「晃司が帰ってきたぞ」

蛯名が食堂に駆け込みながら言い放った。
途端に、その場にいた者の表情が変わる。
高尾晃司がまたテロリストを一人ブラックリストから削除した。
その情報はすでに伝えられてはいた。


やがて高尾が食堂に姿を現すと何人かは敵意と反発心を秘めた目で晃司を見詰めた。
そんな中、氷室はスッと立ち上がると高尾のそばに行き一言「どうだった?」と訊ねた。
「別にいつも通りだ」
高尾は必要以上のことはいわない。
「そうか」
氷室もそれ以上は何も聞かない。
第三者からみたら、とてもそうは思えないが、これでも二人の間には会話は成り立っているようだ。




キツネ狩り―過去との決別②―




「もう15年近くも昔のことだ」


周藤は鬼龍院が酒を飲みながら語った昔話を思い出していた。


「当時のオレはまだほんの若僧で、地位も権力も何も無い只の色男に過ぎなかった」


色男という形容詞が多少気になったが、話の内容には関係ないから気にしないことにした。
周藤が興味を持ったのは、その昔話に登場した二人の男のことだった。
一人はあるテロリスト。もう一人は当時軍で噂になっていたある士官のことだった。














――15年前――

「鬼龍院さん、昇進おめでとうございますー!!」
「また軍功上げられたんですね!!」
その声援に、もともとお調子者だった鬼龍院は高い位置に駆け上がった。
「てめーら、声が小さいぞ!!」
怒鳴り声をあげると、声援の音量が倍になる。
大歓声にたたえられる快感。一度味わったら麻薬も同じ。
「ナンバー1だ!」
鬼龍院は高々と人差し指を天に突き上げた。
「オレはトップに立つために生まれてきた男だ!
なぜならオレは世界一輝いている男だからだ!
蝶のように舞い、蜂のようにさーす!!」
どこかで聞いたようなセリフだが乗りに乗っている鬼龍院に誰もツッコむものなどいなかった。

約一名を除いて。


「いい年して相変わらず馬鹿丸出しか。いい加減に大人になれよ」
「なにぃ!……柳沢、てめえ」
「フン、十代の頃とまるで変わらないな。それとも馬鹿は何年たっても馬鹿なのかな?」
「……なんだと?さてはオレが昇進したんで妬んでいるんだな。
見苦しいんだよ。おまえこそ少しは大人の振る舞いってものを身につけて出直しな」


「……なんだって?この……単細胞馬鹿」
「……陰険野郎」


………シーン………


「よくも愚弄してくれたな!今日という今日は殺してやる!」
「こっちのセリフだっ!今度こそ、地獄に送ってやるぜ!」
「き、鬼龍院さん!おちついてください!!」
「や、柳沢さん!お願いですから冷静になって下さい!」
取っ組み合いを始めた二人を慌てて取り巻き連中が止めに入った。
これがごく普通の日常の光景でもあった。


「おい、何を騒いでるんだ?」
「ひ、氷室さんっ!止めてください、鬼龍院さんと柳沢さんが!」
「……またか」

氷室恭二(ひむろ・きょうじ)、代々軍人の家系の生まれで士官学校では柳沢の同期だった。
普通、お坊ちゃんなんて奴は親のコネしか持たない奴も少なくない。
けれど恭二は生まれながらの軍人で士官学校も主席で卒業したエリートだ。




「二人ともいい加減にしたらどうだ?少しは面子ってやつを考えろ」
「その面子がかかっているんだ。オレは大東亜共和国最強の男だぞ!」
「なんだとぉ!?ふざけるな鬼龍院、オレの方が上に決まっているだろう!」


「……どっちもハズレだ」
「「……何?」


「最強は科学省のエリート兵士だ。おまえ達が喧嘩している間に、またテロリスト集団を片付けたらしいぞ」
「……まさか、あいつか?」
鬼龍院は柳沢の襟を掴み上げている手を止めた。
「……またか?これで何人目だ?」
柳沢も殴りかけていた手を止めていた。














「今思い出してもはっきりと奴の顔が脳裏に浮かぶ」
鬼龍院はブランデーをグラスに注ぎながら溜息をついた。
「科学省は何十年も前から優秀な兵士の遺伝子を残すことに力を注いでいた。
国中から優秀な男女の兵士を選び交配させ、子を産ませ、その子に徹底的な教育を施す。
今となっては古臭いやり方で、もう廃止になったが」
「廃止?人工授精で確実に産ませるためにか?」
「違うな。女親に問題が起きたんだ。最初は国家の為の任務と思って産んだ子に情が移ってな。
産まれた子を連れて逃げ出す女兵士が後を絶たなかった。
だから共和国暦XXII年、科学省は生産方法を変えることにしたんだ。
優秀な兵士に遺伝子だけを提供させ、それを全く血縁関係のない金で雇った代理母に産ませる。
そうすれば生まれた子を連れて逃げ出す親がいなくなる、そう思ったんだろう」
鬼龍院はグラスを傾けながらさらに続けた。


「……だが、科学省がそういう方法に切り替えたのは、やはり奴の離反が最大の原因だろう」


「奴?」
「科学省で生まれた人間であるにもかかわらず政府を裏切って軍から脱走した男がいたんだ」
「そんな奴がいたのか?」
「ああ、名前は……高尾晃司」




「……高尾…晃司だと?」




「初代高尾晃司だ。おまえが知っている奴は二代目だよ。
科学省は生まれてくるガキを担当している博士の苗字を継ぐことが多い。
苗字を考えてやるのも面倒だというのが理由だろうな。
遺伝学の天才・高尾博士が最高の交配だと豪語して誕生させたのが奴だった。
競走馬をつくる生産者と同じだ。理想通りの子が生まれて大成功だと熱狂していたらしい。
奴は両親も科学省で作られた人間、つまり科学省の純血種、サラブレッド第一号だ」

「そんな奴がどうして脱走なんてしたんだ?」
「聞いて驚け。こともあろうに外界の女と恋に落ちて駆け落ちしたんだ」


周藤は言葉に詰まった。なんだ、それは?冗談だろ?


「科学省で生まれ科学省で育った軍最強の男がだ。
軍の中で最も人間らしい感情など持たなかった人間がだぞ?
あの時は科学省は面子を失い大騒動だった。
相手の女も家を捨ててきたっていうんだから、よっぽど大恋愛だったんだろうな」
「で、どうした?」
「決まってるだろう?科学省は残っている純血種のエリート兵士を集めて奴を追わせた。
つまり刺客を放った。結果科学省は高尾晃司を含むご自慢のリーサルウエポンを7人失った」
「相手の女は?」
「もちろん死んだ。遺体は女の一族が引き取りそれで終わりだ。
その一族というのもかなり権力を持っている家らしくて、娘のしでかしたことが表に出るのを嫌がったんだろう。
で、科学省や軍と結託して全てをもみ消した。だから、この話を知っているものは数えるほどしかいない」




「その翌年からだ。科学省が生産方法変えたのは。いや、生産方法だけじゃなく特殊な施設を作りだした。
軍基地のさらに奥、半径10キロ四方は鉄条網で囲み、特別な許可がないと将官といえども入れない施設を。
その地下で外界とは完全に切り離した徹底的な教育を施した特殊な人間に育てる為にな。
おまえが見た三人組。Ⅹシリーズは多分今まで外の世界を見たこともないだろう。
おまえに敗北感を味あわせた高尾がどのくらいの強さかは知らないが……。
オレが知っている奴は本当に凄かった……奴は人間じゃないと何度思ったことか……。
奴と戦って生きていた奴なんて一人しかいなかったしな……」
「誰だ?」
「超過激派のテロリストだ。今でもブラックリストのトップに名を連ねている。
奴は手強い。オレも一度だけ会ったことがあるがとんでもない奴だ。
奴は真正面から特殊部隊の本部を襲ってきやがったんだ」
「つまり、そいつがオヤジを殺していたら、オレは騒音の被害をこうむることもなかったってわけか?」
「……相変わらず可愛げのないガキだな」

――鬼龍院は思い出した、あの時のことを。














「鬼龍院、柳沢、おまえたちまたやりあったらしいな」

上座に座っていた二人の上官・菅原が頭を抑えて溜息をついている。
「……どうして仲良くできないんだ?おまえたちは私が見込んで育てあげた士官だぞ。
部下のおまえたちが仲たがいしていては私の仕事にも差し支える」
「閣下。お言葉ですが、誰が見ても非は鬼龍院にあります」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。この陰険豚」
「なんだとぉ!」
「やめないか!……もういい、部屋に下がってろ」
ピピピピピ……と電話の着信音が爽快にリズムを奏でた。


「もしもし、ああ氷室か。どうした?……何だと!」
「閣下、どうしました?」
「第三棟入り口のカメラの映像を見て欲しいということだ」
リモコンのボタンを押すと、天井から映画のような大画面がゆっくりと下がってきた。
そして、そこには二人の男が映し出されている。
二人ともサングラスで、膝下まである長めの全身真っ黒のレインコートのようなものを着込んでいた。
警備の兵士が荷物及び身体検査をしているようだ。


「なんだ、あの格好は?見るからにマニアックな奴等だな」
「うるさいぞ静かにしろ鬼龍院」
「なんだと?おまえに言われる筋合いはないんだよ」
「二人とも黙ってろ」




ピィー、金属探知が反応した。
「金属を身につけているのなら外してください。まずは、そのコートを開いてくれますか?」
兵士が言うまでも無く男がコートを前開きに開いた。


「……なんだ、あいつは!!」


これには常識はずれな鬼龍院も我が目を疑った。
その男のコートの下にはサブマシンガンが二つも携帯されていたのだ。
だが、カメラを通さず直接目の当たりにした警備の兵士のほうが何十倍も驚愕したに違いない。
もっとも、その兵士は腰につけていた銃を構えることなく額の中央に風穴を開けて倒れていた。
その銃声を聞きつけ一斉に兵士が駆けつけてきた。




激しい銃声が鳴り響き、瞬時にそこは戦場になった。
いくらサブマシンガン所持とはいえ、特殊部隊の本部に真正面から攻撃しかけてくるなんて正気ではない。


何なんだ、あの男は?!


「西園寺紀康(さいおんじ・のりやす)だ」

鬼龍院と柳沢は同時に菅原に振り返った。
「……間違いない」
「……閣下、あの男をご存知で?」
「ああ知っている。最大派閥のゲリラの最高幹部で、超過激派テロリストだ」
「もう一人は?」
「周藤啓一(すどう・けいいち)、奴の右腕だ。奴も西園寺同様過激派テロリストだ」

そんな会話をしている間にも、画面に映し出されたホールには次々と兵士達の死体が重なりあっていった。
兵士達が柱の影に隠れた西園寺に対して一斉射撃をしている。
コンクリートの柱が銃弾によって、原型を無くしている。
そして銃声が、ほんの僅か止まった。弾が尽きたのだ。
その、時間にして一秒にも満たない時間を狙って、サブマシンガンが火を噴き、次々と兵士が倒れていく。


「調子に乗りやがって!!」
鬼龍院は銃を手に取ると駆け出した。
「待て!おまえの適う相手じゃない!!」
「……聞き捨てならないですね閣下。それとも、奴にこのまま好き勝手させておくんですか?」
「幸い高尾晃司が来ている。奴にやらせよう」
菅原はすぐに受話器を手にした。
「すぐに第三棟の一階ホールに向かってくれ。テロリストが強襲をかけてきた。
いいか、必ず息の根を止めろ。特に西園寺は必ず仕留めろよ」




部屋の中央に位置する大画面の中に程なく科学省ご自慢のリーサルウエポンが姿を現した。
それを見た西園寺は本能的に只者じゃないことに気付いたのだろう。
サングラス取ると、それを後ろに投げた。
鬼龍院がモニター越しとはいえ、西園寺の生の素顔を見たのはそれが最初で最後だった。
その目を一生忘れることは無いだろう。それほどにインパクトのある目だったのだ。


まるで、この世の全てを敵にまわしたような赤い色つきの瞳。
誰だろうと決して信じない、そんな冷たい目。


何があったのかは知らないが、目を見ただけで多くの修羅場を潜り抜けてきた事が瞬時にわかる。
そんな、強烈な目をした男だった。















「で、どっちが勝った?」
「あの後、すぐに二人の銃撃戦が始まった。ところが、その銃撃戦のせいでカメラがぶっ壊された。
詳しいことはオレも見ることができなかったんだ。ただ高尾は奴をおっぱらうことは出来たが逃げられた。
逃げたということは高尾が勝ったということだが、まあ今となっては昔話だな」

それから鬼龍院は周藤の顔を、やけにジロジロと見詰めた。


「何だ?」
「なぜ、おまえを引き取ったと思う?」
「オレが天才だからだ」
「バーカ。一度会っただけのガキを見て、そんなことわかるわけないだろ」


「おまえの目だ」
「目?」
「そう、初めて会った時のおまえの目……それを見て決めた」


「その目、昔見た、あの男を彷彿とさせた。おまえは間違いなくものになる。そう直感したんだよ」




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