白をはじめ淡い色の清楚な花々が咲き乱れている
そこは秘密の花園だった
少なくても美恵
にとっては
綺麗な花々を腕一杯に摘むなんて普通の少女には珍しくもないことだが、美恵
は違った
こんな時間は本来なら持てなかった
そんな境遇に生きる少女だったのだ
ある日、それはやってきた
花飾りを作るのに夢中になっていて気付かなかった
いつの間にか目の前に少年がいることに
「美恵
……か?」
――と、声を掛けられるまでは
Solitary Island―8―
「もう嫌!あたし家に帰る!!パパやママの所に帰る!!」
ついに泣きわめく奴がでてきた……貴弘は顔をしかめながらそう思った。
そのトップバッターは甘やかされて育った星野美咲だ。
「何よ!!あたしだって帰りたいんだよ、もう泣きたいのはこっちだよ!!」
つられてわめき出したのは五十嵐由香里だ。
金髪に近いくらいの茶髪、中学生にしてはケバいくらいハデな化粧。
いつもは股を広げて煙草を吸ったり、男友達とひとには言えない様な付き合いをしたりと、
およそ涙など不似合いな女だが、まるで子供のように泣きじゃくっている。
「誠くん、あたしたちどうなるの!?」
「オレだってわからないよ……」
貴弘から見たら実に情けないの一言につきるだろう。
恋人をなだめることすら満足にできず不安げな表情で今にも泣き出しそうなほど情けない顔をしている椎名誠は。
貴弘は周囲を見渡した。 美咲、由香里、そして菜摘に続き他にもわめきたてる奴が出るのも時間の問題だろう。
今すぐ一斉に涙のコーラスを始めたとしても何の不思議もない。
平静を保っているのは自分の他には三村真一、相馬洸、寺沢海斗など少数派だ。
「冗談じゃないわ!!どうして、この私がこんなところで怯えなくちゃいけないのよ!!」
またしてもわめき出す女がでた。
学校でも5本の指に入るお金持ちのお嬢様、曽根原美登利だ。
「訴えてやるわ!!こんな船舶会社、パパに言いつけて潰し……」
凄まじい破壊音がして、泣きわめいていた連中も一人残らず一斉にある一点に振り向いた。
破壊されたものはコンピュータルームのデスクの上におかれていた灰皿だった。
壁に勢いよく叩きつけられ、コナゴナになって床に散らばっている。
「言いたいことはそれだけか?」
いつもより口調が低くなっていた……杉村貴弘だ。
「どうした、泣きわめくのはもう終わりか?」
口調といい、表情といい……そう、貴弘は明らかに激怒している。
先ほどまで泣いていた女生徒たちですら、表情を強張らせ涙はピタリと止まっていた。
杉村貴弘は決して不良などではない。ケンカには強いが理不尽な暴力は一度も使ったことがない。
しかし怒らせると恐ろしい男だということはクラスメイトは誰もが知っていた。
特に、大金持ちの息子で(父親は軍事産業関係の会社社長)気位が高く、いつもクラスメイトを見下している仁科悟は冷や汗まで流している。
これは余談だが、悟は一度貴弘を本気で怒らせて半殺しの目に合った事がある。
だからこそ、クラスメイトたちよりはるかに貴弘の怖さを心の底からわかっているのだ。
全員静まり返り、まるで葬式会場のような重苦しい雰囲気が漂う。
クラスメイトたちが大人しくなったのを見届けると貴弘はクルリと背を向け歩き出した。
「す、杉村くん!!」
委員長の安田邦夫が慌てて貴弘の後を追った。
「ど、どこにいくんだい?」
「部屋に戻って寝る」
「も、戻って寝るって……こんな時に?」
「船は動き出した。そして、それに対処できる人間はオレたちの中にはいない。
動いたということは、いつかは止まるだろ?
それまで、こんな場所で時間を潰しているより睡眠でも取った方がはるかに建設的だ。違うか?」
「……た、確かに一理あるけれど」
「だったら問題ないな。オレは寝る。だから泣きわめきたい奴は今の内に思う存分泣くんだな」
「杉村くん、その言い方は……君は強い人間かもしれないけど、みんな不安なんだよ。特に女の子は……」
「母さんが言ってたぜ。非常時に臆病な人間にレベルを合わせることはない、常に己を保っていろ…とな。オレもそう思う。だから寝る」
呆気に取られているクラスメイトたちを余所に貴弘はさっさとその場を後にした。
真直ぐ部屋に戻ろうとしたのだが、その前に一つ気になることがあったので一度食堂に戻ることにした。
食堂には先ほど自分が気絶させた隆文と、桐山をはじめ遭難してから冷静さを保っていた連中がいる。
しかし2人いない。堀川秀明と天瀬美恵だ。キョロキョロと、その広い食堂を見渡したがやはりいない。
「天瀬は?」
「ああ、彼女なら部屋に戻っている。今頃はベッドの上だろう随分と疲れていたからな」
蝦名が簡単に説明してくれた。
実際には倒れて秀明に運ばれていったのだが。
「……そうか」
それだけ聞くと貴弘は食堂を出て行った。
「確か32号室だったな」
誰かがいる。額に手を置いている。
おぼろげな意識だったが、それだけはわかった。
……誰?
「……晃司?」
「答えはNOだ」
その声に、美恵は今一度相手の顔をジッと見た。
「……秀明。私どうしてここに?」
「倒れたんだよ」
「あなたが連れてきてくれたの?」
「ああそうだ」
「そう……ありがとう」
「気にするな。こういうこともオレの仕事みたいなものだからな」
秀明は、まるでよしよしというように美恵の頭をなでた。
「夢を見てたの」
「夢?どんな内容だ?」
「……4年前に晃司に再会したときの夢」
「そうか」
「……秀明」
「なんだ?」
「いつから知ってたの?」
「二日前だ。このクラスが候補に上がっていたからオレたちは来た。
有力な情報だったが確信がなかった。だが、このクラスだった」
美恵の頭を撫でていた手が止まっていた。
「おまえは逃がすつもりだったんだがな。世の中、上手くいかないこともある」
「あなたと晃司が遂行しようとした任務は何?」
「奴等を全滅させる。連れて帰りたい奴もいるが、オレたちは違う。
そのために、オレと晃司は、あの島に行くつもりだ」
「……あなたたち…!」
美恵が上半身を起した。
「あなたと晃司だけで、あいつらを全滅させるつもりだったの?!」
「そうだ。あいつらの存在が公になったら科学省の上の連中は処刑されるかもしれない。
だからオレたちに奴等を殺せと言ったんだ」
「そんな!!そんなバカな命令に従うつもりなの!?
自分達のミスの後始末をあなたたちに押し付けるなんて……!」
「オレは平気だ」
「私は……!」
美恵の頬に二筋の透明の液がが流れていた。
「……私は平気じゃないわ」
「……あなたたち今までどんな生き方してきたの?」
「美恵?」
「私と離れてから……どんな生き方してきの?」
さらに美恵が何か言おうとした時だ。秀明が美恵の口を押えた。
「……喋るな。誰か来た」
それから数秒後だった。コンコンとドアをノックする音が聞こえたのは。
「天瀬、杉村だけど入ってかまわないか?」
「杉村くん?」
美恵は少し困ったように秀明を見詰めた。
そんな美恵の気持ちを知ってか知らずか(おそらくは後者だろうが)秀明は立ち上がった。
お邪魔虫は退散するつもりでいるらしい。
「秀明待って、一つだけ聞かせて」
「……?」
「本当にあんな危険な奴等を全滅させられると思っているの?」
「不可能だ。他の奴等ならな」
「………」
「オレと晃司なら可能だ。それともう一つ、おまえは何も心配することはない。
オレと晃司は傍にはいられないが、おまえには志郎が付き添うことになっている。
だから、おまえは何の心配もいらない。手が空いたらオレもおまえを守ってやる」
「……この場合、ありがとうって言った方がいいのかしら?」
「別に必要ない。おまえを守るのはオレの義務らしいからな」
ドアを開くと貴弘が少々驚いた顔をして秀明を見詰めた。
それもそうだろう。何しろ2人は学校では話をしたことがあるのか?というくらい距離をとっている間柄だったから。
とにかく貴弘は、何か不審なものを感じた。
そう言えば、秀明とつるんでいる晃司や志郎、それに徹や雅信、とにかく士官学校への進学が内定している奴等全員、様子が変だった。
こんな事態になっても全く動じていない。
中学生離れした冷静さを持っているのか、それとも他に理由があるのか。
「杉村くん、私に何か用があるの?」
そうだ。今は余計な事は考えなくてもいいだろう。
「大丈夫か?蝦名に聞いたけど随分疲れているみたいだな」
「大丈夫よ。もしかして、それで様子を見にきてくれたの?」
「ああ気になったから」
「そう…ありがとう、杉村くんは優しいのね」
「堀川も天瀬の様子を見に来たのか?」
「ううん、彼は私をここまで連れて来てくれたの」
「ふーん、意外だな。そんな奴には見えなったのに。佐伯や鳴海なら話はわかるんだが」
それで美恵は恥ずかしそうに俯いた。あの2人が美恵を挟んで低レベルなケンカを繰り返しているのは日常茶飯事。
とはいえ、やはり当事者の美恵には恥ずかしいものなのだろう。
「もしくは桐山なら」
「桐山くん?どうして桐山くんが…?」
「なんだ、もしかして気付いてなかったのか?あいつ絶対に天瀬に惚れてるぞ」
確かに桐山がまともに口をきくのはクラスの中では美恵だけだ。
この船が異常事態におちいった時も真っ先に駆けつけてくれた。
そして先ほど徹を激怒させた、あの言葉。
桐山はもしかして自分に好意を持ってくれているかもしれない。
自惚れなどではなく、素直にそう思う。しかし、なぜ貴弘がそれを知っているのか?
いくらクラスの女生徒で唯一桐山と親しい間柄とはいえ、とても愛を語る恋人同士なんていう雰囲気ではなかったはずだ。
「簡単だ。見ていればわかる。あいつが特別な感情を持ってることくらい。一目瞭然だ」
美恵の思っていることを察したのか、美恵が質問する前に、貴弘は答えていた。
その言葉が終らない内に美恵の頬は僅かに紅く染まっている。
桐山が自分に惚れている……悪い気分ではない。
むしろ、すごく嬉しい。そう言っても過言じゃないから。
でも、本当に貴弘の言うとおりなのだろうか?
桐山は恋愛感情など持っているのかさえあやしい男だから。
「……でも杉村くんの勘違いじゃないの?私は桐山くんに好意持たれるほど美人でもないし」
「何言ってるんだ?天瀬がブスなら、うちの学校に美人は一人もいないだろ?」
「鬼頭さんや委員長は美人じゃない」
「ああ、確かにあいつらも世間的に言えば美人の内に入るだろうな。
でも天瀬の方がいい女だ。何しろオレがいい女だと思ったのは今まで生きてきて2人しかいないからな。
天瀬は、その一人だ。だから自信を持っていい」
「知らなかった、杉村くんって案外キザなこというひとだったのね」
「そうか?」
「ねえ、そのもう一人って誰?もしかして初恋の人?」
「オレの母さんだ」
夜が明けようとしていた――。
あれからどうなったかと言えば、やはり誰も具体策を出せず、疲れも出ていたことから全員それぞれの部屋に戻ってベッドに入った。
もちろんベッドに入ったからと言って眠れぬ夜だと言うことは変わらなかった。
だが、この二日間何も出来ずにただ不安な思いに駆られていた肉体が素直に休息を求めたのか、自然と眠りについてしまった。
そして窓から日が差し込んできたとき、彼等の目に映ったもの。
それは――島だった。
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