秀明はジッと見ていた。
(……アレは)
遠くで……かなり距離がある場所で鳥達が群れをなして飛び立った。
普通ならなんでもないシーンかもしれない。しかし秀明の第六感が次げていた。
あそこで何かがあったと――。
もしかしたら美恵がいるかもしれないと思い、同時にいて欲しくないとも思った。
遠目から見ただけだが、あの鳥たちは肉食だ。
それが群れて飛んでいるなんて嫌な連想をしてしまう。
(……とにかく行ってみるか。美恵がいないことだけでも確認しておきたい)
そう思った秀明だったが、すぐに止めた。
聞こえたのだ。その耳に銃声が――。
Solitary Island―92―
「そうか、いるのか」
桐山はスタスタと歩いた。どうやら美恵の元に行くつもりらしい。
途端に徹が桐山の前に出た。桐山はちょっと右に出て、また前に出ようとした。
しかし、すかさず徹がスッと横に移動。桐山を遮る。
桐山は今度は左に出た。しかし、結果は同じ。
「……もしかして、オレの邪魔のしているのかな?」
「ああ、そうだよ」
「…………」
桐山は少し考えた。
「オレは天瀬を探していた。やっと見つけた。だから無事を確認したい。
理解してくれたかな?してくれたならどいてくれないか?」
「全然理解できないね」
徹は全然という単語を強調して言った。
「彼女は色々合って疲れて休んでいるんだ。だからそっとしておいてほしい」
「わかった。そっとしておく、だから通してくれ」
「……全然わかってないようだね」
徹は表面はおだやかだったが、内心はふつふつと何かが沸騰しかけていた。
「……君には彼女に近づかないで欲しい」
「なぜだ?」
「……それは君自身がわかっているはずだ」
桐山は頭に疑問符を浮かべた。
オレ自身がわかっている?
オレには何もわからない。
ずっと……物心ついたときからずっと不思議に思っていた。
なぜ誰もが怒ったり泣いたりするんだろう。なぜ自分だけが違うのだろう。
でも、その疑問を深く追求しようとは思わなかった。
しかし、 美恵に出会った。今まで感じたことのない気持ちになった。
一緒にいるとなんだかすごく安心する。
美恵の姿がないとなんだかすごく落ち着かない。
美恵が他の男と一緒にいるのを見るとなぜかモヤモヤして苦しくなる。
同時にふと疑問すら思ってないことが気になった。
なぜ、自分には中学に入ってからの二年間の記憶がないのか?
父は事故が原因で記憶喪失になったといった。
自分もそれを素直に信じた。
しかし、何かが違う……。時々こめかみがうずくのだ。
特に二度激しくうすいたことがあった。
一度目は身代金目当ての暴漢たちに襲われたとき。
(返り討ちにした。桐山は知らないが警察に突き出す前に桐山の父の部下たちによって半殺しにされた)
二度目は射撃場で規則に反してヘッドホンをとったとき。
生で聞いた銃声にこめかみが疼いた。
そして感じたのだ。自分はこの音をしっていると――。
「……オレは一体誰なんだ?」
それは桐山がかつて美恵に問うた疑問でもあった。
それに対して徹の答えは冷たかった。
「さあね。もしかしたら存在してない人間じゃないのかな」
そんな二人のやり取りを破るかのように第三の声がした。
「桐山くん、無事だったのね」
徹は慌てて振り向いた。部屋の入り口でドアに掴まりながら美恵が立っている。
しまった、オレたちの口論で目が覚めたんだ。
「天瀬」
桐山は駆け寄ろうとした。途端に徹が邪魔をする。
「彼女に近づかないでくれ!!」
「徹!!」
慌てて美恵が駆け寄ろうとした。同時に桐山も。
しかし徹のほうが早かった。美恵に駆け寄り美恵を抱きしめるとキッと桐山をにらみつけたのだ。
「近づくなと言ってるだろう!!」
「徹、何を言うのよ。ごめんなさい桐山くん」
「君が謝る事はないよ。第一、この男はあの……」
言いかけて徹はハッと口をつぐんだ。
しまった!そう思って美恵を見た。
かなり強張った表情をしている。美恵は徹を押し離した。
「美恵」
徹は焦っていた。本気で美恵を怒らせたと思ったのだろう。
「……怒ったのか?」
「…………」
美恵は何も答えなかった。それが徹をさらに焦らせた。
「……オレが何なんだ?」
しかし、今度は水を差すように桐山が口を挟んだ。
「オレは何なんだ?」
美恵とは数ヶ月前に出会ったばかりだ。しかし、美恵は自分のことを知っているようだった。
そして、この佐伯徹も自分のことを知っているようだ。
オレは一体何なんだ?
どうしてオレは二年間の記憶がないんだ?その二年間、オレは何をしていたんだ?
なぜ銃声を聞いたとき……それに、この島に来たとき何かを感じた?
「……オレの失った記憶に関係あるのか?」
「いいえ」
美恵ははっきり否定した。
「今のは徹の言葉のあやよ」
ひゅー……ひゅー……。
苦しそうに息をしている。
いや、息をしているというよりも喉から息からもれているような感じだ。
「まったく、嫌になるわよ。たかがトカゲの分際で人様襲おうなんて」
光子がライフルを手に呆れてものが言えないという感じて悪態をついていた。
そばでは千秋が真っ青になって木の幹に捕まりがたがたと震えている。
「だてに地下ゲリラに何年もいたわけじゃないわ」
光子は千秋と一緒に七原を待っていた。
しかし、七原の帰りがあまりにも遅いので千秋が探しに行こうと言い出したのだ。
光子にとっては七原はまあどうでもいい存在だった。
そうね幸枝は可哀想だけど、でもあたしにはプラスにもマイナスにもならないわ。
だって七原くんが死んでもあたしに保険金がはいるわけじゃないもの。
そんな感じ。
ただ光子も中学時代と比べると少しは情のある人間になった。
やっぱり一児の母となった影響だろうか?
七原を心配してうろうろと歩き回る千秋をみて心動かされたらしいのだ。
だから、まあ少しくらいなら探してあげてもいいかと思った。
そうね。この建物からあまり遠くにならない範囲の距離内で。
ところが外に出て20メートルもしないうちに大きなトカゲ(バッグにしたら何十個もできるわね)が襲ってきた。
で、ライフルのえじきにしてやったというわけだ。
「……あ、あの……あの……」
千秋は困ったように光子を見た。
なんて呼べばいいだろう?とこんな時に、そんなどうでもいいことを考えたのだ。
もしも同級生の洸の母親でなければ、おねえさんと呼んでいた。
でも、自分の母親と同じ年齢の女性におねえさんは合わない。
かといって、どう見てもおばさんなんて代名詞が似合うような女じゃないのだ。
千秋の困惑の理由に気付いた光子は「光子でいいわよ」と言った。
「あ、あの……光子さんは、お父さんの仲間……ですよね?」
「そうね一応は」
光子はさらりと言ってのけた。
「じゃあ……じゃあ、お父さんもこういう……ことを?」
こういうこと……つまり平然と銃を使って戦闘できるかということだろう。
千秋にはいまいち信じられなかった。
確かに父は身体能力の高い人だった(いつも町民体育祭のレースでは一番だった。自慢の父だ)
でもアクション映画の主人公のように銃を持ってドンパチするなんてガラじゃなかった。
しかし、千秋のイメージに反して光子は「ええそうよ」とあっさり肯定。
千秋は驚きを隠せなかった。あのマイホームパパの父が?
「もっとも、あたしから見ればまだまだ甘いとしか言いようがないけどね」
さらにタイミングよく「おい、大丈夫か!!?」と父の声が遠くから聞こえた。
足音がどんどん大きくなってくる。
よかった、ゆっくんを見つけて戻ってきたんだ。
そう思った千秋の希望的予想を見事に裏切って七原は一人で駆けつけてきた。
「千秋、大丈夫か!?」
「お父さん。ゆっくんは?」
七原はすまなさそうにうなだれた。
「……すまない。まだ」
「……そう」
千秋は残念そうにガクッと力を落とした。
それから今度は「おい、なんだよ、あの音は!」と新たな声。
千秋はその声のほうに振り向いた。二人の同級生が姿を現した。
「三村くん、寺沢くん」
驚いた。どうして二人がここにいるんだろう?
もっとも、今はそんなこと詮索する暇はないが。
「さっきの銃声はなんなんだ?」
三人の質問に光子が「これよこれ」とライフルで指したものをみて三人はうっと声を詰まらせた。
「いきなり襲ってきたから返り討ちにしてやったのよ」
光子はそのオオトカゲ(F2だが)の頭を踏みつけ「男以外の動物に襲われるとは思って無かったわ」と悪態をついた。
呆気にとられる真一と海斗に七原は「……な?守ってやる必要ないだろ?」と小声で言った。
真一と海斗は納得したのか、深々と頷いた。
それから真一は光子を見て、どこかで見たことある顔だな……と思った。
「……おねえさん、オレとどこかで会わなかったか?」
光子は真一を見て、その顔が三村と似ていたのですぐに誰かわかったらしい。
「もしかして真一くん?大きくなったわね」
オレの事知ってるのか?
でも、どこで会った?思い出せない。
「おい三村」
海斗が横から肩をつつく。
「なんだよ」
「彼女……相馬に似てないか?」
そこで真一は改めて光子を見た。確かに似てる。
いや、似てるどころか、そっくりじゃないか。
「……似てる。おねえさん、相馬洸の……もしかして姉さんなのか?」
「似たようなものね」
それを聞いた途端、海斗は「あの悪魔の姉貴なのか!?」と叫んでいた。
そして慌てて手で口を押さえた。
「あら悪魔なんてあんまりじゃない。あの子は天使と言っても通じるくらいよ」
それは嘘だろ。真一と海斗は心からそう思った。
もっとも洸の本性をしらない千秋だけは、確かに天使と言っても通じる容姿よね、と納得していた。
それから真一は先ほど感じたデジャブゥの疑問を質問した。
「おねえさん。オレとどこかで会わなかったか?」
もしも光子が一児の母でなかったら口説き文句にとられそうなセリフ。
「ふふ。そうね、出会ったかもしれないわね」
それに対して光子もまるで恋の駆け引きのような返事をした。
真一はますます謎が深まったらしい。
確かにどこかで会ったような……。こんな美人、一度見たらなかなか忘れないんだが。
オレはひとの顔は大抵一度みたら覚えるし。
「お父さんには以前お世話になったわね。覚えてる?」
瞬間、真一は思い出した。
そうだ。子供の頃……それも小学校低学年の頃だ。
その頃、2、3回ほどあったことがある。
「……あ、あの時の女だったのか」
「思い出したようね」
光子はニッコリと微笑んだ。海斗が真一の肩をつつき言った。
「誰なんだよ。知り合いなのか?」
「……知り合いもくそもあるかよ」
真一は頭が痛くなった。
「親父の昔の愛人だよ!!」
「…………」
三人がそろって沈黙を守っている。
美恵は椅子に腰掛け、徹と桐山がお互いを牽制しあうように見合っている。
徹にいたっては睨んでいるくらいだ。無言ほどある意味重いものは無い。
はっきり言って罵られるほうがまだマシかもしれないと思うほどに。
たまりかねた徹は美恵の腕を掴むと「話がある」と誘い出した。
当然、桐山がついていこうとして、徹が「二人きりで話がしたんだ」とすぐに桐山を拒否。
美恵が「桐山くん、少しだけ席をはずさせてもらうわ」と言ったので、桐山は仕方なく二人を見送った。
二人は部屋を出て廊下の隅に。
「さっきは悪かった。つい」
美恵は少し溜息をつくと「もういいわ。気にしてないから」と言った。
「気にしてない?だったらどうしてそんな顔するんだ」
「本当よ。ただ……桐山くんのことが心配なだけ」
「心配?あいつが?」
「隼人に言われたのよ。晶には気をつけろって」
晶の名前が出た途端、徹は全てを理解した。
「ああ、晶か。なるほどね」
「……あなた何か知ってるの?」
「ああ知ってるよ。軍部が違うとはいえ、オレには特殊な情報網がある。
だから他の奴は知らないことも色々と」
「だったら教えて。晶は一体何を考えているの?」
「上からの命令なのさ」
徹は「オレが言ったなんて隼人には内緒だよ」と念を押した。
「上は恐れているのさ。例の事件の杜撰な事後処理が露見するのを。
もちろん、一番やきもきしているのは当時のプログラムを担当していた陸軍だけどね。
何しろ、あそこは軍の中ではもっとも保守性が強くて融通がきかない。
その陸軍を納得させて事件をもみ消すのは容易じゃなかった」
「……何があったの?」
「何もないよ。ただ契約を交わしたんだ。
その契約を守りさえすれば、桐山に危害が加えられることはない。
でも、その契約に反すれば……晶はすぐに桐山殺害に動く。
君も知っているだろう?晶はお仕事人間だから絶対に説得できないよ」
「その契約って?」
「大したことじゃない。少なくても今の時点では大丈夫さ。
もっとも桐山の様子が変だから、ちょっとヤバイ方向に言っているけど。
それよりも、君を手当てしてくれた川田たちの心配をしてあげたほうがいいよ」
思い出した。意識が朦朧としていたから、あの時は気付かなかった。
でも、あの二人は間違いなく、あの川田章吾と三村信史だ。
「……どうするつもりなの?」
「隼人は今はほかっておけと言っている。でも、脱出プランが整ったらどうなるか」
「まさか殺すつもり?」
「さあね。もっとも、見逃すわけにもいかないだろうけど」
「お願いよ徹。こんなときに味方になってくれるひとたちに危害なんて……」
「まった」
徹がチラッと入り口のドアを見た。
「誰か来たの?」
「ああ、4人ってところかな?噂をすればなんとやらっていうから川田たちが帰ってきたのかも。
もっとも一人多いけどね。早乙女かな?」
ドアが開いた。思ったとおりだ。
「お、元気になったのか、お嬢さん」
美恵を見た川田は嬉しそうに言った。
「早乙女は探せたんですか?」
川田はばつのわるそうな表情で、「それが……影も形も」と頭かきかき溜息をついた。
「その代わりといっちゃあなんだが、一人別の生徒を保護してきたぞ」
そう、幸雄を保護したのだ。
「内海くん!よかった無事だったのね」
「美恵さんこそ。よかった心配したよ」
思わず駆け寄った幸雄だったが、いきなり徹が幸雄の前にでた。
「ストップ、そこまでだ。彼女は色々あって疲れているんだよ。だから不用意に近づかないでくれ」
その時だった。
「誰か来たのかな?」
と、部屋の中から声がしたのは。
ガチャっと部屋のドアノブが回った。そして桐山が出てきた。
瞬間――川田と三村の顔が変わった。
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