「……なんだって?今なんて言った?」
攻介は自分の耳を疑った。
「Ⅹシリーズはここにもいる。オレはそう言った」
だが瞬は再度同じことを言った。もう聞き間違えでは無い。
「……けるな」

「何か言ったか?」
「ふざけるなって言ってんだっ!!」

攻介は怒りを込めた蹴りをはなっていた。
瞬は、それを受け止めたが勢いは止まらず瞬は飛ばされクルクルと回転して着地していた。


「てめえがⅩシリーズだと!言うに事欠いて大嘘ほざきやがってっ!!」


怒りや驚愕は時として人間のパワーを増大させる。攻介は単純な性格な為か、それが顕著に現れた。
凄まじい勢いで拳や蹴りを繰り出してきたのだ。その攻撃は凄まじく瞬は避けるのがやっとだった。


「その程度でⅩシリーズだと!?ざけんじゃねえ!!てめえなんかがⅩシリーズのわけが……ねえ!!」


攻介が最後に放った拳が瞬の胸部に入った。
瞬が数メートル背後に飛び、木の幹にぶつかって座り込むような形で地面に落ちた。
ガクッと頭を下げて俯いている。

「わかったか、おまえなんかが……」


「………ぞ。……3、4……閉めろ。……5、6……十字架に縋れ」


(なんだ?)

俯いている瞬が何か呟いている。

「……おい、何を言っている?」

何も応えない。


「おい、てめえ……なにブツブツ言ってやがるんだっ!!」

飛び掛っていた。そして――。

衝撃だけが全身に走り、攻介の体が宙に浮いていた――。




Solitary Island―84―




美恵……早く目を覚ましてくれ」

徹は心配そうに尚も美恵を見詰めていた。

「……攻介
「ん?」

気のせいか?今、美恵が攻介の名前を言ったような。
きっと気のせいだな。いくらなんでも、あいつは問題外だ。
美恵を挟んだ恋敵とはいえ、自分の敵じゃないと思っている徹はそう思うことにした。


美恵は今から三ヶ月前ほどのことを夢に見ていた。
攻介の様子が変だと俊彦が心配していたので気になって、あれほど嫌だった軍に攻介を尋ねていったことがある。
その時の夢をまるでドラマでも見ているように見ていたのだ。
美恵は攻介の相談にのれればと思い、思い切って軍を尋ねた。
学校ではきっと話しにくい内容だろう。そう思ったのだ。
それに特撰兵士が悩むなんて、きっと軍のことが関係しているにほぼ決まっているだろうから。
そう思った美恵は軍に赴き、訓練場の隅にある大木の下で俯いている攻介に近づいた。




「攻介」
「なんだ美恵か。めずらしいな、おまえがここに来るなんて」
「うん。俊彦が心配してたわよ。最近あなたの様子がおかしいって」
「あいつが?まったく、余計な気を回しやがって」
「あなたのこと心配しているのよ。友達だもの。ありがたいと思いなさいよ」
「……そうだな」

心配してくれる相手がいるだけいいものだ。
特に、こんな人間であるオレなんかが……。

「ねえ、何か悩みがあるなら私でよければ相談にのるわよ。私なんかじゃ頼りないかもしれないけど」
「そんなことないぜ」
攻介はちょっとだけ笑ってそういった。
「むしろ、他の誰よりもおまえに聞いてほしいかも知れない」
美恵はちょっとだけキョトンとした。
「それ……どういうこと?」
「このさいだから言っておこうかな。オレはおまえの……」
と、言いかけた時だった。
『蛯名攻介、今すぐ第三会議室に来るように』と放送が入ったのは。





「……攻介」
美恵」
目を開けると徹の笑顔がそこにあった。
「……徹?」
「よかった……気がついたんだね」
それから徹は「でも、呼ぶべき相手の名前が違うよ。どうして攻介なんかを」と少しムスッとして言った。


「……夢を見てたの」
「夢?」


「……ええ、攻介を尋ねて……空軍基地に行った時の夢」
「なんだって?」
徹の表情が変わった。
「オレに黙って攻介に会いに行ったことがあるのか?
「……徹、怒ってるの?」
「当たり前だ。いいかい、あんなところ、君がわざわざ出向くような場所じゃない。
用があったのなら、オレに言ってくれれば良かったのに」
「……ごめんなさい」

徹は自分のことを心配してくれている。美恵は強くそう感じた。
軍部に一人で行くことに、強い警戒心を抱いているのだろう。
徹はとにかく美恵が自分のかかわりにならないところで軍と接点を持つことを異常なほど嫌っていた。
何か危険な事件にでも巻き込まれたら……そう思い心配しているだ。




「……徹、ここはどこなの?」
美恵は上半身を起こそうとした。バランスが崩れそうになり、慌てて徹が抱き支えてくれた。
「大丈夫かい?」
「……だるいわ。私、どうしたの?」
美恵は川に飛び込んだ後の記憶が曖昧だった。
確か激流に流されて……それから、どうなったのか思い出せない。


「おまえさんは出血多量で死にかけていたんだよ、お嬢さん」


聞き覚えの全くない年配の声に美恵はハッと顔を上げた。
見知らぬ男。それも大人の男が二人いる。
「……誰……なの?」
「自己紹介がまだだったな。オレは川田章吾、こっちが三村信史。三村は、おまえさんの同級生の父兄なんだよ」
「おじさんたち……三村くんの?」
「ああ、その三村真一だ」
それから川田は腰を上げると美恵のそばにきた。
途端に徹が美恵を守るように抱きしめ、キッと川田を睨みつける。


「おいおい坊主。オレは何もこのお嬢さんに危害を加えようって気はさらさらない。
ただ医者のはしくれとして容態をみようと思っているだけだ」
「だったら余計なお世話ですね。彼女はオレが看ますからご心配なく」

やれやれ……まったく、とんでもなくマセたガキだ。


「……徹、攻介は今どこにいるの?」
ふいに美恵は攻介の行方を尋ねた。
「攻介?ああ、あいつは死んだと思ってくれていいよ」
「徹……冗談はやめて」
美恵は何だか心底心配しているようだ。
徹は少し真剣な表情になって「大丈夫さ。オレより格下だけど、あいつも強いからね」と言った。


「だから心配することはないよ。それより君のほうが心配だ」
徹は美恵を横たわらせた。
「君の怪我自体は大したことなかったけど出血が酷かったんだ。
だから、しばらくはジッとしていたほうがいい」
出血が酷かった……そういえば、川田が出血多量と言っていた。
自分の血液型は特別だ。出血多量は輸血が必須。そして自分は生きている。つまり輸血を受けたということ。
でも自分の血液型を考えたら、簡単に輸血は出来ない。


「晃司たちがいるの?」
見渡したが影も形もない。
「いや、凄い偶然で君と同じ血液型の人間がいたんだよ。彼に輸血をしてもらったんだ」
「……私と同じ血液型?」
美恵はかなり驚いている。無理もないだろう。
何しろ自分とⅩシリーズはボンベイ型という超希少な血液型の持ち主なのだ。

「誰なの?」
「早乙女だよ」














「グハァッ!!」
攻介は体の中央にまるでライフルの銃口を直に突きつけられ発砲されたのような衝撃を受けていた。
そして数メートル飛ばされ、地面にしがみ付くように何とか動きを止めた。

(痛い……!!畜生、イテェ、まるで腹に穴が空いたみたいだ!!)

攻介は反射的に衝撃をうけた体の中央を手で押さえた。

(……あばらに、ひびが入ったみたいだ)

油断していたわけじゃない。
しかし瞬の蹴りが伸びてきた瞬間、思わずその動きをつかめなった。
動体視力には自信がある。仮にも自分は超高速戦闘機のパイロットを目指している人間なんだ。
それなのに瞬の動きが一瞬とはいえまるでわからなかった。
しかし、今はそんなことを考えている余裕はない。
攻介は全身で感じていた。瞬の全身から恐ろしいくらいの殺気が放たれていることに。
先ほどまでの瞬は冷淡なのかほとんど何も感じなかった。
しかし今は違う。まるで別人だ。
まるで切り替えスイッチを押したかのように全く別の人間になってしまった。


「……てめえ……一体、なんなんだ?」
「言わなかったか?」


攻介はそこで十分驚愕しているにもかかわらず、さらにギョッとした。

(……口調が違う?)

声色が変わったわけじゃない。間違いなく早乙女瞬の声だ。
しかし、今までとは何かが違う。むしろ、今までの口調が不自然に感じられるくらい、今の早乙女瞬に合っているのだ。


「思ったよりダメージ酷いみたいだな……済まなかったな、久しぶりだから加減ができなかった」
瞬がゆっくりと歩いてきた。
「そうだ、一つだけ言っておく。あまり抵抗はするな」
攻介のすぐ手前で止まった。
「あまり抵抗はしないほうがいい。その方が楽に逝ける」
「……ふ」
攻介の目が赤く燃え上がった。


「ふざけるなッ!!」


立ち上がりながら向かっていった。
ズキッと激しい痛みが体の中央から全身に走ったが、そんな痛みにかまっている暇はない。
瞬の顔面を渾身に力を持って殴ってやろうと思った。
だが簡単にかわされ逆に腕を掴まれた。
「しつこい」
次の瞬間、腕に瞬のヒジ打ち。バキッと鈍い音がした。
「……っ!!」
チクショウ!!骨を折りやがった!!
攻介は一旦引いた。そして折られた左腕を握り締め悔しそうに瞬を睨んだ。

悔しいが、こいつは強い。いや、いきなり強くなった。
どういうことなんだ?

そんな疑問もあったが攻介の頭に浮んだのは『やばいな』という四文字だった。
今凄くヤバイ立場にいる。今まで何回も修羅場を潜り抜けてきたからわかる。マジでヤバイ。


(……美恵)


ふと脳裏をよぎったのは美恵の事だった。
自分がそばにいなくても、あいつには徹がついている。
それに他にも守ってやる相手が何人もいる。だから自分がそばにいてやる必要はない。
ないんだが……。

「……ちくしょう」

なんだか、とても悔しかった――。















「お父さんの戦友?」
「ああ、親父の事あんまり覚えてないんだ。ガキの頃に死んだから。
でも親父は優秀なパイロットだった。その親父が夜間の非行訓練で操縦ミスで墜落死した。
オレにもどうしても腑に落ちなかったんだ。
当時の親父の仲間も別の部署に配置になったり退役したりして事情をしる人間もいないし」
「軍の記録に残っているんじゃないの?」
「それがおかしんだ」
「おかしいって?」
「親父のファイルは遺族でさえ閲覧不可でさ」
「それって……確かにおかしいわね」


「ああ、ずっと疑問に思っていた。そしたら偶然、親父の昔の戦友にバッタリ出会ったんだ」
「良かったじゃない。そのひとに事情を聞いてみたら?」
「……うーん、なんていうのかさぁ」
「どうしたの?」
「本当に単なる操縦ミスだったのかもしれないしな。それよりもっと悪かったらどうする?
例えば酒に酔っ払って戦闘機に乗り込んでのバカな死に方だったら。
それくらいなら、このまま終わりにするべきなのかなって……」
「なに馬鹿なこと言ってるのよ!!」
突然、両頬をつねられた。




「いてぇ!なにするんだよ美恵」
「攻介のお父さんのことじゃない。だったら自分の納得の行くまではっきりさせなさいよ」
「……そう言われても」
「私のお父さんは……」
美恵は寂しそうに俯いた。
「私は最初からお父さんなんていないんだから」
攻介はハッとした。
美恵も、そしてⅩシリーズもずっと昔死んだ科学省の人間兵器たちの冷凍保存されていた遺伝子から生まれた。
生んだのは何の関係もない代理母だ。つまり親がいない。
攻介はずっと悩んでいた事がなんだかバカバカしくなってきた。


「おまえの言うとおりだよ。会って来るよ。会って、親父になにがあったのか、はっきり聞いておく」
「よかった」
「なあ、一つ頼んでもいいか?」
「なに?」
「一緒についていってくれないか?」















「……グボ……ッ」
血を吐いていた。
「もう一度だけ言っておく。もう逆らうなよ。でないと苦しむだけだ――」
瞬が動いた。その手にキラリと何かがひかった。
次の瞬間、左胸に斜め下から一気に貫かれていた。

ナイフに――。


攻介はフラッと背後に倒れた。
すぐ後ろにあった木に背中が密着し、そのままズルズルと下がっていった。

「動くな。動かなければ、そう苦しむこともない」

瞬はクルッと攻介に背を向けると全てが終わったかのように歩いていった。

「安心しろ。すぐに後を追わせてやる」

ハー……ハー……漏れるような息の音だけがしていた。

「晃司も秀明も志郎も、すぐにおまえのところに行く」

頭が真っ白のなっていく。目が霞んでいく。




美恵も……すぐに、おまえのところに行く」




……ドクン。

心臓の音が大きく脈打ち、攻介の脳にはっきりと聞こえた。

「すぐにおまえの後を追う。それも本当にすぐにだ」

……ドクン……ドクン……。

「多分、三日もかからない。安心して逝けるだろう?
わかったな。これで、さよならだ――」




ばきっと鈍い音がして、今度は瞬が驚愕していた。
数メートル先に飛ばされ、即座に起き上がり攻介を見た。

「……ふざけるなよ」

ボトボトと血が流れていた。攻介は右手で胸を押さえていたが、それでも流れている。
そして足元の地面を赤く染めている。
普通ならとっくに気を失ってもおかしくない量。それでも攻介は立っていた。

「……美恵を殺すだと?てめえにどんな事情があるのかしらないが、そんなことさせてたまるか」
「…………」

瞬は無言のまま、ゆっくりと立ち上がった。


「あいつにだけは指一本触れさせねえぞ!!」
「……だったら今すぐ死ね」




【残り34人】




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