「第三地下実験エリア爆破、科学者数名被爆の模様!第四地下実験エリアも爆破!
このままでは第五、第六実験エリアまで飛び火するのは時間の問題です!!」
「すぐに機密ファイルを持ちだせ!!」
「ダメです。普通の人間では近づくことすら出来ません!」
「だったら、すぐに晃司と秀明を向わせろ!!
あのファイルには科学省が50年かけてきたプロジェクトの全容が記されているんだ!
あれだけは絶対に灰にするな!その為の犠牲は一切かまわん!!
機密ファイル保護を最優先だ、早くしろ!!」




キツネ狩り―過去との決別⑤―




「なあ直人。おまえテロリストとやりあったんだって?」
「ああ、親父の命令だ」
「どうだった?」
「失敗した。奴等全員勝てないと悟った瞬間舌かみやがった」
「おまえの勝ちか。で、なんで失敗なんだよ。
まあ、あんまり最良の結果とはいえないが負けたわけじゃないし……ん?」

その視線の先。スーツに身を纏った男が一人。
冷たい目。その目は明らかに菊地に注がれている。
男は菊地を確認するとツカツカと近づいてきた。


そして、いきなり平手打ち。菊地の体が地面を滑っていた。

「直人!!」

「……どういうことだ直人」
「いきなり殴ることないだろ!」
瀬名は男に怒鳴りつけながら、菊地の肩を掴み地面から起こした。

「敵のリーダーは、潜伏地は!?この計画に関与している組織は!?
おまえが奴等を生け捕りにしていたら、それがわかったんだ!!
全部、おまえのミスだ。こんな価値のない男なのか、私が育てあげたのは!!
何とか言ったらどうだ直人!それとも言葉すら忘れたのか!?」


「オレでも直人と同じ結果だっただろうな」


背後から静かな声が聞こえた。三人の視線が一箇所に注がれる。

「奴等は左翼崩れのチンピラでも、ヤクザでもない。
完全武装した筋金入りのテロだ。生け捕りにされるくらいなら死を選ぶ奴もいる。
デスクにかじりついて実戦というものを完全に忘れたのか?
局長……あんたもかつては、そういう連中を相手に戦ってきたはずだ。
それを承知で直人に無理難題を押し付けるほど平和ボケでもしたのか?」


「……氷室隼人。何だ目上の者に向って、その口の利き方は」
「気分を害したのなら謝罪しておこう。だが言ったことに対してはオレは間違っているとは思わない」
「なんだと?」
「大佐から聞いたが、自分の復讐の道具に直人を使うのは感心しないな。
あんたが憎いのは直人じゃなくて西園寺紀康だ。そうだろう?」


「……柳沢め……あいつ!」

西園寺紀康の名前を出した途端、菊地春臣は唇を噛み向きを変えた。


「行くぞ直人!一から鍛えなおしてやる!!」
「……ああ、了解した」


「……おい直人」
「……気にするな俊彦。もう馴れている」
それから氷室の横を通り過ぎるさい「迷惑かけたな」と小声で囁いた。




「……直人」
「気にするな。あの程度でめげるような奴じゃない。そんな奴なら、とっくに死んでいる」
「まあ……そうなんだけどさ。あいつは、なんていうか危なっかしいんだよ。
ほっとけない。いつか……早死にしそうな気がする」
「だろうな。この世界にいて老衰で死ぬ奴がいたら奇跡に近い」
「簡単に言ってくれるよなぁ……まあ、そうなんだけどさ。ところでなんだよ菊地局長の復讐って?」
「つまらないことだ。あの男、若い頃に西園寺紀康とやりあったらしい」
「ブラックリストトップの西園寺か?」
「ああ、そうだ。当時局長は陸軍の特殊部隊に属してて奴と交戦したんだ。
そして右目と12人の部下を失った。その中には局長の弟もいたらしい」
「義眼だったのか?」
「そうだ。諜報部に転属したのもテロの情報を掴みやすいからだろう」
「……そんなに強いのか。西園寺紀康って奴は」
「まともにやって勝てるのは科学省のリーサルウエポンくらいだったと聞いている」


科学省が作り上げたリーサルウエポン。初代の高尾晃司をはじめ7人いた。
Ⅹシリーズの原型とも言える科学省ご自慢の人間兵器たち。
だが、初代高尾晃司(現在の高尾と区別する為にファーストと呼ばれている)は一人の女の為に軍を捨てた。
そして裏切り者として、かつての仲間に命を狙われた。
実際に何があったのか瀬名も、そして氷室も知らない。


だが高尾晃司は死亡。そして他の6人も死亡。
高尾晃司の妻も死亡。そのおなかの中には次の月には生まれるはずだった子供がいた。


その子供はどうなったのか……瀬名は考えないことにした。
母親の胎内に残されたまま、母子ともに火葬にされたならいい。
だが、もしかして科学省が実験材料としてホルマリン漬けにでもして持って帰ったかもしれない。
そんな不吉な可能性もあったからだ。
何しろ科学省が芸術作品とまで言い切った高尾のDNAを持った子だから。
もし、その子が無事に誕生していたら、自分たちと同じくらいの年齢ということもり、瀬名は余計に吐き気がした。














「なんだオヤジ。急用だと聞いたから来たんだ。用があるなら、さっさと言ってくれ」
「まあ、そう焦るな。もう一人呼んでるんだ。お、来た来た」
周藤はチラッと頭だけ後ろに向けた。
「どういうことだオヤジ、どうして輪也まで」


「諜報部の奴等が西園寺紀康の最新の映像を入手した」


周藤と輪也の顔つきが変わった。
にもかかわらず鬼龍院はDVDをプレイヤーにセットしている。
「奴等、どうやらまた何かやるつもりだな。さて何をしでかすことやら」
プレイヤーが再生。55型の大型プラズマテレビに少々ノイズが走っているシーンが映し出された。
「よく見ておけ。テロ集団『赤い彗星』に潜入した諜報部員が隠し撮りした貴重な映像だ」




『……で、おまえたちは何がいいたいんだ?』
中央のソファにふかぶかと座る男。どうやら、『赤い彗星』の首領らしい。
『今度の仕事から手を引いて欲しい。そう言っている』
相対している男。まだ若い、三十半ばに少し届かないくらいだろう。
『軍務省破壊工作か?クックック……何をいうかと思えば』
『オレも貴様も主義や主張は違うが政府を潰す目的は一緒のはずだ。
だったら、確実に成功するほうがやる。それが自然だろう?』

『……なんだと?若造の分際でオレたちより上だと抜かすのか?』
『そうは聞こえなかったのか?』

『なんだとぉ!!』
途端に、その男(と数人の部下)の周囲を何人ものテロリスト達が囲んだ。
『口の聞き方に気をつけろ西園寺!この十数年、少し名を売ったくらいで調子にのりやがって!!』
『そう慌てるな。この仕事はオレたちがやることになる。絶対にだ』
『なんだと?わけを言え』
次の瞬間、西園寺はとんでもないものを懐から取り出した。
『オレがこのニトロ爆弾持っているからさ。この部屋なんか簡単にふっとぶぜ』





「この諜報部員、冷や汗ものだな」
「黙ってみてろ晶」




『おもちゃじゃないぜ。おまえも、貴様も、ここにいる奴等全員死亡だ』
『……おまえおかしいのか?』
『かもな。でなければ過激テロなんてやってられないぜ』
『……おまえの部下も死ぬんだぞ』
『わかってないようだな』
西園寺はチラッと背後の部下達に目をやた。その中には西園寺の片腕・周藤啓一の姿もある。

『こいつらはオレの為だけに呼吸している連中だ。オレの道具になって、オレの為だけに生きるために。
それ以外に一切存在理由なんかない。それが嫌ならいつでもオレの元から去れと言ってある。
生かすも殺すもオレの自由だ。理解できたか?』

『……クレイジー』
『それから、もう一つ。オレがほしい答えはそれじゃない』
西園寺はツカツカと首領のそばに近づいた。
そして、首領の前におかれた呼吸そうなテーブルの手前まで来ると、それをバンッと叩きつけた。





『イエスかノーかと聞いているんだ!!』




『……イ、イエスだ』
『グッド。それでいい。交渉成立だな、いくぞおまえたち』
西園寺は部下を引き連れ、その場を去ろうとした。
『待てッ!!おまえ、こんなことをして……』
『もちろん只で済むとは思ってないさ。最も、オレを敵にまわして生きていた奴なんて一人しかいない。
科学省の化け物・高尾晃司だ。奴が死んだ今、怖いものなんてない。今すぐ証明してやろうか?』





「ここでDVDは切れている。この後、首領はこういったそうだ。
『オレは今まで自分を狼だと思っていた。だが、奴は獅子だ』と。
どうだ、おまえたち……西園寺に勝てるか?」
「……今のオレじゃあ勝てない。そう言いたいのか親父?」
「さあな……おまえたちは特別だから、もしかしたら勝てるかもしれん。そう思ったんだよ」
鬼龍院は立ち上がると「久しぶりだからつもる話もあるだろう。オレは消えてやるよ」と部屋を出た。


二人はしばらく口もきかなかったが、輪也がまるで魔法で止まっていた時間が動き出したように立ち上がった。
すたすたとDVDプレイヤーに近づき、再生ボタンを押す。
ほんの数分前見たばかりの場面が画面に再び流れた。
数分たった。終わった。すると、また再生ボタンを押した。同じ場面が流れる。
数分たった。やはり終わった。輪也が再び再生ボタンを押そうとした。


「……やめろ輪也。何度見ても同じだ」
「…………」
「くだらないマネはするな」


周藤は立ち上がると上着を肩にかけ、その場を後にしようとした。
「……兄貴は何も感じないのか?」
「何がだ?」
「……何がって……」
「おまえは何か感じたのか?」
「……いたんだぞ」
輪也は唇を噛み締めると怒鳴るように言葉を吐いた。




「親父だ、間違いない!この中にいたんだ、見間違えるわけがない!!」




輪也は再生ボタンを押す。そして一時停止ボタンを押した。
画面に数人の男が映っている。その中の一人を指差し輪也は叫んだ。

「こいつは親父だ!何年もあってないけど親の顔をわすれるものか!!
オレや兄貴、それにおふくろを捨てた男だ!おふくろが死んだのは親父のせいだ!!
親父がおふくろを殺したんだ!!」

「ああ、そうだな。親父に間違いない。そんなこと名前だけでもわかるだろう。
親父は偽名を使っていないんだ」


「……兄貴は何とも思わないのか?」
「何をだ?」














「……もう、でかくなっただろうな」
地面に背をあずけタバコをふかしながら、一枚の写真を見上げていた。
美人だが、どことなくはかなげな女性と二人の幼い男の子が写っている。
「周藤。こんなところにいたのか」
見上げている空をバックに、瞳の中に一人の男が飛び込んできた。
「よぉ、珍しいな。おまえから声掛けてくるなんて」
「話がある。例の軍務省爆破工作のことだ」
「まあ、そう急かさないでくれよ。それより、これ見てみろ」
周藤と呼ばれた男が写真を見せる。
相手の男――随分と整った品のいい顔立ちだが、凍てついたような目をしていた――は、チラッと一瞥した。


「……そんなもの持ち歩いていたのか」
「そう言うなよ。どこで、どうしてるのかと思ってな」
「周藤啓一、おまえの欠点を教えてやろうか?
おまえは感情に流されやすい。もっと先を見ない奴に勝ち目はないぞ」
「だよなぁ……まあ、いいんじゃないのか。その分、おまえが冷徹すぎるしな」
啓一はククッと面白そうに笑った。
「なあ西園寺。この写真、おまえが持っててくれないか?」
「何を言っているんだ。それより早く来い、五分以内にだ」
「はいはい、わかりました」




「感情に流されやすい……か。あいつに言われるとは思わなかったなぁ」
西園寺の後姿を見ながら啓一は溜息をついた。
常にブラックリストのトップに名が挙がる西園寺紀康。
その西園寺についている男の多くが幼い頃から政府に不満をもった連中だった。
周藤啓一も例外ではない。
彼の場合は両親が反政府活動をしていて、その為自然とそういう道を歩むようになった。
だが西園寺紀康は違う。むしろ政府側の人間だった。


西園寺はテロリストの中でも極めて特殊な経歴の持ち主で、なんと代々政治家を輩出してきた名門の出だ。
彼の祖父は首相まで勤めたこともある。
その絵に描いた様な上流家庭に彼は誕生した。
常にボディガードにつきそわれ、登下校も高級車が送迎し、商店街で買い物一つしたことがない。
無菌室で育てられた世間知らずのお坊ちゃんに過ぎなかった。
それが何故政府に恐れられるテロリストになったかと言えば端的に言えば戦闘の才能があったのだろう。
天才と言ってもいい。
しかし何も無ければ、その才能に気付くことなく平穏な一生を、ただ優雅に送っていたはずだ。




彼が15歳のとき、全てが変わった。
彼の父は、ある大物政治家と大臣の椅子をめぐって熾烈な争いをしていた。
その父が演説の最中、何者かに暗殺された(政府は左翼くずれの危険思想者の犯行と断定)
さらに葬儀中に自宅が大爆発(警察の発表によるとガス爆発)、母、三人の妹をはじめ一族全員死亡。
名門・西園寺家は完全に血筋が絶えた――はずだった。
だが、警察の発表で全員死亡とされた中、一人だけ生き残っていた者がいた。


それが西園寺紀康だった。


もっとも、西園寺一族は全員爆発により遺体はバラバラ。
まさか、生存者がいたなんて警察も思わなかっただろう。
何より紀康は自ら姿を消したのだ。
わかっていたのだ。父を暗殺したのは父の政敵で、報復を恐れ事故に見せかけて一族を皆殺しにした事を。
その政敵達は現在政府の中枢にいる。

これでおわかりだろう?

西園寺紀康が政府に対して過激なまでの戦いを繰り広げているのは思想の為でも主義の為でもない。
政府の圧制に苦しんでいる国民を解放したいという正義感でもない。
家族を殺し、全てを奪った者たちに対する復讐だったのだ。
一人で街を歩いたことも無い御曹司が若干15歳でこの世界に入り、僅か四年で大組織の最高幹部にまでなった。
そして組織の中で自分を慕う若者を集め、もっとも過激な派閥を作り、あらゆる破壊工作をし繰り返している。
それだけ――心の中にくすぶっている憎悪の炎は凄まじい。
もしも西園寺を殺せることが出来れば、その者は軍の中で完全に保証された人生を歩むことになるだろう。















「輪也、おまえは顔はオレと同じように親父に似たが、性格はおふくろに似たんだな。
そんな感情的になるような奴は、この世界では長生きできないぞ。生き残りたければ……」


「周藤さん!!」

一人の少年兵士が顔面蒼白になって部屋に飛び込んできた。
「なんだ、騒々しい」
「科学省で大規模な爆発がありました!地下実験施設が第8エリアまで完全に崩壊したそうです!」
「科学省が?」
「科学者18名、職員24名死亡。重軽傷者78名。
その中に……高尾晃司と堀川秀明も含まれているようです」


「何だと!!」


途端に、その少年兵士の首が締め上げられるような状態となった。
周藤が襟を、これ以上ないほどキツく掴みあげたからだ。

「晃司はどうした!?どこの病院に搬送された!!」
「……ぐ、軍務省直轄の……第三国立病院です」

その言葉が終わらないうちに周藤は少年を突き飛ばすように離すと走っていた。




ふざけるな、オレはまだ一度も晃司に敗北感を味あわせていない。
勝手に死なれてたまるか!!





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