「長官、客船がA地点に到達しました。後、10分ほどで島に到着します」
「そうか。よし、島にある全ての隠しカメラを作動させろ」
科学省長官、宇佐美章一郎(うさみ・しょういちろう)は煙草に火をつけながらソファに深々と座った。
「しかし、教育委員会が赤字で、プログラム運営が他の部署にまわって来たのは本当にラッキーだった。
先月の深咲中学校同様、プログラムで全員死亡と見せかけて、あの島に送り込むことができるのだからな」


「長官、長官!!」
「何だ、騒々しい」
「大変です。生徒達の名簿を洗い流していたんですが、飛んでもない事が発覚しました」
「飛んでもないこと?」
「生徒の中に他の軍部に所属している者が数名紛れ込んでいるのです」
「な、なんだとぉぉー?!」
「諜報部の菊地直人、立花薫、鳴海雅信。陸軍の周藤晶、和田勇二。
海軍の佐伯徹、氷室隼人、瀬名俊彦。空軍の蝦名攻介。計9名です」
「……やはり、『奴等』の存在に気付いていたのか。『奴等』を捕獲するのが目的だな」
「そ、それに……桐山財閥の御曹司も」
「桐山財閥?……まさか、あの桐山和雄か!?あいつは他の中学にいるはずだ!!」
「それが二年の終わりごろに転校してきたらしくて」
「……晃司たちからは何の連絡もなかったぞ。……あいつらめ」
「どうします?」
「……仕方ないな。今さら中止するわけにはいかないだろう。
引き続き計画を実行しろ。それからプログラムの結末はわかっているだろうな?」
「はい。春見中学3年B組は首輪の時間切れにより全員死亡、優勝者無しですね」




Solitary Island―9―




「見ろよ島だ。島が見えるぞ!!」

誰かが叫んだ。心なしか明るい声だ。 何しろ3日ぶりの陸地なのだから。
それに島があるということは、きっと人だっている。誰もがそう思った。
楽観的な考えかもしれないが、誰もがこれで助かる、そう思っていたのだ。
この島が無人島かもしれないと考えるものは少数派だった。
美恵はゆっくりと上半身を起した。

(……島。これが、あの……)

不安そうに船室の窓から島を見詰める美恵 とは裏腹に、瞳は早速服を着替えている。


「よかった。これで家に帰れる」

瞳はもう全てが終わったと思っているようだ。

「今日放送の遊々白書見逃したらどうしようかと思ったんだ。本当によかった」














晃司は旅行用鞄を開けると、その底を取り外した。
二重底になっていて、そこには分解された銃と銃弾が詰め込まれている。
慣れた手付きで組み立てると、ほんの十数秒で拳銃が完成。それを上着の中に隠した。

「ふーん、やっぱり持ってたんだ。いけないなぁ、銃刀法違反だよ」

クスクスと笑い声。同室の立花薫だ。 その手には、やはり銃が握られている。
「こんな豆鉄砲でどうにかなる相手ならいいけどね」
晃司は振り向かずに立ち上がった。 まともに会話をする気にもならない。


「ねえ晃司。彼女はどうするんだい?」


すると晃司は、振り向いた。もっともチラッと一瞬振り向いただけで、また元に戻ったが。

「彼女は武器なんて持ってないだろ。いくら何でも素手で戦えなんてムチャ言うんじゃないだろうね?」
美恵には志郎がついている。おまえには関係ない」
「志郎一人で彼女を守るのかい?ねえ晃司」
「なんだ?」
「僕が守ってやってもいいんだよ。その代わりに彼女を僕にくれないかな?」














「志郎。奴等の情報を教えてくれないか?」
速水志郎と氷室隼人も同室だった。
そして2人とも修学旅行にはおそよ不似合いな銃を隠し持ってきていた。
「特に奴等の弱点を」
「……おまえは奴等を捕獲しにきたんじゃないのか?」
「いや、オレは奴等が実際に存在しているのか、それを確認するように言われているだけだ。
奴等と戦えとも、ましてや捕獲しろとも命令は受けていない。後は、どう動こうがオレの勝手だ」
それから隼人は幾分躊躇いがちに言った。


美恵 はどうする?島に上陸させるのか?」
「ああ、そうだ。美恵 はオレが守る、その間に晃司と秀明が奴等を殺す」
「……相変わらずムチャな連中だな。それと一つ言っておくが」
隼人は銃の撃鉄を引いた。

「2人じゃない。3人だ」

「?」
「オレも奴等と戦う」














「ああ本当によかった。これで家に帰れるというものですね」
窓から島を眺めながら感慨深げに語る委員長こと邦夫。
「両親にも心配かけましたが、これでやっと……」
「羨ましいな」
「はい?」
「羨ましいといったんだよ。委員長は親父さんやお袋さんに愛されているんだな」
委員長の同室の相手は三村真一だった。
「ええまあ……2人とも教師ということもあって厳しいですが」
「オレはお袋は最初からいなかったし、親父には厄介者に過ぎなかったからな」
その言葉に邦夫はハッとした。
クラスメイトたちの一通りの家庭事情は知っている。確か真一は父子家庭だった。


「す、すみません三村くん。そんなつもりじゃ……」
「なんで謝るんだよ?」
「……それはその」
「ああ悪い。気を使わしたようだな。気にするなよ。
オレは親父とのことは何とも思ってないんだ。それに……父親みたいなひとだっているし」
「父親みたいなひと?」
「ああ近所にすむ医者で、もしかしたら医師免許持ってるかどうかかもあやしいひとだよ」
「まさか!!む、む……無免許医!?」
生真面目な邦夫は卒倒しそうなくらい驚いている。


「ハハ、本当に委員長は真面目だな。安心しろよ、腕は確かだから」
「……で、ですが、人様の命を預かるのに無免許とは……」
「命にかかわる重病人は来ないような小さな医院なんだよ。
親父の昔からの知り合いで、オレは色んなことを、その人から教わった」
「例えば?」

「女の抱き方」
「……お、おん……女の抱き方ぁぁー!み、三村くん!……そ、それは…それは…!!」

「冗談だよ。本当に面白いな委員長は」
「じょ…冗談ですか……ああ、寿命が3年縮まりました」
「帰ったら、おじさんには一番に会いに行こうと思ってる」
「そうですか。いい方なんですね」
「ああ、そうだ。オレの理想の男だよ。いつか、おじさんみたいな男になってやることがオレの人生の目標なんだ」


それから真一は荷物の整理を始めた。とりあえず貴重品は船には置いて置けない。
携帯、それに財布……他には…。

「……これも置いてはいけないよなぁ」

定期入れの中に一枚の写真。女の写真だ。
もちろん、そんなものの中に大切にしまってあるということは特別な相手であることを指している。
写真の中にいたのは天瀬美恵だった。




『いいか真一。誰かを好きになるっていうことは他の女なんか眼中に入らないくらい、そのこに夢中になることだ。
そういう相手が出来たら全力で守ってやれよ』





「その通りだよ、おじさん。でもライバルが多すぎる」

「え?何かいいましたか?」
「なんでもない。独り言だよ」

真一は思い出していた。半年程前に美恵 を意識するようになった時のことを。
そして、それを尊敬するおじさんに話したときのことを。
父とは週に数えるくらいしか口もきかない。
そのおじさんがいなければ、今でもその気持ちは心の奥底に封印され、誰にも知らせることはなかっただろう。














「おじさん、ちょっといいかな?」

いつになく神妙な面持ちで話し掛ける真一。
おじさんは煙草を吸いながら(医者のくせにヘビースモーカー。近所でのあだ名はヤブ医者だ)少々キョトンとしながら次の言葉を待った。

「まずいんだ」
「まずい?何がだ?赤点でもとったのか?」
「……違うよ。一緒のクラスの女なんだけど」
「真一。おまえ惚れたな」
真一の次の言葉を待たずして飛んでもないことを言い放った。しかもニヤニヤして。


「……まだ何も言ってないだろ!!」
「隠すな隠すな。おまえのことなんかお見通しなんだよ。おまえがオムツしてる時から見てたんだからな。
オレを甘く見るなよ。それにしても、おまえがなぁ」
「……たくっ。言うんじゃなかったよ」
「まあそう照れるな照れるな。で、どんな女だ?」
真一は普段生意気そうな顔からは想像もつかないくらい真っ赤になって写真を1枚差し出した。
「……真一」
「……何だよ」
次の瞬間、真一はいきなりグイッと首に右腕を絡められ、しかも頭を左拳でグリグリやられていた。


「このマセガキめ!いい女じゃないか!!」
「痛ッ!何すんだよ!!」
「で、どこまでいった?キスくらいはしたのか?」
「するわけないだろ。まだ付き合ってもないのに!!」
「はぁ?まさか、おまえ告白もしてないって言うんじゃないだろうな?」
「……その、まさかだよ」
「くぅ~…、おまえがそんなに度胸のない奴とは思わなかった。情けない。さっさと押し倒して来い!」
「変なこというなよ。それに……」


「それに何だ、まだ何かあるのか?」
「どうも彼女好きな男がいるみたいなんだ」
「なんだ、いるみたい…てのは」
「クラスに佐伯と立花っていうメチャクチャ女にモテる奴がいるんだけど、2人とも彼女にアタックしてるんだよ。
でも今だに落ちてない。オレの勘なんだけど……彼女辛い恋をして、それを引きずってる。そんな感じがするんだ」
「……よく、わからないが複雑な事情があるようだなぁ」
「それに」
「それになんだ?」


「怖いんだよ。オレは彼女をちゃんと好きでいてやれるのか……って」


「………」
「親父みたいになるのが怖いんだ」
「……真一」
「おじさんも知ってるだろ?親父は……女はとっかえひっかえだから。オレも、いつかああなるかもしれない」














「フンフ~~ン♪……あれ、天瀬さん嬉しくないの?あたしたち助かったんだよ」
「…もちろん嬉しいわよ」
「他のみんなも起きてるだろうし、早く着替えて食堂に行こう。きっとみんな集まってるよ」
「……そうね」














(港がない。それに見た感じ人工物らしきものも)

桐山は船のデッキから注意深く島を見詰めた。
このスピードなら島に到着するのも後数分だろう。だが、桐山は他の連中のように素直に喜べなかった。
いや、仮に助かったとしても、喜べたりしない。そんな当たり前の感情を知らないから。
「……?」
桐山は妙だな、と思った。 船のスピードが落ちない。それどころか上がっている。

「……激突するのか?」

次の瞬間、桐山は走り出していた。 32号室だ!!




「あーあ、最悪の修学旅行だったな。でも、これでようやく家に帰れるよ」
帰ったらまずマッサージだな。それとも旅行のやり直しでもするか? 学校サボって南の島に。
母に言えば、反対するどころか「賛成。あたしも丁度行きたかったのよ♪」と呆気なく了承するだろう。
相馬洸はデッキのベンチに腰を降ろし、楽観的に考えていた。
桐山が我を忘れて全速力で走り出すまでは。
「何だ?」
それからチラッと島のほうを見た。すごい勢いで迫っている。
いや……船が突っ込んでいるのだ!!














「キャアッー!!」
「望月さん!!」

船のスピードが激突音と共に止まった。その勢いで瞳の身体が壁に向かって吹っ飛ぶ。
美恵 が反射的に飛びついて抱きかかえなければ、間違いなく壁に激突していただろう。
ゆっくり立ち上がると桐山が部屋に飛び込んでくるのが見えた。

天瀬!!」

「……桐山くん」
「大丈夫か、天瀬?!」
「私は大丈夫よ。でも望月さんが」
壁に激突は免れた。しかし、精神的ショックが大きかったのだろう。美恵 の腕の中でガタガタと震えている。
次の瞬間、船全体がグラッと傾いた。 美恵 と桐山の身体も僅かにバランスを崩す。
そして、ガツーンッ!!と大きな音が海底から聞こえ、船の動きは止まった。
どうやら岩か何かにぶつかったらしい。


「立てるか?」
「ええ」
美恵は桐山が差し出した手に、自分のそれを重ねた。
「早く上陸したほうがいいな」
「待って、この島が安全かもわからないのに」
「話し合っている暇はない。いつ沈むかわからないんだ」




【残り42人】




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