「桐山の息子だと?」
「ああ……年齢考えてもぴったりだろ?」
川田はチラッと桐山を見た。

(確かにな……そう考えれば、すべてのつじつまがあう。だが……)

川田は静かに言った。
「それは絶対にない。あるわけがないんだ。杉村、おまえもそのことはわかっているはずだぞ」
「だ、だが川田……万が一ということも」
「くどいぞ杉村。桐山に子供なんかいるはずがないんだ」
杉村はまだ何か言いたげだったが、やがてあきらめたようにつぶやいた。
「……そう、だよな。そんなわけない」
「そうだ。くだらないことを考えるより、今は相馬や七原と合流することだけを考えろ」
杉村は心の中ではまだ納得できないようだった。

(……似ている、本当にそっくりだ。桐山があの時一緒だったら……。
オレたちのように普通に結婚していたら……このくらいの子供がいても、おかしくなかったのに……)




Solitary Island―95―




「相馬、逃げろ相馬!子供たちをつれて逃げるんだぁぁー!!」
その悲鳴のような叫び声に最初に反応したのは千秋だった。
「お父さん!!」
飛び出した千秋を光子が腕を掴んで止めた。
「ダメよ!すぐに逃げるのよ!!」
「で、でも……でもお父さんが!!」
銃声まで聞こえてきた。千秋は半狂乱になった。


「お父さん!お父さんが殺される!!」
「今、行ったらあなたも殺されるのよ!撤退するわ急いで!!」
銃声はますます大きくなっていた。
「彼女の言うとおりだ内海!!あいつのことはあきらめろ!!!」
真一まで光子に同調した。実際に千秋が行ったところで犠牲者が一人増えるだけだ。
「嫌よ!お父さんを助けないと!!」
「あなたが行ったら七原くんを苦しめるだけよ!!彼の死を無駄にするの!?」
「そうだ!!あいつは、もう死んだんだ!!死んだ奴のことはあきらめろ!!」
あまりのショックで呆然となっている千秋を半ば引きずるようにしてその場から逃げ出した。
銃声はまだ聞こえていた。














「これでよし……後は、このドアを開ければ完了だ」
その頃、基地に待機している連中は突入準備を着々と進めていた。
カードキーを挿入して、少し操作しただけで地下基地の電源が待機状態になった。
後はドアを開けさえすれば済む。
「後は……秀明と美恵と徹と攻介だけだな」
他の連中は正直言ってどうでもいいが、仮にも仲間の秀明と美恵と徹と攻介だけは連れて行かないわけには行かないだろう。
特に美恵を置いていくなんて絶対に承知しない奴がゴロゴロいるのだから。


「いいか二時間だ」
晶は急かすように言った。
「二時間待って来なかったらオレたちは先に行く。それでいいな?」
確かに……こんなところで時間を潰すのもうんざりだ。
「ところでクラスの連中はどうするんだよ」
俊彦は別室で震えているクラスメイトたちのことを気にかけているようだ。
「勝手にさせておけばいい。一緒に戦うならついてくるもよし。
残りたければ一生ここに残らせてやれば済むことだ」
「晶、おまえは相変わらずドライな野郎だな」
「そんなことより、秀明たちはいつ帰ってくるんだ?」














「……地下が解放された」
瞬はゆっくりと立ち上がった。ドアがウィィーンと静かに開いた。
「ここからだと遠回りになる。それだけが嫌だったんだ」
だが、おそらくは美恵たちが来るまでは待つはずだ。少なくても一時間、いや二時間は。
これで先回りできる。連中より先に、あの場所に辿り着くことが出来る。
「オレの14年間についに決着がつくんだ」
瞬は静かにドアの向こうに消えた。数秒後、再びドアは嫌な音を出しながら静かに閉じた。














「あ、あの音は!!」

銃声、確かに銃声だ!それも近い!!

「間違いない、七原と相馬だ!!」
川田の判断は早かった。
「行くぞ三村!杉村、おまえはここで待機しろ。いいか、ガキどもをちゃんと守ってやれよ!!」
川田は三村とともに走り去っていった。幸雄が心配そうに叫ぶように言った。
「父さんが、父さんがあそこにいるのか!?千秋も!?」
幸雄も走っていた。走るのは得意だった。だから杉村が止める間もなく、あっという間に小さくなっていた。


「あ、あのバカ!親子そろって何てバカなのよ!!」
貴子は荷物を放り出すとショットガンと弾だけを持った。
「弘樹!!あんたは、この子たちを守りなさい、行くわよ貴弘!!」
貴子は走った。学生時代を思わせるようなシャープな走りだった。
貴弘もライフルを手にすると貴子の後を追った。
元々、母譲りの身体能力。走ることにかけては誰にも負けない。
(おそらく桐山や特選兵士を除けば学校一、そう早乙女瞬が手を抜いていなければ)




「ど、どうしよう」
昌宏は慌てふためきだした。普通の中学生には当然の反応だろう。
伊織は昌宏ほど取り乱してはいなかったが、その代わりに何もできないし、どうしたらいいのかもわからない。
とにかく杉村は近くに手ごろな岩を見つけ、「すぐに岩陰に」と促した。
今は自分が子供たちを守ってやるしかない。そう思ったのだ。
その間にも銃声は何度も聞こえてくる。
思ったより近い。そして奇怪な叫び声も聞こえる。
襲われているのが誰かはわからないが、ただやられているだけではないらしい。
必死に応戦している。が、相手も銃でひるむようなかわいい奴ではないらしい。


「いけない。敵は……群れなんだわ」
美恵は立ち上がろうとした。しかし、まだ身体が言うことを利かない。
「君はじっとしているんだ」
慌てて徹が諭すように言った。正直言って、徹はクラスメイトたちや、その家族なんてどうでもよかったのだ。
「徹の言うとおりだ。オレたちが出る幕はない」
秀明の言葉も冷たいものだった。秀明もまた、クラスメイトたちがどうなろうが、あまり気にならない。
そんな会話を重ねている間にも銃声は何度も聞こえる。
激戦なのだろう。しかも、嫌ことにあちこちから集団の気配を感じる。
「……集まっているんだわ」
どうやら、仲間の悲鳴を聞きつけ集まっているようだ。
これでは、相手をしている奴は時間の問題だろう。




「……まだか……まだ、終わらないのか」
鳴り止まぬ銃声に杉村が焦りだした。
(まるで射撃場並みじゃないか……あそこに貴子と貴弘が)
完全に甘かった。まるで戦場だ。その戦場に愛する妻子がいる。
なぜ止めなかった?自分が行けばよかった。
銃なんて弾が切れれば、ただのお荷物でしかないのに!!
杉村は銃を数丁取り出した。

「悪いがオレも行く。君たちは、これで自分の身は自分で守ってくれ!!」

限界だった。貴子の命令に背くことにはなるが、行かないわけには行かない。
だが、ここで意外なことが起きた。


「オレが行く」
「素人は黙っているんだな。行くのはオレだ」
何と、桐山と徹が同時に名乗りを上げたのだ。
これには美恵も驚いた。徹が自分から行くなんて聞き間違いだろうか?
「群れが近づいている……このままだと、こちらの存在が気づかれるのも時間の問題だ」
七原が戦っているのは、ごく小さい群れに過ぎなかったのだ。
ところが皮肉にも、その群れとの戦いが、他の大きな群れを呼び寄せている。
もちろん、七原たちがどうなろうが徹の知ったことではない。
しかし、仲間の悲鳴を聞きつけ、他の群れが近づきつつあるという点が重要だった。
ほかっておいたら、いずれここにいる自分たちを発見して襲ってくるだろう。
もちろん歩くのがやっとの美恵も例外なく襲われる。
美恵のそばから離れたくはなかったが、美恵がターゲットになるのはさらに我慢ならないことだったのだ。




「君なんかに頼みたくないけど、美恵を必ず守りぬけよ」
徹は秀明を睨むように言った。
「頼まれなくてもそうするつもりだが。オレには美恵を守ってやる責任があるからな」
「……相変わらずむかつく男だよ、君は」
美恵は心配そうに「徹、気をつけて……」と声をかけた。
「安心しなよ。オレは君一人おいて死んだりしないよ」
もっとも、こんな状況においてすらキザな性格は直らなかったが。
「桐山くんも……気をつけて」
「ああ、出来る限り全力を尽くす。帰ってきたら……」
桐山は何か言いたそうな目で美恵を見詰めた。


「帰ってきたら何?」
「……いやいい。帰ってきたら言うことにする。だから天瀬……」
「いつまでおしゃべりしているんだい!!さっさと行くよ!!」
徹は桐山の腕を掴むと強引に引き寄せ二人の会話を中断させた。
「オレの足でまといにならないように、せいぜい頑張るんだね」
「おまえこそ大丈夫なのかな?」
「誰に向かって口を聞いているんだい?これだから民間人は嫌いなんだ」














「くそ……行き止まりだ」
三村は悔しそうに岩壁を見詰めた。
「仕方ない、回り道だ三村!!急ぐぞ!!」
そんな二人の耳に叫び声が聞こえだした。
「はなして!!まだ生きている、死んでいないわ!!」
女の子の声だ。
「今、行ったら、あなたも殺されるのよ!!」

この声……光子の声だ!!

「相馬!!そこにいるのか相馬!!」
岩壁の向こうだ。何て皮肉だ、この岩一枚隔てた向こうにいるなんて!!


「その声……川田くん、川田くんなのね!!」
「よかった無事だったんだな!!待ってろ、今助けてやる!!」
川田はザイルを取り出した。登山用に使われる丈夫なロープだ。
その先端に手ごろな石をくくりつけると岩壁の向こうに投げた。
「そのロープをつたってこっちに来るんだ!早くしろ!!」
「おじさん……おじさん、そこにいるのか!?」
真一の声だ。川田と三村はお互いの顔を見合った。
「真一!!真一だな、無事だったんだな、心配したぞ!!」
川田は岩壁に飛びつくように叫んだ。だが、その間にも奇怪な鳴き声が近づいている。
「真一、すぐにこっちに来るんだ!!!」
そうだ。今は感動の再会にひたっている場合ではない。




「内海、まずはおまえだ。その次は、そっちの彼女だ」
真一はまずは千秋、そして光子を逃がそうとした。
男として女から逃がすというのは当然だと思ったのだろう。
光子は自分が一番目じゃないことは少々不満だったが、まあ真一を許してやることにした。
千秋は「私は行かないわ!」と、今だ興奮状態で大人しく言うとおりにするとは思えなかったが。
「いい加減にしろ!!」
真一は千秋の右肩を掴むと岩壁に押し付けた。
「おまえに何ができる!?そんなことも考えられないような女だったのかよ!?
おまえは、もう少し賢い奴だと思っていた。おまえの我が侭で、周囲まで危険にさらすのか!?」
千秋は唇を噛んだ。


「本気で親父を助けたいと思っているのなら、今はいったん引いて態勢を立て直すんだ!!」
「三村の言うとおりだ。内海、頼むから逃げてくれ!!
今、逃げなかったとしても、親父さんを助けることは出来ない。あいつらの餌食が一人増えるだけなんだぞ」
海斗は真一より優しい口調で頼むように言った。
ここまで言われたら千秋も嫌とは言えない。すぐにロープにしがみつくと岩壁を登りだした。
「次はあんただ。時間がない、さっさとしてくれ」
「全く、目上の者に対して口の利き方を知らない子ね」
ぶつぶつと文句を言いながらも光子は素早く行動。あっという間に岩壁の向こう側に行ってしまった。




「よし、次は寺沢、おまえだ」
「何言ってるんだ、こういうことは公平に」
「何が公平だ。じゃんけんしている暇だってないんだぞ。
ヒーローは最後まで残るって相場は決まってんだよ」
そんな、ええかっこしい言う暇はあるんだな。海斗は半分感心したが、もう半分は呆れてもいた。
「とにかく早くしろ!!」
「あ、ああ」
海斗が岩壁を登りだした時だった。
ギャァァー!!と物凄いうなり声をあげ、あのオオトカゲが姿を現したのは。
それも一匹や二匹じゃない。ざっと見ても5、6匹いる。
いや、そのうちにもっとたくさん来るだろう。


「寺沢、早く上がれ!!」
海斗は促されるままにすぐに岩壁を駆け上がった。
そして、岩の頂点に立つと「三村、早くしろ!!」と手を差し伸べた。
その瞬間、F2が二匹ぐえッぐえッと天に向かって叫ぶと突進してきた。
真一は咄嗟に飛んで避けた。
F2は岩に激突。途端にひっくり返ってうなっている。どうやら目を回しているようだ。
ところが、その勢いで岩のてっぺんにいた海斗のバランスが崩れた。
身体が落ちる。咄嗟に岩にしがみついた。
すると海斗の足に食いつこうと、F2がジャンプしてきたのだ。




「く!」
何とか避けた。が、ズボンに切れ目が。
F2は歯に引っかかっている布切れをむしゃむしゃと噛んでいたがペッと吐き出した。
海斗は今だに岩からぶら下がっている状態。
再度、飛び掛ろうと姿勢を低くするF2。そのF2の頭部に拳大の石が飛んできた。
キィー!と悲鳴を上げ、その石が飛んできた方向をキッと睨むと真一が立っていた。
「こっちだ!!」
真一は挑発するように両腕を広げた。


「な、何しているんだ三村!!」
「うるさい、さっさと上がれ!!」


促されて、とにかく足を上げる海斗。それを見届けた真一の額につつーと汗が一筋。
そしてくるっと向きを変えると全速力で走り出した。
当然のように、F2たちもいっせいに追いかけていく。

「み、三村!!」

慌てて飛びおりようとする海斗。しかし、一匹残っていた。
すたすたと海斗の真下にやってきて、ジローっと海斗を嫌な目で見つめていた。














「待ちなさい!!」
貴子は幸雄に追いついた。
「あんたが行った所で何もできないのよ!すぐに戻りなさい!!」
それは正論だった。だが、人間は正論だけでは生きていけない。
木々や丈の長い草木に遮られて見えないが、ほんの数十メートル先で銃声が聞こえるのだ。


「父さん!!父さんなのか!?」

その声は、銃声がとどろく中にもかかわらず、その相手に聞こえた。
「……幸雄?」
七原はハッとして声がした方向を見た。


「幸雄!幸雄なのか!?無事だったんだな!!」


その声に幸雄はますます理性を失った。
「父さん!今行く、今助けるから!!」
だが、七原の返答は全く逆だった。
「何を言っている!!さっさと逃げろ。今すぐ、この場所から逃げるんだ!!」
それは父親としては当然の感情だったことだろう。
人の子の親である貴子にも七原の気持ちは痛いほどわかった。


「わかったでしょう?!!今すぐ、この場から逃げるのよ!!」
「い、嫌だ!!父さんを助けるんだ!!」
「何だと!!?貴様、オレの母さんに逆らおうっていうのか!?」
今度は貴弘が幸雄の襟首を掴み乱暴に言った。
「すぐに、この場所から離れるんだ!!わかったな!?」
「……い」


「嫌だぁぁー!!」


幸雄は貴弘を突き飛ばすと猛ダッシュしていた。
「あ、あのバカ!!」
貴弘の悪態ももはや聞こえていない。
「父さん!!父さーん!!」
貴弘以上に激怒したのはほかならぬ七原だった。あれほど逃げろといったのに!!
しかし怒りよりも、息子を逃がさなければならないという感情のほうがはるかに大きかった。
七原は飛び掛ってくるF2たちを連続射撃で血祭りにあげると、幸雄の声がする方向に向かって走り出した。
一刻も早く保護してやらなければ、守ってやらなければ。
武器もない息子が、この化け物どもに襲われたらひとたまりもない。
七原は走った。人生で一番早く走ったかも知れない。
その時だった――。


その七原の前にすっと少年が二人姿を現したのは。
貴子や貴弘の後を追ってきたが、選択した道が近道だったのか、それとも身体能力の差が出たのか、
いつの間にか幸雄たちを先回りしてしまっていた桐山と徹だった。
七原の目が一気に拡大した。徹ではない。徹は眼中になかった。
七原の視界に映ったのは一人。桐山和雄ただ一人だった。
瞬間、七原は崩れこむように、その場に倒れかけた。
その顔は恐怖に引きつっていた。


「……嘘だ、そんなッ!……そんなバカな!!」


七原はその瞬間全てを忘れた。
化け物のことも、息子や娘のことすら完全に忘れたのだ。
そして、必死になって立ち上がると、今自分が走ってきた方向に向かって走り出したのだ。
その目に桐山しか映っていないように、その心にあったものはただ一つ。
恐怖だけだった――。


「あいつだ……あいつだあぁぁー!!」




【残り33人】




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