僕の名前は立花薫。
知る人ぞ知る、大東亜共和国最高・最上の美少年さ。
僕が歩くだけで世の女性達は熱狂する。
何しろ立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
そんな形容詞は僕の為にあるような言葉さ。
だからレディ達が僕の美貌に夢中になるのも無理はない。
ああ中には僕が歩く道に花を投げるものもいるね。
僕が水溜りの手前で止まれば、自分の上着を脱いで水溜りの上におく者もいる。
別に珍しいことじゃない。僕がそれだけ魅力的な男、ただそれだけなのさ。


そんな僕を妬んでいる奴もいる。特選兵士はほとんどそうだろうね。
科学省のお人形さんたちは感情がないから例外としても、まずは徹、君だよ君。
まったく女嫌いなんて言っておきながら、僕に対する、あの態度。
本当は僕を妬んでいるんだろう?
無理もないさ。真実の愛を知らない君を僕は恨んだりしないよ。
むしろ君に同情してやっているくらいさ。可哀想に。
それから晶。僕にからむのはいい加減にしてほしいね。
いくら温厚な僕にも限界というものがある、少しは僕の忍耐を思いやってくれてもいいんじゃないかな。


他にもいるよ、嫌な奴は。
勇二、君は短気で粗暴で僕の美意識から計ったら到底我慢ならない男だよ。
直人、悲劇ぶって同情でもして欲しいのかい?悲しい男だな。
俊彦、君の偽善者面には呆れてものも言えないよ。
攻介、君もそうだよ。そんなんじゃ出世も出来やしないよ。
雅信、女性経験豊富だからっていい気にならないほうがいいよ、僕に比べたらまだまださ。
隼人、いつもツンとして我関せずという、その態度。正直ってムカつくんだよ。


でも目下のところ、僕が一番ムカついてるのはこいつらじゃない。
本当なら今すぐ殺してやりたい。それも苦痛に満ちた方法で。
そう、本当なら殺していたさ。


奴が――総統の息子でさえなければ。




キツネ狩り―過去との決別⑦―




「ねえ」
「なんですか?」
薫がついクセで営業スマイルで振り返ると、そこには宗徳の秘書(という名の愛人)がいた。
「殿下には内緒。あなたとお話したいの、今夜部屋に来て」
立花は心の中で舌打ちした。相手が自分の為になる女なら、いくらでも相手してやってもいい。
だが、この女はプラスどころかマイナスだ。
何しろ、総統の息子の愛人。下手に関係を持って、それがばれてみろ。
あっという間に左遷。いや、宗徳の性格の悪さを考えたら殺されるかもしれない。
「立花少尉」
と、そこにタイミングよく副司令官が現れた。
こんな年功序列のシステムにしがみついているだけの老人に救われるなんて思わなかったな。
立花はホッとして「任務ですから失礼」と女を振り切った。














「では軍事会議を始める。まず最初に手元の資料に目を通して欲しい」
「閣下」
周藤が手を上げていた。
「何だね」
「司令官閣下がまだですが」
「閣下は……他の用事で忙しいのだ」
用事?ここに来て一週間、あの男が精力的にしている事といえば酒池肉林を繰り広げる以外見た事が無い。


(まあいい。どうせ、あんなバカ息子いてもいなくても一緒。
いや、いないほうがずっとマシかもしれない)


司令官無しで会議は始まった。数十分もした頃だろうか、周藤が再び手を上げた。
「副司令官閣下。この基地の軍費についてですが。どう考えても支出と支給が合わないのですが」
「……気のせいじゃないのか?」
副司令官は知っているのだろう、その理由を。
周藤から目をそらしたことが何よりの証拠だ。


「閣下もご存知の通り、この基地は本部とは離れています。
それをいいことにゲリラに狙われているという情報も入ってきています。
もっと情報収集に経費をかけるべきなのですが、その余裕が全然ないとはどういうことですか?
この基地にあてられている額を考えたら十分余裕はあるはず。説明をお願いできますか?」
「……周藤中尉。この件はもういいだろう」
「答えたくないようですね。わかりました、それならば本人に直接聞いてきます」
「お、おい周藤!」
焦る副司令官を無視して周藤は会議室を後にした。
向ったのは司令官・宗徳のプライベートルームだ。




「もう、殿下のえっちぃ」
「そう、いうな。お、胸大きくなったんじゃないかぁ~?」
宗徳は秘書(と、いう名の愛人)たちと、なんと泡風呂で戯れていた。
そこにガラッとドアが開いたのだからたまらない。
「な、なんだぁ?貴様、勝手に入ってくるなんて何考えてるんだ!!
ドアノブに『会議中』と札かけておいたはずだぞ!!」
「それが会議ですか?初めて知りましたよ殿下」
激怒しまくりの宗徳に周藤は昨夜徹夜して作成した資料を見せた。


「どういうことですか殿下?この基地の軍費の三割近くが使途不明金として流出されていますが」
「……なんだとぉ?」
「しかも、そのコンパンニオンたちに月300万の給料とは随分と法外な金額ですね」
「コンパニオンとは何だ!オレの秘書だぞ!!」
この女達は宗徳の性的快楽のみに付き合っている。
それのどこが秘書なんだ?給料ではなく愛人手当だろう?と突っ込んでやりたかった。
「それから殿下。殿下が毎晩のように行っているパーティーの支払いについて。
これは殿下の私費ではなく、この基地の軍費から支払われています。ご説明していただけますか?
この基地はゲリラに狙われているんです。そんなことに軍費を投入するのは――」


「うるせえ、てめえは税務庁か!!」


ばしゃっと豪快な音がして、次の瞬間、周藤は頭からグッショリ濡れていた。
風呂桶をタイル床に叩きつけながら宗徳の怒号は続く。

「オレ様ははなぁ、てめえみたいな下っ端とは違うんだ!司令官閣下だぞ!!
オレが日夜抱えるプレッシャーやストレスは想像を絶するものがあるんだ!
てめえがくたばったところで代わりはいくらでもいるけどオレ様は違うんだ!
その司令官が常にベストの状態でいられる為の費用を経費から出して当然だろ!!
うだうだ言ってんじゃねえ!陸軍も、とんでもない無能な奴よこしやがって腹が立つ!!
いいか、今度うざいこと抜かしやがったら、地方に飛ばしてやるからな!!」

「…………」
「おい、わかったのか?ああ?返事しろよ、このタコ!」
「……わかりました」
「オレが慈悲深い男だったことに感謝しろよ」














「今日のメニューは……」
「おい、何だよこれは」
「あの……」
「ふざけるなぁっ!!」
宗徳はテーブルをひっくり返した。星一徹か、おまえは?などと突っ込めるような雰囲気ではない。
「最近、肉料理がすくねぇぞ!どういうことだぁ!?」
「……あ、あのそれは」
コック長が困ったようにチラチラと周藤の方を見ている。
「殿下、ご存知の通り物資搬送ルートがゲリラに襲われ物資の到着が延期になっています。ですから……」
周藤が説明し終わらないうちに宗徳の逆鱗が再び爆発した。

「だったら、てめえら下っ端だけが我慢しろよ!!
オレ様を誰だと思ってるんだ、恐れ多くも総統陛下の御曹司だぞ!!」


(……総統が娼婦に産ませたクソガキのくせに)


周藤は心の中で、すでに何回も宗徳を殺していた。
「畜生、スープがクツにかかったじゃねえか!!おい、そこの女男!!」
立花が眉間に眉を寄せた。宗徳は立花の事を呼ぶときは女男と蔑称を使用していた。


「オレのクツにかかったスープをふけよ」
立花がハンカチを取り出して屈んだ。
「おい誰がハンカチでふけっつったんだよ。口だ、口で舐めろ」
立花の動きがピタッと止まった。
「おい、さっさとしろ……綺麗に舐めろよ」
宗徳は立花を目の敵にしていた。
立花が来てからというもの秘書(という名の愛人)達がキャーキャー騒ぐのが面白くなかったのだ。
周藤もかなりハンサムだが、クールで近寄りがたい雰囲気がある。
それに比べると立花は愛想がよくフェミニストでモテていた。
女にモテることは立花にとっては最大の自慢だ。
しかし立花の自慢も相手が宗徳の秘書(しつこいようだが実体は愛人)達相手では今回ばかりは仇となった。
この嫉妬深い男は、立花をこれでもかというほど妬んでいる。
「どうした?オレはさっさとやれと……」


「言ってんだよ、このベルバラ野郎!!」


立花の命の次に大切な顔に宗徳のケリが入っていた。
至近距離から思いっきり蹴られたのだ、口の端から血が滲み出ている。
さらに宗徳は立花の頭を踏みにじりだした。


「オレの女に散々色目使いやがって、この色キチガイ野郎が。
無能なクセにフェロモンだけは出しまくりやがって。
オレはなぁ、てめえみたいな口先だけの男が一番嫌いなんだよ」
「……
「ん?なんだぁ?まさか文句でもあるのか?」
「……この


立花薫の忍耐袋の緒を繋いでいるかそぼい糸一本が切れかけてきていた。
思えば、この基地にきてから何度陰険なイジメを受けたことか。
殴られたり蹴られたり、そんなことは毎日だ。
それだけならまだしも三日前にこのクズは、余興で女装しろだの脱げだのと散々な要求をしてきたのだ。
そして今度は命の次に大切な顔を土足で踏みにじってきた。




「……で、殿下……そのくらいで……」
副司令官がオロオロと止めに入っているが、もちろん宗徳が止めるはずがない。
実は昨夜、周藤は思い切って副司令官に進言したのだ。
宗徳の司令官としての立場をわきまえない行動は、あまりにも目に余る。
副司令官から軍務省に、しいては父親である総統陛下に報告して諌めてほしいと。
ところが、そんな周藤の言葉に副司令官は情け無い言葉を吐いた。
「私は面倒を起こしたくないのだ。あと半年ほどで退任するんだ、わかるだろう?」
つまり事なかれ主義の為に、宗徳の無法行為を放置すると宣言したのだ。


(……腐っている。あのバカ息子も、副司令官も……今、テロがせめてきたらどう対応するんだ?
テロ組織『ジハード』が狙っているという噂もあるんだ)


ジハードとは、かなり大規模な反政府組織で、いくつもの派閥に分かれている。
ちなみに西園寺紀康は、そのジハードの最高幹部の一人で、もっとも過激な派閥のトップだ。
噂ではジハードのリーダーの命令さえも西園寺は聞く耳を持たないという。

その西園寺の一派が乗り込んできたらどうする?
司令官がこの様では、殺してくださいといっているようなものだ。


救いがあるとすれば西園寺は常に中央政府とその直轄の部を襲い辺境を狙う可能性は極めて低いということだ。
だが、例え相手が西園寺でなくてもテロ組織に狙われているということに変わりはない。
周藤は独断で情報を収集し、この基地が狙われているという証拠を宗徳や副司令官に提示した。
そして大規模なテロ狩りをするべきだと何度も進言してきた。
ところが、その度に宗徳がかんしゃくを起こし叫ぶわ、物は投げるわ、で手がつけられなくなる。




(……クソ。こんなことをしていたら、いつ襲われても不思議はない)

周藤の焦燥は表情にも色濃く表れてきていた。
戦場に出たときですら、こんな余裕のない表情をしたことはない。
もしも高尾なら、こんな時ですら表情を崩したりはしないだろう。
そう思うことで感情を抑えてきたのだが、はっきり言って限界寸前だ。
この無知で我が強く我侭で何よりも無能な男が総統の息子と言うだけで准将という地位に着き、
辺境とはいえ軍事基地を任され司令官閣下と呼ばれている。
周藤は何だが自分が血のにじむような努力が全て無駄だと錯覚さえしてきた。

(……こんなバカに宮仕えなんて、もう真っ平だ……なんだ?)

その時、周藤は妙な違和感を感じた。
頭に血が昇っているせいで気付かなかったのだろうか?
いや違う、今まで隠していたんだ。
殺気を感じる。殺気を巧妙に隠すなんて素人じゃない!!
そう思った瞬間、周藤は動いていた。


「薫!そいつの頭を下げさせろ!!」


銃声が宗徳の頭をかすめ飛んでいた――。














「西園寺、全員集合だ」

西園寺紀康が深々と椅子に座り、周囲に彼の派閥に属する者たちが並んでいた。
西園寺は全員の顔を一瞥するとゆっくりと立ち上がり言った。


「テロ組織『赤い彗星』が辺境の基地を総攻撃する」


西園寺の部下達は予想していたのだろうか、特に驚くものもいなかった。
驚いたのは、西園寺の次の言葉だった。


「おそらく軍務省は大部隊を派遣する。その隙を狙い総統の宮殿を攻撃する」


次の瞬間、ざわめきが起きた。長年西園寺の片腕だった周藤啓一ですら驚愕している。

「オレは15の時から、この世界で生きてきた。その結果一つだけ分かったことがある。
手足を何本もいでも、頭を潰さなければ無駄だと――な」
「本気か西園寺?」
「ああ、命が惜しいか周藤?」
「……正直言って死ぬのは嫌だが、おまえが死ねと言えば怖くはないな」














「……雪か」

それは墓場だった。ちらちらと雪が降り出している。道理で朝から冷え込んでいたはずだ。
雪……真っ白い雪。穢れのない美しさがそこにはあった。
触れてしまうだけで、解けてしまう美しさが。
墓所の最も奥の場所にある一際目立つ立派な墓。
其の中の一つ。小さな墓石。

「久しぶりだな」

男はただそれだけをいうと白百合を供えた。墓参りの花はいつもそれだ。
この墓の主が好きな花だったということもあるが、その美しさ気高さが彼女に相応しいと思っているからだろう。
この場所に来る時はいつも一人。墓参りをする人間も今では一人。
そのことを知っているのも自分一人。
美しい少女だった。死ぬのには、あまりにも若すぎる年齢だった。

「……寒いか美也子?」

男の名は――氷室隼人――という。















「……ひ、ひぃ」
壁に銃痕。そして腰が抜けて立ち上がることも出来ない宗徳。
「……く、くそぉ!!」
そして周藤に押さえつけられ悔しそうに叫んでいる男。
何があったかと言えば簡単なことだ。
周藤は殺気に気付いた。その殺気を向けられた相手が宗徳であることも。
そして立花に宗徳を守れと指示を出し、その殺気の主に向って走った。
立花は宗徳の咄嗟に手を引っ張り床に伏せさせた。
それと同時に銃声が轟いた。間一髪で銃弾は宗徳の頭スレスレに飛んでいった。
宗徳を殺そうとした男は二発目を撃とうとしたが、飛び掛ってきた周藤に押さえつけられ目的を果たせなかった。
簡単に言うとそういうことだ。


「畜生!後少しだったのに!!」
その男は、この基地に配属されている少年兵士で、周藤や立花と同年齢くらいだった。
「貴様、何者だ、なぜ殿下を狙った?テロ組織の人間か、それとも買収され裏切ったのか!?」
「どっちでもない、オレの妹はそいつに無理やり玩具にされて自殺したんだ!」
つまり敵討ち。宗徳は今だショックが抜け切らずガクガク震えている。
「……くそぉ、ゴメン菜々美、兄ちゃん仇討ってやれなかった」
そう言うと男はグッと咳き込んだかと思いきや口から血を流し床に倒れこんだ。


「……舌を噛んだか」
暗殺者が完全に動かなくなってしばらくした後だった。
震えていた宗徳がゆっくりと立ち上がった。
そして「周藤、立花!てめえら何やってんだ!この役立たず!!」と開口一番怒鳴りだした。

「てめえらの任務はオレを警護することだろうが!!
こんな近くにまで暗殺者を近寄らせるなんて、真面目に仕事する気があるのかぁ!!
オレを誰だと思っているんだ。恐れ多くも総統陛下のご子息様だぞ!
てめえらみたいに国のお情けで生かしてもらっているクズとは違うんだ!
てめえらの代わりは星の数ほどいるが、オレの代わりはいない!!
オレの命はなぁ、てめえらが100万人いても及ばないほど重いんだよ!
司令官のオレが死んだら、どう責任とるつもりだったんだ!!
てめえらが死んだくらいじゃ償えねえぞ、この無能な税金ドロボー!!」


「オレを怒らせたらどうなるか思い知らせてやる!!
父上に言いつけて特選兵士の地位を剥奪してやるからな!!」




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