「君が攻介くんか……お父さんによく似てるな」
父の戦友だったという、そのひとは攻介を見て懐かしそうにそういった。
「そちらのお嬢さんは君の恋人なのかな?」
「え?……いや、それは……その」
攻介は困ったように、そしてちょっとだけ嬉しそうに返答に詰まっていた。
「友達です」
もっとも、その返答はの口からあっさり答えられてしまったが。

……はっきり言わなくてもわかってるぜ。
ちょっと夢くらい見せてくれてもいいだろ

「私に話というのはなにかな?」
「親父の死の真相が知りたくて」
そのひとは少し表情を曇らせ困ったように攻介を見ていたが、覚悟を決めたように言った。
「私は今では軍を引退しているとはいえ守秘義務はある」
それは同じ軍人である攻介も十分わかっていた。
「……このことを言った事がわかれば、私は懲罰ものだな。
それを覚悟で、彼の死の真実を言ってもいい。君達の胸の中にしまっておいてくれれば助かるんだが」
「約束するよ」
「私も約束します。絶対に誰にも喋りません」
「そうか……攻介くん、君のお父さんはパイロット仲間の中では英雄だったよ」
「……最後まで英雄のまま死んだんですか?」
「ああ、そうだ」





Solitary Island―85―




「あいつに……あいつに指一本触れてみろ。てめえを八つ裂きにして、犬のエサにしてやるぞ!!」
瞬は冷たい目で攻介を見た。

(……こいつ、なんて冷たい目をしているんだ)

攻介はその冷たい目の光にぞっとした。
]シリーズの連中はどいつもこいつも冷淡な目をしている。
晃司も、秀明も、志郎も。違うのはだけだ。
しかし、瞬の目は冷淡というよりは冷酷なのだ。
全てのものに何の愛着も持たない、むしろ非情な想いしかもたない、そんな瞳。
血がとめどなく溢れ意識が朦朧としていたが攻介は今意識を手離すわけにはいかなかった。
瞬は攻介に近づくとスッと右拳を上げた。そして……殴った。


「なぜだ?」


出血多量で思うように体が動かせない攻介は、その一発で簡単に吹っ飛んでいた。
木にぶつかり地面に無様に倒れこむ。

(ちくしょう、ちくしょう!!体が動かないっ!!)

痛みは我慢できる。苦しみも耐える自信はある。
だが気力だけでは体が動かない!動け、動いてくれっ!!

攻介は必死になって願った。

何に?神に?何でもいい。
とにかく今体が動くのなら、あいつを守ってやれるなら、オレは悪魔にだって祈ってもいい。

そんな想いを踏みにじるかのように瞬はツカツカと近づくと今度は攻介の顔を蹴った。
その勢いで攻介はズズッと数メートル地面を滑った。


「なぜだ?理解出来ない」


瞬は本当に不思議そうに言ってのけた。
「おまえは奴等の何なんだ?なぜ、そこまでして奴等を庇う?」
「……晃司たちをかばってるわけじゃねえよ」
攻介はハー……ハー……と苦しい息の下から答えた。
か?」
瞬は上から見下ろすように「ますますわからない」と言った。


「おまえは科学省の人間ではない。とは赤の他人のはずだ。
それとも、おまえはとは特別な関係なのか?ずっと見てきたが、そんな感じは一度も受けなかったが」

言いたいこと言ってくれるぜ。
ああ、そうだよ。オレとあいつは何でもないよ。
でも、なんでそんなことおまえなんかに言われなきゃいけないんだよ!!

「……わからないのは、おまえのほうだ」

攻介は立ち上がると、瞬の襟首を掴みあげた。




「なんで、あいつらを憎んでいるんだっ!?
てめえが本当に]シリーズなら、あいつらはてめえの仲間だろっ!?
いや……身内じゃないかっ!オレは科学省のことなんてよく知らねえが、その程度のことは知ってるぞ!!
]シリーズやにはおまえと同じ血が流れているはずだっ!!
おまえが本物だっていうのなら、おまえの中にはあいつらと同じ血が……。
なんで……なんで、てめえの仲間を、いや家族をそんなに憎むんだっ!?
なんで、あいつらを殺さなきゃならないんだ、言ってみろっ!!」


「…………」
攻介の当然ともいえる問いかけに瞬は無言のままジッと攻介を見詰めるだけだった。
「いえねえのかよ!!それとも、連中殺して自分がトップに立ちたいだけか!?
おまえにあるのは、薄汚い野心だけなのか!?
その為なら、血の繋がった仲間も平気で殺せるってことかよっ!!」




「…………奴等は全てを持っている」




瞬は冷たい声で言い放った。

「オレには与えられなかった全てを持っている」
「……おまえに与えられなかった?」
「それが理由だ」

攻介の腹部に強烈な痛みが走っていた。
ただ拳を打ち込まれたにすぎないが、今の攻介には強烈すぎた。


「オレは生まれてすぐに科学省に失敗作の烙印を押され廃棄処分が決定した」


攻介は俯いていたが、その目は大きく見開かれていた。

(……廃棄……処分?)

人間として生まれたものをまるでゴミのように?


「本来なら今生きていない。だが、あいつらは生きている」
「…………」
「オレを処分しようとした科学省に芸術品と讃えられあらゆる賞賛を受けて生きている。
オレは処分からからくも逃れたものの追われる身だった。どんなに逃げても隠れても奴等は追ってくる。
生き残る為には奴等を……科学省を潰さなければならない。
だが科学省に下手に手を出せば当然、晃司たちが出てくる。
晃司たちは……科学省の忠実な飼い犬だからな。だから殺す。オレの邪魔をする者は一切容赦しない」


「…………」
攻介は言葉に詰まった。

(……こいつ本気だ。本気でたった一人で科学省を潰すつもりでいやがる)

攻介は何度も修羅場を潜り抜けてきた。だから敵が本気なのかそうでないのか本能でわかる。
瞬は本気だ。本気であの科学省を潰すつもりでいる。
理由は復讐か、自己防衛か、いやおそらくは両方だろう。
瞬は過去の憎しみをはらし、未来を生き抜く為にどうしても科学省を倒す必要があるのだ。
だが正面から戦いを仕掛ければどうなるかは火を見るよりあきらかだ。
間違いなく科学省は]シリーズに瞬の抹殺を命令するだろう。
そして晃司たちは忠実にその任務を遂行する。
だから瞬はこの島で、自分の正体がばれる前に晃司たちを殺そうとしているのだ。




「……は?」


晃司たちを殺さなくてはならない理由はわかった。
だが攻介にはどうしても納得できないことがある。なぜまで?まで殺す必要はないはずだ。


「なんであいつまで殺そうとする!?あいつは関係ないはずだ!!」
「……オレは科学省の全てを壊す」

瞬は静かに、そして冷たい声でいった。

「彼女も科学省の一部だ。だから壊す。科学省と関わりあるものは何一つこの地上に残すつもりはない」
「……なん……だと?」
「オレは科学省に人生を殺され続けた人間だ。
晃司たちは……晃司やたちは科学省のもとでぬくぬくと育った。
科学省の一部である限り……あいつらの恩恵を受けて生きている限り……」
「…………」




もオレの敵だ」




「……ふ」
攻介の怒りが限界を突破した。
「ふざけるな、てめえの事情なんか知るか、今すぐ殺……」
ドンッ!と何かが体内で聞こえた。攻介には何が起きたのかわからない。
ただそれまでぼんやりと見えていた景色がスローモーションのようにゆっくりと遠のいていくのが見えた。
そしてドンッ……と、背中に衝撃を受け、そのまま自分の体が下に落ちていくのを感じた。
瞬がサイレンサー付の銃を手にしている。その銃口から煙が出ていた。
さらに、嗅ぎ慣れた硝煙の臭いがした。自分の左胸の辺りからだ。


そこで初めて攻介は自分は撃たれて飛ばされていたことに気付いた。
それから視界が縦から横に変化していた。
自分の体が地面に倒れたからだったが、攻介にはそこまで考える思考は残っていなかった。
その代わりに、走馬灯のように過去の出来事が脳裏を駆け巡ったのだ。




幼い日、まだ父や母が健在だった頃の幸せだった日々。
父が幼い自分をよく乗せて飛んでくれた飛行機。
父の死、母の死。孤児になって軍に入ってからの辛い日々。
特撰兵士になって出来た仲間たち。
親友の俊彦や直人。それに誰よりも尊敬している隼人。
そして……そして、あの日、あの時、初めてに出会った日のこと。
今でもはっきり思い出せる。忘れられるようなものじゃない。
それからの衝撃的な日々。あの忌まわしい事件の幕開け。
血塗られた惨劇――。
そして、そして……――。




「父は最期まで英雄のまま死んだんですか?」
「ああ、そうだ」
父の戦友は静かに言った。
「今でも覚えているよ。あの空中戦。敵機がまるで蝿の大群のように飛んでいた。
味方はほとんどやられ、お父さんの乗っていた戦闘機も被弾した。
だが、お父さんは逃げなかった。
最後まで戦い、最終的には残り三機というところまで追い詰めた。
残った敵機は逃げていったよ。でも、お父さんの乗っていた戦闘機もその後すぐに爆発した」
攻介は特に表情も変えずに聞いていた。


「……どうして、それが機密なんですか?なぜ、夜間の飛行訓練の操縦ミスによる事故なんかに」
「国境線の向こう側の出来事だったんだよ。だから、どうしても公には出来なかったんだ」
が攻介の肩にそっと手をおいていた。
「……攻介」
攻介は反射的に、その手に自分のそれを重ねた。
「お父さんは逃げようと思えば出来たがしなかった。
仲間を最後まで見捨てなかったんだ。おかげで助かった人間もいた。私もその一人だ」
攻介は何もいわずに俯いて、そっと目頭を押さえた。

「……攻介、良かったわね」
「……ああ」

ああ、良かった……おまえがそばにいてくれたから勇気が持てた。
ありがとう。サンキュー……





「……死んだか」

瞬は今度こそ攻介は死んだと思った。
一応、死亡確認だけはと思ったのだろう。
近づいた。その時だった。攻介の腕が伸びて自分の胸元を掴んだのは。


「……まだ生きていたのか。しつこいな」
「……てめえ、何か勘違いしているんじゃねえのか?」
「勘違い?」
「……あいつらは……晃司……たちは」
息が荒かった。言葉一つ吐くのも限界だったのだろう。
「晃司……たちは……てめえが思っているような……いい人生なんか……これっぽちも、おくってない……ぜ」
「…………」
「科学省は……連中は……てめえが知ってるよりも……。
てめえなんかが思ってるよりも……ずっとマッドな連中……なんだ。
……どんな目にあってるか……多分……いや、絶対にてめえより過酷な……はずだ」
「…………」
「それ……だけじゃない」
攻介は瞬をキッとにらみつけると最後の力を振り絞って叫んだ。




「それだけじゃないっ!あいつらが軍の連中にどう思われているのかてめえ知ってるのか!?
あいつらがどんな妬みや逆恨み受けて生きていたのか!?
晃司たちを憎んでいる連中は大勢いる、その中でもろくでもない奴等がいたんだ!!
そいつらは正面から晃司たちに仕掛けても負けるってわかっていた。
だから……だから、あいつらは……」

攻介はワナワナと怒りで震えだした。


「だから……あいつらは晃司たちの代わりにをさらいやがったんだ!!
晃司たちを苦しめる為だけに、たったそれだけの為にをさらって監禁して……。
たった一人の女を大勢でよってたかって……いたぶりやがって!!」


その時、それまで全く表情を変えなかった瞬の目が大きく開いた。

「あいつら……あいつらに……」
を……?」

がさらわれた?

いくら気が強いとはいえは一人の女に過ぎない。
腕力では男には適わない。
それが大勢の男にさらわれて監禁された?




「……何をされた?」
瞬は攻介の襟首を持ち上げた。
「何をされたんだ!?」
「……うるせえ!!そこまで言えるかっ!だがな、これだけは覚えておけ!!
は……は……何日も生死の境を彷徨ったんだ!!」
「…………」
「それでも……」
「…………」


「それでも、てめえは、あいつらがいい思いして生きているって思ってるのかっ!?」


瞬の表情がますます変化していった。
「……はなせ」
口調にすら焦りが出ている。
「はなせっ!!」
攻介を突き飛ばした。
「……オレは今さらやめるわけにはいかない」
瞬は攻介に背を見せると足早に歩き出した。




「……っ!?」
しかし、すぐに瞬は足を止めた。
攻介が背後から瞬に飛びつき、その首に腕を回したからだ。
瞬はすぐに腕を振りほどこうとしたが、思うように外せない。

こいつは死にかけているはずだ。なのに、なぜこんな力が出せるんだ!?

「……てめえの負けだ」
瞬の首に回した腕の先……右手に何かが握られていた。
ライターほどの大きさで、それが何かわからない一般人が見たら、本当にただのライターだと思っただろう。
だが瞬はそれが何かわかった。


「……一緒に逝ってもらうぜ」


軍の中でも特に覚悟を持っている者はソレを持っている。
万が一、自分が敗北するようなときの為の『自爆用の小型爆弾』だった。
「……本来なら……死ぬのはオレだけだが……。これだけ密着してるんだ。間違いなくてめえも一緒だ」
「なぜだ?」
瞬には理解できなかった。


「今さらオレを殺しても貴様の死は変わらない。それとも最後の意地ってやつか?」
「……そんな上等のもんじゃねえよ。ただな……」




「オレの親父は仲間を見殺しにせずに最後まで戦ったんだ。
だから、息子のオレが何もしないで死んだらかっこ悪いだろ。それだけだ……それだけ……それに……」


それに……一度くらい、惚れた女の為に何かしてやるのも悪いもんじゃないしな。




「……おしゃべりはここまでだ。じゃあ、いくぜ」

攻介は自縛スイッチを押そうとした。
瞬間、瞬の体がスッと沈んだ。当然、攻介の腕の中にガラッと隙間が出来る。
同時に、瞬が攻介を突き飛ばし、再度、銃を取りだした。


「今度こそ確実に止めをさしてやる」


瞬は攻介の眉間に照準を合わせた。
そして、グッと引き金にかけた指に力を入れた。

「……っ!」

いや――入れようとした。


「……蛯名」


攻介は反撃もせずに立っていた。
ただ立っていた。
「…………」
瞬は銃を発砲することなくベルトに入れるとクルリと背をむきゆっくりと歩いていった。
しばらくして、後ろのほうでドサッと音がしても振り向かなかった。
あの時――攻介はすでに死んでいたのだ。
いや、おそらく心臓はとっくに止まっていただろう。


――おまえがそばにいてくれたから勇気が持てた。
――ありがとう。サンキュー……





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