「とにかく、すぐに川田たちと合流しないとは」
杉村はなんとか連絡をと思って無線機を何度も調節した。
ところがザーザーと雑音が聞こえるだけだけで全く反応がない。
「もう、あきらめろよ父さん」
貴弘は冷淡な口調でそう言った。
「それよりオレにも合流したい人間がいる。彼女を探しに行きたいんだ。かまわないだろう?」
「……彼女?」
杉村は眉をひそめた。
クラスメイトなのはわかるが彼女……つまり女ということが気になったのだ。

まさかとは思うが恋人なんてオチでは?
いや……貴弘はまだ14歳。そんな年齢じゃない。
うちの息子はそんなふしだらな人間ではないはずだ。

杉村は何の根拠もなくそう信じていた。


「一緒にいたんだが……母さんの銃の音がしたからわかれたんだよ。
すぐに戻って保護してやらないと」
「なんだと杉村、まさか一人にしたのか!?おまえが一緒にいた女生徒って……まさか鬼頭じゃないだろうな!?」
女生徒という名詞に当てはまる者は何人もいたが、伊織はまず最初に蘭子を連想していた。
「鬼頭だったらオレがこんなに焦って合流しようなんて思わないだろう?」
それに反して貴弘の答えは冷たかった。
「安心しろ。鬼頭は他の連中と一緒に安全な場所に移動している」
伊織は少しだけホッとした。
だが安全な場所とは一体……こんな島に安全な場所があるのか?

「例の基地だ」
「な……なんだとっ!?




Solitary Island―87―




「……幸雄……幸雄……ぉ」
七原は引き裂かれた学生服を抱きしめ、まるでうわ言のように幸雄の名前だけを呼んでいた。
あの日、愛する子供達や妻をおいて家を出たあの日のことが昨日のように思い出される。

こんなはずじゃなかった。愛する子供たちを守る為に家を出たのに……。
その為に家族を捨てて戦闘に明け暮れる辛い日々を過ごしてきたのに……。

こんな形で再会も出来ずに息子を失うくらいならずっとそばにいてやればよかった。
何年も会ってやれず、電話も手紙もできない。
まだまだ小さい子供たちにはどれだけ寂しかったことか。
特に幸雄はとても自分に懐いている子だった。どれだけ辛い思いをさせたことだろう。
「……すまない幸雄」
絶望で呆然としていた七原だったが、正気を取り戻しつつあると共にポロポロと涙がこぼれてきた。
「……幸雄」
その時だった。


「うわぁぁぁー!!」


「!?」
遠くで、ずっと遠くで叫び声がしたのは。
この洞窟内だ。反響している。
一瞬だったのでよく聞き取れなかったが確かに悲鳴だった。
しかも声の感じからして少年のようだ。
「……っ!!」
七原は銃を持つと即座に立ち上がり、声がした方向に向かって全速力で走り出した。














「杉村!ま、まさか……まさか、本気で強行突破しようなんてかんがえているんじゃあ……」
「だったらどうする?」

伊織は開いた口が塞がらなかった。
あの不和礼二とかいう男の話では、あの中には化け物がウジャウジャいるというではないか。
そんな中に入っていくなんて自殺行為に等しい。しかも蘭子が今その場所にいるのだ。

「鬼頭まで巻き込むつもりか!?」
「言いがかりはよせ。あいつは自分の意思であの場所に行ったんだ」

それから貴弘は「天瀬だ、オレが一緒にいたのは」と話をそらした。


「佐伯や『桐山』が一緒だったから、あいつらにまかせることにした」
その時だった。貴弘は妙な感じを受けた。両親の表情が僅かだが変化したのだ。
「……どうしたんだ二人とも?」
「桐山?」
「……そんな名前の子がいるの?」
「ああ、二年の時転入してきた奴だがこいつがかなり優秀なんだ。オレより勉強もスポーツも出来るし顔もいい。
おまけに噂じゃあ、どこかの大金持ちの息子でわけありで転校してきたらしい」
貴弘の説明に杉村と貴子はますます途惑っていた。

「……そう、随分と優秀な子なのね」
「ちょっと聞いただけで完璧な人間みたいだな」

両親の様子がおかしいことに貴弘は不思議に思った。


「ああ、ただ愛想が無い奴で、何を考えているかわからないところがあるんだ」

その説明で杉村と貴子はますます戸惑ったようだ。
お互いの顔を見合わせ無言で何か言いたそうなそんな感じ。




「……どうしたんだよ二人とも。桐山がどうかしたのか?」
息子の問いに二人はハッとして振り向いた。
「桐山のことはなしたのは初めてだったよな。どうして、そんなに驚いているんだ?」
「……そ、それは」
杉村は貴子以上に動揺していた。
「昔……父さんと母さんが中学生だったころのクラスにも桐山って生徒がいたんだ。
とにかく美男子で勉強もスポーツも一番で……。
でも変わった奴で、いつも学校を休んだり授業をさぼったりしていたよ。
おまけに大財閥の御曹司なのに、なぜか不良グループのボスをやっていたんだ」
今度は貴弘と伊織がちょっとだけ驚いていた。


「そうか偶然だな。父さんたちの同級生にもいたんだ。桐山って言う名前のスーパーマンが」
「……ああ」
「でも、そいつは今は父さんたちと同じ35歳で今頃は財閥の社長か何かなんだろ?」

両親の返答は「ああ、そうだ」という簡単な単語だと思っていた。
ところが両親は返答に困っている。


(……なんだ?)

おかしい。いつもと様子が違う……。
オレはそんなに難しい質問をしたのか?
両親は何ていったらいいのかわからない、本当にそんな様子だった。


「どうしたんだよ父さん、母さん。オレが質問したのはそんな難しいことだったのか?」
「……いや、そういうわけじゃあ」
いつもどこかはっきりしないところがある父はともかく、母まで言葉を出せないでいる。
一体何を途惑っているのだろうか?
いや……何かを隠している。貴弘は本能的にそう感じた。
両親のクラスメイトだったという『桐山』は口に出すのがはばかられる人間なのだろうか?
思えば貴弘は両親の過去について余計な詮索をしたことは無かった。
子供の頃、母の涙を見てしまったあの日から、ずっと――。


なぜ両親は自分達の家族は事故や病気で死んだと嘘をついていたのか?
なぜ家には両親の幼い頃の写真がないのだろうか?
(十代後半くらいからの写真なら存在していていた)
そして、なぜ母は自分に対しておよそ一般市民とはかけ離れた戦闘教育を施していたのか?


今まで持ち続け、そして口に出す事のなかった数々の疑問。
ずっと口に出す事は我慢してきた。口に出せば母を悲しませる、そう思ったから。
だが――もう限界だった。




「母さん、父さん」
急に神妙な顔になった貴弘に杉村と貴子は嫌な予感を感じたのか本能的に目をそらした。
「……いい加減に教えてくれないか?」
予感が的中したのだろう、二人とも表情が引き攣っている。
「一体、オレに何を隠しているんだ?」
「……か、隠す?……な、なんのことだ貴弘?」
杉村は平静を装うと努力したが、その声は完全に震えていた。
「もういいだろう?オレはもう子供じゃない。母さんや父さんにどんな事情があっても受け入れるつもりだ。
だから、二人がオレに隠していることを全て話して欲しいんだ」
杉村はますます顔面蒼白になっている。


「貴弘……いい加減にしないか、父さんたちは何も隠してなんか……」
「オレ見たんだよ。子供の頃、旅行先のホテルで」
杉村と貴子がまるで驚愕の見本のような表情を見せた。
「二人が夜中にこっそり部屋抜け出して……ロビーの公衆電話で話しているのを」
杉村が震えていた。気の強い貴子でさえも。
「母さんは、その電話の相手を『お父さん』と言っていた。
母さんも父さんも家族は全員亡くした、そう聞いていたから驚いたよ」
杉村と貴子はこれ以上ないくらい驚いたせいか、それとも観念したのか、徐々に表情が元に戻っていった。


「教えてくれ。一体、二人の過去に何があったんだ?
どうして父さんも母さんも家族と離れて……いや連絡すらまとものできない暮らしをしているんだ?
もう、教えてくれたっていい頃だろう?二人とも、いずれその時がくるとわかっていたはずだ。
だから母さんは、オレに普通の子供とは違う教育もしてきた。そうじゃないのか、母さん?」

杉村と貴子はしばらく黙っていたが、やがて貴子が口を開いた。


「……そこまで知っているのなら、もう隠しようがないわね」
「……おい貴子」
杉村はまだ躊躇しているようだ。
「弘樹……もう、これ以上は隠せないわ。貴弘はもう真実をしってもいい年齢だもの……」
「……で、でも……でも貴子」
「……あの頃のあたしたちと同じ年齢なのよ」
これが決定的だった。杉村は口をつぐんだ。貴子の言葉が正しいと認めたのだろう。
「……そうだな貴子。おまえの言うとおりだよ」
杉村はとても悲しそうな表情で、その場に座り込んだ。
「……こんな話……貴弘には正直言って聞かせたくなかった。
貴弘にだけは……あんな地獄とは無縁の人生を送らせてやりたかったんだ」




「……あの、オレ少し離れてますから」
これは第三者がたちいっていいことではない。そう悟った伊織は自ら腰をあげた。
と、いってもこんな状況なので、三人の会話が聞こえない程度に距離をとっただけだが。
伊織が離れたのを見届けると杉村は小声で話し出した。


「……父さんと母さんが幼馴染だっていうのはおまえも知っているな?」
「ああ、そうでもなければ母さんほどのひとが結婚なんてしてくれるわけがなかった。
それが父さんの口癖だったからな」
「父さんと母さんは中学生時代、同じクラスにいたんだ」

それは初耳だった。まあ、同じ学校にいる以上ありうることだが。
しかし、だったらなぜそのことを話さなかったのだろう?

両親は幼馴染ということは話してくれたが、そんな話は一度もなかった。
普通ならクラスメイトならではの懐かしの思い出話を子供に聞かせることがあってもいいはずじゃないのか?
両親の秘密の鍵はそこにあるのだろうか?貴弘はそう思った。


「あの日のことは今でもはっきり覚えている。21年前の五月……そうだな、今のおまえと同じ年だった……。
修学旅行のバスに乗っていたんだ、父さんも母さんも。あれが――全ての始まりだった」














「うわぁぁぁー!!」

叫んだ。無理もないだろう。
洞窟の中を歩いていたら、突然暗闇の中からフッと湧き出るように出てきたのだ。
得体の知れない生き物が。
そして今までの状況を考えると、どう考えても例の化け物である可能性が非常に高い。
いや断言してもいい。間違いなく例の化け物だ!


「くそッ!さがってろ!!」
こんなところで化け物にでくわすなんて運がない。
こっちは二人、向こうも二匹。でも基本体力(プラス凶暴性)が違いすぎる。

とにかく何とかしないと……なんとか、奴等から逃げないと……。

そう思ったときだった。




「幸雄ッ!!」




「……あの声は?」
いきなり遠くから聞いた事のない声が響く。
二匹はその声に反応して、声の方向に向かって走っていった。
数秒後に銃声が二度響いた。

一体誰なんだ?それに『幸雄』と言っていた。
内海のことなのか?

そんな疑問に答えを出す前に、その声の主が現れた。


「幸雄!幸雄か!?」
しかし懐中電灯をパッと照らし二人の顔を見た途端、その声の主はガクッとその場に倒れこむように座った。
「……違う」
まるで人生に絶望した自殺志願者みたいな落ち込み方。
「……やっぱり……やっぱり幸雄はもう……」
その男はうなだれてしまった。
なんだか、これ以上ないくらいのショックを受けているようだ。


「おい三村……誰だよ、この男は」
「オレが知るかよ……おい、あんた内海の知り合いなのか?」
男は返事もしない。
「……おい、聞いているのか?」
全く、本当に誰だよ?でも、どこかで見たような顔だな……。
と、その時真一は思い出した。
そういえば父の書斎の引き出しの中にしまわれていた写真立て。
その中にあった写真の人物に似ているのだ。もっとも写真の中の人物はもっと若かったが。
さらに良く見ると幸雄にもよく似ていた。
幸雄があと20歳年取ったらこんな感じか?と思えるくらいにだ。


「……おい、もしかしておまえ、内海の蒸発した親父さんなのか?」
真一の質問に海斗はちょっと驚いていた。
男はちょっとだけビクッとなったが、やがてゆっくりと顔を上げた。今度は男のほうがビックリしていた。
「……三村?」
旧友の三村とよく似た顔がそこにあったからだ。
「……おじさん内海の?」
「……ああ」
「やっぱりな……道理でよく似てると思ったぜ。どうやってこの島に来たんだ?」
「それは……はなせば長くなる」
「そうか。まあ、後でおいおい聞かせてもらおうかな」
それから真一は真剣な表情になった。




「内海に何かあったのか?」
すると男の表情が固まった。
どうやら図星だったようだ」
「おじさん、名前は?」
「……七原。七原秋也だ」
「そうか、じゃあ七原さん、あらためて聞くけど、あんたの息子に何があった?」
「……探したんだ。化け物が二匹いた、血のついた学生服を引き裂いていたんだ」
その答に真一と海斗の顔が引き攣った。


「……内海は?」
「わからない……だが…だが……きっと、あいつらにやられて……」


七原は「……ちくしょう」と言うと声を押し殺して泣き出した。
海斗はおろおろした。
息子が化け物のえじきになった人間に対して何の言葉もみつからない。
なんていって慰めていいのかわからない。


「おい七原さん。見つけたのは内海の学ランだけか?」
「おい三村!」
海斗が非難がましい声をあげた。七原はピクッと反応しただで返事もない。
「内海の遺体はあったのか?」
「おい三村!!」
今度は海斗は怒鳴っていた。

「遺体はなかったのか?もし奴等の腹の中だったとしても喰い残した痕跡くらいはあるだろう?」
「よせよ三村!!」


「それがなかったのなら内海が死んだと決め付けるのは早いんじゃないのか?」


七原が顔を上げた。呆然としている。
「……だ、だが……血に染まった学ランが」
「でも死体は無かったんだろう?」
確かに死体は無かった。血に染まった学ランで頭が真っ白になってそこまで考える余裕がなかったが。
そう……確かに死体は無かった。
「だったら内海は逃げ延びた可能性だってあるだろう?
でも怪我をしていることは確かだ。こんなところで泣いている暇はないんじゃないかな?
例え僅かでも可能性があるならすぐに探さないと。
でなきゃあ、怪我人の内海なんてすぐ保護してやら無いと今度こそ本当に化け物のえじきになるぞ」
最後の言葉を聞いたとたん七原はスッと立ち上がった。


「……そうだ。可能性がないわけじゃないんだ。すぐに……すぐに助けてやらないと……」
海斗もホッとした。よかった、やっぱり真一は頼りになると思ったことだろう。
「とにかくオレたちも一緒に探すよ」
「ありがとう。そうだ、キミ達の名前は?」
「ああ、こいつは寺沢海斗、オレは三村真一だ」
「……三村……真一?」
七原はちょっとだけ驚いていた。その態度をみた真一は怪訝な顔をした。

どうして驚いているんだ?珍しい名前でもないだろう?














「……バスの中でいつの間ににか眠っていた。そして気付いた時はあの場所にいたんだ」
「あの場所?」
「小さな島で……そこに坂持という男が現れて言った」
杉村はそこまで言って一旦言葉に詰まったように口をつぐんだ。
そして、しばらくして覚悟を決めたように言った。
「その男はこういったんだ。『皆さんは本年度のプログラムに選ばれました』……ってな」
貴弘の瞳が拡大していた。
少子化で近年はあまり行われないとはいえプログラムを知らない中学生はこの国には一人もいない。
もちろん貴弘も例外ではない。
自分の両親がそのプログラムに選ばれた人間だった。
そんなことを知って驚かない者はいないだろう。


「父さんたちのクラスはプログラム対象クラスだったんだ。大勢のクラスメイトが死んだ……いや殺しあった」
貴弘は言葉も無かった。
「だが、それでもプログラムの乗らずに政府と戦うことを選んだ人間が何人かいた。
そして、なんとか坂持たちを倒し、その島から脱出することに成功したんだ。
でも……その時には、仲間はたった七人になっていた。
残りの者は全員死んだ。そして、父さんも母さんも政府に指名手配される人間になった」
「…………」


「これで、わかっただろう?父さんたちが家族と会えないわけが。
父さんたちのプログラムは完全には終わっていない。今も続いているんだ――」




【残り33人】




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