『…………』
『何を見ている?』
小さな少年がいた。少年という言葉すらまだ似合わない幼い男児。
『……これ』
写真だった。ただの写真だ。
やはり少年と同じ年頃の子供達が写っている写真。


『ああ、これか』
『誰?』
『おまえの身内だ』
『身内?』
『家族だ』
『家族って?』
『肉親、ってことだ。ちょっと待ってろ』

男(いつも、しかめっつらの年老いた男に従っている白衣をきた若い男だった)はメモ帳を取り出すと簡単に図を書いた。
何人もの名前がメモ帳には書かれている。
そして、その名前はそれぞれ線でつながれている。


『これが、おまえだ』
男は、その中の名前の一つを指差した。
『コレとコレは?』
少年は二人の名前を指差した。
『ああ、これは見てのとおりだ。おまえの……』
一通り説明してやると男は部屋から出て行った。少年は、そのメモ帳と写真を交互にずっと見ていた。
『……コレが……』
それから、しばらくしてから、いつもしかめっつらの年老いた男がやってきた。
そしてマジックミラーで部屋の中を見ている。少年は全く気付いてない。




『……おい』
『はい、なんでしょう?』
『……どういうことだ?』
『なにが……ですか?』
『アレの顔だ』
付き添っていた、やはり白衣を着た眼鏡をかけた男は不思議そうに言った。
『アレの顔が何か?』
『表情がある』
見てみると確かにいつも無表情なのに、なんだか柔らかい表情になっていた。


『何があった?』
『さあ私は何も。おい、君、アレに何かしたのか?』
眼鏡の男は、若い男に言った。
『僕は何もしてませんよ。アレが例の写真を見て質問してきたので、アレとの関係を教えてやっただけです』
『なんだと!!?』
年老いた男の表情が一変した。そして再び少年を見た。
『……消せ』
年老いた男はしかめっ面をさらに歪ませた。
『消せ!!今の記憶を全て消すんだ!!』


『奴は大切な切り札だ!!余計な感情は一切持たせるなっ!!
奴に必要なモノは、あいつらへの憎悪だけだ、他は一切必要ないっ!!』





Solitary Island―90―




「…………朝か」
チラッと防犯カメラを通して外の様子を見た瞬は呟くようにいった。
「まだか……まだ開かないのか?」
イライラする。もしも、Ⅹシリーズと今の状態で会ったら自分を抑える自信はない。
本来の人格のままでいたら、奴等を見た瞬間飛び掛ってしまうほど自我がきかないだろう。
とにかく、目的を達するまでは用心深く行動しなければ。


『邪魔者は例外なく処分しろ。それが勝者というものだ』


「…………邪魔者は例外なく処分」

ああ、処分してやったさ。簡単だった。あんなに呆気なく人間ってやつは壊れるんだな。
人間はもろいな。もっとも、おまえよりはしぶとかったが。
もっと苦しむかと思ったのに、あんな呆気なく死ぬなんて。

瞬は初めて人殺しをした日のことを思い出していた。
虫は叩き落してもまだ死なない。でも、人間って奴は簡単に死ぬんだな。
そう思っただけだった。本当に簡単だった。


『この女も始末しろ。おまえの敵だ』


塩田は何度も繰り返し言った。
『おまえが殺す相手は17人いる』――と。
特に科学省長官・宇佐美に関しては簡単には殺すな、じっくりと痛みと苦しみを味あわせてやれと、
まるで呪文のように繰り返し聞かされた。
そして、その宇佐美に加担した12人の幹部や博士の名前と顔も覚えこまされた。
もちろん殺すべきターゲットして。




最後に、邪魔者として4人の人間を必ず殺せといわれた。
それが高尾晃司、堀川秀明、速水志郎、そして天瀬美恵だった。
『女も邪魔者なのか?』と聞くと、『必要だから殺せ』と言われた。
とにかく、この女を手にかければおまえは最強になれる。
余計なものは一切切り捨てて完璧な人間兵器になれる――と。


『こいつらだけじゃない。おまえの邪魔をするもの全員敵だ。
邪魔する奴がいたら迷わず殺せ。躊躇うな、慈悲は無用だ』



「……慈悲は無用か。そんなもの生まれたときからオレには無い」

遺伝子からして人間兵器だった。父親はファースト抹殺部隊の隊長、とうの昔に死んだ人間兵器。
そのファーストと父は血の繋がった身内同士でありがなら殺しあったという仲になる。
さらに母親も抹殺部隊にいた。そしてファーストに殺された。
両親共に人間兵器である自分がまともな感情を持って生まれてくるはずが無い。
高尾晃司も、堀川秀明も、速水志郎も、そして天瀬美恵もそのはずだ。
だから最初に出会ったときは正直言って驚いたが。


何だか外が騒がしいな。何かいくつも気配を感じる。

瞬はチラッとカメラに目をやった。外に人影はない。Fシリーズも。
しかし、多数の気配を感じる。だが、脆弱な気配だ。
少しだけ気になったので外に出てみた。
正直言って、外にはあまり出たくはなかったが。




「…………」
少し歩くと攻介の遺体が横たわっていた。
死後硬直ですっかり冷たくなって全く動かなくなっている。
瞬は冷たい目でソレを見下ろしていた。それからチラッと上を見た。
「……アレか」
陽が昇り辺りがすっかり明るくなってきていた。
そして目が覚めた鳥達がどこからともなくふってわいたように集まってきていたのだ。

かなりの数だ。何しにきたんだ?

瞬は動物のことにはあまり詳しくないので奴等の意図がわからなかった。
ただ鳥達は瞬を警戒しているらしく木の上に止まってジッと瞬を見ている。


(こいつらだけか……)
だったら害はないな。瞬はクルリと向きを変えると、その場を離れだした。
少しするとバタバタと羽ばたく音がした。振り向くと、鳥達が木の上から降り立っている。
(何だ?)
そして攻介の周りに集まりだした。
(……?)
やがて最初の一羽がちょっと飛んで攻介に止まるとくちばしで服を掴み引っ張り出した。
(……こいつら)
ここにきてやっと瞬はそいつらの目的がわかった。

(こいつら死臭を嗅ぎ付けて集まってきたのか)




鳥達がいっせいに攻介を囲み服を引っ張っている。

(……特撰兵士も死ねばただの死体。……下等生物のえじきか)

今はつつかれているだけだが、鳥葬となるのも時間の問題だな。
傷ついてはいるが顔は綺麗なままだった。
その顔もやがてあいつらのせいで崩れるのか。

「…………」

死ねば全てが終わる。オレも死ねば動かなくなって終わりだ。
その前に、全ての目的を達成しなければならない。
早くやらなければ。こんなことろでグズグズしている暇はない。

瞬は少しだけ速度を速めて歩き出した。
背後では鳥達の羽音や鳴き声が激しくなって聞こえてきた。


『オレの親父は仲間を見殺しにせずに最後まで戦ったんだ。
だから、息子のオレが何もしないで死んだらかっこ悪いだろ。
それだけだ……それだけ……それに……』



「…………」
しかし、いったん足を止めた。振り向きはしなかったが。
(……おかしな奴だった)

どうして他人の為に戦えるんだ?そんなことをして何の得がある?
科学省で生まれた連中は誰もが任務の為にしか戦わない。
そしてオレは目的の為にしか自分の能力は使わない。
それが普通で当たり前。少なくてもオレにとっては当然の価値観だ。
任務でもない、まして自分の為でもない、そんなことの為に戦って満足なのか?
その為に殺されて、今は下等生物のえじきになろうとしている。
それで満足なのか?


「…………理解出来ない」

ギャァギャァと鳴き続ける鳥たちの声がやけにうるさく聞こえた――。














来る、あいつらが来る!つかまったら終わりだ、逃げないと殺される!!
行き止まり!!畜生、行き止まりだ!!
あいつら来る、逃げ場が無い!!
これは……この穴は……。この穴は向こう側に通じているのか?
人一人がほふく前進でやっと入れるような穴だ。
まさか行き止まりじゃないよな?でも考えている暇なんて無い!!
賭けるしかない、あいつらが追いかけてくる!!
逃げるんだ!!
くそ!!学ランは邪魔だ、脱ぎ捨てていこう。
早く、早く逃げないと!クソっ!上手く進めない!!
足が……足が止まった……。
あ、あいつが靴を掴んでいる!!オレを引きずり出そうとしている!!!
そんなことされてたまるか!!
あ……足が……足を掴まれて引きずり出され……。


「うわぁぁぁー!!」


飛び起きていた。
「……はぁ……はぁ……」
「お、坊主。目が覚めたのか?」
「……こ、ここは?」
「何があったのか知らんが、随分うなされていたぞ。でも、もう大丈夫だ。オレたちが保証してやる、安心しろ」
幸雄は辺りを見渡した。もう洞窟の中じゃない。


「……オ、オレ……は」

そうだ。オレは必死になって小さな横穴をはいずって逃げたんだ。
その横穴は隣の洞窟に続いていて、そこをひたすら走っていたら外にでた。
後はがむしゃらに走った。ただ走った。
それから……確か、このひとたちに会って……。

「お、おじさんたちは……その……」
「ああ、自己紹介がまだだったな。オレは川田、こっちは三村だ」
「川田さんに三村……さん?」
それから川田と名乗った男はとんでもないことを言った。




「おまえ、七原の息子だろう?」


表情が一気に強張った。それを見て川田は間違いないと確信した。
「……おじさんたち一体何者なんだよ?」
「おまえの親父の旧友だ」
「……親父の?」
「ああ、そうだ。おまえたちを助ける為にきた。
おまえの父さんも、おまえを助ける為に、この島に来てる」
「あいつが!?」
幸雄は驚いて川田を見詰めた。


「……う、嘘だ」
「おい、どうして嘘だなんて思うんだ?」
「だ、だって……だって、あいつは……」
幸雄はギュッと拳を握った。
「あいつは母さんやオレや千秋を捨てて出て行ったんだ!!
そんな男が今さら捨てた子供の為に危険なことするわけないだろ!!
あ、あんな奴……あんないい加減な男が今さら……」
パンッ!途端に幸雄の頬に軽い音がした。幸雄は驚いたように頬に手を添えた。




「少しは頭を冷やせ小僧」
川田は煙草を取り出すと、それに火をつけ口にくわえた。
そして一度煙を吐くと、指で摘んで一度口からはなした。
「七原はおまえたちを捨ててないぞ」

幸雄はきょとんとした。何を言ってるんだこの人?そんな目で。
ひとの家庭の事情なんて何も知らない赤の他人のくせに。

でも、その赤の他人はなんだか自分の知らない事を知っていそうな雰囲気だった。


「いいか、よく聞け小僧。七原はおまえたち家族を捨ててない。逆だ。七原が姿を消したのはおまえたちの為なんだ」
「……え?」
幸雄はまたしても驚愕していた。ずっと父は自分達を捨てたと思っていた。
その幸雄が信じてきた真実を真っ向から否定する発言をされたのだから。
「だ、だって……親父はいきなり家出して、その後は何の連絡も……」
「おまえたちを巻き込みたくなかったからだ。
いいか小僧。オレの話をよく聞け。
七原がどうして家をでたのか。どうして、おまえのお袋が真実を話せなかったのか。
おまえもそろそろ本当の真実を知ってもいい年頃のはずだ」














ぎゃぁ!!と喚きたてるように一羽が飛んだ。
ナイフが飛んできて羽をかすめたのだ、無理もない。
さらに、もう三本飛んできた。鳥達は慌てて逃げていった。
「…………」
攻介は綺麗なままだった。もっとも、ほかっておけば、またあいつら来るだろうが。


『それだけだ……それだけ……それに……』


(……それになんだったんだ?)
本当にわからない奴だ……理解不能だ。


『いいか、おまえ自身の手で、この娘の息の根を止めろ。
それが出来たら、おまえは完璧な人間になれる』



あの醜い老人の言葉が頭を過ぎる。
もう一度攻介を見た。このままにしておけば、またあいつらがきて死体の始末をするのか。
「…………」
瞬は少し屈むと攻介の後ろ襟首を掴み歩き出した。

(……またあいつらがきたら他の特撰兵士にこの場所が気付かれるかもしれない。
それは避けなければならない。今はまだ連中と戦うときじゃない)

元の場所に戻ると、攻介の遺体はシートでくるんで地下の一室の隅に置いておいた。


『いいか、この娘を殺せたら、おまえに殺せない人間はいなくなる。
おまえは完全無欠だ。必ず、その手で息の根を止めろ。
情けは無用だ。いいか躊躇うな、慈悲は無用だ』



「――あいつを殺せば、オレは完全無欠……か」




【残り33人】




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