俊彦は腕時計を見て呟いた。
「どうした俊彦。おまえらしくもない何を焦っている?」
隼人が静かな声で静かに言った。
「ちょと遅くないか?そう遠くに行ってないのならとっくに連れ戻してもいい時間だろ?
それにだ。あいつらが見つからなかったんなら連絡くらいくれてもいいのに」
「そういうな。あいつはおまえと一緒でルーズだから少々手間取っているだけだ」
直人が淡々と言った。
「そうだな……これがおまえなら心配する事もないんだけどな」
俊彦はチラッとドアのほうを見た。
「……たく。さっさと帰って来いよな」
Solitary Island―86―
「早乙女くんが?」
美恵はかなり驚いていた。それもそのはずだ。
何しろ、自分の血液型は超希少なもので100人に一人なんてものではない。
万単位に一人というほどのものなのだ。
しかし出血多量の自分が生きているということが何よりの証し。
第一、徹にそんなつまらない嘘をつく理由もない。
ただ美恵は自分が輸血を受けたときいた瞬時に秀明を連想していた。
うつろな記憶の中で秀明がそばにいたような、そんな気がしたからだ。
「……徹」
「なんだい?」
「本当に早乙女くんが私を助けてくれたの?
秀明じゃなくて?」
「ああそうだよ。なぜ秀明だと思うんだい?」
「……秀明を見たような気がしたんだけど」
「それは気のせいさ。秀明はここにはいない」
確かに辺りを見渡したが秀明の姿はもちろん気配も微塵も感じない。
「……そう」
やっぱり徹の言ったとおり気のせいだったのだろう……。
「早乙女くんは?」
美恵はきょろきょろと再度見渡した。
とにかく助けてもらったのだからお礼を言わないと、そう思ったのだ。
でも影も形も見えない。
「早乙女?あいつがどうかしたのかい」
「助けてもらったんだもの。お礼を言わないと」
すると徹は「お礼だって?」とフンっと笑った。
「そんなもの必要ない。君があいつにお礼なんて言うことないんだよ」
徹は美恵の髪の毛をそっと撫でながらさらに言った。
「君が助かったのはオレの君への愛がおこした奇跡さ。早乙女は単なるおまけ、脇役なんだよ。
だから、あんな奴にお礼をいうことはないんだ。君が気にすることじゃない。
そんなつまらないこと考えないで、今は自分の体のことだけを考えてくれ」
そのやり取りを聞いていた川田はあきれたように三村にそっと耳打ちした。
「おい聞いたか。おまえも昔はキザな中学生だと思っていたが、あのガキに比べたら可愛いものだったな」
「一緒にしないでくれ」
「そうだな。おまえはあくまでも社交麗辞だが、あのガキはマジだしな」
「徹、冗談はやめて。ねえ、本当にどこにいるの?きちんとお礼いわないと……」
「ああ、あいつなら数時間前からなぜか行方不明さ」
「何ですって?」
美恵は慌てて上半身を起こした。
「だめだ。寝てるんだ」
慌てて徹が押さえつけようとする。
「どういうことなの?」
すると少し離れた場所にいた真一に良く似た男が口をひらいた。
「どうもこうもない。ちょっと目を離した隙に姿を消したんだ。探してみたがどこにもいなかった」
美恵はますます慌てた。もしかして敵に襲われたのかもしれない。
「大変、すぐに探さないと……」
「何言ってるんだ!!」
徹は珍しく声を荒げた。
「君が無理するなんてとんでもない話だ。
オレはたとえクラスメイトが全員生死不明になったとしても絶対にそんなことさせないよ」
川田と三村がコソコソと話していたが徹は全く気にしてないようだった。
瞬は例の建物の中に入るとすぐに入り口を内側から閉めた。
外側から見たら単なる岩壁だ。これで誰も入らない。
そして懐中電灯で中を照らすと、まず電灯のスイッチを押した。
瞬時に中が明るくなる。懐中電灯をしまい中を歩いた。
そして階段をおり地下室のドアの前まで来た。ここもカード式のドアだ。
瞬はジッとそのドアを見ていたが、スッと握ししめた右手をのばしコンコンとノックをするように叩いてみた。
(……やはりな。入り口のドアとは違いかなり分厚い構造になっている)
しばらく、そのドアを上から下まで何度もみた。
もっていた鞄から小型のパソコンと電極を取り出す。
そして電極をカード挿入部分に差し込んでキーを打ち出した。
「……ダメだ」
このドア……例の基地と連動している。
いくらパスワードを入れても、例の基地が作動しない限りこちらは開かない仕組みになっているんだ。
「……待つしかないか」
遅かれ早かれ、あの連中は封印を解くだろう。
その時を見逃さず、自分はこの非常口から入り込み、先回りしてやる。
「……疲れた」
ペタンと床に座り込んだ。かなり体に負担をかけてしまった。
攻介との戦いで体力を消耗した。それもある。だが、一番の理由は他にあった。
「……まさか『オレ自身』が出てくる羽目になるなんて」
特撰兵士というものを甘く見ていた。
瞬はそう呟くとゆっくりと立ち上がり階段を上がって上の階にいった。
廊下の突き当たりに洗面所がある。そこに入ると鏡を見た。
鏡に映った自分の姿を……いや、自分の目をジッと見詰めていた。
「……『今はまだ早い』」
瞬はジッと鏡を見詰め囁くような声で言った。
「……『時が来るまで暗闇の中にいろ。その時が来るまで』」
『たった一人の女を大勢でよってたかって……いたぶりやがって!!』
しかし、その瞬間、攻介が遺言代わりに叫んだ言葉が脳裏に響いた。
「……『その時が来るまで』」
瞬は上手く集中できず、いったん深呼吸すると再度鏡を見詰めた。
「……『その時が来るまで』」
「これでも、てめえは、あいつらがいい思いして生きているって思ってるのかっ!?」
「……っ」
途端にズキッと脳に痛みが走った。
その痛みが何なのかわからず、ただこめかみを押さえた。
(……上手く集中できない)
その場に座り込んだ。仕方がない。しばらく、このままでいよう。
万が一、Ⅹシリーズと出くわす事があっても、最悪でも『オレ自身』は隠す事が出来る。
その為に、社会に出るとき、その万が一のことを考え強力な自己暗示をかけておいたのだ。
瞬は自己催眠によって本来の自分とは別にごくごく普通の中学生としての人格を作り出した。
普段、学校で自分を隠して普通の人間を演じるのは限界がある。
と、言うのは一般人はともかく、そうでない人間にはどんなに巧妙に隠しても
きっかけ次第で普通の人間ではない本来の自分を感じ取られる可能性があるからだ。
それでも『彼女』が転校してくる前までは演技だけで一般人をこなしていた。
しかし彼女が来た。追いかけるように軍の人間が転校してきた。
だから焦った。奴等はどんなに隠しても自分の本性に気付いてしまうだろう。
ばれないように強力な自己暗示をかけた。
それは『Ⅹシリーズがそばにいる時は本来の人格は潜在意識の奥底に自動的に封印すること』
「……あの失敗作は一体どこに行ったんだ」
宇佐美は煙草の煙を吐きながら、じっと天井を見詰めた。
あの時、廃棄処分が決定したⅩ6は……。
「長官……どうしましょう」
「……奴が誕生した時のDNAのデータは残っているはずだ。それで調べろ……今すぐにだ」
「調べろといわれましても……一体どこから」
「Ⅹシリーズだぞ。だったら当然戦闘能力はかなり上。
しかもだ塩田は必ず奴に特殊な教育をしているはず。
だったら事件の一つや二つ起こしているだろう。例えばチンピラたちに因縁つけられてケンカとか」
科学省職員は「あ!」と声を上げた。
この大東亜共和国では犯罪者のDNAは記録されて残る。
例え、それが未成年だろうと正当防衛だろうと例外なくだ。
「それに……だ。全国の各学校では優秀な生徒のDNAは提供義務がある」
そう優秀な生徒は国の蜜命を受けた学校側が秘かにDNAを採取していたのだ。
簡単だ。健康診断で採決した血液を少量送るだけでいい。
「その中にⅩ6のものがあるかもしれない」
ちなみに、この春見中学校では貴弘を初め数人の生徒のDNAが政府に送られていた。
詳しく調べれば、21年前のプログラムから脱出した生徒たちの子供だということがわかってしまうだろう。
幸いにもそこまではばれていないが。
「とにかく探せ。奴を、Ⅹ6を探すんだ。絶対に奴を野放しにするな。わかったな!!」
「早く探さないと……もしもの事があったら」
「……美恵」
徹は仕方ないな、と溜息をついた。
「君の願いは断れないな」
「……徹」
「君はずるい女だよ。わかっているんだろう?オレが君の願いは絶対に無視出来ないってことに」
川田と三村がジー……と呆れた様に見ていた。
「探してくれるの?」
「ああ、安心しなよ。実は探すも何も、そこにいる川田さんたちが探しに行く事になっていたんだ」
瞬間、川田と三村の表情が一変したが徹はかまわずに話した。
「本当なの?」
「ああ、君が目覚める前にそういう話になっていたんだ。
だから何も心配しないで君はゆっくり寝ていればいいんだよ。
大丈夫、川田さんたちは武器も持っているし、きっと無事に早乙女を連れ帰ってくれるよ」
「……そう。良かった」
「だから寝るんだ。いいね?」
「……ええ」
美恵が静かに吐息を立て始めると徹は先ほどの優しい口調が嘘のように冷たく言い放った。
「話は聞いただろう?さっさと行けよ」
「……おい坊主。いつ、そんな話に」
「何言っているんだい?
大人がいたのに未成年者を行方不明にした責任を感じているだろうと思ってそういうことにしてやったんじゃないか。
ああ、それから……柿沼くん、君も一緒に行くんだよ」
昌宏は驚いて顔を上げた。
「オ、オレも?」
「ああ、大人についていったほうが君も安全だしね。だから一緒に行ったほうがいい」
「で、でも佐伯くん、きみ一人で彼女を守るのは大変だろう?
やっぱり、バラバラになるのは良くないし……。
川田さんたちが探しに行くのは別として、オレも残って彼女を守……」
「邪魔なんだよ君は」
……今なんて言った?
昌宏は一瞬聞き間違えたかと思った。
「今……なんて?」
「別に……オレは一人で大丈夫、そう言ったんだよ。
オレたちのことは気にしないでくれ。だから、さっさと行けよ、三人とも」
「……なあ川田」
「……何も言うな三村」
川田と三村は心底まいったという表情で歩いていた。
「……確かに、あの早乙女っていう坊主は探さないといけないとは思っていたんだ。
でもなぁ……あの佐伯ってガキはどうもいけすかん」
「……ああ、なんだかドス黒いオーラを感じた」
川田と三村は結局、瞬を探しに行く事になった。なぜか昌宏もついてきた。
徹の押しの強さに負けてしまったのだ。
「……それにしても、本当にどこに行ったんだ?まったく、こんな時に迷惑なガキだよな」
「そういうな三村。もしかしたら敵さんに拉致されたってことも考えられる」
「……その可能性なら、とっくに殺されているかもしれないな」
二人の予想は完全に外れていたが、とにかく二人は昌宏を伴って森の中を歩いていた。
「やっと二人っきりになれたね美恵」
徹は満足そうに美恵の寝顔を見ていた。
「後はどうやってこの島から脱出するか……だな」
美恵と二人でこの島を脱出できれば、それに越した事はない。
他の連中はどうでもいい、むしろこの島で永久に行方不明にでもなってくれれば願ったり適ったりだ。
(特に雅信と薫、おまえたちは邪魔すぎるんだよ)
だが残念な事に徹には自分達だけでこの島から出るプランがない。
この島が海軍のものならば、例の馬鹿(徹の実父である九条閣下のこと)を使って脱出することは簡単だ。
だが、残念な事にこの島には馬鹿……もとい、父の権力も一切通用しない。
やっぱり口惜しいが、あの連中と協力するしかないのだろうか?
「……あの馬鹿も命令を出すなら、任務遂行後のことまで考えて出せばいいのに」
この島に来た特撰兵士たちの事情は様々だ。
晃司たちⅩシリーズはFシリーズを始末しろと命令を受けている。
勇二のように科学省の丸秘であるFシリーズのサンプルを持ち帰るように命令を受けている者も。
徹の場合は『未確認情報を確認すること』だった。
その未確認情報とは『F5』のことである。
科学省はF5の誕生に成功した。だが、連中はとんでもない失敗作で廃棄処分されたらしい。
しかし、その実、F5はいまだ廃棄されず、どこかで生きているらしい……と。
そして、その情報が正しければ、科学省が政府を欺いてまでF5を隔離している場所とはこの島以外にありえない。
それを確認する為に徹は送り込まれていた。
(……ブルーと呼ばれている化け物か)
徹は不和礼二が語った話を思い出していた。
F5の噂は一人歩きし、各軍部がそれぞれ怪しい情報を収集していたが、
皮肉にもこの島で礼二と出会った事で徹はF5が荒唐無稽な作り話ではない事を知ってしまったのだ。
奴等は確かに存在している。
そして科学省が奴等をまだ始末できていないのなら、この島のどこかにいるはずだ。
いやどこかではない。おそらく、例の基地のずっと真下に……。
徹が所属している海軍も独自にF5の情報を集めていた。
そのほとんどはくだらない噂話に尾がついた程度のもの。
それでも、おそらく信頼出来るだろうという情報もあった。
F5は少数精鋭で5人か6人……その程度だろうということ。
Ⅹシリーズは代々科学省が誕生養成してきたご自慢の人間兵器の遺伝子の結晶だが、
F5は全く違うところから集められた遺伝子を使って誕生させたということ。
具体的に言えば、この大東亜共和国は準鎖国制度の為、外国人というものにほとんど接触しない。
それこそ政府の上の連中のほんの一握り程度だ。
科学省はこの国の中で優秀な人間の遺伝子を大切に何十年もかけて進化させてきた。
だが、ある日一部の科学者がいった。優秀な遺伝子をもつ人間は海外にもいるはずだ――と。
そこで政府に特別許可を貰い、海外に行って優秀な遺伝子を採取して来たとか来ないとか。
「それが真実なら……F5はこの国の人間とはかけ離れた容姿の持ち主ということになるな」
それなら一目見れば区別がついていい。もっとも、その情報も真実がどうか怪しい。
この島についてから見たFシリーズたちを見る限り、やはりF5も人間離れした化け物だろう。
グロテスクで凶暴で、おそらく体もクマのように大きい。多分、そういう醜い怪物に決まっている。
「……さてと、鬼が出るか蛇が出るか」
徹は美恵の髪の毛をそっとかきあげ「君だけは守ってあげるから心配はいらないよ」と優しく微笑んだ。
父から受けた命令もはっきり言ってどうでもいい。
ふと、出発前に父とした最後の会話が脳裏に浮んだ。
『これは未確認だが、とにかくブルーと呼ばれている化け物は醜悪で獰猛な生物らしい。
それだけじゃない。他にも凶暴で血に飢えた野獣が何匹もいるとか。
レッド、シルバー、パープル、ブラック、グリーン、イエロー。
ここまでしかわからなかったが……おい、聞いているのか徹?』
『ブルーだかレッドだか知らないけど、まあ一匹残らず殲滅してあげますよ、お父さん』
『そのお父さんというのはやめろ!!』
「要は化け物は皆殺しにすればいいわけだ。さて……どんな殺し方をしてあげようかな」
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