その叫び声に二匹のF2はクルリと振り向き、同時に襲い掛かってきた。
七原は銃口を向けると「うわぁぁ!!!!!」と叫びながらひたすら引き金を引いた。
あっと言う間に、二匹は体中から噴水のように血を流しその場に倒れた。
七原はまだ走っている。そして、二匹が引き裂いていた学ランを手に取った。
血で汚れている学ランを。
「幸……幸雄っ!!」
七原は夢中で学ランの内ポケットに手をつっこんだ。
血で汚れ半分破れた生徒手帳を取り出した。そして1ページ目をめくった。
「……幸雄っ……幸……雄……っ」
幸雄の証明写真がページの隅に貼られていた。
「うわぁぁぁー!!」
間に合わなかった――。
七原は学ランを抱きしめるとその場に泣き崩れて動かなくなった。
Solitary Island―81―
「……くそ、真一の奴、無茶しやがって。やっぱりほっとけないな」
川田は立ち上がると「ちょっと外に出てくる」とライフルをもって立ち上がった。
「おい川田」
「すぐにかえってくる。ちょっと出てくるだけだ」
川田は外に出た。ライフルを構えたが、どうやら敵はいないようだ。
少し歩くと川田はそばにあった手ごろな枝を折った。
そして、それをナイフで削り、全て削ると削りカスの山を二つ作り愛用のライターを取り出した。
「……真一が見つけてくれればいいんだが」
川田は真一が小学生の頃、よく山にハイキングに連れて行ってやった。
もっともハイキングなんて可愛いものじゃない。小学生には少々ハードな登山だった。
その時に川田はもしも自分とはぐれてしまったときの合図として真一に教えておいた方法がある。
かつてプログラムで七原に教えてやった方法と同じだ。
川田が火をつけると、二つの削りカスの山は煙を出し始めた。
「なあ三村」
「なんだよ寺沢」
真一と海斗は森の中にいた。
「少し暗くなってきたな……」
日が暮れようとしているのだ。だからこそ早く美恵がいるという例の場所にいかなくてはいけない。
それなのに真一が「少し休憩しよう」と立ち止まってから一向に動く気配が無い。
「早く行かないと夜になるぞ」
真一はというと、二本の木の枝に蔓を巻きつけ、さらに木の枝を集めたきぎを作っている。
「寺沢、おまえ、あの施設の中で襲ってきた化け物のこと覚えているか?」
忘れるわけが無いだろう。
「オレはずっと考えていたんだ。あんな未知の生物、まともに戦ったってオレたちの勝てる相手じゃない。
かといって大人しく殺されるのも冗談じゃない。
だからといって、只でさえ褒められた成績じゃないオレに奴等の弱点なんかわかるわけもないだろ?
はっきり言って理科は化学はともかく生物学はお手上げなんだ。
でも、オレにも一つだけどんな動物でもほぼ共通しているじゃないか?って弱点があるってことはわかってる」
「なんだよ、それは」
「火だよ。人間以外の動物は本能的に火を怖がる奴が多い」
海斗は「あっ」と声を上げた。
「この分だと、オレ達が例の場所に向かう途中で夜になる。敵に注意を払うどころか、一歩も歩けなくなるだろ。
だから、そうなる前に火を確保しておこうと思ったんだ」
真一は、蔓を巻きつけた枝を、ナイフでくぼみをあけた枝にこすりだした。
「普通に枝を手の平で回してこすってたら時間くっちまうからな。これなら蔓の遠心力ですぐに火が出る。
オレが世話になっているおじさんから教えてもらったアウトドアの豆知識だよ」
10分ほどすると煙が出てきた。
真一は火種として生徒手帳を数ページ破くと、さらに細かくちぎって枝の根元にくすぶっている小さな火に投じた。
「……上手くいってくれればいいんだが」
それから真一は海斗に「いざっとときのお守りだ。もってろよ」とナイフを投げてきた。
「お守りって……おまえは?」
「いいから、いいから。オレって、こう見えてもけっこう強いんだぜ。
だから、おまえが持ってろよ。第一、逃げ足だってオレの方が速いだろうし」
それは事実だった海斗も足の速さには、それなりに自信がある。しかし真一は、その海斗よりも速いのだ。
「ラッキー。どうやら、上手くいってくれたようだな」
火が燃え上がった。真一はそれを用意したたきぎに移す。
「問題は、これがあの化け物に通じるかどうかだな」
やがて焚き火が赤々と燃え出した。
「とにかく松明代わりになるようなもの作って、それから行こうぜ」
「ああ」
よかった。自分は感情だけで行動したが、かといって敵を退ける為のこれといったアイデアなんて何もなかった。
でも真一はそうじゃない。ちゃんと、それなりのプランをもっている。
真一がいてくれて良かった。
「……あの煙は」
瞬はジッと見ていた。谷間となっている崖に立って。
(あの煙……誰かがこちらに向かっているのか?)
瞬は用心深くジッと見詰めた。
(こっち側にくるには、この崖を飛び越えるか、遠回りをするか二つに一つ。
だが……晃司たちなら、この程度の崖は飛び越えるだろう)
その谷間はどう見ても幅が5メートル以上あった。
(晃司たちなら、そうやすやすと美恵に会わせるわけには行かないな)
瞬は少し後戻りすると、崖に向かって走り、そして、一気に飛び越えた。
(……飛んだ)
それを見ていた人間がいた。そう桐山だ。
早乙女瞬は勉強もスポーツも並よりやや上程度だった。
しかし簡単に飛び越えた。何より、そのフォームが芸術的だった。
桐山には一目でわかったのだ。並の身体能力ではないと。
(見失うわけにはいかないな)
桐山も同じように助走をつけると一気に飛び越えた。
「……!」
瞬は振り返った。
(なんだ?)
辺りはシーンとしている。
(気のせいか……何か音がしたような気がしたが)
だが気配は感じない。気のせいだろうと、瞬は再び歩き出した。
(……ばれなかったようだな)
桐山は少し離れた木の影から用心深く瞬を見詰めた。
(それにしても、あの煙は誰なんだ?どうやら、アレを目指しているようだが)
その煙は真一が焚いたものだった。もちろん、そんなこと桐山が知る由もない。
そして、その煙を発見したものはもう一人いたのだ。
「……あんな場所に。多分、三村たちだな」
攻介は「たく、やっと見つけたぜ。手間取らせやがって」とブツブツ言いながら煙を目指して歩いていた。
とにかくさっさと連れ帰ってやる。
嫌だっていうんなら、2.3発ぶん殴って大人しく言う事きかせてやるまでだ。
よりにもよって美恵の過去知ろうだなんて隼人が手を出してなかったらオレが殴っていたところだぞ。
そんなことを思いながら攻介は早足で現場に向かっていた。
「何も知らない民間人のくせに。よりにもよって……」
瞬間、攻介は全身で何かを感じた。
(なんだ……っ!?)
いる……何か、いる。姿は見えない。しかし、確かにいる。
それも、自分と同じように、あの煙を目指している。
(……そういえば隼人が)
思い出していた隼人から聞かされていたFシリーズの特性を。
F2は本能の強い原始的生物。
しかしF3は高度な知能を持った狩猟型生物だ。常に敵を求め、狩る相手を探している。
だからこそ、弱者より強者を。丸腰の相手より武器を持った奴を攻撃する。
「しまったっ!!」
攻介は走り出した。
(何てことだ!!奴等、あの煙を見て集まったんだ!!)
武器とは刃物や鈍器だけではない。普通の動物なら怖がる火も武器になる。
真一が化け物避けのつもりで作った火が皮肉にも呼び寄せてしまったのだ。
好戦的で狩猟を本能とするF3を――。
「川田」
川田が戻ると三村が待っていたように「相馬から連絡が入った」と言ってきた。
「相馬から?」
「ああ七原の娘を保護したらしい」
「そうか。そいつは良かった」
川田たちはそれぞれ無線機を持っている。ただ、この島では感度が悪くなかなか通じない。
「でも七原の息子のほうが行方不明らしくて七原は息子を探す為に相馬たちとはわかれたらしい」
「なんだって?あいつ一人で島の中を歩き回っているっていうのか?」
川田は頭が痛くなった。
「……相馬がついていれば心配することもないんだが」
「おい川田。七原は昔の七原じゃないぞ、仮にもプロなんだ」
三村は七原を信頼していた。頼りになる奴だと思っていたといってもいい。
中学生時代、校内の球技大会バスケの部で三村は天才ガードであるがゆえにマークされまくった。
それを助けてくれたのが七原だ。それ以来、信頼できる友人だった。
「三村……信じることと、頼りにすることとは全く別なんだよ。
七原はいい奴だ。だが、いい奴過ぎる。あいつは優しい上に直情型の人間だ」
「何がいいたんだよ」
「いいか、これはあくまでもオレの例え話だが……」
川田は煙草を取り出すと火をつけながら言った。
「もしも……もしもだ。七原の息子が死体で見つかったらどうなる?」
三村の表情が固くなった。
「あいつのことだ。パニック状態だろうな。そして時間がたって冷静になったらどうなる?
おそらく自分を責める。守ってやれなかったことをひたすら悔やむだろう。
そんな時に敵さんが登場したら七原は息子の後を追うことになるだろうな」
「……そうか。確かに七原ならそうなる」
「おまえさんならオレは心配しない。おまえは冷静な奴だ。
だが七原は、優しすぎて冷静になりきる事は出来ない。例え、あいつが今までどんな生き方してこようともだ」
それは仮にも反政府組織にはいって実戦での修羅場を潜り抜けてきた七原に対しては厳しすぎる言葉だったに違いない。
だが三村は否定できなかった。
確かに親友の自分より川田のほうが厳しく七原を評価できる。
そして川田は洞察力にも優れている。
「……なあ川田。もしも、七原の息子がやられたら、あいつはどうなる?」
「……考えたくも無いな」
川田はほとんど吸っていない煙草を床に落とし火を踏み消した。
「これが相馬や千草なら怒りとなって場合によってはパワーアップだろうが……七原は抜け殻になるぞ」
「……まいったな」
三村は頭を抱えた。
「それで相馬たちは今どこに?」
「それが途中で通じなくなったんだ。まったく、どうなっているんだ、この島は。
杉村たちともさっきから連絡取れないし」
「よし、そろそろ行くか」
真一は立ち上がった。
「ああ、早く美恵の顔を見たいよ」
「とにかく足元には気をつけて……」
と、言いかけて真一は言葉を飲み込み辺りを見渡した。
「三村?」
真一はゆっくりと振り向き、背後のほうもジッと見た。
「どうしたんだよ三村」
「……いや、何かいたような気がしたんだが気のせいだったみたいだ」
「なんだ、脅かさないでくれよ。さっさと行こうぜ」
海斗は駆け出していた。
「……ああ」
真一も辺りを気にしながら一歩踏み出した。
(……本当になんだったんだ。一瞬、殺気みたいなもん感じたが。
まったく、オレも意外と臆病者だったんだな。おじさんが聞いたら笑い飛ばされてるぜ)
しかし、次の瞬間真一は全身鳥肌が立つくらいの何かを感じた。
(……なっ)
なんだ、なんなんだコレは!?いる、何かいる、勘違いじゃない!!
寺沢……まずい、何かいるぞ。
声が出なかった。それほどの恐怖が真一の全身を駆け巡っていたのだ。
そして真一はみた。キラッと暗闇の中何かが光ったのが。
「……あれは?」
「何してるんだ三村!さっさと避けろっ!!」
ドンッ!……背中に衝撃が走り、真一は前のめりになって地面に倒れていた。
その頭上を何かが走った。
そして、カッと音がした。真一はその音がした方向を見た。
地面にナイフが突き刺さっている。
「……な、なんだ!?」
ナイフ、なぜナイフなんかが?
いや、飛んできたということはオレを狙ったということか?
「さっさと立て!!」
真一の腕がつかまれ、強引に立たされた。
「……え、蛯名」
攻介だった。
「ど、どういうことだ!!何がどうなっているんだよ!?」
突然の事で海斗も平常心を失っている。
「決まってるだろ!連中が襲ってきたんだ!!」
「で、でも……火がついてるんだぞ、動物は火を本能的に怖がる……」
海斗が言葉を全て言い終わる前に攻介が叫んだ。
「連中を普通の生き物と一緒にするなっ!!」
「行けっ!早くしろ!!」
「蛯名、おまえは?」
「いいから行けって言ってんだ!一般人は邪魔なんだよ!!」
海斗は真一の腕を引っ張った。
「行くぞ三村」
「おい待てよ」
「寺沢の言うとおりだ、さっさと行け!これは軍の問題だ、おまえたちには関係ない!!」
真一と海斗はまだ途惑っているようだったが、二人とも決意したのか走っていった。
二人の姿が見えなくなると攻介は懐から相棒を取り出した。愛用のベレッタだ。
(さあ来い化け物。科学省がどんな化け物を作ったのかしらないが格の違いを教えてやる)
攻介は身構えた。
(……いる……一匹、二匹……3、4、5……まずいな大人数だ)
これは相当覚悟がいるな。
そう思った攻介だったが、連中の動きに変化が出た。
(……なんだ?)
一匹はなれていく、いや二匹……三匹……どういうことだ?
敵はおそらくF3だ。それが戦う前から逃げるのか?
いや、連中は好戦的だ。その連中が動くということは――。
「……来る」
瞬はジッと前方を見詰めていた。
「どうやら気付かれたようだな」
上手く気配を消して移動していたが、気配を消すというのは意外に疲れる。
だから油断して気配を消すのをやめた。瞬間、連中がやって来た。
どうやら、あの煙のほうに集まっていた連中らしい。
それが、ターゲットを自分に変えた。
いや……ターゲットは自分ひとりではない。
もう一人いる。自分の背後にもう一人。
好戦的なF3が動くということは。
さらに強い奴を発見したということだ――。
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