貰ったそうじゃないか」
蛯名は地位や権力に固執してない。
だからこそ素直に二人の軍功を褒め讃えた。
「まあね。晶と同じ勲章というのが気になるけど、どうやら特選兵士のトップは僕ということになるのかな」
「それは違う」
立花の口元が引き攣った。
「全然違うぞ。一番は晃司だ」
「……志郎。君の意見なんて誰も聞いてないんだよ」
「志郎の言うとおりだ。おまえたちが手柄たててる間に晃司はもっとすごい事したんだよ。
大使館を占拠しているテロリストを一人で片付けたんだ」
「晃司が!?本当か!?」
「ああ、それで第一等特別勲章を受章するって話だ」
周藤は愕然とした。
自分があんなクズにもたもたしている間に高尾は――。
高尾はいつもそうだ。
自分がやっと追いついた、追い越したと思った瞬間、そのはるか先を行く。
なぜだ!!なぜ勝てないんだ!!
自分は無能な男ではない、断じて違う!!
自分は天才のはずだ。そして天才で居続ける為の努力を怠ったこともない!!
それなのに勝てない。どんなに努力しても勝てない。
氷室にさえ決定的な敗北感を味あわされたことは一度もなかった。
それなのに高尾にはいつも苦い思いばかりさせられている。
ただの一度も勝利感を得たことはない。
なぜ、あいつには勝てない?
どうして高尾晃司には勝てないんだ!!
その夜、周藤は鬼龍院の元に訪れ珍しく頼みごとをした。
「オヤジ……オレを西園寺紀康暗殺部隊に入れてくれ」
「……なんだと?」
「晃司はテロリストを一人で片付けた。
オレがあいつ以上の軍功をあげるには奴を殺すしかない」
「……できるのか?奴はブラックリストのトップに立つ男だぞ」
「……晃司に勝つためなら何だってしてやる」
「さっき、珍しく輪也も同じ事を言ってきた」
「輪也が?」
「……おまえたちの父親がいるからな。あいつはいてもたってもいられなかったんだろう」
「……甘いな」
「ああそうだ。おまえとは違う。口では殺してやると言っていたが本当に出来るかどうか。
おまえはどうだ晶、殺せるのか?」
「チャンスさえもらえれば」
「わかった。きっちり片をつけて来い」
「……西園寺紀康。ブラックリストのトップにたつ史上最悪のテロリスト。
晶に勝てるだろうか?いや……勝てるかもしれないな。
何しろ晶に奴は殺せるだろうが、奴に晶は……殺せないかもしれないからな」
「おまえは政府と戦う道を選んだ。オレは、その政府の中で生きている。
だから西園寺紀康の命を狙うのも当然のことだ」
周藤は自分を見上げている啓一に冷たく言い放った。
「西園寺紀康は……上か」
「ま、待て晶!あいつは……西園寺だけには手を出すな!!
西園寺は間違いなく政府を潰す、この国を変えられる男なんだ!!
まして、おまえが……おまえが西園寺を殺すなんて……!
それだけは絶対に許されない行為なんだぞ!!」
周藤の腕がスッと上がった。啓一の目が見開かれ同時にドンっという濁った音が体内から聞こえた。
「……聞こえなかったのか?オレは、その政府の中で生きている、と」
ドサッ……と、音がして啓一は床に倒れこんだ。
「……と、言っても、もう聞こえないか」
それからチラッと上を見た。何階かわからないが、上のほうに西園寺紀康がいる。
(西園寺紀康が……ここにいる)
西園寺紀康が、ここに……すぐそこにいる……。
この世界に生きてきて何度その名を聞いたことか。
その度に、複雑な思いが胸をよぎっていた。
それも今日で終わる――終わらせてやる。
周藤は一瞬だけ瞼を閉じた。
それから再び目を開けると、階段を一段ずつ上がっていった。
「……周藤」
西園寺紀康は無意識にそう呟いた。
周藤啓一が、長年自分の手足となって戦ってきた周藤啓一が死んだ。
理由はない。直感でそう感じたのだ。
(……周藤。仇はとってやる)
それから目を閉じると全神経を集中させた。
気配を完全に消している。
だが……確実に近づいてきている。
西園寺紀康は才能だけでなく経験を誰よりも積んできた。
だからわかる。直感で敵が近づいてきていることも。
今、背後。壁の向こうだ。西園寺は銃を手にした。
相手がスッと壁の向こうから姿を現す。その前に振り向いていた。銃をかざしながら。
グッと引き金に力を込める。
だが――銃声はならなかった。
「……おふくろ。それに兄貴にオレだ」
輪也は血に染まった古ぼけた写真を手にしていた。それは周藤啓一が持っていた写真だった。
そして、そばにはまだ温かい周藤啓一の死骸が転がっている。
「兄貴がやったのか……兄貴はどこにいったんだ?」
部屋を見渡すと階段があった。
「……上か」
この上に西園寺紀康がいる。長年、憎み続けてきた男が。
輪也は写真をもう一度だけ見た。
「……おふくろを殺したのはあいつだ。あいつのせいで……兄貴は変わったんだ」
「……おまえは」
周藤を見た瞬間、指が止まった。
西園寺紀康。ブラックリストのトップにたつ史上最悪のテロリスト。
引き金を引くのを躊躇ったことなどただの一度もない。
冷酷非情で一切容赦も躊躇もないはずの男が初めて戦闘中に感情に流されたのだ。
西園寺が手にしている銃。その銃口は変わらず周藤を見詰めていた。
「……オレを撃つのか?」
西園寺は一瞬迷ったようだが、静かに銃を下げた。
政府が総統公邸を襲撃した報復の為に暗殺部隊を派遣したことを西園寺は知っている。
周藤啓一を、戦友で片腕であるはずはずの周藤啓一を殺したのはおそらくこの若者だ。
それでも西園寺は引き金を引けなかった――。
「……晶……なのか?」
「ああ、そうだ」
西園寺は生涯二度だけ運命を呪ったことがある。
一度目は家族や一族を皆殺しにされた時。
そして、これが二度目だった。
何も言わず、只自分を見つめる西園寺に周藤は言った。
「久しぶりだな。父さん」
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