「あいつだ……あいつだあぁぁー!!」

桐山の姿を見た途端、七原は理性の糸が完全に切れた。
ただ、その場から、いや桐山から逃げたい、それだけだ。


「父さん!!」
やっと姿を現した幸雄が見たものは全速力で走り去っていく父の背中だった。
「なんなんだ、あいつは?」
桐山は不思議そうに七原を見詰めた。
「幽霊でもみたんじゃないのかな?」
徹は、なんだか含みのある言い方をして、ふふっと笑った。
「待って!!父さん、待ってくれっ!!」
幸雄は必死になって七原の後を追いかけた。




Solitary Island―96―




「ギィ!」
F2がジャンプした。幸い、ジャンプ程度で届く高さではない。
ところが、なんとロープにしがみついた。
「こいつ……昇ってくるつもりかよ!」

たかが爬虫類の分際で!体温調節も出来ないくせに生意気な!!

しかし、ドンっ!という大きな音がして、F2は頭がばくっと割れた。
そしてそのまま地面にまっさかさまだ。


「大丈夫か、小僧!」
川田が岩を登ってきていたのだ。
「真一、真一はどうした!?」
「あ、あっちだ!!あっちに走っていった!あいつらも後を追いかけて行ったんだ!!」
「なんだと!!」
川田は一気に岩から飛び降りた。
「三村!その小僧たちを頼むぞ、オレは真一を追う!!」














「……来たな」
秀明は立ち上がった。
「秀明……敵なのね?」
この男が行動を起こすときは、危険が迫った時だけだ。
それを理解している美恵は即座に自分たちが危険な状況にあることを知った。
「ああ、一匹や二匹じゃない。大群だ」
途端に昌宏と伊織の表情が曇った。杉村は貴子の教育の賜物か、動じてはいない。


「おい、おまえ。何メートル先の的なら命中できる?」

ふいに秀明が杉村に質問してきた。

「何だって?」
「何メートルまでなら命中できるんだ?断っておくが動く的だぞ」

杉村は咄嗟に返答できなかった。
射撃場でなら、いつも数十メートル先の的を相手に命中させていた。
しかし動く的、しかも見たこともないような動物が相手。動き方にしてもスピードにしても未知の世界。
その上、木々が邪魔したり、視界を遮る障害物があったりと整備された射撃場と比較も出来ない。
杉村が困惑していると秀明はとんでもないことを言った。

「その大群は数十メートル先に来ている。いっせいに襲ってくるつもりだ。
オレは、その群れに近づいて至近距離で相手をするつもりだが援護が欲しい。
美恵、援護射撃をしろ。出来るな?」




「おい、ちょっと待て」
これには杉村は驚いた。
「この子は怪我人じゃないか」
杉村に同調して伊織が口を出してきた。
「そうだ。天瀬は体調が悪いんだぞ。みろ、まだ顔色が悪いじゃないか!!
それなのに無理をさせるなんて、しかもあんな化け物どもを相手にするなんて無茶だ!!
おまえは、彼女を何だと思っているんだ!?少しは天瀬の体のことを考えたらどうなんだ!?」


「死んでいるわけじゃない」
「な……!」


伊織は開いた口がふさがらなかった。
そういえば、自分は秀明と一度も会話をしたことはなかったが、これほど冷たい人間だったなんて。
「おまえに遠距離射撃が出来れば無理はさせない。
だが、美恵のほかに出来る人間がいないんだ。仕方ないだろう?いいな、美恵?」
美恵は文句もいわずに、ただ無言で頷いた。
「ふざけるな、そんなこと絶対に許さないぞ!!
彼女はおまえの奴隷じゃない、一人の人間なんだ!そんなことさせられるか!!」
伊織はなおも反対を試みたが、秀明はもう問答する気すらなかった。

「いいか、確実にやるんだ。甘えは一切許さない。やれるな?」
「――了解」














「嘘だぁぁ!あいつが……っ、あいつがいるわけがないっ!!」
逃げる七原。ところが、茂みから何かが飛び出した。
そして、七原にタックルをかましたのだ。その勢いで突き飛ばされゴロゴロと転がる七原。
「あ、あいつが!!あいつが来るっ!!」
七原はすぐに起き上がろうとした。
ところが、先ほどタックルをかましてきたF2が七原の背中に飛びついてきたのだ。
「は、はなせっ!!」
七原は異常なほどの興奮状態で、F2の顔面を殴ると逃げようとした。
ところが、今度は足にしっかりとしがみついている。たつことも出来ない。
その上、さらに数匹茂みから現れたかと思うと、全員で七原に飛びついていた。
腕を足で押さえつけられ動くこともままならない。


そんな状況なのに、七原にはF2など視界に入ってない。
入っているのは、すたすたとこちらに向かって歩いてくる桐山ただ一人だった。
「あいつだ!!あいつだぁぁ!!!」
動きが取れない七原はさらにパニックに陥った。


「く、来るな桐山!来ないでくれぇぇー!!仕方なかったんだぁぁー!!
あ、あの時は……あの時は……っ!ああするしかなかった……だから、だからぁぁ!!
だから、来るなっ!来ないでくれっ!!」


「と、父さん!!」
化け物たちに集団で押さえ込まれている父を見て幸雄は慌てふためいた。
「た、助けてくれ!!頼むから、父さんを助けてくれよ!!」
正直言って桐山と徹は人命救助に熱心になるタイプではない。
だが、敵を殲滅することにかけては熱心になるタイプなのだ。
桐山と徹が近づくと、一匹が飛び掛ってきた。
飛び掛ってきたF2の顔面に拳をのめり込ませる。
そして、そのままバタッと地面に倒れたところで、銃でドンッ!だ。
仲間を殺され、他のF2たちもいっせいに飛び掛ってきた。


「やれやれ……これだから単純な下等生物はいやなんだよ」
徹はクルッと回転すると、そのまま回し蹴りをお見舞いしてやった。
蹴りを入れられたF2は木に激突し、クエッと悲鳴を上げてそのまま気絶。
地面に倒れたところで、ドン!と顔面に鉛の弾を喰らってジ・エンド。
とにかく、時間にして数分の出来事だった。
七原は自分の動きを封じていたF2たちが全て絶命したにもかかわらず、今だショック状態で立ち上がれずにいた。
ただ、恐怖に満ちたまなざしで桐山を見詰めている。
「父さん、大丈夫なのか!?」
幸雄が駆け寄り、七原の両肩を掴んだ。七原は正気を取り戻していない。




「父さん!!」

その瞬間、七原はハッとして幸雄を見た。
「どうしたんだよ父さん、こいつはオレの同級生だよ」
「おまえの……同級生?」
七原は混乱し、再び桐山を見た。
「桐山は敵じゃない。オレたちの味方だ、仲間なんだよ父さん」
「な……かま?」
七原は信じられないように桐山を見詰めた。


「他の奴等が来る前に撤退する。すぐに立て」
桐山が七原に初めて声をかけた。低くはないが威厳のあるりんとした冷たい声。
その声に七原はさらにガクガクと震えていた。
なにがなんだかわからない。そんな気持ちでいっぱいだったのだろう。


「七原!!」
そこに貴子と貴弘が現れた。
「どうしたのよ!!」
「貴子さん、よくわからないけど父さんは桐山を見ておびえているんだ。
桐山は敵じゃないって言ってやってくれよ」
「その子のいうとおりよ。この子は敵じゃないわ。付け加えると、あたしたちが知っている桐山とも別人よ」
「別人……だって?」
七原は一度目を閉じると、再びまぶたを開き桐山を見た。




「…………」
そこには21年間意識的に思い出さずにいた桐山和雄が立っていた。
あの時のあのままの姿のままで。
「……違う」
そう、あの時の姿そのままなのだ。
本人なら、自分たちと同じ年齢。こんな子供のわけがない。
「やっとわかったようね。さあ、さっさと逃げるわよ」
「……あ、ああ」
七原はやっと立ち上がった。


「さあ、すぐに戻るよ。どうやら一番大きな群れは向こうに向かっているようだからね。
オレの大切な恋人を傷つけられたらたまったものじゃない」
徹はそれだけ言うと、元の道を走りだした。
美恵の身に危険が迫っている。それは確かに重要なことだ。
桐山は自分を見て異常なほどおびえた七原が全く気にならないわけではなかった。
それでも、美恵に比べたらどうでもよかったのだろう。すぐに徹の後を追って走り出した。


「母さん、オレも行く。危険だから、母さんはここで待っていてくれ」
貴弘は七原と幸雄に「おまえたちがどうなろうと知ったことじゃないが、母さんに何かあったら酷いからな」と
脅迫めいた言葉を吐き桐山たちの後を追った。
放心状態の七原だったが、ゆっくりと幸雄を見た。
生きている。確かに生きているし、怪我もしていない。




「幸雄!」
七原は両腕を差し出して、その名を呼んだ。
幸雄は思わず、七原に飛びつき、やっと会えた父を思いっきり抱きしめた。
「怪我は……怪我はないのか?」
見た目には全く問題はない。しかし、息子の口からそれを聞かなければ安心できない。
「腕は?足は?骨折とかは大丈夫か?」
なんだか七原は親子の再会よりも、幸雄の身が大丈夫かどうか、それだけが心配のようなのだ。
「父さん、オレは大丈夫だよ」
幸雄ははっきりと言った。


「幸雄……どうして、父さんのいうことをきかなかったんだ!!」
途端に、七原は怒鳴りだした。
「逃げろと言っただろう!!どうして、言うことをきかなかった!?
あんな化け物に襲われたら、おまえなんかひとたまりもないんだぞ!!
どうして、そんな簡単なことがわからないんだ!?」
感動の再会を夢見ていた幸雄には辛い言葉だったようだ。
「……オレは……父さんを助けようと思って……」
幸雄は涙目になりながら、途切れ途切れに言葉をつづった。
「父さんなら一人でも大丈夫だ。自分の身くらい自分で守れる。
おまえは自分のことだけ考えていろ。何も出来ない子供が余計なことまで考える必要はないんだ」
「……ごめん……ごめんよ父さん」
幸雄が望んでいた涙の再会とは程遠い、苦い涙をともなう再会となった――。














「行き止まり!!」
くそ!!何てことだ!!真一は忌々しそうにくるっと向きを変えた。
見ろよ、あの嬉しそうな顔。じっくりと餌を見る爬虫類の目をしてやがる。
「ギィィー!!」
最初の一匹が襲ってきた。そいつが飛び掛ってくるのと同時に真一は盗塁さながら真下に滑り込む。
なんとか最初の一撃はかわした。だが間髪いれずに二匹目が飛び掛ってきた。
「くっ!」
真一は咄嗟に砂を握り締め、そいつに目潰しをくらわしてやった。
二匹目も何とかかわした。だが三度目はない。
三匹目が大ジャンプ。真一に飛び掛ってきた。
だが、遠くから銃声がして、そいつの頭がラズベリーパイのようにはじけた。


「無事か真一!!」
川田がライフルを持ってたっていた。
仲間の無残な死に様に激怒したF2たちはいっせいにターゲットを真一から川田に変更。
その後の説明はいらないだろう。
数発の銃声がとどろき、その場にはオオトカゲの無残な死体が転がっていた。
「真一、怪我はないか!!?」
川田は駆け寄り、まず身体の心配をしてくれた。
「大丈夫だよ。ちょっとかすり傷がついた程度だ」
「歩けるか?あんなのに襲われた後だ、精神的ショックも大きいだろう。
背負っていってやってもいいんだぞ」
川田はタバコの箱を取り出すと、一本とりだし口にくわえるとニッと笑いながらそう言った。


「よしてくれよ、おじさん。そんなヤワな男の子じゃないんでね、オレは。
それより寺沢たちは大丈夫なのか?」
「ああ、三村がついているからな」
三村の名前を聞いた途端、真一の眉が僅かに動いた。
「驚いたな……まさかとは思ったけど、来ているのかよ親父」
「ああ、そうだ。なぜ来てないと思う?」
「親父はバカじゃないからな」
真一は近くにあった手ごろな岩に腰掛けた。
「勝ち目のない戦い、何の利益にもならない仕事、そういうものには手を出さない。
ああ、異性関係は別だけどな。とにかく、親父は絶対にこんなことには首突っ込まないと思ってた」
それから、妙に真剣な表情になった。




「おじさん……この島一体なんなんだ?親父が来るってことはただの島じゃないんだろ?」
「どこの世界に未知の生物が闊歩するような普通の島がある?」
「そういう意味じゃない。この島には政府を潰せるネタがある。
だから、親父は危険を冒してこの島に来た。そうなんだろう?」
それは正解だった。三村はずっと政府を倒す武器を探していた。
組織ではなく、ほとんど個人で動いている三村にとって武器とは銃火器ではない。
政府を中枢から崩すことが出来る国家機密。それが武器だ。
その武器を探すことが三村の人生だといっても過言ではなかった。


「具体的に何なんだよ。それが見つかれば、おじさんも嬉しいのか?」
「どうして、そんなことを聞くんだ?」
「おじさんの為になるなら、オレも協力してもいい。そう思ったんだ」
「……まったく」
川田は真一の髪の毛をくしゃっと掴むように頭をなでた。
「ガキはそんなこと心配する必要ないんだ」
それから川田は少し難しい表情をした。
「なあ真一……おまえ、三村がこの島に来たのは国家機密のためだけと思っているのか?」
すると真一はきょとんとした。
「他に何かあるのか?」
「おまえを助けるために来た。そうは思わないのか?」
真一は目をぱちくりさせた。しばらくすると笑い出した。


「親父がオレを助けるために?冗談だろ?」
「おい、ジョークで言っているんじゃないぞ」
「おじさん、こんな時に笑えない冗談はよしてくれよ」
真一は笑うのを止めると、今度はうって変わって真剣な表情で言い放った。
「おじさんも知っているだろ?親父が、オレのことをどれだけ嫌って……いや憎んでいるのか」
川田はタバコを吸うのをやめ、静かに真一の言葉を聴いていた。
「そのオレを助ける理由なんてあるわけないじゃないか」
「どうして、そう思うんだ?仮にも、おまえの親なんだぞ」
「オレもバカじゃないんでね。薄々、わかるんだ。
オレが親父にとって殺してもあきたらない女の息子だってことは」
川田は「知っていたのか」と呟くように言った。


「……じゃあ、おまえも三村のことが嫌いなのか?」
「いや別に。オレみたいなガキ知らないって放り出すことも出来るのに親父は一応引き取って育ててくれたんだ。
育ててくれたことには感謝している。好きってわけでもないけどな。
贅沢いえば……オレはおじさんの子供に生まれて来たかったな」
川田は苦笑して「そいつは光栄だな」と言った。
「とにかく戻るぞ。いつまた、この化け物の仲間が襲ってくるとも思えないからな」




「なあ真一……」
「なんだよ」
「あいつも色々あったんだ……」
川田は真一の顔を見ずに話し出した。その態度から、言いいにくい話だろうと察しはつく。
「死んだほうがマシだと思えるくらいのことがな。それが、あいつの人生を狂わせた。
おまえに理解しろとはいわない。あいつを好きになれとも強制しない。
……だがな真一、おまえが思ってるほど、あいつは悪い人間じゃないんだ」
真一は何も言わずに聞いていた。
「……あいつは本当はいいやつなんだよ。それだけは信じてくれないか?」
真一はかなり複雑だったに違いない。
「……いや、悪い人間とは思ってないよ。ただ……」
ただ……その言葉の後に本音を出せば川田をがっかりさせるかもしれない。


「わかったよ」
真一は、短くそう答えた。
「親父がいい奴か悪い奴かなんて、正直オレにはよくわからないけど。
けど、おじさんのいうことは信用できるからな。おじさんが、そういうんなら信じるよ」
川田は「いい子だ」と真一の頭をなでた。
「さあ行こう。おまえの憧れのお嬢さんも一緒なんだ」
天瀬が?」
「ああ、もっとも……」
もっとも、おまえにとっては余計な相手がくっついているけどな。














「…………っ」
美恵は腕にズキッと痛みが走るのを感じた。
「いいか、いざというときはオレごと撃て。万が一のときはオレの命は考えなくていい」
「……ええ、わかっているわ。もっとも、あなたが雑魚相手に死ぬなんてありえないけど」
美恵は岩影から少し身を乗り出し銃を構えた。
「10秒後に飛び出す。即、戦闘に移れ、いいな?」
「了解」

1、2、3……。

「秀明」
「なんだ?」
「あの時は悪かったわ。一方的に怒ったりして」
「気にしてない」

8、9、10……。


秀明は岩を飛び越え、走っていた――。




【残り33人】




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