「三村よかった、無事だったんだな」
海斗は真一の姿を見て心からホッとした。
「悪かったな心配かけて」
「本当よあんまり心配かけないでちょうだい」
光子の言葉に、川田は心の中で『おいおいおまえが言うとあんまり真実味を感じないぞ』と苦笑した。
「とにかく無事でなによりだ早く戻るぞ」
三村がそれだけ言って、その場から一歩踏み出した。

(言うことはそれだけか。まったく真一も真一だが、おまえもおまえだ)

川田はため息をついた。


「ま、待ってください」
千秋が必死になって叫ぶように言った。
「まだ父が……父を助けてください」
「お嬢さん……もしかして七原の娘さんか?」
川田の質問に千秋は「はい」と簡潔に答えた。
(顔はどことなく七原に似ているが、どうやら性格は母親似のようだな)
しっかり者でクラスメイトの信頼もあつかった幸枝を思い出させるような雰囲気が千秋にはあった。
「じゃあ三村、おまえは相馬たちを連れてもどれ。オレは七原を……」
助けに行く、と言い掛けた時だった。遠方に銃声が!

「なんだ、あの音は……しかも連続射撃しているじゃないか!!」




Solitary Island―97―




恐ろしい悲鳴を上げながら次々に倒れていくF2たち。
秀明は単身でF2の群れに飛び込んでいった。そして、瞬く間に至近距離から倒していく。
しかし多勢に無勢。数の上では圧倒的不利。
まるで波のように間髪いれずに新手が襲ってくる。
だが遠方より銃声が空を切り裂き、同時にF2たちはざくろのようにパカッと頭がはじけた。


100メートル先から美恵が秀明の死角から攻撃を仕掛けるF2たちの頭部を正確に狙っての射撃。
伊織はただただ愕然とした目で美恵を見ていた。
ずっと同じクラスだったとはいえ思えば会話もろくにしたことのない。
そんな間柄とはいえいくらなんでも普通の中学生のはずの美恵が銃を扱えるなんて考えもしなかった、
だってそうだろう?そんなこと普通はありえない。
伊織の視線は正直言って美恵には痛いものだったに違いない。
『自分たちとはあきらかに違う人間』、無意識にそんな思いを感じ取ってしまう。
もちろん、今はそんな感情にかまっている暇はないが。
あっという間にライフルの弾は空になる。間髪いれずに、すぐに弾を込め再び射撃。
その無駄のない洗練されたスピーディーな動きはあきらかに普通の中学生ではなかった。


それにもまして異質なのは堀川秀明だろう。
遠目からだからよく見えなかったが、それでも激しい戦闘だということはわかる。
あの化け物の群れに飛び込んでいき、互角……いや、それ以上の戦闘力を見せ付けているのだ。
いくら銃を持っているとはいえ、怒涛のように攻撃を仕掛けてくる何十匹という化け物相手に、
どうしてあんなことができるのか。
F2の素早い攻撃を紙一重でかわし、その頭部に蹴り。
そのまま、背後にいた仲間とともにふっとぶF2。止めを刺す必要はない。
まるで事前に相談していたかのように美恵が頭部に被弾させて確実に殺しているからだ。


今度は背後から強襲を仕掛けてくる。
だが、まるでサーカスの軽業師のようにすっと飛んでかわしている。
背中に目がついているとしか思えない。
そして、クルッと一回転して反対にそいつの背後に着地したかと思うと発砲。
簡単に倒してしまっている。
もちろん、あらゆる方向から襲ってくる敵の攻撃を完全にかわすなんて不可能だ。
だが、秀明が前方の敵に攻撃を仕掛ければ、美恵は後方の敵を撃つ。
秀明が左方の敵の相手をすれば、美恵は右方の敵を撃つ。
完璧なチームプレイで、それを可能にしてしまっている。




(……なんなんだ、この子たちは)

杉村は信じられないものを見ている。そんな目で二人を見ていた。
秀明の常軌を逸した戦闘能力もだが、こんな遠距離から狂い無く敵の急所だけを正確に撃っている美恵も脅威だった。

(……まるでプロじゃないか)

杉村も民間の警備会社勤務とはいえ一応はプロだ。
だが、この二人はそんなものじゃない。
殺しを前提とした戦闘教育を受けているとしか思えない。
秀明はもちろん、こんな女の子である美恵までもだ。
だが、杉村はここで考えを中断した。


「…………っ」
美恵が唇を噛んでいる。その上、目元が虚ろになってきていた。
詳しいことは聞かなかったが、川田が「そのお嬢さんは怪我して出血したから貧血状態でな」と言っていたのを思い出した。
(……目がかすんできた。それに腕が痛い)
戦闘開始から、まだ五分程度しかたっていないのに。
「大丈夫か?」
杉村の声も聞き取れない。
射撃に全神経を集中させている為か、聞こえないのだ。














「あの音はっ!!」
激しい銃声。なにが起きたのか考えるまでもない。
敵だ、それもかなり大勢さんだ。徹は走る速度をあげた。
しかしそれよりも早く桐山が速度をあげていた。
しかもあっという間に自分との距離をひろげようとしている、自分に背を向け走っているのだ。

(ふざけるな!!オレの目の前でオレより先に美恵の元に駆けつけようだんて万死に値する!!)

徹もスピードアップした。
とにかく、二人の今の走りを見たら是非次回のオリンピックにと声がかかるだろう。
そのくらいのスピードだったのだ。


(なんなんだ、あいつらは!!)

かつて県大会歴代2位の記録で短距離優勝をはたした貴子のDNAを持つ貴弘にとっても脅威だった。
本気で走っている貴弘がなかなか追いつけないのだ。














ズギュゥゥーン!!
「!」
秀明の顔が僅かに曇った。

(急所をはずしている)

F2の左肩に銃弾は被弾していた。今までは頭部を命中させていたのに。
秀明は戦闘を続けながらチラッと後方に振り返った。

(限界なのか。思ったより早いな)

美恵の集中力が切れかかってきている。
やはり出血多量で倒れた身体にはきつかったらしい。

(早めに勝負をつけたほうがいいな)

F2は多勢に無勢を頼って猛攻を止めない。だが、それが秀明には返って好都合だった。
あちらから間合いに飛び込んできてくれるのだ。
こちらのほうから動いてやらずに済む分、動きを最小に抑えられる。
だが、秀明に一つだけ計算外のことがおきた。
「!」
振り向いた。美恵のいる方向だ。何かいる。こいつらとは違う何かが。

(しまった!)

この殺気!あきらかに、こいつらより格上だ!!
間違いないF3が来ている。美恵のすぐそばに!!
そして、奴等はハンターとしての本能が強い狩猟型のモンスター。
武器を持っている奴を最優先におそうよう遺伝子に刻み付けられている!!




美恵!!」
秀明は走っていた。
(秀明?)
目がかすんでいる美恵だったが、秀明がこちらに向かって走ってきたのでハッとした。
どうして?まだ完全に敵を殲滅してないのに。
彼の性格上、そんな中途半端なことは絶対にしないはず。
するとしたら、戦闘を放棄しなければならないわけができた。そうとしか考えられない。
一体、何が?と考えて美恵は全身に冷たい何かが走るのを感じた。
それが恐怖の旋律だと気づくのに、そう時間はかからない。


何かいる!!
背後!!正確に言えば、頭上のほうから!!


美恵はクルッと振り向いた。木の上に醜い化け物。
ライフルの銃身をスッと上げた。
だが、奴の行動量のほうが勝っていた。一気に木の上から飛び掛ってきたのだ。
「……っ!!」
身体に衝撃が走った。まるで車に激突されたような衝撃が。
天瀬!!」
伊織が叫んでいたが、そんな声聞こえなかった。
ただ、喉に圧迫感を感じ呼吸が出来ない!




天瀬!は、はなせ!!彼女をはなせ!!」
意識がかすんでいた美恵には自分の身に何が起きたのかわからなかった。
伊織の声すら聞こえない。ただ、足が地についていない感覚だけはぼんやりと感じていた。

(息が……できない)

F3は美恵の首を片手でしめ、さらにそのまま身体を持ち上げていたのだ。
自らの体重がさらに締め上げられた首に負担をかける。
人間は生死の境をさまよった時、過去の出来事が走馬灯のように蘇るという。
美恵も決して例外ではなかった。


次々にぼんやりとだが、脳裏に懐かしい光景が蘇った。
晃司や秀明や志郎と過ごした幼い日の情景。
徹たち特選兵士の面々と初めて出会った時のこと。

ああ、確か初めて出会ったのは戦場だった。
最初は徹や直人は冷たくて……勇二は今でも冷たいけど。
攻介や俊彦は最初から優しかった。雅信は……思い出すのはちょっと怖いくらいだった。

もちろん楽しい思い出ばかりではない。
むしろ辛い思い出のほうが多かった。
ずっとまるで囚人のように一定の区間に閉じ込められて一人ぼっちで育った日々。
そして……あの悪夢のような出来事。
晃司に反感を持っていた連中に拉致されて……そして――。
だが、その次の瞬間、美恵の脳裏には全く別のことが浮かんだ。




美恵」
誰?見たことの無い男の子。こっちに駆け寄ってくる。
美恵……もう会えないかもしれないと思った」
「……」
美恵、どうした?」
「……あなた、誰?」

「……美恵?」
「誰?」

「オレのこと忘れたのか?」
「……知らない。あなたは誰なの?」
「オレのこと忘れたのか!?」

どうして必死になっているの?
あなたとは初対面でしょ?私のこと知っているの?


「もういいだろう。連れて行け」
白衣を着た男(顔は思い出せない)がそういった。女の研究助手が私の手を引いて歩きだした。
「ねえ、あの子、誰?」
「いいのよ。どうせ、もう二度と会わないわ」
後ろから何か聞こえてきた。

「――記憶を……消したのか?」
「そうだ。必要ないからな。おまえも、これで未練は残らないだろう」
「……いつか、貴様を殺してやる」





「くそ!その子をはなせ!!」
杉村が銃を手にした。途端に、F3がその銃に反応する。
天瀬!!」

(……誰?)

声が聞こえた。凛とした冷たい声。でも嫌いな声じゃない。
美恵!!」
今度は徹の声だが、その時はすでに美恵は意識を失っていた。
「ふざけるな醜い失敗面!!」
徹は激怒していた。未来の妻と心に決めている相手が殺されかけているのだ、無理も無いが。
猛ダッシュで駆け寄ってきた徹に向かってF3は美恵を投げた。徹は慌てて美恵を受け止めた。


美恵、しっかりしろ美恵!!」
動かない。徹は顔面蒼白になって美恵の左胸に耳を当てた。
よかった心臓は動いている。気を失っているだけだ。
美恵の命に別状は無い。安堵した瞬間怒りがどっと限界点を突破した。
「殺してやるっ!!」
ところが、F3は銃を構えた杉村に襲い掛かった。
武器を持っている奴が一番の敵。それがF3の本能。
だが、そのF3は杉村に飛び掛る前に顔面に強烈な蹴りが入っていた。




「貴様の相手はオレだ」
桐山だった。
「さがっていろ桐山、オレが相手をしてやる!!」
少し遅れて到着した貴弘が横から口を出してきた。
「おまえは黙っていてくれないか?」
「うるさい、おまえこそ引っ込んでいろ!!」
「いや、引っ込まない。やるのはオレだ」
桐山はそう言うと単身でF3に向かって攻勢に出た。
F3は当然のように反撃に出たが、桐山の動きのほうがスピードがある。
あっという間に防戦一方になった。
このままでは一方的に負けるだけ。そう思ったF3はクルリと向きを変えると逃げ出した。


美恵!」
秀明がもどってきた。滑り込むように美恵のそばに膝をつく。
「息はあるのか?」
「秀明!貴様がついていながら、美恵をこんな目に合わせるなんてどういうことだ!!」
徹はこれ以上ないくらいの音量で怒鳴り散らした。
「言い訳も出来ないな。美恵を守ってやるのはオレの義務だ。
完全にオレの失敗だ。だが、借りは返す」
それだけ言うと秀明は一気にジャンプして伊織や昌宏を飛び越え、逃げ出そうとしていたF3の前に着地。
そして銃を向けた。バンっ!と音がして、F3の頭が二つに割れていた。














「……それにしても、本当に心臓が止まるかと思ったわよ」
あの後、すぐに七原たち、それに川田たちも駆けつけた。
そして無事に(とはいえないが)全員集合できたわけだ。
光子は桐山を見て、さすがに驚いたらしい。
開口一番、「どうして、あたしよりずっと若いのよ。なんのトリックよ!!」だ。
それに対して桐山は「おまえたちは全員精神科の患者なのかな?」と答えていた。
もちろん桐山には悪意は全くない。
それからF3に襲われ気を失った美恵の為にも、どこかに移動しようということになった。
ここにいたら、また新手の化け物がくるかもしれない。全員、賛成した。


「それにしても……本当に桐山くんにそっくりね」

光子はまだ信じられない様子で何度もそういった。
七原は、まだ桐山をまともに見れないようだ。
じっと桐山を見ているのだが、桐山が七原のほうを見ると慌てて視線をそらしてしまう。
親たちの桐山に対する様子に、子供たちは不思議を通り越して疑問すら感じた。


いくら、昔のクラスメイトに似ているからって、この反応は?
そんなに似ているのか?




「なあ父さん。確か父さんたちのクラスメイトの桐山和雄は」
ふいに貴弘が杉村に質問しだした。全員が貴弘の質問に耳を傾けていた。
もっとも少し離れた場所で心配そうに美恵を看ている桐山と徹、それに秀明はどうでもよかったようだが。
それに、同じようにそばで美恵を見守っている海斗と伊織と昌宏には聞こえてないらしい。
貴弘の質問を聞いているのは、かつて地獄のようなクソゲームから脱出した川田たちと、その子供たちだけだった。
「桐山和雄?おじさんのクラスメイトの桐山ってやつも和雄って名前なのか?
嘘だろ、苗字だけならまだしも名前まで一致しているなんて」
普段は大抵のことには動じない真一もかなり驚いていた。
その真一に貴弘はさらに言った。


「名前だけじゃないそうだ。そいつは勉強もスポーツも№1で、しかも財閥の若様だったらしい」
「なんだって?ますます桐山と完全一致するじゃないか」
「ああ、そうだ。しかも、その桐山和雄とオレの両親や、今ここにいる連中全員。
21年前に、プログラムに強制参加させられたらしい」
瞬間、真一の目が一変した。真一だけではない千秋もだ。
幸雄は川田からすでに事情を聞いていたが、それでもやはりショックで、ピクッと反応していた。


「そして政府の連中に戦いを挑んで、その結果、脱出に成功したということだ」
「なんだって?じゃあ……」
真一は少し離れた場所にいる桐山を見詰めた。
「じゃあ……桐山は、おじさんたちのクラスメイトの桐山和雄の……その、息子だったのか?」
「いや違う」
川田は即答で否定した。
「何でだよ。だって、桐山和雄はおじさんたちと一緒に脱出したんだろう?
だったら、オレたちと同じ年齢の子供がいたって全然おかしくないじゃないか。
しかも、顔がそっくり。これ以上、確かな証拠があるのかよ」
そうだ。杉村も同じことを考えた。桐山の息子なら……瓜二つの外見も。完璧な能力も全て説明がつく。
あの完璧な天才桐山の遺伝子。ただ、それだけ。


「違うんだ真一。それだけは絶対にありえない」
「だから、なんでありえないんだよ。顔も中身もそっくりなんだろ?」
「……違うんだ真一。確かに桐山はオレたちと戦った。
だが……島から脱出したのは、ここにいる連中と……七原の女房だけだ」
「何だって?」

どういうことだ?

「だって一緒に戦った仲間だろ?一緒に逃げたんだろ?」
「そうだ。オレの両親の話じゃあ、あんたと桐山がいなかったら脱出は不可能だったということだが」
貴弘は両親の話を思い出していた。
確かに両親は自分たちが生きているのは川田と桐山のおかげだと言っていた。


「ああ、そうだ。それは間違いない。桐山がいなければオレたちは死んでいただろう。
だが、あの小僧が桐山の息子であるわけがない。絶対にないんだ」
「だからなんでだよ。だって……」
と、言いかけて真一はハッとした。まさか!
「そうだ真一……桐山は……オレたちが知っている桐山は……」
その場にいる大人たちの誰もが顔をくもらせていた――。


「桐山は21年前に死んだんだ」




【残り33人】




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