「……死んだ?」
「ああ、そうだ……桐山は21年前に死んだ。だから当然、子供なんているわけがない。
いくら桐山が天才でも死後6年もたってから子供を作ることは出来ないからな」
確かにそれはない。だからなのか、桐山を見たときのあの態度は。
「秀明、何をするんだ」
突然、徹がやや大きめの声を上げた。話を中断させて、川田たちは視線を注ぐ。
「こんなところにいるわけにも行かないから、そろそろ移動しようと思うんだ」
秀明がどう行動しようが、それは秀明の勝手だろう。
徹が口を出した理由は秀明は美恵を抱き上げたことにあった。


美恵をどうするつもりだ」
「どうするって。もちろん、一緒に連れて行く。それだけだ。何か問題でもあるのか?」
徹にとっては大有りだった。
「気になる場所があるからそこにいく。嫌なら、ついてこなくていいぞ」
「冗談じゃない。美恵を勝手に連れて行かれてたまるか。
美恵を連れて行くならオレも行くよ」
「オレも一緒に行こう」
桐山も立ち上がった。
「ま、待てよ!美恵を連れて行くならオレも行くぞ」
慌てて海斗も立ち上がった。
そして秀明の後を追って続々と歩き出した。
「おい、勝手な行動をとるな。ガキは大人の言うことをきけ」
川田が止めたが、歩き出した彼等は歩みを止める気配はない。
貴弘や真一までついていき、結局それを追って川田たちもついていく事になった。




Solitary Island―98―




「堀川、気になる場所とはどこなんだ?」
ふいに桐山が質問した。桐山が自ら声をかけるなんて珍しいことだった。
「鳥が群れて飛び立っていたのをみたんだ」
「鳥?」
「ああ、少し大型の鳥だ。肉食だから、それが群れて飛び立つなんて何かあると思った」
「ふん、どうせ君の考えすぎだよ」
美恵を横取りされた徹は悪態をつくことを忘れない。
とにかく、今は少しでも落ち着ける場所に行って気を失った美恵を安静にしてやりたい。
一方、七原は今だに桐山から目をはなせないでいた。桐山の背中をじっと見ている。
「七原、いい加減にしろ。あいつは他人の空似だ。それは、おまえも納得できるだろう?気にするな」
川田が横から諭すように声をかけてきた。
「……ああ、わかっている。わかっているけど」
七原は思い出していた。あの日のことは。あの悪夢ともいえる、地獄の二日間を。














「よし……これで準備完了だ。後は三村の点火を待つだけだ。さあ、待ち合わせ場所に戻るぞ」
川田は桐山と七原に「急げ」と付け加えて撤退を促した。
桐山はコインに運命をゆだねていた。あの日もそうだった。
コインが表だったら政府と戦う。そしてコインは表だった。
だから、政府と戦う道を選んだ。
そして二日の間に他の生徒たちと出会い協力することになったのだ。
あの相馬光子でさえも、政府に対して勝算があるということで仲間になっていた。
それでも生徒たちの犠牲は少なくなく、生き残っているのはここにいる桐山、川田、七原。
別行動している三村、杉村。そして脱出地点で待機している貴子、光子、幸枝、この八人だけだ。


対する坂持たちの被害も小さくはなかった。
桐山と川田の活躍で海上に待機している軍との連絡手段を遮断され、さらに三村お手製の爆弾のために多くの兵士を失った。
例の爆弾入り首輪もはずされ、桐山たちをつなぐ鎖はすでにない。
坂持たちに残された手段は、篭城すらできない分校を捨て、海辺にでて直接海上待機の艦に助けを求めるしかなかった。
残った兵力でもって全力で襲い掛かってきたのだ。




もしも海上待機している兵士たちを投入されたら勝ち目はない。
そこで川田と桐山と七原が兵士たちと戦っている間に、三村と杉村が島のいたるところに爆弾を仕掛けていた。
もちろん田舎の島といっても発電所など爆発にはもってこいの場所はある。
桐山と川田がトラックを走らせ、荷台に乗っていた七原は燃料入りのドラム缶をあらゆる場所に落としている。
中身はガソリンスタンドから失敬したガソリンだった。
坂持と兵士たちの居場所はわかっている。このガソリンで囲った区域にいる。
後は、待ち合わせ場所に戻るだけだ。
三村と杉村も時限爆弾のタイマーをセット。全ては上手く行っていた。


「よし、戻るぞ」
だが、そこでミスが起きた。
最後に発電所にガソリン入りのドラム缶を川田と桐山が仕掛けて建物の出入り口に戻っている時だった。
七原が見張りをしていたのだが、その七原の姿を坂持の部下たちが発見。
当然、連中はいっせいに射撃してきた。
「か、川田、桐山ぁぁー!!」
七原の悲鳴。当然、川田と桐山は駆けつけた。
川田と桐山はすぐに応戦。あっという間に兵士たちを片付けた。


「……やばかったな。とにかく、すぐにずらかろう」
「…………」
「どうした七原?」
七原が兵士たちの遺体をじっと見ているので川田が声をかけた。
「いや……あいつらにも家族とかいるのかな、と思ってさ」
「おまえは優しいな七原」
川田はほめたが、次に現実的な厳しい言葉の追加も忘れなかった。
「だが、奴等を殺さなければオレたちが殺されていた。
同情はしないほうがいい。そういう奴は自殺を願っているも同然だからな」
「……ああ……仕方ないよな」
兵士たちの遺体の脇を通り過ぎようとしたときだった。桐山がスッと兵士たちに向けて銃を構えた。


「桐山、何をするんだ!!」
慌てて七原が桐山の前に飛び出した。
「どけ七原、とどめをさすだけだ」
「とどめ?」
「ああ、頭を確実に撃っておかないと安心できない」
「バカなことを言うな!!」
七原は桐山に詰め寄った。
「こいつらはもう死んでいるんだ!死者に鞭打つようなマネはするなよ!!おまえには哀れみってものがないのか!?」
「戦闘には必要ないものだ」
「とにかく、そんな残酷で非道なこと、オレは絶対に許さないぞ!!」
その時だった――。




「七原っ!!」

川田の目が大きく見開かれていた。
桐山からは七原の身体が障害となってみえなかったが川田には見えたのだ。
死んだはずの兵士たち。その一人がカッと目をひらいたのを。
そして、血まみれの腕を七原に向けてあげたのを。その腕の先には銃が握られていたのを。
七原は川田の声に反応するかのように振り向いた。
瞬間、銃声が耳の奥まで突き刺さるようにとどろく。左腕に焼けるような痛みが走った。


「うわぁぁ!!」
腕を掴んで、その場に倒れこむ七原。
「な、七原!!」
川田はレミントンを発砲した。今度こそ、その兵士は息絶えた。
川田は七原に駆け寄った。
「大丈夫か七原!!」
「か、川田……腕が、腕が……」
川田は七原の服を引き裂くと上腕部を縛った。
「しっかりしろカスリ傷だ!!すぐに手当てを……」


ポト……。嫌な音が川田の耳に聞こえた。

川田は振り向いた。七原も自分の痛みを忘れて振り向いた。

ポト……。そして音の正体を聞いた。


「……なんだ、これは?」


桐山は静かな声で静かにそう言った。
赤く染まった自分の手を見て、それだけ言った。
「……き、桐山」
七原がガクガクと震えていた。
銃弾は七原の腕を貫通して――桐山の左胸に被弾していた。
七原が前に立ちふさがり視界を遮られていた桐山には兵士の動きが見えずかわすことができなかったのだ。
桐山が静かに、その場に倒れた。


「き、桐山!!」
七原と川田は飛びつくように駆け寄った。
「か、川田!!すぐに手当てを!!」
川田の表情がくもっていた。
(……心臓…なのか?どっちにしても、この位置じゃあオレには無理だ)
「どうしたんだよ川田!!すぐに手当てしてくれ!このままじゃあ桐山が死んじまう!!」
まだ身体は温かかった。弾が体内でとまりストッパーとなっていたせいか出血もそれほど酷くなかった。
ただ……桐山は目を閉じたまま動かなかったのだ。




「こっちだ!!こっちで銃声がしたぞ!!!」
遠くから兵士たちの声が聞こえた。
それも一人や二人じゃない。
おそらく残った全ての兵士たちだ。
「川田、早くしてくれ!!」
川田は拳を握り締めた。そして七原の腕を掴むと立ち上がった。


「行くぞ」
「……え?」


「急げ、奴等が来る前に逃げるんだ」
「な、何言っているんだよ川田?」
「……桐山はもう手遅れだ」
七原には理解不能だった。ショックで思考能力が追いつかない。
「何言っているんだ!!おまえなら……おまえなら助けて……」
「オレは医者でも神様でもないんだ七原!!
桐山はもうダメだ!!ここにいたらオレたちまで死ぬんだぞ!!」
「見捨てるのか!!?」
二人が口論している間にも足音が近づいてくる。
「オレを軽蔑するならしろ。その覚悟で言うぞ七原」




「桐山を見捨てるしかないんだ。今、連れ帰っても時間の問題だ」




「……!」
七原は愕然とした。
「助からないのか?」
震えながらそれだけ言った。
「そうだ……もう桐山は助からない」
兵士たちの声がさらに大きく聞こえ出した。川田は七原を引っ張るように走り出した。
二人がその場から逃げてしばらくして一台のヘリコプターが上空に現れたが、それすらも二人は気づかなかった。
仲間を見捨てて逃げるという罪悪感から、他のことには一切気が回らなかったのかもしれない。
やがて貴子たちが待機している船がある港まで来た。


「遅いぞ!!」
三村と杉村はすでに到着していた。
川田と七原が姿を現すと、一人足りないことに全員が不審がった。
「桐山はどうした?」
三村の問いに川田は「……桐山は」と重苦しそうに口を開いた。
「……桐山は……桐山は……」
その次の言葉を川田が吐こうとしたときだった。




「桐山は……死んだっ!!」




全員が、ハッとして見た。桐山は死んだと叫んだ七原を。
「桐山は……死んだんだ。あいつらに……心臓を撃たれて……」
皆、一様に信じられない顔をした。
死んだ?あの天才桐山が?なぜ死んだんだ?次にはそんな台詞が出るだろう。
その前に全てを終わらせる必要があった。
「質問は後だ。すぐに船にのれ!!」
川田の指示の元、全員船に乗り込んだ。
そして……数秒後、島のいたるところで爆音がとどろいた。
海上で見張っていた軍艦も、その爆発に気をとられ、島の後ろ側から小さな船がでたことには気づかなかった。
炎に包まれ、いくつも火柱を上げる島を全員複雑な思いで波の上から見詰めていた。


「……七原」
しばらくすると川田は船を自動操縦に切り替え一人船内の隅でうずくっている七原の元にきた。
「……桐山は……まだ生きていた」
七原が小さな声で言った。
「確かに連れて来たとしても……今頃はこの船の中で死んでいた……。
でも……だからといって言い訳にならない。オレは……オレはあいつを見殺しにしたんだ」
川田は七原の肩にぽんと手を置いた。
「……オレが言うべき台詞だった。おまえ一人に重荷を背負わせたな」
七原は静かに涙を流した。
「すまかったな七原」


川田と七原しか知らない桐山の死の真相だった――。














「ここだ」
秀明は美恵をそっと木の陰に下ろすと(瞬時に徹が駆け寄り抱き上げた)、そこから三メートルほど離れた場所にきて片膝をついた。
(……血痕か?)
僅かだが血の臭いが残っている。
「どうした?」
桐山が話しかけた。しかし秀明はふいにある方向を見つめ歩き出した。
全員が秀明の動向をじっと見ていた。そして秀明は岩壁の前まで来た。
「どうした、何かあるのか?」
「ああ、ある」
秀明がスッと手を伸ばして岩壁にふれた。次の瞬間、岩壁の一部が動いてドアが現れた。
桐山と徹以外の連中は驚いたことだろう。


「入るぞ」
秀明が中に入ると慌てて他の者も後に続いた。
「ここから例の基地に連絡が取れればいいんだが……」
秀明はメインルームらしき部屋に入ると通信機を動かしだした。
美恵はというと、医務室らしい部屋に運ばれベッドに寝かされた。
問題はその後だった。伊織が口を滑らせたのだ。
「こんな身体であんなきついことしたんだ……疲れたはずだ、そっとしておいてやろう」……と。
途端に「きついこと……だって?」と徹が反応した。
そして徹に襟首つかまれ詰問された結果、伊織は呆気なく秀明が美恵に戦闘命令をだしたことを吐き、
徹は激怒して医務室を飛び出すとメインルームに。
なぜか徹のほかにも数人後に続いていた。




「――と、言うわけだ。美恵が目を覚ましたら、また連絡するがオレたちはこちらから地下に入る。
さっき青写真を見てわかったが、ここから地下のメインストリートを通ればそちらに……」
「秀明っ!!」
「なんだ徹?」
「聞いたぞ、どういうことだ!!美恵は怪我をして意識不明の重体だったんだぞ!!
その美恵に無茶をさせるなんて、美恵を殺す気だったのか!!」
秀明は椅子に座ったまま、クルッとこちらに向きを変えた。
「佐伯の言うとおりだ!!美恵は、女の子なんだぞ!!」
海斗も美恵の身を案じていたせいか怒りは大きい。
「そうだ。しかも怪我までした彼女を守ってやるのが男だろう!!」
幸雄は自分は守ってもらう側の人間だったことは棚に上げて抗議した。
「うちの親父は女癖悪いが、そこまで鬼畜じゃなかったぞ!!」
真一は余計なことまで言い出している。
「オレは親父が母さんに重たいものを持たせたことすら一度も見たことないぞ!!
それなのに、貴様、一体何を考えているんだ!天瀬は貴様の私物じゃない。無茶なマネをさせる権利が貴様にあるのか!?」
「権利?」
貴弘の質問に秀明は考える人のポーズを取った。全員があきれた。マジかよ、こいつ真剣に考え込んでいる、と。
ところが数秒後に秀明はとんでもないことを言い出した。


「権利なら――ある」


その答えに元々気性が激しかった貴弘はカッとなった。


「何だと!?何の権利か言ってもらおうじゃないか!!」




「婚姻の権利だ」




部屋中、これ以上ないくらい騒がしかった。それこそデモが暴徒化したように。
だが、今はシーンと静まり返っている。
「婚姻の権利……?どういうことだ」
かろうじて桐山だけが質問していた。
「妻は夫の言うことを聞くものだ。オレは上からそう聞いている」
全員、呆気に取られていた。海斗も真一も幸雄も貴弘も。
そして、ちょっとやそっとのことでは驚かないよう訓練されたはずの徹でさえ。
桐山だけは無表情だったが、それでも言葉に詰まっていた。
さらに付け加えれば、その会話は通信機を通して例の基地の通信室にも聞こえていた。
晃司や志郎は平然としている。隼人はため息をついていた。
だが、他の連中は(晶でさえも)みな、固まっていた。
特に雅信は何が起きたかわからない、そんな表情で。

「どうした聞こえなかったのか?オレには正当な権利がある、そう言った」

秀明は立ち上がった。そして、はっきりと言った。




「オレは美恵の夫だ」




【残り33人】




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