あそこで生まれた人間が平穏な一生を送れるはずがない。
いつも怯えていた。
そして思った、彼と再会するときが、その時だと――。
だから会いたくなかった。
――でも、それ以上に会いたいとも思っていた。
Solitary Island―6―
『まるで、この世の果てとも思えるくらい澄んだ青い海。ただ水平線がはてしなく続く大海原。
我々が、この絶海に放り出されてから、すでに2日が過ぎようとしている。
なぜ、こんなことになってしまったのか?誰も答えを出せる者などいない。
だが、私は気付いていた。これは政府の陰謀だ。そう、恐るべき陰謀なのだ。
私が知っている事実は、あまりにも恐ろしく、そして敵はとてつもなく巨大な相手。
それを彼らに話すべきだろうか?私は正直言って迷っている。
彼等は、私同様、政府の恐るべき陰謀によって、その蜘蛛の巣に捕らえられた犠牲者なのだ。
彼等には知る権利がある。と、同時に私はこうも思っている。
彼等に真実を受け止められる強さがあるのか……と、いうことだ。
私が知っている事実を知れば、彼等は恐怖のあまりパニックになり自暴自棄になってしまうものも出てくるだろう。
やはり私の胸にしまっておくべきなのか……。
いや……遅かれ早かれ政府は作戦第二弾を発動させる。
そうなったら、私が話すまでもない。彼等は事実を知るだろう。
やはり、私の口から真実を話すべきだ。そう……政府の恐るべき陰謀、そして私たちの運命を……。
私たちは……政府によって宇宙人に売られたのだ。おそらくは人体実験用だろう。
私が睨んだ通り、政府は恐怖の宇宙人デビルグレイ(私が命名した)と裏取引しており、彼等の科学力と引換に、時々自国民を売り飛ばしているのだ。
やがて、私たちを捕獲しに、UFOがこの船の真上に現れるだろう。
それは今日かもしれない。明日かも知れない……』
「さっきから何真剣に書いてんだよ」
「オレたちに起る恐るべき真実を後世に残すための手記だ」
真剣に手帳に何やら怪しい手記を書き込んでいる隆文。
そんな隆文に康一は半ばあきれ返っていた。
無益なことをする暇があるのなら、自分のように、この最悪な状況を打開するため御祓いでもすればいいのに――と。
「だから、ここはバミューダトライアングルと同じなんだよ!!」
絶海に漂う船上で、すでに気力さえなくしてボーとしているもの、ただ泣き続けているもの、
はては苛立ち周囲に当り散らしているもの、とにかくまともな精神状態のものは少ない。
そんな中、熱弁を振るっている服部雄太は希少な存在だった。
「船や飛行機が忽然と姿を消し、その痕跡すら発見されない、魔の三角地帯バミューダトライアングル!!
オレたちは、そこに入り込んだんだよ!
そうじゃなきゃ何日も救助がこない理由がないだろ?オレたちは異空間に飲み込まれて発見されないでいるんだ!!
まさか、この国の近海にバミューダトライアングルと同じ超常現象が起きる場所があったなんてオレは今猛烈に感動している!!」
「服部」
「何?」
「おまえの主張はわかった。ひとつだけオレの意見を言っておくから、よく聞けよ」
「うん、何?」
「それ以上マニアックな話をしたら、おまえの脳天に踵落としが炸裂する。嫌なら大人しく黙って座ってろ」
「………!!」
雄太は少々真っ青になり、部屋の隅に移動すると座り込んだ。
何しろ雄太を黙らせた杉村貴弘はかなりキツイ性格でやるといったら絶対にやる男なのだ。
雄太が黙って座るのを見届けると貴弘はフンッとそっぽを向いた。
(どうして、このクラスには変な奴が多いんだ?)
しかし貴弘はこうも思った。
(まあ泣きわめくしか能がない奴よりはマシか)
そう、この船が遭難して二日目。最初はすぐに救助が来るだろうと思っていた連中もさすがに焦り出して来ている。
女子主流派の委員長グループはリーダーの千秋を除き全員泣いている。
なぐさめている千秋もかなり疲労している。もっとも千秋は幸雄が傍で支えてくれているから安定はしているが。
お嬢様の曽根原美登利に到ってはヒステリーすら起している。
千秋以外の女子で泣いていないのは、天瀬
美恵と鬼頭蘭子だけだ。
だが頼りにならないのは男子生徒も同じだろう。
あのオタク3人組は怪しいが泣きわめかないだけはるかにマシだ。
都築茂男や阿部健二郎はいつ切れてもおかしくないくらい苛々している。
お坊ちゃんの仁科悟もずっと爪を噛んでいるし、最悪なのは古橋大和だ。
「シャワーは?テレビは?オレもう堪えられないよぉ~」
と、男のくせにふざけた我侭を始終吐いている。
正直言って貴弘自身も普通なら不安を覚えるだろうが、不思議とそうはならなかった。
その理由は高尾晃司たちの様子だ。
あの12人は全く動じていない。まるで、こうなることがわかっていたかのように。
桐山和雄もそうだが、彼は元々ああいう性格なのだろう。
とにかく、あの12人は何か知っている。
自分達はこんな場所では死なない、そんな絶対的な確信すら感じる。
そう、少なくても……『ここで死ぬことは無い』という、そんな雰囲気を感じていたのだ。
「……ああ~…どうしよう、どうしよう……無線は利かないし船は停止したままだし……」
委員長の安田邦夫は2日間頭を抱え同じセリフを繰り返しつぶやいていた。
自分は委員長だ。責任がある。何とかしなければいけない。
そう自分がしっかりしなければ。だが名案はまるで浮ばない。
それどころか邦夫自身、精神的疲労のせいで今にも倒れそうだ。
「あんたが悩んだってどうしようもないだろ。座ったら?」
「……蘭子さん!!……そ、それは…そうかもしれないけど……
でも、僕には責任というものがあるわけで……ああ、何て言ったらいいか……」
「あんた絶対に早死にするね」
「……ハイ、おっしゃるとおりです」
「とにかく座りなよ。あんたの責任じゃないし、一人で背負い込む必要なんてないんだよ」
邦夫はとぼとぼと蘭子の隣に座った。
「……僕達、どうなるんでしょうか?」
「さあね。あたしにわかるわけないだろ?」
「……ハイ、おっしゃるとおりです」
もう、すっかり暗くなってきた。
どうやら今夜も眠れぬ夜を過ごさなければいけないようだ。
揺れた。いや、船が動いたのだ!!
全員がハッと顔を上げた。
完全停止したはずの船が動いたのだ。
「うわぁぁぁー!!」
ほぼ同時に隆文が恐怖に引き攣った表情で立ち上がった。
「グレイだぁぁー!!デビルグレイが来たァァァー!!す、すぐに逃げないとUFOにさらわ……」
そのセリフを言い終わらない内に隆文は前のめりになって倒れこんだ。
「うるさい、黙ってろ」
杉村貴弘が背後から隆文の後頭部に強烈な蹴りをお見舞いしていたのだ。
これでしばらくは静かになるというものだ。
しかし隆文ほどでは無いがクラスメイトの大半がざわめき出した。
「どういう事だ?」
それは貴弘のみならず、ここにいる誰もがそう思ったに違いない。
(操縦室だ!)
貴弘が走り出していた。
三村真一、内海幸雄、寺沢海斗、山科伊織が後に続くように全速力で走り出した。
しばらく呆然と見ていた他のクラスメイトたちも我に返った。
そして「誰かが操縦してるのよ!」「きっと救助が来たんだ!」と、それぞれ都合のいい想像を口にし走り出している。
後には美恵
と桐山、そして例の12人だけが取り残された。
「あなたちは行かないの?」
「必要ない。行き先はわかっているからな」
「そう……桐山くん、あなたは?」
「オレは天瀬の傍にいる」
「え?」
「天瀬の傍にいる。いけなかったかな?」
あまりにも突然の言葉に美恵
は何を言っていいのかわからなくなった。
「……いいわけないだろ?」
美恵 はハッとして振り返った。
佐伯徹が普段からは想像も出来ないくらい恐ろしい表情で立ち上がっていた。
「……どういう事だ?」
操縦室のドアを蹴破った貴弘は信じられないものを見たという表情で立ち尽くした。
「杉村!誰かいるのか!?」
だが操縦室の中を見た途端、貴弘と同じように真一も立ち尽くした。
「……誰もいない……何なんだ、これは」
操縦室には誰もいなかった。そう、人っ子一人いなかったのだ。
そして、ほぼ同時刻――生徒達の自宅に軍服姿の男たちが桃印の押された政府の書類を携え悪夢の通告をする為に訪れていた。
【残り42人】
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