宇佐美は科学省の護衛兵士が案内するまま足を運んだ。
「……こんな田舎にいたとはな。もっとも軍から離れた場所にしか居場所はなかっただろうが」
地下室、薄暗くてじめじめしている。やがて兵士がドアの両脇に立っている部屋の前に辿り着いた。
兵士達は宇佐美の姿をみると直立の姿勢で敬礼した。
「……塩田博士」
入室すると壁に背をもたれてミイラ化した男が視界に入った。
そばには白衣を着た科学省の人間が数人いて検死を行っている。
「長官、わざわざご足労願い恐縮です」
「本当に塩田博士なのか?」
「はい、DNA鑑定の結果本人と断定されました」
「……そうか」
かつては科学省長官の椅子に近かった男の憐れな末路……か。
「奴はどこにいる?」
「……それが、全く不明です」
「奴のデータは?資料が何か残っているはずだ」
「それが全くないのです。おそらく奴が自分に関する資料は全て処分したものと思われます」
「だったら奴は今どこにいるんだ?あの失敗作は……」
物言わぬ、塩田博士の死体……心臓にナイフを一突き。
「飼い犬に殺されるとは憐れな最後ですね博士。心の底からお悔やみ申し上げますよ」
Solitary Island―83―
「おまえの動きは晃司にそっくりだ!何者なんだ、おまえはっ!!」
晃司にそっくり……か。瞬は苦々しく思った。
『よく見ろ、そして学習するんだ瞬』
毎日のように見せられたⅩシリーズのビデオ。
『おまえが奴等に勝つ方法はたった一つ。奴等の戦闘能力を徹底的にコピーする事だ。
いいか瞬。必ず奴等に勝て、そして復讐しろ。私を追い出した科学省に復讐する為に』
「どうして、おまえが晃司と同じ動きを」
「……おしゃべりはそこまでだ」
一気に瞬が動いた。直線にして、ほんの三メートル。
攻介は咄嗟に身構えた。だが瞬の姿が消えた。
「……上かっ!」
瞬は飛んでいた。攻介は咄嗟に避けた。
「甘いんだよ!!」
攻介は攻撃をかわすと同時に蹴りに転じた。いくら晃司そっくりの動きをするとはいえ所詮はヒトマネ。
実戦で修羅場を潜り抜け来た自分のほうが上のはずだ。
攻介の蹴りが瞬の横腹に当たっていた。
いや、当たってない。当たる寸前腕でガードされた。
それだけじゃない、瞬は攻介の足に強烈な肘うちをお見舞いしてきた。
「……っ!」
骨に軋むような威力を感じる。
攻介は、背後に飛んだ。とにかく、いったん距離をとる。
そして間合いをとって、確実に相手の息の根を止めなければならない。
「蛯名のやつ大丈夫かな?」
海斗は何度も後ろを振りむいた。
咄嗟に逃げてきてしまったが、戻ったほうがいいんじゃないか?
しかし、今さら戻っても……。
そんな海斗の気持ちをさっしたのか真一が「心配ならオレが戻るぞ」と言ってきた。
「何言ってるんだ三村」
「気になるんだろ?おまえはいい奴だからな」
確かに気になる。しかし美恵のことはもっと気になる。
それに夢中になって逃げてきたせいか、自分達の位置がいまいち正確にわからない。
「……まいったな。磁石でもあればいいんだが」
こんな所で例の化け物に襲われたらひとたまりもない。どこか身を隠すところはないのか?
「三村、あれ」
海斗が指差した方向を見ると洞窟の入り口らしきものが見える。
「とりあえず、あそこに避難しないか?」
海斗は洞窟に入ろうとした。
「おい待てよ」
真一は慌てて海斗の肩を掴みとめた。
「中に例の化け物がいたらどうする?」
「……それもそうだな」
真一は小石を三つ拾うと連続して三回投げた。カンカンカン……と石の音だけが聞こえる。
「……どうやら、何もいないようだな」
二人は、少しの間ここで休憩する事にした。
「何かわかったか?」
「それが……まったく。何しろ塩田博士の死体から考えるとおそらく2、3年ほど前に殺されたものと」
「奴の居所を掴むものは何もないということか!?」
「……はい」
宇佐美はイラついていた。科学省はどんなミスも許してはならない。
ファースト(初代の高尾晃司)の失敗は二度と繰り返されてはいけない。
ゆえにⅩシリーズは完全に世間から隔離して徹底した特殊教育を施してきた。
「……あいつを野放しにして見ろ。科学省にどんな災いをもたらすかしれない」
塩田博士は失脚したとはいえ一時は科学省長官の椅子さえ目前だった重鎮。
そんな人間に育てられ、科学省の裏まで知り尽くしている人間。
絶対に、そんな奴を野放しにしてはおけない。
科学省を恨んでいる博士に何を吹き込まれているかわかったものじゃない。
いや……その博士を。育ての親である博士を殺すような奴だ。
「……そんな恐ろしい奴をほかっておけるか」
(……奴はなんなんだ。晃司と同じ動きをする以上民間人じゃないことは確かだが)
どうする?少し間合いをとって慎重にことを進めるか?
とにかく様子を見て、奴の実力を正確に掴まなければ。
攻介はつかずはなれず、まずは瞬の実力を測ろうとした。
ところが、そんな攻介の思惑など完全無視して瞬が一気に攻介の間合いに入ってきた。
「!」
連続して蹴りがくる。頭部、胸部、そして腹部。
攻介は全て避けた。いや避けたつもりだが腹部にはかすった。
反射的に背後に一歩ひいた。
そして、今度は自ら仕掛けた。瞬の頭部を狙った回し蹴りだ。
ところが瞬はすっと上体を後ろにそらすと、そのままクルッとトンボを切っていた。
瞬が着地して反撃するまでの僅かな時間に先制攻撃を仕掛ける必要がある!
そう判断した攻介は一気に前に出た。
そして瞬が着地すると同時に、その顔面目掛けて拳を突き出したが瞬はそれを掌で受け止める。
さらに間髪いれずに瞬の蹴りが至近距離から攻介の顎に向かってのびていた。
慌てて離れようとするも、瞬が攻介の右拳を掴みはなさない。
顎に衝撃が走った。頭まで突き抜けるような痛み。
これが普通の人間なら思わず気を失ってしまうだろうが攻介は違う。
殴られるのも蹴られるのも何度も経験した軍の精鋭なのだ。
攻介は瞬を突き飛ばすと体勢を整えた。
口の端からツー……と赤い筋が流れる。ペッと血の混じった唾を吐いた。
「……飛んだ曲者だな。学校にいるときは想像もしなかったぜ」
様子見をする程度だったが、そんな余裕はないようだ。
攻介は前髪をかきあげると深呼吸をした。
(落ち着け……落ち着くんだ。奴が何者かはわからないが、オレの方が上のはずだ。
オレは軍の中で育った人間のトップクラス。奴はただ得体の知れないだけの人間だ)
それは攻介のみならず、ほかの特撰兵士全員そう思ったことだろう。
とにかく自分のほうが上だと。
「来ないのか?」
攻介が反撃にでないで考え込んでいると瞬がそう言ってきた。
「来ないのなら……こっちから行くぞ」
瞬が走ってくる。攻介は当然身構えた。だが次の瞬間、瞬の姿が消えた。
(後ろか!!)
瞬は攻介の背後に向かって飛んでいた。攻介は後ろを振り向かず、反射的に頭を沈めた。
頭部の紙一重の位置を瞬の腕が通過している。
背後から頭部にキツイ一発をお見舞いするつもりだったらしい。
攻介はのびていた瞬の腕を掴むと、瞬の足をはらい一気に瞬の身体を投げた。
投げ飛ばされた瞬はクルクルと二回転して着地。
しかし攻介がすでに間合いにつめ、瞬の顔面目掛けて側面から拳を打ち込もうとした。
ところが攻介は咄嗟に危険を感じ、スッと背後に身体を引いた。
瞬が何かを手にとって横一直線に引いていた。
「……勘がいいな」
瞬の手にはナイフが握られていた。
攻介の学生服に横一直線の切り目がついている。
「オレ、頭悪いんで。勘だけが頼りなんでね」
「その割にはオレの正体全然わからないんだな!!」
瞬はナイフを振りかざしてきた。
いくら特撰兵士といっても身体は生身の人間。あんなもので切り裂かれたらひとたまりもない。
攻介はナイフをよける事に専念した。
「防戦一方か。それが軍ご自慢の特撰兵士なのか?」
攻介は学ラン脱ぐと、それで瞬がナイフを持っている手を包み込み、押さえつけた。
「オレだってナイフで刺されれば痛いし血も出る普通の人間なんだよ」
そのまま、押さえつけた手をそばにあった木にたたきつけた。
瞬の顔が僅かに歪む。たまらず、瞬が攻介の頬を殴った。
「……しつこい奴だな」
「お互い様だろ」
瞬と攻介は同時に離れた。ナイフは地面におちている。
「……なんでだ?」
「?」
「なんでⅩシリーズ抹殺なんて考えている。あいつらに恨みでもあるのか?」
瞬は答えなかった。
瞬は強い。特撰兵士でも軍の人間でもないが。
これほど強く軍の人間でもないとすれば、おそらく少年テロリストだろうと攻介は考えていた。
瞬は反政府の人間であることを否定していたが、それしか考えられない。
しかし、一つだけわからないことがある。
反政府の人間と仮定してⅩシリーズの命を狙っているというのはわかる。
晃司たちは任務でいくつもの反政府組織を潰してきた。
だから反政府の人間には恨まれているだろう。
その晃司たちの身内である美恵はとばっちりみたいなものだが、わからないでもない。
問題は瞬がこの島になんだかやけに詳しそうだということだ。島の地図も持っていた。
この島は軍の中でも一部の人間しか存在を知らない科学省の極秘中の極秘。
よって、反政府組織が情報を掴んでいたとしても、詳しい情報などであるわけがない。
それをなぜ瞬が持っている?それだけがわからなかった。
科学省の中でも一部の人間しかしらないことなのに。
「……本当になんなんだよ、おまえは」
「……?」
「オレが今どんな気持ちでいるかわかるか?」
「わかるわけがない。他人の気持ちなんて」
「あっさり言ってくれるよな……一つ言っておくけどな」
攻介は見下すように言った。
「Ⅹシリーズは強い。はっきり言って桁違いだぜ」
瞬は僅かに眉をよせ、静かに聞いていた。
「オレは訓練で何度も晃司や秀明と格闘を経験したが全く歯が立たなかった。
強すぎるんだよ!あいつらは!同じ特撰兵士と言っても、オレとはレベルが違いすぎる。
Ⅹシリーズと何とか互角にやりあえる奴なんて隼人や晶くらいだ。
そのⅩシリーズを殺す?バカ言ってんじゃねえよ!!
オレですら手こずっているおまえなんかに勝てるわけがないだろう?
てめえの実力考えてから物言えっていうんだ!!」
「Ⅹシリーズは最強……か?」
瞬は表情を全く変えずにそういった。
「ああ最強だ。おまえなんかが勝てる相手じゃない!!」
攻介ははっきり言った。いや怒鳴った。
勝てるわけがない、こんなレベルで!!
「……そうか」
「ああ、そうだ。何度でも言ってやるぜ、おまえ程度の……」
瞬間、攻介は全身に鳥肌が立つような何かを感じ、思わず瞬を突き飛ばしていた。
(……なんだ?)
今までと違った……ほんの一瞬だが、気配が別人のものになった。
攻介の反応をみても瞬の表情は変わらなかった。
まるで生まれたときから感情をどこかに置き忘れた、そんな感じすらする。
「おまえは良く戦った。だから特別サービスだ」
「特別サービスだと?」
「教えてやるよ。おまえが知りたがっていたオレの正体を」
攻介は思わずゴクンと唾を飲み込んだ。
「おまえは言ったな。Ⅹシリーズは最強だと」
「ああ言った!!軍の中であいつらに勝てる奴なんていない!!」
「そうか……だったら」
「オレも当然、最強の部類に入る。そういうことになるだろうな」
「何だと?」
攻介は瞬が言った言葉の意味がわからなかった。
自分が最強だといったのはⅩシリーズだ。Ⅹシリーズが最強なら瞬も最強だと?
「……どういうことだ?」
「おまえはⅩシリーズが何なのか正確に知っているのか?」
しかも、ここに来てⅩシリーズが何なのかだって?
そんなこと軍の人間なら誰でも知ってるぜ。
特に、軍のエリート中のエリートである自分達特撰兵士なら。
「知っているに決まってんだろ!科学省が代々作り出してきた優秀な兵士の遺伝子の結晶だ。
生まれながらの才能にくわえ、特殊な教育を施し最強の人間に仕立て上げられた。
美恵は女に生まれたからⅩシリーズには加えられなかったが三人いる。
高尾晃司、堀川秀明、速水志郎。この三人だ。他のⅩシリーズは全員、死産だったと聞いて……」
攻介はギクッとなった。
瞬の口の端が微かにつりあがったように見えたのだ。
「全員……死んだって?」
「ああ、そう聞いた」
「そういうことにするしかないだろうな。科学省にとっては36年前の高尾晃司の一件以来の不祥事だろうから」
不祥事?何のことだ?
攻介はますますわらなくなった。
Ⅹシリーズ……そしてⅩシリーズのモトとも言うべき初代の高尾晃司の一件。
それが何の関係があるんだ?
高尾晃司は科学省が作り上げた最高傑作だった。だが、外界の女と恋におち軍から脱走。
科学省は高尾晃司以外の人間兵器を全員投入して高尾の抹殺を図った。
その結果、科学省は高尾を含む大切な人間兵器を全て失った。
高尾の駆け落ち相手、つまり彼の妻も彼の子を身篭ったまま殺されるという悲惨な最期を遂げた。
科学省にとっては思い出したくもない不祥事だった。それと同じようなことがあったということか?
混乱している攻介に瞬はとんでもない一言を放った。
「Ⅹシリーズはもう一人いる」
「なんだって?バカなことをいうな、Ⅹシリーズは晃司、秀明、それに志郎。この三人しかいないはずだ!!」
「オレは事実を言っただけだ。Ⅹシリーズは奴等だけじゃない」
「ここにもいたということだ」
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