川田はくわえていたタバコが落ちるのにも気づかなかった。
「……な、なんで」
三村もただただ驚いていた。
二人とも同じ表情だった。幻を見ている。そんな表情。
「おじさんたち、どうかしたのか?桐山が何か?」
幸雄が不思議そうに尋ねた。
「……桐山……だと?」
名前を知った途端、川田たちの顔色がますます変化していった。
そんな二人に桐山は言った。
「なんだ。桐山という名前がそんなに珍しいのか?」
二人の様子に桐山はさらに言った。
「誰だ、おまえたちは?一体、何者なんだ?」
Solitary Island―93―
「お、おまえの親父さんの……コレ?」
海斗は小指をたててこっそり聞いた。
「ああ……まだオレがほんの子供の頃だけどな」
もっとも親父の愛人なんかいちいち覚えていたらきりが無いけどな。
けど、その中でも特別美人だったから印象に残っていたんだ。
でなければ、とっくに記憶の中から消えていたぜ。
真一は思い出していた、この一見天使のような愛らしい顔に小悪魔のような笑みを浮かべる女との初めての出会いを。
『お父様にはいつもお世話になっているのよ。ね?三村くん』
そう言って、ある日訪ねて来た光子。
その時の三村の顔はまさに傑作としかいいようがなかった。
普段はクールを装っている三村がこれ以上ないくらい顔面蒼白になっていたのだ。
今まで何度か『彼女』たちと修羅場をこなしてきた三村だが、一度も表情を崩したことはない。
その三村が真っ青になっているのだ。
これはただ事ではない。よほどの仲なのだろう。真一はそう思った。
それを裏付けるように三村は真一に千円札を渡すと「これでお菓子でも買いにいけ」と珍しく指図をしてきたのだ。
ほんの子供だった真一にとって千円はけっこうな金額ではあったが、それ以上に女性の存在が気になった。
あれほど、あの父が焦っているのだから余程ヤバイ相手なのだろう。
もしかしたら自分を生んですぐに消えたという母親か?とも思った。
しかし、すぐに違うとも思った。
子供の直感というのだろうか。なんとなく母ではないと思ったのだ。
やがて部屋の中から怪しい会話が聞こえてきた。
「急に来るなよ。オレにも都合っていうものがあるんだ」
「あーら、あなたがあたしの都合に合わせるならともかく、
どうしてあたしがあなたの都合に合わせてあげなくちゃいけないのよ」
「……相変わらずだな。おまえに勝てる男なんかいるものか」
すごい……よくわからないが、あの父が押されている。
いつも『彼女』たちが泣こうがわめこうが、最悪の場合狂言自殺しでかしそうになろうが動じない父なのに。
「……てっきり、まだあそこにいると思ってたよ」
「子供が大きくなってきたから、いつまでも地下で暮らすのも潮時かなと思ったのよ」
地下?地下って地下室のことか?よくわからないな。
「みんなが餞別代わりにってお金だしてくれたことだし、三村くんからも貰っておこうかなって」
「おいちょっと待てよ。どうしてオレが」
「それが生死をともにしたあたしに言う言葉?
何よ……ずっと何年も同じ屋根の下で暮らしたあたしに対して思いやりってものがないの?」
同じ屋根の下?
「しかも傷ついているあたしを捨てて、さっさと逃げていったくせに」
逃げた?しかも傷ついている女を捨てて?
「おい人聞きの悪いこと言うなよ!あそこに残るって言ったのはおまえだぞ!!」
「仕方ないじゃない。身重の身体で無理できなかったんだから」
身重?身重って……おなかに子供がいるって事だよ、な?
「母一人、子一人なのよ。あの子を育てる為には養育費が必要なのよ。
あの子はね、これから私生児のレッテル張られて生きなきゃならないのよ。
ハンデを背負った可哀想な子なんだから。その責任があんたに無いとは言わせないわ」
「おい、なんでオレに責任が……」
と、ここで真一が盗み聞きしていることがばれてしまったのだ。
「あら、真一くん覚えていてくれたんだ」
真一はじろーと光子を見詰めた、いや睨んでいたかもしれない。
「……おねえさん」
「なあに?」
「あの時あんた言ってたよな。自分には子供がいる。その子供に対して親父は責任があるって」
「ええ、言ったわよ」
光子はニッコリを笑った。
「……そのガキって、もしかして」
「ええ洸だけど」
「…………」
黙って話を聞いていた他の面々も蒼くなっていった。
「……お、おい相馬……おまえの息子さんって、まさか」
特に七原は顔面蒼白だ。
あのプログラムから脱出した後、7人は三チームに分かれた。
自分と幸枝、杉村と貴子、そして川田と三村と光子だ。
「……まさかとは思うけど……あんたのガキの父親は……その」
真一は思い出していた。洸は多分父親は死んだと言っていた。
でも、それは話から察するに母親に確かめたってわけではない。
ありうる!!あの親父なら、外に隠し子の一人や二人!!
自分にしたところで失敗して出来て相手の女が捨てて逃げたから仕方なく引き取った子供なのだから。
「さあね、お父さんに聞きなさいよ。今、この島に来ているから」
すると真一はさらに驚いた。
「……本当に……親父が来ているのか?」
「あら、七原くん、言ってなかったの?」
「言ったよ。でも、信じてもらえなかったんだ」
「あーら、あなたって余程信用の無い顔しているのね」
光子はけらけらと笑っていた。
(どういうことだ?本当に親父が来ているのか?おじさんならわかる。おじさんなら、きっと助けに来てくれる。
だが、親父が危険を冒してまで、こんな島にくる理由なんか無い。
一体なんなんだ、この島は。化け物はいる。親父の昔の愛人まで来る。
いや、今はそんなこと問題じゃない。問題は……)
真一はため息をついて、そばにあった木に背を預けた。
「……気にするなよ三村」
真一のため息の理由を察した海斗が肩に手を置いて慰めてくれる。
「……まだ決まったわけじゃないしさ。それに、おまえたち全然似てないじゃないか」
「……ああ、そうだな」
そう、真一は失礼にもこんなことを考えていたのだ。
あの悪魔がもしかしたらオレの兄弟なのか?!――と。
「……き、桐山?」
「オレのこと知っているのか?初対面のはずだが」
ただただ驚愕している川田や三村とは裏腹に、桐山は冷静そのものだった。
「……桐山……桐山、おまえは」
まだ焦っている三村とは反対に川田はやっと落ち着きを取り戻した。
「三村、落ち着け」
そういって、三村の肩にぽんと手を置いた。
「これが落ち着いていられるか川田!!あいつは……」
「よく見てみろ……オレたちが知っている桐山じゃない」
そう言われて三村は改めて桐山をみた。
そっくりだ。顔も態度も。でもひとつだけ違うことがある。
「オレたちが知っている桐山があんなガキのはずがないだろう。
第一……あいつが、こんなところにいるはずはない」
三村は深呼吸をすると、もう一度桐山を見た。
「……ああ、そうだな。おまえの言うとおりだ」
三村が冷静になったのを見計らって川田は言った。
「悪かったな小僧取り乱して……おまえがオレたちの昔の知り合いにそっくりだったんで。
少し、焦ったんだよ。まるで、あいつかと思った」
「オレがそっくり?」
桐山がわずかに目元を動かした。
「ああ……瓜二つだ。しかも苗字も偶然一緒。
世界には同じ顔の人間が三人いるというが、姓まで一緒とはな」
「そんなに似ているのか?」
「ああ……」
川田は冷静さを取り戻したといっても、それでもまだ完全には焦りは消えてない。
その証拠にタバコを一本取り出しライターで火をつけようとしているのだが、震えて上手くつかないのだ。
「あの、おじさん。取り込み中悪いけど、早く父さんを……」
幸雄がせかすように横から口出ししてきた。
そう、七原たちと合流しなければいけないのだ。
かといって、寝込んでいる美恵を見捨てていくわけにも行かない。だから迎えに来た。
「幸い、お嬢さんも気がついたようだな。じゃあ、行くか」
川田は「詳しい話は歩きながらする。今はすぐに仲間と合流するんだ」と簡単に話した。
「お嬢さんはまだ本調子じゃないだろう。オレがおぶってやるから」
すると徹が「その必要は無いね」と口を挟んできた。
「彼女ならオレが運ぶからご心配なく」
だが、その徹に今度は美恵が言った。
「大丈夫よ私なら……歩くくらいならどうってことないわ」
「何言っているんだ。もし体調が悪くなったら……」
美恵は他の人間には聞こえないような小声で言った。
「あなた、他の軍人に同じこといえる?そんな甘いこと言わないはずよ。
私だって、軍の中で育ったんだもの。そのくらいわきまえているわ」
徹はため息をついた。そうだよな、そういう女だった。
その気の強いところに惹かれたんだ。文句は言えない。
「わかったよ。君は言い出したら後には引かない性格だからね。
ただし、絶対に無理をしないでほしい。少しでも辛いと感じたら、すぐに言って欲しい」
「わかってるわ。ありがとう」
「……ストップだ」
先頭を歩いていた貴弘が立ち止まった。
杉村と貴子の仲間と合流するために歩いている最中、銃声が聞こえた。
その銃声をたどって歩いている最中だった。
「どうしたの貴弘?」
「……何かいる」
途端に貴子の表情が強張った。
四人は茂みに身を隠し、背を低くしてあたりを伺った。しばらくして貴子が言った。
「本当になにかいるの?もしかして気のせいじゃないの?」
「いや確かにいた。ただ、むこうもこちらに気づいたみたいだな。
瞬時に気配を消した。只者じゃない」
「それで、どうするつもり?気配を感じないんじゃあ、その相手がまだいるかどうかもわからないじゃない」
「……そうだな」
貴弘はしばらく考えたがやがてとんでもないことを言い出した。
「ひとつだけ確認する手がある。確実で一番安全な手だ」
「どんな方法よ」
「囮だよ母さん。一人が茂みをでて、しばらく歩き、オレたちはここから様子を伺う。
もし、奴が今でもこちらの様子を伺っていて、しかも敵なら必ず攻撃してくるはずだ。
いつまでも、こんなところでぐずぐずしている暇もない。この方法なら、犠牲も少なくて済む」
確かに、このままじっとしているのも、かといって四人で動くのも危険すぎる。
「聞いていただろう山科?おまえが行け」
伊織がきょとんとなった。
「聞こえなかったのか山科?おまえが行け」
伊織は最初はあっけにとられていたが、やがてみるみるうちに青ざめていった。
「おい!それってオレに囮になれってことか!?」
「小声で話せ」
伊織はあっと思わず口を手でふさいだ。
「全く、思慮の浅い奴だな。とにかくわかったらすぐに行け」
行けといわれて、はいわかりましたと言えるわけがない。
「おい、だったらオレはいざというときどうなる?」
今度は小声だったが、かなり口調が緊張していた。
「安心しろ。オレたちが見ているんだ。攻撃される前に、こちらが発砲してやる。
したがって、おまえは無事だ。ただし上手くいけばな。運が悪ければ怪我をする。
最悪の場合は死亡。他に質問はあるか?言い残すことがあれば聞いてやってもいいぞ」
伊織は開いた口がふさがらなかった。
「……どうして、オレなんだ?」
伊織はわなわなと震えながら言った。
自分から言い出したんだから、普通は自分がやるというべきじゃないのか?
オレならそうする。そんな危険なことを他人にあからさまに押し付けたりしない。
せめてくじ引きとか選別方法はあるだろう。
それなのに、この四人の中で瞬時に自分を選ぶなんて明らかに『犠牲にするなら他人』ってことじゃないのか?
伊織がそう思うのも無理はない。
この杉村弘樹という人物と、その妻・貴子は貴弘の両親だ。
いくら自己中心的な貴弘といえでも肉親は切り捨てたりできないだろう。
だから赤の他人の(それもいい感情を持ってない)自分を犠牲にしようとしている。
伊織はそう思った。しかし貴弘は全く違うことを言い出した。
「だったら聞くが、おまえは一体何ができる?」
伊織は再度きょとんとなった。
「さっきの銃撃戦でおまえは何をした?何もできずにいただろう」
「……あ、あれは」
「はっきり言う。この中ではおまえが一番役立たずだ。
役立たずなら、役立たずなりに、自分にできることを精一杯やったらどうだ。
それとも、オレが囮になって、奴がオレを襲う前に、おまえは正確に敵を射殺できるのか?
出来ないだろう?だから、おまえを選んだ。何もできないくせに偉そうな口だけはきく。
オレはおまえみたいなタイプははっきり言って嫌いなんだ。
口先だけじゃないってことを実証したいのなら、自分なりにベストをつくしたらどうなんだ?
何もできないくせに、文句だけは一人前とは恐れ入ったぜ」
「おい貴弘」
杉村が横から口を出してきた。さすがに気の毒に思ったのだろう。
「普通の子供には酷だぞ」
ところが、これが決定的だった。伊織は、はっきりいってプライドは高い。
いつも人並み以上でいるために努力を惜しんだことなどない。
それなのに、杉村は伊織を憐れんで普通の子供と称したのだ。
「……本当に、オレが襲われる前に倒せるんだろうな?
おまえこそ、口先だけじゃないってこときちんと行動で証明しろよ」
伊織はすくっと立ち上がると茂みから出た。
「おい」
杉村が止めようとしたが、貴弘が「やらせておけ」と止めた。
「貴弘……これじゃあほんの少し、あの子がかわいそうじゃないか。
それは……確かにおまえの意見は正しいとは思うが……。
誰もが、おまえみたいに生きれるわけじゃない」
「ああ、そうだよ父さん。だが、行動に移さないと生きることもできやしない」
貴弘はじっと見ていた。そして引き金にかけた指に神経を集中させていた。
(……さて……どこから、くる)
伊織はゆっくりと歩いていた。
周囲は木々や茂みに囲まれており、どこから敵が飛び出してきても不思議ではない。
一瞬が命取りになる。
伊織は自分の体内からドクンドクンと大きな音が聞こえるのを感じた。
いつ爆発してもおかしくないくらいの鼓動だ。
歩きながら思った。本当に貴弘たちを信用していいのか?
オレはもしかして利用されているだけじゃないのか?
一歩一歩歩くごとに、不安が疑心に変わりつつある。
しかし、伊織は、いや……いくら何でも、クラスメイトをそんな簡単に切り捨てるだろうかとも思った。
オレはなんて嫌な奴なんだ。いくらひどいことを言われたからって簡単にひとを疑うなんて。
とにかく、こうなったら信じるしかない。信じるしか……。
その時、そばに茂みから何か影が飛び出した。
「!!」
伊織の心臓の鼓動が一瞬だけ止まった。
敵だ!!伊織がそう思う前に、貴弘たちが銃口を向けていた。しかし撃たなかった。
もしも、その相手の姿がはっきり見えなかったら撃っていたかもしれない。
「……お、おまえ」
伊織は緊張の糸がきれたのか、その場にぺたんと座り込んだ。
その様子を見ていた貴弘たちもすくっと立ち上がると茂みからでてきた。
「おまえだったのか。悪趣味だな、気配をたつなんて」
「敵かと思ったからな。おまえこそ、オレに気づいて姿を隠しただろう。
だから、こちらも様子を伺っていただけだ。それより、その二人は?」
「この二人は、オレを助けにこの島にきてくれたんだよ。
この芸能人顔負けの美人はオレの母さん。こっちが親父だ」
「おまえの……両親?」
その相手はじっと杉村と貴子の顔を見詰めた。
「オレたちは銃声を聞いたから、その場所に向かっていたところなんだ」
「そうか。オレもそうだ」
「だったら話は早い。一緒に行こう」
「断る理由もないし、いいだろう」
こうして、堀川秀明が加わった――。
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