「何を震えている山科っ!!おまえ、こんなところで死にたいのかっ!!?」
死にたいわけがない。伊織は再び銃を構えた。
しかし、発砲できないのだ。
「壊れているのか!?クソっ!!」
「この役立たずが下がってろ!!」
貴弘が伊織がどつき倒した。
「父さん、次だ!!」
杉村が弾をつめなおした銃を即座に渡す。貴弘は間髪いれずに構えが、撃たなかった。
「……逃げていくぞ」
どうやら銃が相手では分が悪いということに気がついたらしい。
杉村と貴子はホッとしていたが、貴弘は反対に怒りがフツフツとこみ上げてきていた。
「山科、おまえ確か将来の夢は『軍の武道指南役』だったな?」
それはクラスの文集を製作したさい、伊織が将来なりたいものとして掲げたものだった。




Solitary Island―89―




「晃司、秀明」
「なんだ?」
「どうかしたのか?」
三人は相変わらず島の中を歩いていた。
美恵はなかなか見つからないな」
元いた場所に戻り、そこを中心に探した。
足跡なども見たが、あれだけ大勢いたので、どれが美恵の足跡なのかわからない。
とりあえず範囲を広げて捜索することにした時のことだった。


美恵はいない。もしかしたら、あそこに帰っているのか?」
確かにその可能性もないこともない。
いったん戻って待ったほうが利口かもしれない。
しかし、今この島のどこかで助けを求めている状態だったとしたら帰るわけにも行かないだろう。
あの場所には隼人たちがいるが、この島のどこかで一人きりになってしまっていたら守ってくれる人間はいない。
(実際には徹が片時もはなれずにそばにいたが)
志郎は当てもなく探すのには疲れたようだ。


「わかった。晃司、おまえは志郎を連れてあの場所に戻れ。オレは引き続き捜索を続ける」
そこで秀明が自分だけが残るといいだした。
「それはダメだ」
途端に志郎が反対する。
「オレは大丈夫だ。それにオレには美恵を守ってやる義務がある」
「わかった。秀明は引き続き美恵の捜索をしろ。オレ達はいったん戻ることにする。
美恵の居所がわかったら何らかの方法で連絡する」
すると秀明が「オレはあの場所には戻らずに、どこか非常用の入り口を捜して地下に降りる」といいだした。
美恵を見つけたら、いや探し出せなくても一度はそこから連絡する。二人とも、それでいいな?」
「ああ、了解した」
「秀明、美恵を探したらすぐに連絡してほしい」




志郎はずっと美恵と離れていたせいか、美恵の姿が見えないととても心配らしい。
ずっと前のことだ。志郎は任務で数ヶ月に及ぶ長期任務についていた。
帰ってすぐに美恵に会いにいった。
ところが何があったのか、美恵はベッドの上で寝込んでいたのだ。
晃司が「今は具合が悪いから」とだけ言ってろくに説明もなかった。
隼人が「流行の風邪になっただけだ。すぐによくなる」とも言ったが。
とにかく、美恵の様子がおかしいので、志郎はずっと美恵に付き添っていた。
戦場にいた人間の直感から、美恵はただの病気ではないと感じたのかもしれない。
しばらくして美恵が目覚めると、美恵は志郎の顔をみてただ微笑んだ。
「苦しくないか?」と聞くと、「大丈夫……もう終わったから」とだけ言った。
美恵が元気になったときだった。突然、秀明が美恵とはしばらく会えないと言い出した。


「なぜだ?」
志郎にはわけがわからなかった。
ただ秀明は「今は軍本部から……オレ達からはなれたほうがいいらしい」とだけいった。
そんな曖昧な説明では志郎も納得できなかったに違いない。
しかし秀明は「美恵を困らせたいのか?苦しめる事になるぞ」と言った。
美恵にあえなくなるのは嫌だが、苦しめるのはもっと嫌だった。
だから嫌々いいつけに従った。


美恵は遠い場所に移され、そこで軍と直接関係はないにしろ縁の深い学校に通う事になった。
落ち着いたら会わせてくれるという約束だったのに、その約束はなかなか実行されなかった。
志郎は不安で仕方なかった。美恵が自分を忘れてしまう、とでも思ったのかもしれない。
晃司や秀明は、「そんなことはない」とも言ってくれなかった。
一年ほどたって嬉しい事に美恵がいる学校に転校する事になった
しかし、転校しても絶対に個人的に話しかけたりするなと言われた。
目を合わせるのもダメだと。志郎は正直言って納得できなかったし、とても嫌だった。
でも晃司と秀明の命令なので渋々従った。
だから志郎はもう美恵とは離れたくなかった。














「たて山科」
貴弘は伊織の胸元を掴むと無理やり立たせた。
「今がどんな時かわかっているのか?オレは命中させろとまでは言ってないが撃つだけならガキでも出来るぞ」
今度は伊織がムッとした。これは一方的な言い方ではないか?と思ったらしい。
「ちょっと待てよ。オレは引き金をひいた。でも発射されなかったんだ」
すると貴弘は伊織を突き倒した。
同時に伊織が手にしていた銃を伊織に向けた。
伊織の目が見開く。ドンッ!と音がして伊織の真横を銃弾が通過していた。


「発射されないだと?」
地面にのめり込んだ銃弾の跡を目にして伊織は驚愕した。
「……バカな。確かにさっきは」
呆気にとられている伊織に貴弘はさらに言った。
「間抜け。安全装置をはずしてないだけだろう」
そう。安全装置をはずしてなければ、いくら引き金を絞っても発射されるわけがない。
「それで軍の武道指南役になりたいだと?笑わせるな」
「そういわれてもオレは銃をまともに扱ったことなんて……」
「そのくらい考えろ頭で!!」
「無茶な事言うな!!あんな状況でいきなり……」
「……この、腰抜け!!」
杉村が止める間もなく伊織の顔面に貴弘の鉄拳が入っていた。


「敵がおまえの事情を考えて襲ってきてくれると思っているのか!?
仮にも士官学校に行こうなんて人間がよく言い訳できたものだな!!
今度、足手まといになるようだったらオレが片付けてやる。
その覚悟で行動しろ。おまえには覚悟が全くない。頭でわかったつもりでいるだけだ。
今ここで、はっきり肝に銘じておかないと遅かれ早かれ犬死するぞ」


伊織は反論も出来なかった。
元々、口が上手いわけでもなかったが、どうも貴弘相手だと萎縮してしまう。
ただ、確かに敵が伊織の事情に合わせてくれるわけはない。
そして、自分はあの化け物集団を見た瞬間、一瞬とはいえ頭の中が真っ白になった。
貴弘がどんな人生を歩んでいたかなんてしらない。
だが、少なくてもあんな化け物とは無縁の生活をしていたはずだ。
しかし、貴弘はすぐに反応して戦闘態勢をとった。比べると自分の覚悟の無さを痛感する。
伊織は自分がなんだかとても器の小さい男に感じた。
智也や小夜子を助けてやれなかったのも、もしかしたらその辺りに原因があるかもしれない。
自分がもっとしっかりしていれば二人は死ななかったかもしれない。




「とにかくすぐにこの場を離れよう。あいつら仲間をつれて引き返さないとも限らないからな」
貴弘の意見に杉村と貴子はすぐに同意した。
二人は荷物を手にした。何が入っているのか、かなり大きく重そうだ。
「母さん、オレがもつよ」
貴弘は貴子が手にした荷物を取ると、「母さんは周囲に注意を払ってくれ」と持っていた銃をスッと差し出した。
そして、もう一丁の銃はベルトに挟んだ。
「オレが先頭を歩く。父さんはしんがりでいいな?」
「あ、ああ」
「母さんは、オレのすぐ後ろを歩いてくれ」
それから忌々しそうに伊織を見た。


「おまえは母さんの後だ。断っておくが傍には寄るなよ」
伊織は何だかかなりシュンとして、「……ああ」と小さく言った。
「よし、出発するぞ。暗闇の中、森の中を歩くのは危険だ。だから岩壁つたいに歩く。かまわないな?」
「ええ」
貴弘は一度周囲を見渡すと歩き出した。
「なあ貴子」
「何よ」
「……子供だと思っていても親の知らない間に成長するものなんだな」
「そうね」
杉村は貴弘の背中を見て心から思った。
「……カッコイイな」
そばには貴弘に殴られ今だ頬が赤い伊織がいた。














「いたか三村?」
「いやいない。本当に、あのガキどこに行ったんだろうな」
空がうっすらと明るくなってきている。夜明けだ。ありがたい。
「川田。あの早乙女ってガキもそうだが、そろそろ杉村や七原たちと合流したほうがいいんじゃないのか?」
本来なら、手分けしてそれぞれの子供達を捜す。
そして、探し出した後は無線機で居場所を確認して合流する手はずだった。
だが、その無線機がその役目をほとんど果たしてくれないのだ。
これでは都合のいい時に合流できない。
だから、今のうちに仲間を探しておいたほうがいい、三村はそう考えたのだ。


「だったら、おまえだけでも、この小僧を連れてさっきの場所に戻れ。
機械をいじることに関してはオレよりおまえのほうが玄人だからな。
なんとか無線機を使えるようにして七原たちと連絡をとってくれ。オレはもうしばらく探してみる」
川田は引き続き捜索をすると言い出した。
瞬だけでなく、ここに向かっているであろう(場所も知らないのに)真一も探しだしたいと思っているのだ。
「オレにかまわず、おまえはこの小僧を連れて帰れ」
昌宏は二人の運動量についていくのが辛かったらしく、かなり息切れをしている。
しかし三村は川田と離れることは出来ないと思った。下手したら、今度は川田と合流できなくなる。


「オレは離れるのは反対だぜ川田」
三村はきっぱりと言った。
「よく考えても見ろよ。無線機はちゃんとチェックしたものを持ってきた。
それがこの島に到着後たまたまぶっ壊れたとは思えない。
多分、この島全体に妨害電波が出ているか、さもなくば磁場の関係だ」
「ああ、オレもそう思うが」
「だったら、いくらオレが無線機をいじったところで正常に動くとは限らない」
「正論だな」
「だから、七原たちと離れている上に、おまえとまではなれるわけには行かないんだ」
「……もっともだ。けどな三村」
と、言いかけて川田は「しっ!」と口元に指を持ってきた。


「どうした川田?」
三村が音量を極端に下げて質問する。
「……血の臭いだ。誰かいる」
「なんだと?」
三村は銃を構えると辺りを警戒した。確かに何かいる……だが、随分と弱っているようだ。
「生徒の一人か?それとも……」
「さあな。だが、お目にかかれば嫌でも正体はわかる」
二人は昌宏を連れてすぐに草陰に隠れた。




「……はぁ……はぁ」
ほどなくして苦しそうな息切れが聞こえてきた。
「……畜生……疲れたよ」
どうやら敵ではないようだ。その相手が姿を現すと同時に川田は草陰から姿を現した。
「おい坊主!」
相手の少年はびっくりして振り向いた。
「お……おじさん、誰だ!!?」
いや、この場合は誰だというより何者だといったほうがいいかもしれない。
なにしろ、こんな島に通りすがりの善良な一般市民がいるわけがないのだ。


「怪我しているのか?見せてみろ」
川田は自己紹介する前に少年に近づいた。
ところが、余程恐ろしい目に会ったのか、少年はいったんは座り込んでいたにも関わらず川田が近づくなり慌てて立ち上がった。

「こ……来ないでくれ!!」

明らかに恐怖の篭った目で川田を見ている。
「おい、オレはこう見えても医者だ」
「その医者がなんでこんなところにいるんだよ!!」
確かに普通の医者かと言えば川田には全く自信がない。
「来ないでくれ!!あんたは軍の人間なんだろ!?」
これには川田も、そして川田に続いて姿を現した三村も面食らった。
よりにもよって軍の人間とは。


「おい坊主。勘違いするなよ」
川田が一歩動いた。慌てて少年はそばにあった木の枝を拾う。
どうやら肩に怪我をしているようだ。
見たところ大した怪我でもないが、ほかっておいたら破傷風が怖い。
「坊主、オレ達は軍の人間でも政府の人間でもない」
「だったらどうやってこの島に来た!?」
それは最もな意見だろう。
「高速艇で来たんだ。おまえたちを助ける為にな」
「オレ達を……助ける為?」
少年の強張った表情が僅かに緩んだ。


「いいか坊主。オレ達はおまえのクラスの生徒の父兄なんだ。
だから、政府からおまえたちがプログラムに強制参加させられたといわれた。
そんな話冗談じゃない。だから助けにきたんだ?」
少年は川田と三村を交互に見詰めた。
確かに焦っていたからわからなかったが、改めてみると嘘をつくような人間には思えない。
それを裏付けるように昌宏が「本当だ!このおじさんたちはオレのことも助けてくれたんだよ!」と飛び出していた。




「か……柿沼くん。生きていたのか?」
「ああ」
「……良かった」
ホッとして緊張の糸が切れたのか、少年はその場に倒れこんだ。
怪我をした肩をおさえ、何かに怯えながら必死に走っていたようだ。
精神的にも体力的にも限界だったのだろう。
「おい坊主、しっかりしろ」
川田が駆け寄った。


「ダメだ。完全に気を失っている」
「おい、まさか死んでないよな?」
「縁起でもないこというな三村。とにかく治療だ」
川田は医療道具を取り出した。
「何があったんだ?まるでナイフで切られたような鋭利な傷だ」
少年の来ていたシャツを脱がせると川田はその傷跡に驚いた。
「川田、その傷大丈夫なのか?」
「ああ出血ほど大した傷じゃない。何があったのか知らんが直撃をさけたんだろう。
多分、何者かに攻撃されたときに咄嗟に避けてかすっただけだ」
「これがかすった程度の怪我なのか?」
「ああ、多分ナイフを持った奴か、さもなくば鋭利な爪をもったモンスターに襲われたんだろう。
なあ、それより三村。この坊主の顔……気にならないか?」
「このガキの顔?」
三村はジッと少年の顔を見詰めた。














「だいぶ明るくなってきたな。寺沢疲れてないか?」
「オレは大丈夫だ。それよりも……」

海斗の言いたいことは真一にはよくわかった。
心配そうに後ろを振り返った海斗の目線の先には七原。
体力的にはまだまだ余裕がはるはずなのに、まるで老人のように老け込んで見える。
すっかり精神的にまいってしまっているようだ。無理もない。最愛の息子の生死が不明なのだから。


「おじさん、疲れているんだろう?少し休もうか?」
「いやいい。早く幸雄を探してやらないと……」
七原は本当に今にも倒れそうなほどやつれていた。
(……まいったな。内海を探す前に、このおじさんのほうが倒れそうだぜ)
真一はちょと考えた。
「なあおじさん。あんた一人でここに来たのか?仲間はいないのかよ?」
そこで七原は初めて二人に仲間のことを話すべきだったことに気づいた。
しかも仲間の一人三村は真一にとっては父親じゃないか。

オレはなんて気がきかないんだ。教えてやれば、きっと喜ぶのに。

「オレを含めて6人の仲間とここにきた。リーダーは川田章吾といって……」
「川田!?もしかしてスラム街で医者やってる川田のおじさんなのか!?」














「この顔がどうかしたのか?」
三村はその汚れた顔を見詰めた。
何があったのか森の中を走り回っただけあって随分と汚れている。
それに疲れきっているせいか蒼白い。だが、三村は「あ!」と声を上げた。
「……この顔」
「わかったか?」
二人がよく知っている人間の顔だった。
その人間よりずっと若くてまだ幼さを残したあどけない顔ではあるが。
「ああ……21年前にあいつにそっくりだ」
「どうやら、オレと同じことを考えているようだな三村?」
「ああ、間違いない……」


「このガキは七原の息子だ」




【残り33人】




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