かつて、この国の恐怖政治の象徴とも言えるゲームが存在した。

共和国戦闘実験。通称プログラム。

最後の一人になるまで殺し合わせる最悪の椅子取りゲーム。
そのゲームから逃れたものは一人もいない。

――いや、いないはずだった。
そして現在ゲームは新しい形で進化しようとしていた――。




Solitary Island―7―




「……寂しいものだな、息子が家にいないのは」
そう、ぼやいているのは杉村貴弘の父親だ。写真立てには自分、妻、そして幼い時の貴弘。
一口に家庭と言っても色々な家庭がある。この春見中学校3年B組の生徒達の家庭もそうだ。
母子家庭の生徒もいれば、父子家庭の生徒もいる。
継母を持つ者もいるし、初めから家族などない者もいる。
両親が揃っていても冷たい家庭で育った者も。
そんな中、杉村貴弘は理想的な家庭で育ったといっても過言ではない。
温厚で真面目、出世するタイプではないが愛情深い父親。
気丈で芯が強く、そして銀幕から飛び出したと思えるくらい美人の母親。
何より夫婦仲がよく、一人息子の貴弘を心から愛し育ててくれた。


「船なんて……難破でもしなければいいんだが」
「何言ってるのよ」
半分呆れたような顔をした妻が、コーヒーを差し出してきた。
「たった4泊5日じゃない」
「……それは、そうだけど」
「いい加減に子離れしたら?後、数年もすれば嫌でも親から離れていくのよ。
特に、あの子は自立心の強い子だし」
ピンポ~~ン♪玄関のベルがなった。

「誰かしら、こんな時間に」
「ああオレがでるよ」

――それから、ほんの数十秒後だった。


「ふざけるなぁぁぁー!!」


――怒声が響き渡ったのは。


「貴弘を!うちの息子を何だと思っているんだー!!」














「どういう事だ?」
呆気に取られる貴弘。その隣で、やはり一瞬呆けた真一だったが、飛び込むように操縦室に入った。
「メインコンピュータが自動操縦している」
「自動操縦?どういう事だよ?!」
続いて部屋に飛び込んだ海斗が質問をぶつけた。
「オレにわかるわけないだろ。わかるのは、この船は誰かが操縦してるんじゃない。
コンピュータが故障して勝手に動いているか……」
「違ーう!この海が異次元だから、その電磁波を受けてコンピュータが誤作動してるんだ!!」
「おまえは黙ってろ!!」
勝手に盛り上がった雄太だったが、貴弘の鉄拳で吹っ飛び、そのまま気絶。大人しくなった。


余計な邪魔が入ったが、真一は改めて冷静に喋り出した。
「……さもなければ、最初からインプットされていたんだ」
「インプットされていた?どういう事だ三村」
「知るかよ。だが、実際に船は自動操縦されてんだぜ。
オレたちを乗せたままな!!」
「……このまま指をくわえて黙ってろってことか?誰か操縦できる奴はいないのか?」
「……杉村、ムチャいうなよ。こんな大型船の免許を中学生がもってるわけないだろ?」














「……桐山くん、変なことをいうのはやめてくれないか?」
「変なこと?」
「断っておくけど彼女はオレの……」
「佐伯くん、やめて。お願いだから……」
その時、美恵の精神の糸がプッツリと切れた。フラッと身体が傾き、そのまま崩れてゆく。

「……美恵?」

徹の目が僅かに丸くなる。そして、次の瞬間美恵の身体は床の上に倒れていた。
美恵は、この二日間寝てない。
いや、実を言うと修学旅行が始まってから、ろくに睡眠をとってなかったのだ。
その上、食事もあまり喉を通らず、その蓄積したものが一気に表面に出たのだろう。


天瀬?」
美恵!どけ桐山!!」


美恵が倒れると同時に徹が桐山を突き飛ばし走っていた。
誰かがスッと美恵を抱き起こした。徹ではない。
そばにいた雅信や薫でもない。高尾晃司だった。


「……貴様」
でばなをくじかれた徹が悔しそうに晃司を睨む。もっとも晃司は、そんなことはお構いなしだ。
「熱は無いな。ただの疲労だろう。秀明」
「何だ?」
「部屋に連れて行け。しばらく寝れば良くなる」
「ああ、わかった」
秀明が美恵を抱き上げ(俗に言うお姫様ダッコだ)食堂から出て行った。
その後姿を雅信と徹が恨めしそうに睨んでいる。
もっとも秀明は、そんなことはお構いなしだが。














「……海斗が?」
寺沢海斗と父親の関係は冷めたものだった。
海斗の父は所謂仕事人間で家族にはあまり興味が無く、母親はそんな父に愛想を尽かし新しい再婚相手を見つけ家を出て行った。
当時、小学校にあがったばかりの海斗を捨てて。
その後、父は再婚したが、新しい母は決していい母親ではなかった。
しかも継母には息子と娘が一人ずつおり、そして父は再婚後は家のことは後妻にまかせ相変わらず仕事に打ち込むだけ。
誰も海斗をかまってくれる人間はいなかった。
それどころか継母や義理の兄姉たちに邪魔者扱いされたと言っても過言ではない。
しかし事業のことで頭が一杯だった父はかばうどころか、海斗の寂しさに気付きもしなかった。
そんな冷たい父だったが、さすがに桃印を押された書類を突きつけられた時はショックを隠しきれなかったようだ。
もっともショックを受けただけで、貴弘の父のように軍服の男たちに掴みかかるなどということはしない。
ただ、もう会う事はないであろう息子の顔を思い浮かべ、その書類に印を押すと書斎にこもった。
それだけだった。














「……そんな……」
幸雄と千秋の母は顔面蒼白になって倒れかけた。
隣人が、その殺伐とした雰囲気に気付き駆けつけ支えてくれなかったら、玄関のタイルの上に倒れていただろう。
「……嫌よ」
「奥さん、落ち着いて」

「冗談じゃないわ!!あの子たちを……!!
こんなことに、こんなことに参加させるために育ててきたんじゃないわ!!」

そうだ。彼女の夫は、ある事情で家を出た。つまりは離婚だ。
夫が家を出てからもう5年ほど経つ。その間、2人の子供たちを女で一つで育ててきた。
並大抵の苦労ではなかったが、2人とも本当にいい子に育ってくれた。
その子供たちが、命より大切な子供たちが……。

「認めない、絶対に認めないわ!返して!!子供たちを返してください!!」

「奥さん、逆らったらあなたまで!!」
そうだ。自分がわめいたところで子供たちの運命は変わらない。

決して変わらないのだ――。














「では確かに報告したぞ。息子は名誉を与えられた。
お国の役に立つのだから、せいぜい誇りに思うことだな」
不遜な態度の兵士たちは、三村真一の父親が書類に印を押すのを見届けると、憐れみをこめた笑みを浮べ立去った。
真一と父とは普段から滅多に会話もしない関係だ。
幼い頃の真一の世話をしていたのは昼間は年配の家政婦で、夜は何と父の愛人だった。
母親はというと最初からいなかった。
父は真一からみても優秀な人間だったが、異性関係は決してそうではない。
物心ついたときから、入れ替わり立ち代り何人もの女を見てきた。 どの女とも長続きしなかった。
子供の頃は自分の境遇を呪ったこともあったが、中学に上がった今はもうあきらめに変わっている。
中学を出たら、どこでもいいから家を出たい。
父を嫌っていたわけではなく、ただ自分は同じ人生を歩みたくない、そう思ったのだ。
そんな真一の気持ちに父が気付いていたかどうかは疑問だ。
だが父は玄関のドアを閉めると、そばにあった置物(靴箱の上に置いてあったガラス細工だ)を壁にたたきつけた。

「……クソッ!!あいつら、ついにやりやがった!!」

ハデな音と共に、ガラス細工がコナゴナに砕け散り、辺り一面に飛び散った。

「……いつかやるとは思っていたが、まさか真一のクラスでやるなんて」














「どうしたのよ!?」
温厚な夫の叫び声にもにた怒声に妻は驚きながら走ってきた。
そしてすぐに表情を強張らせた。 サブマシンガンをもった軍服の男が数人立っているのだ。
「これはこれは、お美しい。貴様みたいに無骨な男には勿体無い妻だな」
「……ここに何の用なの?」
「喜びたまえ。君の息子に名誉ある『プログラム参加』が認められた」
その瞬間、貴弘の母は心の中で何かが砕け散るのを感じた。
「杉村貴弘。随分と優秀な息子だな。成績は常にトップクラス。
空手四段、柔道初段、合気道二段。 特に空手は中学一年の時に県大会で優勝しているほどの腕前。
その時の決勝戦の相手は前年度の全国チャンピオンとは。
顔も写真で見る限りは実にハンサムだ。母親に似たんだな」


そうだ。そんな男に言われるまでもない。貴弘は実に優秀な息子だった。
だが、そんな事は今はどうでもいい。
問題は、その息子が……世紀の悪法プログラムに投げ込まれようとしている。
それだけだった。

「ふざけないでよ!!」


つい数十秒前、軍服の男に掴みかかっていたのは貴弘の父の方だった。
しかし今、貴弘の父は、その男に掴みかかっている妻を後ろから羽交い絞めをかけ必死に制していた。














「……クソッ。どうなっているんだ?」
それは貴弘のみならず、その場にいる全員の気持ちだった。
本当なら、もっと疑問はある。 この船はどこに行くのか?何より自分達は無事に家に帰れるのか?
しかし、貴弘がその疑問を口にすることはなかった。
背後から嗚咽や不安の言葉が波の様に聞こえ出したからだ。
「あたしたちどうなるの?!」
まず最初に叫ぶようにいったのは星野美咲だった。
小林静香も村瀬菜摘も、普段は明るい望月瞳まで泣き出している。
「……お母さん…」
普段は優等生で大人びいた落ち着きを持っている西村小夜子までだ。
貴弘は心の中で舌打ちした。

(……泣けばすむ問題じゃないだろう)

ひとのいい内海幸雄や、女に甘い根岸純平は必死になってなだめてやっている。
だが貴弘は、それとは反対に文句の一つも言ってやりたかった。
だが、ここで責めても何もならない。かえってクラスメイトたちの神経を昂ぶらせてしまうだけだ。
そう判断して苦々しくも口をつぐんだのだ。

(……全く、この女たちは)


(母さんとは大違いだ!!)




【残り42人】




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