貴弘がそう思うのも無理はない。
秀明は常に晃司や志郎と三人セットだったのだから。
無口で無表情で、まるで意図的にクラスメイトとの関係を避けているふしがあった三人だった。
それだけに三人一緒という点が余計に目立っていたのだろう。
「ああ、オレは探さなくてはいけない奴がいるから別れた」
探さなくてはいけない奴……その言葉に貴弘は微妙な表情で反応した。
思い出したのだ。客船で秀明と美恵が親しそうに部屋で二人っきりでいたことを。
「それは天瀬のことか?」
貴弘は単刀直入な性格だ。だから回りくどい言い方はしない。
ズバッと言った。それに対し、秀明もズバッと答えた。
「ああ、そうだ。オレはあいつを探すためにここにいる」
貴弘の目元が僅かに引きつっていた。
「オレも彼女を探している」
すると秀明は少しだけ不思議そうな表情をした。
「なぜだ?」
「なぜだと?多分、おまえと同じ理由だ」
すると秀明はますますふにおちない表情をした。
「わからないな。オレにはあいつを守ってやる義務と責任がある。
だが、おまえにはそれがない。それなのに、なぜ守ってやろうとする?
おまえと美恵は赤の他人だ。無関係だ。いつどこで、あいつが死のうとおまえには関係ない。
それなのに、なぜ、そんなことを思うんだ?」
Solitary Island―94―
「天瀬、大丈夫か?」
桐山がすっと手を差し伸べた。途端に徹がその手をペシッとはたく。
「必要ないよ桐山くん。ひとのこと気にする暇があったら自分の心配したらどうだい?」
そのやり取りを見ていた幸雄はなんだか複雑そうな表情だった。
今は、父と再会すること。そして千秋と合流すること。
それが最優先で、ほかの事を考えている暇はない。
暇はないのだが、こうして目の前でライバルたちの争いを見ているとやはり気になってしまうようだ。
気になるといえば川田と三村もそうだった。
「最初は驚いたけど……なんだか少し安心した」
三村は川田にしか聞こえない程度の音量でポツリと言った。
「やっぱり、あいつは桐山とは違う。桐山はあんなことはしない」
「まったくだ。あいつは異性に全く興味のない男の風上にもおけん奴だったからなぁ」
二人が知っている『桐山』と異なる点をみつけ、なんだかホッとしているようだ。
「それにしても……本当によく似ているな」
「ああ……見れば見るほど……あいつに似ている」
それから川田が念を押すように言った。
「だが、あいつじゃない。あいつのはずはない。
オレたちはそれを誰よりもわかっているはずだ。そうだな三村?」
すると三村も「ああ、そうだ」と短く言った。
「とにかく、今は七原たちと合流するのが最優先……」
と、言いかけて川田は慌てて、その場にヒザをついた。
「どうした川田」
「無線機を見てみろ」
無線機の緑のランプが点滅している。どこからか信号を送っている相手がいるのだ。
「通じるかどうかわからんが……やってみるか」
川田は無線機を微妙に調整しながら必死になって応答しようとした。
無線機からはザーザーと耳障りな音が聞こえる。
しかし、そのザーザーという音に混じって『……だ、わだ……か?オレだ。……きこえ……るか?』と声がする。
雑音とのハーモニーではあったが、確かに聞こえている。
「杉村だ!」
そして、川田の判断は早かった。
無線が通じたということは、おそらく近くにいるのだろう。ライフルを取り出すと空に向かって二発発砲した。
「頼む答えてくれ」
祈るように空を見詰めたが反応がない。
「……もう一度だけ合図を送ってみるか」
そう思った川田だが、その必要はなかった。銃声が聞こえたのだ。はっきりと。
「杉村たちだ。あっちの方角だ、すぐに行こう」
「……誰か来たぞ」
ドアのすぐそばにいた雅信が最初に反応した。やがてドアが開いた。晃司と志郎だ。
「遅いぞ。どこに行っていた?」
晶がややきつめの口調で言った。
「それに秀明の姿が見えないようだが」
「秀明は一人残った。美恵を探すために」
「入れ違いだったな。美恵なら無事だ心配ない」
隼人が今までにいきさつを話して聞かせた。
「もうぐずぐずしている時間が惜しい。すぐにでも行動に移したい」
晶は待つのはもう飽きたらしい。すると今度は俊彦が口をだしてきた。
「晃司、攻介を見なかったか?あいつ、ちょっと野暮用で出かけてそれっきりなんだ。
何の連絡もない。なあ、見かけなかったか?」
「いや、知らない」
「そうか」
俊彦は残念そうにうつむいた。
「とにかくだ」
晶がせかすように提案した。
「二時間以内に他の連中が来なかったら、かまわずに地下に突入するぞ」
「なあ三村……もう気にするなよ」
海斗は心配そうに真一を見詰めた。
「もっとプラス思考で考えろよ。もしかしたら美人のお袋さんが出来るかもしれないって。
ほら、オレの継母なんて最低の女だっただろ?うらやましいくらい……」
と、いいかけて海斗は中断した。
「……悪い。慰めにもなってないよな」
海斗には陰険な義理の兄姉がいた。しかし、洸に比べたら、まだマシなのだから。
「いいさ……いざとなったら、オレが家を出れば済むことだから」
元々、中学を卒業したら即士官学校に入学するつもりだった真一はあっさりとそう言った。
その会話を背後から聞いていた七原は少し複雑だった。
(三村……おまえ、一体どんな家庭作ったんだよ?)
思えば、もう何年も会ってないけど……まともな家庭とは思えない。
おまえ、一体何やっているんだよ。
まあ、オレも事情があるとはいえ家族すてた人間だし、大きな口きけないけど。
「ちょっとストップ」
光子が制止をかけた。
「相馬、どうしたんだ?」
「前方になにかいるわ」
「なんだって?まさか、またあの化け物?」
「わからない……でも、もしも敵だと仮定してこのまま進んだら犠牲者がでる可能性大ね。
犠牲者を最小限に抑えるいい方法があるわ」
「どんな方法だ」
「あんたの出番よ。さっさと確かめてきなさいよ七原くん」
「…………」
七原は少しだけあっけにとられた表情で光子をみた。
「なによ、その目は?あたしはか弱いレディ。他の三人はいたいけな中学生。
と、なるとあなたしかいないじゃない。
それとも、あなたもしかしてあたしに行けって言うの?そんなひとだったの?」
「……そんなこと……」
「ないわよね?」
光子はにっこりと笑った。
「決まりね。じゃあ、さっさと行きなさいよ。娘の目の前でかっこいいところ見せてやれるんじゃない。
あたしに感謝しなさいよ。いい?七原くん」
「……わかった」
七原は頭では納得していたが、どうも心では納得できなかったようだ。
それでも千秋が「お父さん、気をつけてね」と心配そうに見詰めてくるのをみると父親として頑張らなければならないと思う。
とにかく、実情はどうあれ、ここにいるのは婦女子と子供だけ。自分が守ってやらないと。
七原は銃を構えると歩き出した。
(……嫌な感じだな)
何がとはいえないが肌でそう感じるのだ。
ゲリラ活動していたときですら、こんな鳥肌がたつような感覚に襲われたことはない。
(……相馬のいうとおりだ。何かいる)
それが何なのかはわからない。いや、わからないということが余計に怖い。
七原もかつての何も出来ずに川田に守ってもらうだけの中学生はない。
あの地獄のクソゲーム脱出後、幸枝を守るために口では言えない苦労もした。
子供たちを守るために家族とはなれゲリラに身を捧げる事で何度も死線を死に掛けたことがある。
だから、もし敵が襲ってきても簡単にやられはしないという自信があった。
しかし、その自信を超えた位置に恐怖がある。そのくらい、恐ろしい何かを感じるのだ。
だが……と七原はチラッと視線だけ振り返った。
千秋が心配そうに自分を見詰めている。
最悪でも、千秋だけは逃がしてやれる。それさえ出来ればいい。
幸雄の成長した姿を一目見たかったが、それは贅沢というものだろう。
今は……千秋を守ってやれれば。
七原がそう思った瞬間――複数の影が飛び出してきた。
「く!」
七原は銃を構えた。銃口は火を噴いていた。
「よかった思ったより近くよ弘樹」
貴子は双眼鏡を手にして嬉しそうに言った。
「そうか。すぐに川田たちと合流しよう」
川田たちと合流すればもう大丈夫だ。杉村は単純にそう考えていた。
何しろ川田はとにかく頼りになる男だったので、そう思うのも無理はないだろう。
とにかくこんなときだ。一秒でも早く合流しなければ。
五人は出来る限りスピードを上げ走った。
整備された運動場ではないので、岩もあったし、木の根も露出していたので、すんなりと走ることはできなかったが。
それでも、とにかく可能な限りのスピードでだ。やがて、その時が来た。
「ここだ杉村!!」
川田が大きく手を振っている。
川田だけではない。他にも数人いる。
よかった三村も一緒だ。一番頼りになる人間が二人もいる。
杉村と貴子の表情は晴れやかそのものだった。
だが――。
「誰だ。知らない人間がまた二人いるな」
「な……っ!!」
杉村は立ち止まった。
「……ば、ばか……な。そ……んな」
貴子も言葉を失っていた。
「母さん?」
なんだ?母親のこんな取り乱した表情を見たことがない貴弘も驚いていた。
「母さん、どうしたんだ?」
愛息の言葉も聞こえてないのだ。
「ど、どう……して?」
杉村と貴子はまるで幻を見ている。そんな目で一点を見つめていた。
いや、一点というよりは、たった一人の人間を。
「桐山がどうかしたのか母さん?」
そのときになって、やっと貴子は息子の言葉に反応した。
貴子だけではない。杉村もだ。
「桐山……ですって?」
「桐山……桐山って言ったのか、貴弘?」
「ああ、話しただろう。クラスメイトの桐山だよ、桐山和雄だ」
二人は改めて桐山を見た。凝視した。
「あ、あいつが……桐山?」
「そうだよ。桐山がどうかしたのか?」
両親の反応は異常すぎると貴弘が感じるのも無理はない。
その杉村と貴子とは反対に桐山のほうは淡々としていた。
「オレの顔がそんなに珍しいのか?オレのようなタイプは希少なのかな?」
まだ驚いている二人だったが、それを遮るように秀明が走っていた。
そして、美恵のすぐ手前まで来た。
「……秀明」
「どこにいた?心配したぞ」
「ごめんなさい。あなた一人なの?晃司と志郎は……」
と、言いかけたところで秀明が美恵を抱きしめていた。
「秀明。人前で」
「別にかまわないだろう。身体が少し冷たいな……何かあったのか?」
秀明は一向に構わないといった感じだった。
「怪我をしたのか?腕以外は……大丈夫のようだな。安心した。
晃司と志郎にも連絡してやらないとな。とにかく、今後はオレが守ってやる。
だから、もう心配は要らない。おまえは安心していればいい」
「秀明!!」
途端に怒鳴り声。もちろん徹だった。
「君は羞恥心ってものがないのかい!?周りをよく見るんだな!!」
秀明は言われたとおり周囲を見てみた。
幸雄が青くなっている。伊織が何だか赤くなって顔を背けている。
川田と三村も何だか驚いているようだ。
杉村と貴子にいたっては桐山のショックがまだ抜けてないのに第二段が来た、そんな表情。
そして、その桐山は僅かに眉を寄せている。
「……何か問題があるのか?」
秀明は本当に不思議そうにそういった。
「大有りだね。君は少しは恥というものを知ったほうがいいよ」
徹は秀明と美恵を引き離すと小声で言った。
「彼女はオレのものなんだ。そのくらいわきまえてもらわないと困るんだよ」
すると秀明は「何を言っているんだ?それは違うだろう」と言った。
このセリフは徹の神経を逆なでにするようなものだったに違いない。
「おまえは赤の他人だ。だが、オレは他人じゃない。オレには美恵を守ってやる義務と責任がある。
おまえにはそれは一切ない。だから、かまう必要もないんだぞ」
「…………」
元々、短気な徹は火山噴火寸前だ。
「徹」
美恵が心配そうに徹に声をかけてきた。そこで徹はハッとなった。
そうだ。今は秀明と仲間割れをして、やっと起き上がれるようになった美恵に心配かけたくはない。
雅信なら、そこまで気遣ってやれずに秀明にとびかかっていただろう。
ぎりぎりで徹にはそこまで考える理性があったようだ。
「と、とにかく……先を急ぐぞ」
川田の先導で一行は再び歩き出した。杉村と貴子は今だに放心状態だ。
「……川田」
やっとのことで杉村が口を開いた。
「あ、あの子……あの子は……その……」
「ああ、オレや三村も初めて見たときはびっくりした。
まるでタイムマシンにのって過去の世界に来たかと思ったくらいだ。
だが、あいつは桐山じゃない。オレたちが知っている桐山とは完全に別人だ」
杉村はチラッと振り返った。そして桐山を再度見た。
それから、また川田に視線を移す。
「……別人だと?とても、そうは思えない。なあ、本当にただの他人の空似なのか?
貴弘の話じゃあ……あの子は名前だけじゃなく、中身も桐山みたいな完璧な人間らしいぞ」
「何が言いたい?」
「その……もしかして」
杉村は躊躇したが、やがてはっきりと言った。
もちろん、桐山たちには聞こえない程度の音量だが。
「あの子は、もしかしたら桐山の息子じゃないのか?」
【残り33人】
BACK TOP NEXT