瞬は走った。いや助走をつけただけで飛んでいた。
そして数メートル飛び、木の枝を掴むとクルリと逆上がりをして一気に枝の上に上がった。
さらに、また飛んで、もっと上の枝に。
数回それを繰り返し、数秒で高い木の頂点に到達してしまったのだ。
それを見ていた桐山は瞬の身体能力を目の当たりにして少々驚いていた。
なぜなら瞬は学校では決して目立った人間ではないからだ。
佐伯徹が(美恵が見ていた為だろうが)まるでオリンピック選手のように鉄棒で大車輪を披露している横で、
平凡な回転を数回して終了と、本当にどこにでもいるような人間のはずだった。
それが、まるでリスのように軽やかに枝の上を飛び上がっていったのだから。
瞬は、桐山の存在に気付いていた。
だが、今はそれよりもやっかいな存在が近づいてきている。
まずは――奴等を何とかしないと。
Solitary Island―82―
「おかしいわね。何度やってもつながらないわ」
貴子は無線機を何度も調節した。
しかしザーザーと耳障りな音が聞こえるだけ。
「磁場の関係じゃないのか?」
杉村は単純にそう思った。
「そうかもしれないわね。それとも、この島全体に妨害電波が出ているかもしれないわ」
結論から言えば貴子が正しかった。
科学省が作り上げた魔の島。それゆえ、通常の無線機はまともに動かない。
正常に働くのは軍専用の無線機だけだった。
「とにかく、動き回るのも危険だし、しばらく様子を見たほうがいいわね」
「ちょっと、待ってください!」
伊織が慌てて口出ししてきた。
「オレの……オレたちのクラスメイトがまだ……。あいつらに襲われて、今どうしているのかわからない。
だから、だから、あいつらの無事だけでも確認を……」
「連中なら一応生きているぜ。もっとも、おまえを含む数人が行方不明だけどな」
貴弘が冷たく言い放っていた。
「……内海と……柿沼くんのことか?」
「もう一人。早乙女も行方不明だ」
伊織はグッと拳を握り、悔しそうに唇を噛んだ。
全て自分のせいだ!!
自分が晶たちの意見に反対して、あの場にとどまることを主張しなければこんなことにならなかった。
「……オレの……全部、オレのせいだ!!」
伊織は泣きそうな顔でそう言った。
「オレが余計な意地を張らなければ……オレの選択のせいで。
こんなことになるんなら周藤たちに従っていればよかった!!
オレが……オレが目先のことにとらわれてクラスを二つに割ったせいで……。
三人に何かあったら、オレのせいだ!オレが三人を死なせた。いや、殺したんだっ!!」
「山科くんだったな?」
杉村が、その強面とは反対になるべく穏やかな口調で言った。
「事情は知らないが、こんな異常事態だ。君のせいじゃない、自分を責めるのは……」
「ああ、そうだな。全部、おまえのせいだよ」
が、杉村の慰めが終了しないうちに貴弘のキツイ一言が伊織に降臨した。
「た、貴弘!おまえ、なんてことを!!」
「部外者の父さんは黙ってろよ。こいつは奴等と戦う事を拒否して安全な場所に残る事を選んだ臆病者だ。
その結果、安全だと思った場所で惨事が起きたんだから、とんだ計算外だったな」
伊織は反射的に貴弘を睨みつけた。
だが睨みつけただけだ。何も言い返せない。
「言い返せないだろう?オレの言った事は本当だからな。
それとも図星をつかれて声も出ないか?」
「……くそ」
「おまえはオレの母さんに助けてもらって命拾いした」
杉村が貴弘の後ろで「貴弘、父さんも助けてやったんだぞ」と言っていたが貴弘は無視した。
「だが他の奴等はどうだ?内海も早乙女も生きている確証は無い。
柿沼っていっていたな。あいつも同じだ。おまえが主張した意見に賛成した結果がこれだ」
「ああ、そうだ!!それなのに、オレだけが助かった!!
オレが死んで他の連中が助かればよかったなんていわれなくてもわかってるさ!!
そんなこと、おまえなんかに言われなくても百も承知だ!!」
「誰がおまえが死ねばよかったなんて言った?
これだから柔軟性の欠片もない奴はいやなんだ。すぐに自分の考えで相手の言葉すら計ろうとする。
断っておくけどな山科。オレが腹が立つのは、おまえが周藤と対立したことじゃない」
貴弘は伊織の胸元を掴むとグイッと引き寄せた。
「そうやって、うだつの上がらない愚痴をいちいち言って泣き言言っていることが気に入らないんだ!!」
「……す、杉村?」
伊織は貴弘が激怒したので多少なりとも驚き恐怖した。
貴弘の怖さはクラスメイトとして十分すぎるほど知っていたからだ。
「泣き言いう暇があったら、少しはこの島から脱出する方法を考えたらどうだ?
敵の弱点でもいい、とにかく連中と戦う方法だ。
おまえが泣き言いうのは勝手だが、そのとばっちりを食らうのはオレたちなんだ。
自分が死ねばよかっただと?本当にそう思うなら、さっきの崖から飛べば済む事だろう。
その気も無いのに『オレが死ねばよかった』なんて、おかしすぎて虫唾が走るくらいだ」
あまりの言い方にショックを受ける伊織にさらに貴弘はヒートアップした。
「本当にクラスメイトたちに悪いと思うなら、あいつらを無事にこの島から出させる為に全力を尽くすのが先だ。
泣き言なんて後からいつでも言える。それをしないで、自分の殻に閉じこもるなんて一番卑怯な人間だな。
オレは、そういう偽善者は一番嫌いなんだ」
貴弘は伊織を突き飛ばした。
「もう一つ言っておくが、内海たちは死んだわけじゃない。死体も見てないのに勝手に殺すな」
貴弘は言いたいことだけいうと、少し離れた場所にある木のそばにきて、その木の根元に腰をおろした。
伊織はかなり応えたこたえたらしく俯いてしゅんとなっている。
「ごめんなさいね。あの子はああいう言い方しか出来ないから」
貴子が少し困ったような表情でそう言った。
「でも、あの子の言い分にも一理あるわ。
何があったのか、詳しい事は知らないけど、今は自分を責めてる場合じゃない。
そのくらいわかるでしょう?
あの子はあなたが落ち込んでいるのが気になってついあんな言い方してしまったのよ。
あなたに自分を取り戻して欲しかったんだと思うわ」
「……杉村が?」
伊織は信じられないといった目でチラッと貴弘を見た。
「ああいう言い方しかできない子だけど、本当はあなたに元気になってほしかっただけなのよ」
伊織はまだ半信半疑だった。でも、もしかしたら……。
確かに言い方はきつかったが、貴弘の言い分は正しい。
自分には泣き言をいう資格もなければ、そんなこと言っている時でもない。
「……みんなを助けないと」
そうだ、今は後悔している場合ではない。
「……貴弘、なんて優しい子なんだ」
杉村は感心していた。
そして貴弘のそばに行くと小声で「貴弘、おまえ、あの子に元気になってほしくて、わざとあんな言い方したんだな?」と言った。
優しい言葉で慰めるだけが全てじゃない。
あえて悪役になってまでクラスメイトを奮い立たせようとしたんだ。
杉村はそう思って心の底から息子を誇りに思った。
「おまえがそこまで考えていたなんて……」
「はぁ?何言ってるんだ父さん」
「……え?」
しかし、貴弘の反応は全く逆だった。
「だ、だから……おまえは、あの子の為にあえて憎まれ役を」
「どうして、オレが山科の為にそんな特別サービスするんだ。オレは思ったことを口にしただけだ」
「……え?」
しかし貴子が……あれ?
ちなみに、数分後、貴子に「おい、貴弘は本心だって言い張ってるぞ」といったところ、貴子は「当然でしょ」と言った。
「だって、おまえ、さっき……」と言うと、「あれは方便よ。それくらい察しなさいよ」と言われた。
「くそ!逃がしてたまるか!!」
攻介は気配が動くほうに向かった走った。
途端に頭上から何かが自分目掛けて飛び降りてくる。
攻介は、いったん立ち止まるとバク転して、そいつを避けた。
そして、着地すると同時に銃を向ける。相手は速攻で攻めてきたが、攻介の方が早かった。
銃口が火を噴き、悲鳴と共にドサッと地面に倒れこむ。
(まだだ、まだ他にいる……奴等いったい何を見つけたんだ?)
他の連中は移動している、攻介は全速力で後を追った。
「…………来たか」
瞬の真下に二匹のF3が現れた。
キョロキョロと辺りを見回している。どうやら、自分を探しているようだ。
(F3か……少々、厄介だな)
瞬は一気に飛び降りた。
そのまま、狙いを定めたF3に落下の速度で威力がました蹴りをお見舞い。
ギャァ、と悲鳴を上げるF3の首に手をかけると地面にたたきつけた。
そして懐からナイフを取り出す。
一気に心臓を貫いている!!
しかし、もう一匹が襲ってきた。
「……ちっ!」
瞬は即座に身を翻して攻撃を避け走り出した。当然のように追う二匹。
それを見ていた桐山も瞬の後を追った。
ところが、その桐山の前に別のF3が二匹現れた。
もちろん、即座に襲い掛かってくる。
桐山は学ランを一瞬で脱ぐと、それを一匹の顔目掛けて投げた。
視界を遮られ一瞬動きがとまる。その隙にもう一匹の腹部に向かって蹴りを入れた。
仲間の悲鳴に激怒したのか、学ランをとるとすぐに最初の一匹が襲ってきた。
しかし、桐山はそいつの攻撃を紙一重で避けると、顔面に思いっきり重い一発をお見舞いした。
こんな奴等にかまっている暇はないと判断したのか桐山は学ランを手にすると走った。
今は瞬を見失うわけには行かない。
「……いない」
遅かった……桐山はとにかく瞬を探して走った。
奇しくも偶然同じ時間、同じ場所にいた桐山、瞬、攻介はF3のせいで散り散りになってしまったのだ。
「手間取らせやがって」
攻介は返り討ちにあって死体となったF3を見下ろしながら、真一と海斗のことを考えた。
今から追いかけて間に合うか?
まったく、とんだことになった。二度とこんな連中と遊んでいる暇はない。
攻介は気配を消すと用心深く森の中を歩いた。
ガサッと少し離れた場所で音がした。またF3か?と身構えたが違った。
その相手は自分と同じ学生服を身に纏っていたからだ。
本来から駆け寄って合流するべきだろう。しかし攻介はそうしなかった。
なぜなら、その男の足元にF3の死体が二つ転がっていたからだ。
(何だと!?)
その男が倒した以外に理由がない。その証拠に男は赤く染まったナイフを手にしている。
自分達特撰兵士と、それに桐山和雄以外でそんなマネが出来る奴がいるなんて!!
攻介は、用心深くそいつの顔をみた。暗くて、よく見えない。
やがて月明かりが森の中を照らした。
月光の中浮かび上がった、その男の顔をみて攻介は瞳を拡大させた。
(……早乙女っ!?)
そう、早乙女瞬だった。
(バカな、あんな民間人がF3を二匹まとめて殺しただと!?)
瞬は荷物を持つと歩き出した。
攻介は慌てて(もちろん気配を殺し、物音を出さず)後を追った。
瞬はあやふやに歩いているのではない。どうやら、目的があるようだ。
その証拠に、しばらく歩くと地図を取り出し懐中電灯で照らしている。そう地図だ。
(地図……どういうことだ?この島は軍部でさえ一部の人間しか情報しらない島なのに)
それなのに地図だ。怪しい、怪しすぎる。
あの不和礼二のように、このクラスに送り込まれたスパイなのか?
いや……違うな。
F3をまとめて二匹も倒せるような相手なら、特撰兵士に、少なくても候補にはなっていたはずだ。
だが、このクラスに転校してきた特撰兵士の誰もが瞬とは認識がなかった。
(いったい、どういうことなんだ?)
瞬はさらに歩いていった。
しばらくすると蔦がびっしりと覆っている岩壁に辿り着いた。
「……ここだ。間違いない」
瞬は、蔦を力任せに掴み取った。
瞬は元々ここを目指して歩いていたのだ。
途中で真一たちの煙を目撃し、それがなんなのか確かめる為に寄り道もしたが。
とにかく当初の目的地に辿り着いた。蔦を取り去ると、岩壁が完全に姿を現した。
(あいつ、一体何をするつもりなんだ?)
攻介は用心深く瞬を観察していた。
瞬は岩壁を凝視している。そして、とある箇所を力任せに押した。
ガタン……っ、と音がして岩壁の一部が動いた。
(なんだと!?)
そしてドアが現れた。しかも最新鋭のカード式ドアが。
おそらく、例のカードキーのようなものがなければ開かない仕組みだろう。
その証拠に瞬が取っ手を手にして引いてもびくともしない。
瞬は荷物の中からなにやら紙粘土のようなものを取り出した。
それをカードキー挿入部分……つまり鍵部にペタペタとはりつけている。
そして端子をつけ少し離れた。ドカンッ!と音がして爆発。
(プラスチック爆弾!!どういうことだ、何なんだあいつは!?)
ウィィーーン……と音がしてドアが自動的に開いた。
(……あいつ、一体何なんだ?)
瞬が中に入ろうとして一旦立ち止まった。
(なんだ?)
どうして入らない?しかし、その答えはすぐにわかった。
「……いつまで、そうやって隠れている気なんだ?」
(……っ!?)
「いい加減に姿を現せよ。それとも、こっちからいぶりだしてやろうか?」
バレバレだ。攻介は覚悟を決めて姿を現した。
「……なんだ、誰かと思えば空軍のエリートさんじゃないか」
「…………」
「特撰兵士が民間人の後を理由もなくつけるなんてな」
(……こいつ、特撰兵士のことまで知っている?)
「どうした?何か言ったらどうだ?」
「おまえ、何なんだ?」
「さあな」
「おまえ、何考えている?」
「言いたくない」
「おまえ……何が狙いなんだ?」
「Ⅹシリーズ及び、その関係者の抹殺」
瞬間的に攻介の顔色が変わった。
Ⅹシリーズの関係者。つまり美恵も含まれている!!
「一体、何者なんだ、おまえは!?科学省と敵対する軍部の秘密工作員なのか!?」
「オレが軍の?まさかだろ」
「だったら反政府組織の人間か!?」
「それもNOだ」
「どうしてⅩシリーズを……美恵もターゲットなのか!?」
「ああ、そうだ……皆殺しだ」
「ふざけるな!!」
攻介は動いていた。美恵を殺すと言った、それが到底許せなかった。
ところが、攻介のはなった蹴りを瞬は受け止めていた。
「……なっ!?」
仮にも特撰兵士である自分の蹴りをとめ、すかさず反撃してきた。
反対に攻介の体が背後に飛んでいた。
「オレの行動を盗み見たからには生きて帰すつもりはない」
「…………」
「運が悪かったな蛯名攻介……おまえには死んでもらう」
「……おまえ、いったい何なんだ?どうこうことなんだ?」
「何がだ?」
「とぼけるんじゃねえ、オレの目は節穴じゃないぞ!おまえの動きは晃司にそっくりだ!!」
「…………」
「おまえ、一体なんなんだっ!?」
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