「柳沢の悔しそうな顔と言ったらなかったな!」
鬼龍院はご機嫌で、口を開けばそのことばかり。
余程、周藤が氷室の上にたったのが嬉しいらしい。
が、たった一度上にたっただけで満足してもらっては困る。
周藤には今後永遠に氷室隼人の上位にたってもらわなければならないのだ。
「言いか晶。決して図に乗るな。人間は自分で思っている以上に己自身が見えない生き物なんだ」
それに対し、周藤はこう答えた。
「オヤジ、一つ聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「自分を芸能人に例えると誰に似てると思うか言ってみてくれ」
「オレに似ている芸能人か。……ハンフリー・ボガードかな?」
「……なるほど」
「自分自身は見えないか……その通りだな。肝に命ずるよ」
「そうか。ん?……ちょっと待て晶、それはどういう意味だ!?」
「あ、兄貴っ!!」
と、そこに輪也が飛び込んできた。
「どうした?」
「……帰ってきたぞ」
「……なんだと?」
「高尾晃司が帰国したんだ!」
キツネ狩り―過去との決別13―
「高尾さん、お帰りなさい。凱旋おめでとうございます!!」
「高尾さん、第一等特別名誉勲章受賞おめでとうございますっ!!」
空港にはどこから集まったのか、数千人もの高尾崇拝者によって占領された。
「……フン。相変わらずムシのすかない野郎だ、晃司は」
和田などは、その熱狂振りをさも面白くないといった表情で見詰めている。
「仕方がないだろう。晃司はそれだけのことをして帰ってきたんだ」
反対に菊地は素直に高尾の戦功を認めたようだ。
何しろ、テロリストを一掃し大使館を救ったのだ。
相手を素直に認めることも一流の証だと思っている菊地らしいといえばらしいのだが。
つまり和田のように子供のようにつまらない陰口を叩くことは彼のプライドが許さなかったのだろう。
盛大な拍手と歓声に出迎えられて高尾が搭乗口から姿を現した。
和田曰く『烏合の衆』というべき少年兵士たちの群れから高尾が姿を現したのは、それから数十分後だった。
「晃司!!」
真っ先に速水が駆け寄る。
「どうだった?」
「いつもと同じだ」
続いて堀川が速水とは対照的に、ゆっくりと歩み寄っていった。
「怪我はなかったか?」
「ああ」
実に素っ気無い会話だ。
それから、蛯名、瀬名と次々と他の特選兵士が前にでて高尾をねぎらった。
(全く相変わらず何を考えているのかわからない男だな晃司は)
周藤はチラッとそばにいた和田をみた。苦虫を潰したような顔をしている。
(こいつくらいわかりやすい男も問題だが)
それから他の連中も見てみた。
和田とは対照的に佐伯や立花は「おめでとう」とニコニコ愛想よく振舞っているが、その目は全く笑ってない。
(普通の人間にはわからないだろうな。大した演技力だ、感心するぜ)
それから周藤は氷室をみた。
高尾のルームメイトであり、同じ科学省出身の堀川と速水を除けば、唯一高尾と親しい人間。
お世辞にも愛想がいいとはいえないが、おそらく柔らかい表情にはなっているだろう。
何しろ、高尾とは仲がいいからな……そう思った周藤は僅かに目を大きくした。
(……隼人?)
氷室隼人は決して愛想のいい人間ではないが、かといって和田のようにぶすっとした男でもない。
それなのに、異常なくらい険しい表情をしている。
もっとも普段から、あまり表情がない男なので他人が見てもわからない微妙な表情だった。
幼い頃からよく知っていた周藤にはすぐにわかった。
(なんだ隼人の奴。何を気にしているんだ?)
「隼人」
呼んでみた。
「……」
「おい、隼人」
二度目はやや強い口調で呼びかけた。それで氷室は初めてはっとして振り向いた。
「どうした?おまえらしくもないな。何かあったのか?」
「なんでもない。おまえの気のせいだ」
氷室の顔はいつもの表情に戻っていた。さすがだなというべきだろうか?
とにかく氷室は高尾に敬礼をするとスッと右手を差し出した。
「世界一勇敢な男と握手をさせてくれないか?」
「べつにかまわない」
(……隼人!!)
『世界一勇敢な男と握手をさせてくれないか?』
それは周藤にとっては衝撃だったに違いない。
自分も高尾と張り合う戦功をたてた。それなのに自分の時は、そんなマネは一切しなかった。
自分と氷室は幼少の頃からライバル関係だったからと言ってしまえばそれまでだ。
しかし周藤は氷室がそういう個人的因縁にとらわれるような男ではないということをよく知っていた。
つまり、氷室は自分ではなく高尾だけを認め敬意を表したということなのだ。
(……なぜだ隼人。オレはあいつより下だということか?)
そんな周藤の気持ちをしってか知らずか、氷室は「とにかく休め。少しは大事に扱えよ」と高尾の肩に手を置いた。
「何をだ?」
「おまえの身体をだ」
(……何が足りないんだ……オレの何がおとっているというんだ?)
「……隼人」
それは特選兵士の宿舎の一室。氷室が、銃の手入れをしていた時だった。
「なんだ?」
氷室は顔を見ずに答えた。声で誰かわかったからだろう。
「話がある」
「どんな話だ?」
「なぜ、おまえは晃司を認めてオレを認めない?」
「…………」
氷室はゆっくりと顔を上げた。
「……おまえはいつもそうだな」
「何がだ?」
「いつも誰かの上に立っていないと気がすまない。晃司とは正反対だ。
晃司は自分以外の誰かと張り合うことは一度も考えたことがない。
おまえは他人に対抗心を持ちすぎるんだ」
「……晃司は最初からトップだから、ライバル心持つ必要もないってことか?」
「……晶」
氷室は少し俯いた。周藤は、なんだ?と妙な感じを受けた。
氷室のこんな表情を見たのは初めてだったからだ。
「……もう晃司に張り合うのは止めろ。おまえは晃司には勝てない」
「何だと!!」
「おまえだけじゃない。オレもだ」
氷室は静かな声で静に言った。
「オレはあいつにだけは勝てない。いや特選兵士の誰もあいつにだけは勝てない。
絶対に勝てないんだ晶……だから」
氷室は一度口を閉ざすと思いつめたような表情で言った。
「頼むから晃司をそっとしておいてくれ」
「……!」
周藤は怒鳴ることも忘れて、その場を後にした。
常に感情をコントロールし、冷静を努めていた周藤にとっては珍しいくらいの態度だった。
その後姿を氷室は複雑そうな表情で見詰めていた。
思えば周藤とは初めて出会った日から相容れることのない関係だった。
上司同士の因縁もあるだろうが、お互いの性格が正反対だったことが一番の理由だろう。
常にライバルとして争ってきたが氷室は周藤を心から憎んだことは一度もない。
むしろ自分の生き方を全うしている周藤に好感すら抱いているくらいだ。
もっとも、こんなこと上司の柳沢には口が裂けても言えないが。
「……晶。オレはおまえが羨ましい」
氷室の脳裏に今なお色あせない思い出が浮んだ。
何度目覚めても覚めない悪夢。
辺り一面を覆うかのように吹き荒れる吹雪。
雪……白い雪……それなのに鮮やかに瞳に写った色は紅。
晶……おまえは父親を手にかけた時何を想った?
おまえはオレと違って前しか向いていない。
オレは今でも過去を振り返ったままだ。
一歩も前に進めない……。
オレはおまえのように自分に自信を持てなかった。
おまえは父親を殺しても決して後悔しなかった。
おまえは自分を信じているんだな。オレと違って――。
「城岩中学。本年度のプログラム対象クラスで最強の呼び声が高いクラスです」
薄暗い部屋の中。怪しい会議が行われていた。
「まずは川田章吾。旧プログラムでの優勝経験者です」
「……なるほど、こいつは例のプログラム以降政府に反感を持っている。
合法的に葬る意味でも一石二鳥というわけだな?」
「はい。川田は反政府組織と通じており銃の扱い方をはじめ、あらゆる戦術を教え込まれています。
そのくらいの者がいたほうがゲームが盛り上がるかと思い転校させておきました」
「で、他にはどんな奴がいる?」
「三村信史。叔父が反政府組織と繋がりがあり、その叔父から特殊な教育を受けております」
「なるほど」
「まあ、他にも拳法の達人の杉村弘樹。その杉村の幼馴染の千草貴子。
彼女は全国大会出場が決まっていたほどの身体能力の持ち主。
そして相馬光子は地元ではヤクザ顔負けの悪女。
他にも中学生のレベルを超えているものがいますが、何と言っても本命は彼でしょう」
「桐山和雄。頭脳・身体能力共に天才です」
配られる資料。その資料のデータを見た途端、全員の顔色が変わった。
「……このデータに間違いはないのか?」
「はい」
「驚いたな。高尾晃司に匹敵する能力の持ち主じゃないか」
「それもそのはずです。こちらのデータをご覧下さい」
さらに資料が配られる。
「……ま、まさか……これは」
「はい、そのまさかです。遺伝子レベルで高尾と非常によく似ています。
調査したところ、例の子供に間違いないことが判明しました」
「……運命というやつか。まあいい、そのくらいでなければ特選兵士の相手は務まらん」
「御意」
「決まりだな。対特選兵士の対象クラスは城岩中学だ」
「非常に楽しみだ。それで特選兵士からは誰を選出する?」
「すでに佐伯徹、鳴海雅信が志願しております。
それから菊地春臣氏から菊地直人の推薦が」
「他は?」
「和田勇二辺りが手頃かと。それと実は科学省からも一人出したいと言ってきているのですが」
「科学省から?速水志郎かね?」
「……いえ」
「ほう……堀川秀明をだすとは科学省も随分とサービスがいいな」
「……それが、その」
「なんだ。はっきり言いたまえ」
「科学省がだしたいと言っているのは高尾晃司です」
全員が立ち上がっていた。
「高尾……高尾晃司を!?」
「どういうことだ。なぜ、たかが中学生相手に奴を出すんだ!?」
「プロのテロリスト相手に戦ってきた奴だぞ、中学生が相手になる道理がないだろう!」
「それではゲームが成り立たないではないか!!」
「一体何を考えているんだ科学省は!!」
「そ、それが……今一度高尾の優秀さを証明したいとの一点張りで」
「ふざけるにもほどがあるぞ、奴の優秀さなど今さら証明するまでもないだろう!!」
「し、しかし……どうしても出して欲しい。そして、科学省の活動に理解をして欲しいとの事です。
これは科学省長官の直々のお言葉です。断るわけには……」
「……とんでもないことになったな」
「ああ、城岩中学っていったよな……同情するぜ、そこの生徒に」
「どうした?」
「……隼人」
「どうした攻介、俊彦。直人まで顔色がおかしいぞ」
「……晃司が今年のプログラムにでるんだ」
「……なんだと?」
「ほら、特選兵士から特別チームを選抜してプログラムに参加するって話があっただろう。
それに晃司が出ることになったんだ」
「……晃司が」
「とにかく、これで5人決定だな」
菊地が乾いた声で言った。
「オレに徹に雅信、それに晃司は正式決定だ。最後の一人は多分勇二だろう」
それはほぼまちがいないと思われた。
蛯名も瀬名もこういうクソゲームは嫌いだし、科学省もさすがに二人は出さないだろう。
だから堀川と速水の参戦もまずない。和田は高尾の参戦を知って立候補した。
実はもう一人高尾の参戦をしり立候補した人間がいた。それは周藤晶だ。
しかし、周藤は去年すでにプログラムに参加していた。
和田はまだ未経験だ。未経験者には優先参加権が与えられる。
よって最後の一人は和田勇二だろう――誰もがそう思った。
「なぜだオヤジ!なぜオレの参加が認められないんだ!?」
「何度も言わせるな和田勇二に内定した。いいじゃないか、おまえは去年やったんだから」
「去年は高尾晃司はいなかったぞ」
「……しつこいなおまえも。いい加減にあの化け物にこだわるのは止めろ。
おまえの性格上、奴を見て見ぬフリが出来ないのは仕方ないが、時にはスルーすることも必要だ。
おまえはトップに立ちたいんだろう?はっきり言って高尾晃司は野心のあるタイプじゃない。
だから、気にしなくてもおまえの出世の邪魔にはならないぞ」
「あいつ自身がそうでも、あいつの才能とカリスマ性を考えれば必ず担ぎ出そうという人間が出てくる。
そうなってからじゃ遅いんだ。頼むオヤジ、あんたの力でオレを参加させてくれ。
プログラム総本部副長のあんたになら参加者の変更なんて容易にできるはずだ」
「……おい、オレに不正をやれっていうのか。困ったガキだ」
「オヤジ、オレは今まで、あんたのコネを利用したことは一度も無かった。
今度だけだ。オレの最初で最後の我侭だ。そのくらい聞いてくれてもいいだろう?」
「……いいか、よく聞け晶。奴のことはもう忘れろ。
避けて通れるものなら避けるのが賢い人間の生き方だ。
この話はこれで終わりだ。わかったな?」
「……『絶対に妥協するな』」
「……!」
「『一歩も引き下がるな!どんな時も三年後を考えて行動しろ!!
……そして常にベストを尽くせ!!』オレにそう教えてくれた男がいた」
「……晶」
鬼龍院はバツが悪そうに前髪をかきあげた。
「その男は一体どこに行ったんだ?」
「……晶、それとこれとは話が違う」
「違わない。このままほかっておいたら、必ず近い将来、あいつがオレの前に立ちはだかる日がくる。
その前に、オレが上だということを証明しておきたい」
……こんな切羽詰った表情をしたこいつを見たのは初めてだな。
鬼龍院はそう思った――。
「晃司と戦わせてくれ、父さん」
「…………」
鬼龍院は随分と驚いていた。いや唖然としていたかもしれない。
「……頼む」
こんな周藤を見たのは初めてだ。まして頭を下げるのをみたのは。
鬼龍院は周藤から目を離し、しばらくデスクを見詰めていたが、一枚の書類を取り出した。
「晶、おまえを引き取ってから随分たつな」
万年筆を滑らせながら鬼龍院は静かに言った。
「オレの跡継ぎにするつもりだったが、本当はずっと前から気付いていた。
おまえはオレの後釜くらいで満足する奴じゃないことに。
さすがに、この国を揺るがしてきた人間の遺伝子を受け継いでいるだけはある。
わかっているだろうな?こんなことは一度きりだ」
鬼龍院は書類を周藤に差し出した。
プログラム参加者の欄に『周藤晶』と記された書類を。
「これだけの我侭を通したんだ。一つだけ条件がある」
「必ず優勝して帰って来い。命令だ」
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