「何だとぉ?わからないで済むか。てめぇ、それでも科学省の顧問か!?
さっさとオレの質問に答えろ!それとも、今すぐ殺されたいのか!?」
周藤が病院に駆けつけると、やはり高尾たちのことを聞きつけ、すでに駆けつけていた和田が怒鳴り散らしていた。
和田は高尾をライバル視していた。周藤同様、勝手に死なれてたまるかという思いで駆けつけてきたのだろう。
「静かにしろ勇二。ここは病院だぞ」
怒鳴り散らしている和田とは反対に腕を組み壁に背を預けている氷室はこんな時ですら静寂そのものだった。
「おまえたち何故ここにいる?」
そこに聞き覚えのある声がした。高尾同様爆破に巻き込まれて搬送された堀川だった。
左手に包帯は巻かれているが、いたって元気そうだ。
「……秀明。おい無事なのは、おまえ一人か!?
晃司はどうした。まさか、くたばったんじゃないだろうな!?」
「晃司は科学省が特別チームを組んで治療に当たっている」
「……なんだと?」
特別チーム?高尾はそれほど重傷だということなのか?
「……おい、ふざけるなよ。このまま勝ち逃げされてたまる……」
「秀明!」
和田が言う前に周藤が詰め寄っていた。
「質問は一つだ!晃司は助かるのか!?」
「イエスかノーか、答えはそれだけでいい!!それだけでいいから、さっさと答えろ!!」
キツネ狩り―過去との決別⑥―
「周藤さん、行ってらっしゃいませ」
「お気をつけて。ご武運をお祈りしています」
「兄貴、油断だけはするなよ」
いつもの光景だった。任務に赴くとき、いつも弟や部下が激励してくれる。
しかし、一つだけいつもと違う。それは周藤の表情が憮然としていることだ。
どんな任務も、どんな戦場も嫌な顔一つせずに勇ましく出陣していたのに。
今回の任務には特選兵士が何人も立候補していた。
いや、正確にはその特選兵士の後ろにいる人間、直属の上司だ。
テロリスト絡みということで菊地の養父・菊地春臣は特に強く菊地を推薦していた。
だが、結局決まったのは二名。
一人は周藤晶。そして、もう一人は誰あろう、周藤が毛嫌いしている立花薫なのだ。
「おい、もう少し笑えよ。それともおまえオレが決めたことに不満があるのか?」
周藤のあまりにも露骨過ぎる仏頂面に鬼龍院が文句を言い出した。
「……オヤジ、知っていたんだろう?薫がこの任務につくことに」
「まあな」
「なぜオレをわざと奴と組ませるんだ?」
「あのなぁ、戦場でいちいち自分とウマの合う奴ばかりと組めるわけいだろう。
嫌いな奴と行動をともにすることも修行だ、修行」
周藤は珍しく「クソっ」と舌打ちした。
「わかったら、さっさと行け。それから今度の任務の司令官には礼を尽くせ。
普通の司令官とはわけが違う。機嫌を損ねるようなマネをしたら即首が飛ぶぞ」
「……ああ、わかってる」
周藤は頭ではわかっているが、やはり心では納得できないでいた。
よりにもよって立花薫だなんて。他の奴なら、いくらでも我慢できる。
ライバル視している高尾でも氷室でも。
短気でどうしようもない和田や、キザで裏表がある佐伯でもいい。
なぜ、よりにもよって立花薫なんだ?
「……何故です。なぜ直人じゃないんですか?!」
『そう言うな菊地。これは鬼龍院のたっての頼みなんだ。
それに周藤晶は何度も実戦で成果を上げている。上もそれを評価したんだ。
君の息子にもいずれチャンスが訪れるだろう。今回は譲ってやれ』
「待ってください閣下!……クソ、切ったな」
菊地の養父はいつになく悔しそうに唇を噛んでいた。
「……あの基地はテロリストが狙っているという情報が入っているんだ。
もしも、そのテロリストが西園寺紀康だったら……」
何年たとうと、あの自信に満ちた不敵な笑みだけは決して忘れられない。
「西園寺紀康の首を他の奴に持っていかれてたまるか!!」
その声は部屋の外にいた直人の耳にも聞こえていた。
(オレは西園寺紀康を殺すための道具か。別に構わないが今のオレに勝てるだろうか?)
菊地の養父が、菊地春臣が勝てなかった相手。容赦も躊躇も無い超過激派テロリスト。
おそらく自分のような年端のゆかない子供でも敵と認知したら何の迷いも無く引き金を引くだろう。
一度も会った事はない。しかし父の様子から普通の人間ではないことは容易に想像出来る。
「……西園寺め」
春臣の脳裏に、かつての屈辱が浮かび上がった。
無意識に右目をおさえた。義眼が疼く。西園寺のことを思い出すといつもこうだ。
『教えてやろうか?貴様とオレの違いを』
『貴様とオレの違い。それは持って生まれた才能だ』
『貴様には無いものをオレは持っている。生と死のやり取りの最後はそれで決まる』
『貴様は所詮ひとより少し才能があるだけの凡人に過ぎない』
『だがオレは違う。貴様はオレの敵じゃなかったんだ』
『貴様が負けた理由は、たった一つ』
『オレが天才だからだ』
春臣は感情のままにグラスを投げた。壁に激突し、細かい破片が床に散らばる。
「……西園寺紀康」
殺してやる。たとえ、どんな方法を使ってでも!!
この右目を失った屈辱、実の弟や部下を殺された憎悪。
あいつが血を流し、のた打ち回るのを見るまで冷めない夢だ。
何度目覚めても終わらない悪夢だ。
それをやっと終わらせるモノを見付けた。
天才だと言ったな。オレが見付けたモノも天才だ。
この手で鍛え上げてきた。他の奴には決して渡さない。
貴様の命は、直人に消させる。この地上から跡形もなく。
他の誰でもない、自分が育て上げてきた直人に。
後に西園寺紀康は特選兵士によって命を絶たれることになる。
ちなみに、その特選兵士は菊地直人ではない――。
「辺境といえども常に目を配り、不逞の輩からこの国を守る為に当基地は建設された。
ここは地理的にも軍務省本部とは離れている。気候的にも厳しい、わかっているな?」
「はい閣下」
「もちろん心得ています」
「うむ、さすがは軍が誇る第一級特別選抜兵士だ。では司令官閣下に面会してもらう」
副司令官は周藤と立花を伴い歩き出した。そして、ある部屋の前まできた。
「キャー、やだぁ殿下ったらぁ~、もう」
「ハハハ、こいつぅ」
部屋の中から何やらふざけた声、それも軍基地とはおよそ似つかわしい女の声まで聞こえてくる。
「……ああ、それからこれだけは言っておくが」
副司令官はハンカチを取り出すと額の汗をかきかき、困惑したように言った。
「司令官閣下は……その、少々軍事にはうとい……いや、馴れておられなくてな。
そのうえ少々カンシャク持ち……いや、お気が短い面があられる。
だから……くれぐれも機嫌を損ねないようにしたまえ。わかったな?」
副司令官は「いいか?絶対にご機嫌をくずすな」と念をおしてからノックをした。
副司令官はノックした。だるい声が聞えてくる。
「なんだぁ?うるさいぞ」
「殿下の護衛と参報を兼ねた特別兵士の二名がただいま到着致しました。
殿下にお目通りをさせて頂きたいのですが」
「めんどくさいな……まあ勝手にしろよ」
「はい」
副司令官は「いいか?わかっているな?」と囁きながらドアを開けた。
「ねぇ殿下ぁ~。今度あたしにシャネル買ってぇ~」
「あーん、ずるい。あたしにも」
「ああ、わかったわかった。何でも買ってやるぞ」
「キャー、だから殿下って最高!」
「当然だろう。ハハ、オレを誰だと思っている?」
周藤は自分の目を疑った。いや、周藤だけではない立花さえもだ。
ここは辺境とはいえ軍事基地だろう?
そして、この男はその軍事基地を任されている司令官のはずだ。
それなのに、その司令官室で、女を何人もはべらして酒池肉林とはどういうことだ?
「殿下。こちらが陸軍の周藤晶。こちらが諜報部の立花薫です」
「あ、そう。ぐへへへ」
男は二人のほうには目もくれず、両脇に女を抱えてニヤついて笑っている。
(……こんな男が司令官の地位についているのか。確かオレより二つ年上だったはずだ。
それが准将で、辺境とはいえ軍基地の司令官。こんなクズが……)
周藤は鬼龍院の言葉を思い出した。
『オレも噂でしか聞いたことが無いが宗徳(むねのり)殿下は親の七光りだけで地位と権力を手をしている。
つまり、実力主義者のおまえにとって一番嫌いなタイプだ。
そういう相手に頭を下げるのは、おまえのプライドが許さないだろう。
だが絶対に嫌な顔だけはするなよ。もし機嫌を損ねたら、おまえの将来は無い。わかっているな?』
(……わかっている。だが、こんなクズなんかに)
「おい、おまえ」
宗徳が周藤を指差してきた。
「のどが渇いた。つげ」
グラスを持っている。自分のすぐ目の前にあるワインをつげと言っているのだ。
軍事の為にこの地に来た周藤に、給仕をしろというのだ。
これは軍一筋に生きてきた周藤にとっては侮辱以外の何物でもなかった。
「聞こえなかったのか?おまえ、オレの世話をするために来たんだろう?
おまえ……さっきから随分と生意気な目でオレを見てるよなぁ?ああ?」
「殿下ぁ、そんなに怒らないで」
「ん?何でだ?」
「だってぇ。あのひとカッコイイじゃない、クミの好みだもの」
「……何だって?」
すると、他の取り巻き女が今度は立花を指差して言った。
「あたしは、あのひといいな。ビィヨン・アンドレセンみたいで」
「……何だとぉ?」
その瞬間、今まで猫なで声だった宗徳の声色がガラッと変わった。
宗徳は立ち上がると二人の前にやって来た。
「このクソ野郎が!!」
何と周藤の顔面を殴り飛ばした。それから、今度は立花を睨み、またしても顔を殴った。
「オレの女に色目使いやがって!!」
はっきり言って、この男のパンチなど二人にとっては蚊にさされたようなものだ。
だが特選兵士の誰に殴られるよりも屈辱的だったに違いない。
「なんだぁ、その目は?文句でもあるのか?」
周藤が鋭い目つきで自分を見たので、宗徳はさらにイチャモンをつけてきた。
「まさか、このオレ様に文句があるのか?おまえらなんかが、このオレ様に?」
「……いえ、ありません」
「だろうなぁ、何しろオレはおまえらのような使い捨ての駒とは違う。
よーく覚えて置けよ。オレの決断一つで、おまえたちの将来を決めることだってできるんだ。
何しろオレは、恐れ多くも総統陛下のご子息様だからなぁ。
てめえらのように国の、いや父上のお情けで生かされているクズとは根本が違うんだ。
よーく覚えておけよ、このクズどもがっ!!」
晶は控え室に入室するなりロッカーを殴った。
「やめなよ晶。ものに当たっても仕方ないだろ」
まさか、この感情的な男に、常に理性的な行動をしていた自分がたしなめられるとは。
それだけでも屈辱的だ。確かにロッカーには何の罪も無いが。
「……僕だって、こんな屈辱は生まれてはじめてさ。
はっきり言って君に公衆の面前で恥かかされた時より数倍ムカついたね」
あんな男に自慢の顔を殴られた。総統の息子などで無ければ、今頃ミンチだっただろう。
それは晶も同じ思いだった。
幼い頃から鬼龍院のもとで血のにじむような努力をしてきた。
何度も実戦で生死の狭間をギリギリの瞬間で生きてきた。
上を目指し、意地もプライドも捨てたつもりだった。
だが、あの男は総統の息子というだけで自分が必死になって手に入れたものの上に居座っている。
(息子といっても妾腹の五男坊ということだ。それも公に出来ない女が母親らしい)
こんな屈辱があっていいのか?
周藤は今さらながら、こんな任務につかせた鬼龍院を恨んだ。
その時、タイミングよく携帯の着メロが鳴り響いた。
「オレだ」
『兄貴、オレだよ』
「なんだ?」
『高尾晃司が退院するらしいぞ』
「晃司が?傷は大したこと無かったのか?」
『そうみたいだ。それで、すぐに南米の大使館に派遣されるらしい』
「大使館に派遣?退院してすぐにか?」
『ああ、そうだよ。特別チーム組んで絶対安静なんていってたけど、カスリ傷だったってことだな』
「そうか……わかった、何かあったら、また連絡しろ」
周藤は静かに携帯を切った。高尾が退院した。てっきり死ぬかもしれないと思っていた高尾が。
それなら、こんな所で、あんなクズの為にやきもきすることも無い。
自分の目標はあくまでも、この国のトップに立つことだ。
その最大の障害の高尾晃司が再び表舞台に立つ以上、自分はその上を行くためだけに努力すればいい。
あんなクズ眼中にない。ほかっておけば済むことだ。
「……長官。非常に残念です」
「検査の結果は本当に間違いないのか?」
「……はい」
「……XYZ計画。第二計画のY計画にすぐに取り掛かれ」
「しかし……Y計画は今後10年の時間を費やしておこなう予定でした。
まだ準備すら出来ておりません。しかも予算が……」
「何のためにⅩシリーズを作ったんだ?科学省の論理を証明する為だろう?
こうなったら晃司をあらゆる危険地帯に行かせろ。
一分一秒も無駄にするな。あらゆる危険任務につかせ、奴の能力の高さを証明させろ。
そうすれば上に予算を出させることが出来る。
あの計画を三年以内に実行に移すには今の科学省の予算、最低三倍必要だ。
何としても予算を出させるんだ。その為に晃司にはしっかり働いてもらう」
「はい、わかりました」
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