「……これでわかっただろう?父さんたちが家族と会えないわけが」

衝撃的な事実ではあったが、全てのなぞは解けた。
なぜ、両親はそれぞれの家族は死んだと嘘を言い続けたのか。
なぜ、あの日あの時、母は泣いていたのか。
そしてなぜ母は自分におよそ普通の子供には必要ないような戦闘教育をしたのか。
全てはプログラムという名の悪魔がおこした悪夢のせい。
普通の悪夢と違うのは何度目覚めても終わる事が無い現実ということだ。


「それなら……」
貴弘は少し躊躇したが、数秒の地にはっきりと言った。
「父さんも母さんも……じいさんたちとはずっと?」
杉村と貴子は、やはり躊躇したが、やがてはっきり言った。
「……会ってない。電話と手紙だけだ」
両親が歩んできた人生はおそらく自分の想像の域をはるかに超えている。貴弘はそう感じた。
何か深い事情があるとは思っていたが、いくらなんでもプログラムとは。

「結婚の報告も電話でしただけだ。手紙は危険だから……。
だから……今までほんの数えるくらいしか出せなかった」




Solitary Island―88―




『それでも、てめえは、あいつらがいい思いして生きているって思ってるのかっ!?』


瞬はジッと待っていた。扉が開くのを。
連中が本部に侵入すれば自動的にこの非常口も開く。
そうしたら自分は先回りして地下に下る。それだけだ。


(……美恵)

何があったのかなんて知らない。今さら知りたいとも思わない。

(オレの目的は科学省を潰す事だけだ。それ以外はどうでもいい)

科学省に対して一人で立ち向かうのは危険すぎる。
必ず、晃司たちがヒットマンとして自分を殺しに来る。三対一では分が悪い。
いや……サシの勝負に持ち込んでも晃司や秀明相手に勝てるかどうか……。


(何しろ奴等は科学省ご自慢の人間兵器だからな……)

瞬はその場にジッと座り込んでいた。
どうも調子が悪い……原因は自分自身だ。

(……Ⅹシリーズがそばにいる時に本来の人格でいるのは疲れる。感情のコントロールが難しいからな……)


『憎め……憎め瞬。奴等を……科学省を、Ⅹシリーズを』


本来の人格に戻るとまるで騒音のように頭の中をあの声がガンガンに響く。
嫌な声だ……この世から消してやったのに今だに聞こえる。
「……消してやる」
あいつを殺してやったように全てを破壊してやる。
科学省も、その手先であるⅩシリーズも。
Ⅹシリーズも……そして美恵も邪魔するのなら例外はない。
瞬の憎しみは時々自分でもふと不思議に思うくらい異常だった。


美恵と初めて出会った日のことを覚えている。
クラスの大半の男子は美人が転校してきたと単純に喜んでいただけだったが、もちろん瞬はそうではない。
かといって今すぐ殺してやりたいとも思わなかった。
想像していた美恵はもっと感情の薄い、ある意味冷酷なくらいの非人間的な女だと思っていたが違った。
確かに、あんなところで社会と隔離されて育てられたせいか人付き合いが苦手で世間知らずなところはある。
でも瞬が想像しているような女ではなかった。
塩田から吹き込まれたイメージとは随分違うな、ただそう思った。

こんな女がオレの邪魔になるのか?
この女は特に殺さずにほかっておいてもいいのではないのか?

そう思った瞬間、頭にズキンと痛みが走った――。














「……クソ、塩田の奴め」
宇佐美はいらついていた。
いやはたからみたらイラついているように見えているが本当はそんなものじゃない。
宇佐美は恐怖で神経質になっていたのだ。
部下にあたっているのも恐怖からでた八つ当たりに過ぎない。
宇佐美は本当なら泣き叫んで逃げ出したいくらいの恐怖にとらわれていたのだ。
理由はもちろん例のⅩ6のことだ。
あの家……表向きは普通の一軒屋。
しかし、地下室は小規模ながらもかつては科学省長官になっていた博士にふさわしい研究室があった。
そこで宇佐美はとんでもないものを発見したのだ。


「……あいつが生きていたら……私は……」
宇佐美は震えを必死に押さえていた。

(塩田!あのマッドサイエンティストめ、なんて……なんてことをしてくれたんだっ!!
やはり、あの時、どんなことをしてでも殺しておくべきだった!!)

宇佐美は思い出していた……研究室で発見したとんでもない研究資料を。
怪しい機材、電流が流れる拘束道具付の椅子……。
そして、塩田がターゲットとしてⅩ6に叩き込んでいた人間たちの資料……。
何人かの幹部や博士、Ⅹシリーズ、さらには宇佐美自身。その写真が何枚もあった。




「……これは私の写真……それに、この機材は」
「長官……この資料を見てください」
資料に目を通した宇佐美は真っ青になった。
「……こ、これは……これは……」
「どうやら塩田博士はコレで人間の感情を意図的に作り上げていたようですね。
塩田博士はⅩ6が忠実な復讐道具になるかどうか完全な自信がなかったのでしょう。
もしくは、いざというときの為の保険かもしれませんが」
部下の説明など宇佐美には聞こえてなかった。
「……この実験が成功していれば……奴は……奴は……」
「……間違いなく襲ってきます。ほとんど本能になっているでしょうから」
「……さ、探せ」
宇佐美は資料を床に叩きつけた。

「探せ!!草の根分けてもⅩ6を探し出して息の根を止めろ!
奴の……奴の死体を確認するまでは、私は安心して眠れない!!」





塩田はⅩ6がどれだけ危険な存在かわかっていた。
復讐道具として育てあげても、いつか自分自身が裏切られる日が来るかもしれないと。

(けれども、まさか殺されるとまでは考えてなかったようだな。
……どっちにしてもバカな男だ。自分を殺す人間を育てていたのだから)

おそらく塩田はⅩ6が復讐よりも自分から解放される自由を求める日が来るかもしれないと考えた。
誰でも、怪しい人間に従うよりも自分の為に生きたいと思うのが素直な感情だ。
まして、Ⅹ6が成長すれば、塩田と塩田に従う数人の助手などではⅩ6は止められなくなる。
復讐を実行しなくては育てた意味が無い。だから、保険をかけておいた。
Ⅹ6の潜在意識に人工的に科学省に対する憎しみを刷り込む。
それが塩田の保険だった。
電気椅子に拘束して、アドレナリンを注射、さらに電流を流す。
その際、ターゲットの顔写真を見せ、憎しみの対象として徹底的に覚えこませる。
おそらくⅩ6がほんの子供のころからソレをやっていたはずだ。


「……しかし、わからないな」
宇佐美には一つだけどうしても解せないことがあった。
塩田は殺されることはどうやら考えてなかったらしい。
研究日誌などを見るとⅩ6は一歩間違えたら自分を殺す危険な実験動物という認識は一切無い。
だから平気で残酷とも思える数々の実験を実行している。

「……なぜ、自分が殺されると考えなかったんだ?」














「……母さんも父さんも家族に会いたいだろうな」

貴弘が生まれてからずっと押さえていた想いだった。
中学三年のあの運命の日以来ずっと両親たちと会っていない。
まだまだ親が必要な年齢だった二人にとっては辛い日々だっただろう。
プログラムから脱走して最初の数年は連絡さえとれなかった。
初めて電話をしたときのことは今でも覚えている。
杉村は自分も早く両親と話したい気持ちを抑え、まずは貴子に電話をさせた。
貴子は受話器の向こうから聞こえる呼び出し音が鳴るたびに心臓の鼓動が跳ね上がるような気がした。
ほんの数回なっただけなのに永遠に思えるくらい長く感じもした。
やがて「はい千草です」と、懐かしい声が聞こえた。母の声だった。
貴子は電話をしたら話そうと思っていたことがたくさんあった。
それなのに、その声を聞いた途端声が出なくなった。


「あの、どちらさまですか?」
再度母の声がした。
「……ぁ」
何か言わなければと思ったが、やはり声は出なかった。
早く言わないといたずら電話と誤解されて切られてしまうかもしれない。
だから早く言わないといけない。
そう思えば思うほど、頭が真っ白になって何もいえなかった。
杉村が「貴子……何か言わないと」と焦ったように言っていたような気がする。
しばらくしてからだった。電話の向こうで母がこう言った。




「……貴子なの?」




その言葉を聞いた瞬間、貴子の目から涙が溢れ、気がつけば嗚咽していた。
「貴子なのね?」
電話の向こうで母が泣いていた。
「……お母……さん」
やっと出た言葉はたった一言だった。


その後の会話ははたから聞いたら会話といえないようなものだった。
母が「元気なの?」「……無事なのね?」と何度も何度も同じような質問をした。
そして貴子は声を押し殺しながら、ただただ「うん」と返事をするだけだった。
やがて今度は父の声が聞こえた。父も母と同じ質問をただ繰り返すだけだった。
彩子にいたってはむせび泣きながら、ひたすら「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と呼び続けただけ。
それでも貴子は最後にこう言ったのだ。

「そろそろ……ごめんね、あまり話せなくて……。
でも……あたし一人じゃないから……。弘樹が一緒だから……だから安心して……」

名残惜しそうに受話器を置いた後、貴子は杉村に縋りついて泣いた。
ちなみに、その後、両親に電話をかけた杉村は貴子よりももっと泣いていた。




「……そうか」
もしもオレが同じ立場だったら……そう考えると貴弘はとても切なくなった。
「それから……その」
杉村はちょっとだけ赤くなっていた。なんだ?貴弘は怪訝な表情をした。
「二度目に電話したときは……け、けけけ……」
「結婚の報告か?」
いきなり図星をつかれて杉村は耳の先まで真っ赤になった。


「じいさんは相手が父さんで反対しなかったのか?
母さんくらい出来のいい娘だと相手の男にもかなりうるさいと思うんだが」
赤面しまくりの杉村と違い、貴子はニッコリと笑っていった。
「すごく喜んでくれたわよ」
「……ふーん、そうか」
まあ、状況が状況だし、娘には新しい家族が欲しいと思うだろうからな父親として。
「一年後におまえが生まれたときにはは手紙を出したの。父さんや母さんに孫の顔をみせてあげたくてね」
「そうか」
それから貴子は焦っている杉村には聞こえないように小声で言った。
「父さんには話したことはないんだけどね……」
貴子は結婚の報告をした時のことをチラッと言った。




「父さん、弘樹とのこと……賛成してくれる?」
電話の向こうの父は本当に嬉しそうにこう答えた。
「反対なんてするわけないじゃないか。お父さんもお母さんも、おまえを信じている。
だから、おまえが選んだひとなら間違いない。その相手が弘樹くんなら尚更のことだ」
杉村家と千草家は家族ぐるみの付き合いをしていた。
だから、当然貴子の両親も杉村のことはよく知っている。

「彼のことはおまえたちが幼いころから見ていた。
だから、彼がどんな人間なのか父さんたちはわかっているつもりだ。
彼は子供の頃からずっと、おまえが嬉しいときは一緒に喜んでくれた。
おまえが悲しんでいるときは一緒に悲しんでくれた。
彼はおまえにとって一番大切なものをもってくれている。
それが結婚相手として一番大切なことなんだよ。
おまえにとって、多分弘樹くん以上の男性は世界中どこを探してもいない。
その彼がおまえのそばにこれからもずっといれくれるんだ。
父さんも母さんも、これでもうおまえのことは心配しないで済む。
彼ならきっとおまえを世界一幸せにしてくれる。父さんはそう信じている」





「……そうなんだ」
貴弘はチラッと杉村を見て思った。
(……よくわからないのはオレがまだガキだからなのか?)
だが、実際二人の夫婦仲はとても良く、結果的には祖父の言葉は正しかったということになるだろう。
それから貴弘は質問した。


「脱出した人間は母さんたちを含めて7人って言ったな。後の5人は?」
「川田章吾、あたしたちのリーダー的存在だったわ」
「川田……ああ、あのおじさんか」
貴弘は二度ほど川田に会った事がある。
「それから相馬光子。おまえの同級生に息子さんがいるのよ」
「相馬……相馬洸の母親か?どうせ、周囲の人間を利用しまくる魔性の女だろう。
子供をみれば親ってのは大体わかるからな」
大正解だった・・・。


「七原秋也に内海幸枝。あたしと弘樹みたいに結婚して二人子供がいるわ」
「他には?」
「三村信史。あたしにとってはいけ好かない男だったけど弘樹の親友なのよ。
三村もこのクラスに息子がいるのよ」
「もしかして三村の親父か?」
あいつと相性最悪な父親だったよな……確か、異性関係が凄いって。
どうして、そんな男が、この真面目で真っ当な親父と友達やっているんだ?
そんな疑問もあったが、貴弘にはちょっと気になることがあった。


「桐山って奴はどうしたんだ?」


杉村と貴子はギクッとした。
「母さんたちの話だと、随分と完璧超人だったらしいじゃないか」
確かにちょっと聞いただけでも滅多にお目にかからないような人間。
「……ああ、オレたちが今生きているのも……桐山と川田のおかげだな」
「ええそうね……。あの二人がいなかったら、あたしたち死んでいたわ」
その答えに貴弘はさらに妙だなと思った。
「じゃあ、母さんたちのクラスメイトの桐山も政府と戦ったんだな?」
二人は小さく頷いた。


「桐山は脱出した連中の中に入ってないみたいだけどどうしたんだ?もしかして、死んだのか?」
「……あいつは……桐山は」
杉村はかなり躊躇していているようだった。
その様子だけで、あまり話したくない内容だと容易に想像できる。
「父さん、もしかして、その桐山は……」
と言いかけて貴弘は言葉をつぐみ、小声で「山科、こっちに来い!」に即座に言った。
伊織は何事かと思ったが、とにかく言われた通りそばに来た。
辺りは静かで、今のところ危険は無いように思われる。
もっとも、この島自体が危険なので、いつ何時命の危機にさらされるかわからないが。




「どうした貴弘?」
息子の様子がただならぬことに杉村は心配そうに貴弘が凝視している闇のずっと先を見た。
暗い森の中……風によって木の葉がこすれあう音以外はしない。
もちろん何も見えない。だが、その真っ暗な空間を貴弘はジッと見ているのだ。
「……貴弘、どうしたの?」
今度は貴子が心配そうに貴弘の肩に手をおいた。


「……何かいる」
「なんですって?」


貴子の表情が一変した。そして全神経を集中させた。
闇の向こう……何も見えないし、何も聞こえない……。しかし貴弘ははっきり言った、何かいる、と。
「……いる。確かに何かがいるぞ」
今度は杉村がそう言った。
「なんですって?」
杉村は幼い頃か拳法をやっていたせいか並みの人間よりもこういう神経は研ぎ澄まされている。
貴弘はさらに貴子から受け継いだ資質が加わっているせいか、やはり勘がいいのだ。
貴子が再度暗闇を見詰めた、いや睨んだ。
その時だった。真っ暗だった闇の中に赤く光る点々が数え切れないほど浮んだのは。
しかも、その赤く鈍い光を見た次の瞬間、それが一気に向かってきた。
赤いのは……奴等の目!
それは無数のモンスターの集団だったのだ。




「この……化け物っ!!」

貴子の行動は早かった。素早く銃を構え即発砲。辺りに銃声と、おぞましい悲鳴が響きわかった。
それでも奴等の動きは止まらない。数匹、殺されただけでは全く恐れを見せない。
銃に対して、全くひるまない。本能のまま、ただ相手を殺すだけの生き物。
恐怖や生存意識などという余計なモノは一切もっていない。
もちろん、そんな奴等を相手に大人しく殺されてやる義理は無い。
一瞬、遅れをとった貴弘だったが、杉村が腰にさしていた銃を取ると即座に応戦した。
数が多い。多すぎる。あっという間に貴子の銃は弾切れになった。


「弘樹、つめて!!」
貴子は杉村に銃を投げると、すぐに予備の銃を取り出し再度撃ち出した。
「こっちもだ!!」
もちろん射撃場並にノンストップで撃ち続けた貴弘のほうも弾切れに。
貴弘は空になった銃を放り投げると、すぐに別の銃(杉村持参のサバイバル用のバッグの中にあった)を取り出した。
二人が撃ち続けている間、杉村はとにかく空になった銃に弾を補充している。
これでは多勢に無勢だ。二人ではどんなに撃ち続けても限界がある。




「山科!おまえも撃てっ!!」
突然の出来事に頭の中が真っ白になり、ただその光景を見ていた伊織に貴弘は怒鳴りつけた。
「じゅ……銃を?」
そうだ。確かにそのとおりだ。
今はとにかく、戦うしかないのだが、あまりのことに伊織は判断できなかったのだ。
「弾切れ……っ。弘樹っ!!」
その間にも、銃弾はすぐに切れる。
貴子が空になった銃をパッと捨てると、杉村が弾を込めなおした銃をすぐに渡す。


「父さん、こっちもだ!!」
貴弘の銃もまた弾が切れた。
杉村は銃を渡すと、すぐに二人が放り投げた空銃にすぐに弾を補充。
これでは、杉村は当然ながら銃を撃つ余裕はない。とにかく今は人手がいるのだ。
そうでなければ貴弘にとっては戦力外である伊織に銃を持てなどという事は無い。
「何をしている山科!さっさとしろ!!」
二度目の怒号。伊織は正気に戻るとすぐに銃を手にした。
そして構えた。引き金を引いが弾が出ない。
「ば、バカな!!」
発砲できない。その事実に伊織は顔面蒼白になった。


「何を震えている山科っ!おまえ、こんなところで死にたいのかっ!?」




【残り33人】




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