「三村と寺沢がいないだと?」
二人が中々帰ってこないので様子を見に行かせたら二人の姿は跡形もなく消えていた。
まさか美恵のところに向かっているんじゃあないだろうな?
隼人のその予感は当たっていた。だが美恵のいる場所の正確な位置がわかるかどうか。


「まったくしょうがない連中だな」
攻介がしぶしぶ立ち上がった。
「オレが行って連れ戻してくるよ」
「悪いな」
責任を感じたのか隼人は一言謝罪した。
「よせよ隼人。あんたのせいじゃないんだし。じゃあ行ってくるぜ」
「攻介、早く帰って来いよ」
俊彦が念を押すように言った。
「ああ、じゃあな」




Solitary Island―78―




「おい坊主。どこに行く気だ」
突然、瞬が立ち上がってドアに向かって歩き出したので川田が質問した。
「何って、ちょっと」
「なんだ。用足しか?」
川田は煙草を灰皿に押し付けながら、「少しくらい我慢しろ」と呟くように言った。
こんな状況だ。なるべく単独行動は避けないといけない。
それは川田でなくても、そう思っただろう。
しかし瞬の場合は違う。瞬は単独行動でなければいけない理由がある。
「すぐに戻るよ」
瞬はドアノブに手をかけた。


「……秀…明……?」


しかし瞬は一瞬動きを止めた。
美恵……気がついたのか?」
徹が嬉しそうに言った。
「秀明……なの?」
視界が歪んでよく見えない。でも、ドアのそばにいる人影は秀明に見えた。
美恵、何言っているんだ。彼は早乙女だ、秀明はここにはいない」
しかし、徹の声は美恵に届かなかった。
どうやら、ほんの束の間の覚醒だったらしい。
美恵は再び眠りにはいったらしく、そのまま目を閉じ動かなくなった。


「……美恵」
徹はとてもがっかりしたが一瞬とはいえ目覚めたのだから、もう大丈夫だろうとも思いホッとした。

(オレを秀明と間違えたのか……)

一方、瞬は複雑な気分になった。
おそらく今、秀明は晃司や志郎と一緒に必死になって美恵を探していることだろう。

(……オレ一人で三人まとめてやれるだろうか?
いや……おそらく不可能だ。やはり、連中を覚醒させるしかない)

瞬はもう一度だけ美恵を見た。

(悪いが、おまえの大切な秀明には死んでもらう。だが、すぐに後を追わせてやるよ)














「く、くそ!」
幸雄は必死になって岩にロープをこすりつけた。

まだか、まだ……クソ、あいつらの鳴き声がさっきより大きい。
確実に近づいてきている。早く……早く逃げないと!!

焦る幸雄、だが縛られた両手は今だに解き放たれていない。
このままでは自分は確実にあの小型のティラノザウルスのような可愛げのかけらもない爬虫類たちに引き裂かれて、
あっと言う間に原型もとどめない肉の塊にされてしまう。
ギィギィ……と声がして、あの化け物たちが姿を現した。
両手を拘束しているツタはまだ切れていない。幸雄は咄嗟に岩陰に隠れた。

(……クソ、こんな時に!!しかも二匹もいるじゃないか!!)

幸いにも自分はまだ見つかっていないが、このままでは見つかるのも時間の問題だ。
その時、ラッキーにも(いや、こんな状況でラッキーなんていえないが)ツタがやっと切れた。
すぐに頭にかぶせられていた袋をとる。
ずっと、暗闇の中にいたせいか、すでに目が暗闇に慣れていた。
暗闇の中、うっすらと二匹の顔が見える。

(……クソ、行けよ。さっさと、どこかに行っちまえ!!)

しかし二匹は「フッフッ!」と鼻息荒く、何かをかぎつけているように辺りを見ている。


(まさか……オレの臭いがするのか?)

生物学なんて全然わからないけど、あいつらも犬みたいに嗅覚が優れているのか?
だったらお手上げだ。オレなんてすぐに見つかる。

だからと言って簡単に見つかってたまるか!!
とにかく隙をみて逃げるしかない。今はダメだ。岩陰から飛び出したら、すぐにやられる。

注意深く観察した。二匹のうち一匹がクルッとクビを半回転させた。
幸雄は慌てて顔を岩陰に引っ込めた。

まさか……見つかってないよな!?

心臓の音が体内から大音量で聞こえる。
幸雄は思わず左胸を押さえた。

落ち着け、落ち着くんだ!まだ、ばれてない、ばれてないはずだ!!




二匹がしきりに地面の臭いをかいでいる。さっきまで幸雄が転がっていた場所だ。
そして、先ほど自分のほうを見た奴がジー……といやな目つきでこちらの岩を見ている。
その目は全く感情を現してないので何考えているのかさっぱりだが。
「ギィっ!」
突然、ジャンプしてきた。そして幸雄が隠れている岩陰の上に飛び乗ってきた。
「!!」
思わず声が出そうになった。
しかし幸雄は自らの口を手でふさぎ、声を上げるのだけはなんとか堪えた。
「……ギギギ」
チラッと岩の上から下を覗き込んできた。
「……ッ!!」

まずい、見られる!!

幸雄は反射的に後ずさりした。もちろん音をたてないように細心の注意を払いながら。
そして、岩の下のほう。高さほんの二十センチほどの隙間に入り込んだ。


「……グギギ」
間一髪だった。どうやら、見られていなかったようだ。

でも、まだ岩の上にいる。絶対に怪しんでいる!!
こんな状態で見つかったら逃げる事も出来ない!!

その時、幸雄はハッとした。
(しまった靴が……!!)
慌てて隙間に入り込んだときに靴が片方ぬげてしまったのだ。

まずい、あれを見られたら!!

幸雄は額から汗がポトポトと流れる音さえ聞こえるのではないかというほど、その緊張と恐怖は絶頂に達しようとしていた。
どうやら、まだ靴に気付いてはいないようだ。

今のうちに……今のうちに何とかしなければ!!

幸雄はつま先だけそそっと……本当にそーっと岩の隙間から出した。
そして、靴を引っ掛けツツー……と用心深く引っ張った。

あと少し……あと少しだ。




コツン……ッ。
「!!」
全身に走る恐怖の戦慄。なんということだろうか、小石にぶつかって微かだが音がした。
慌てて靴を引っ掛けた足を隙間に隠したが遅かった。
幸雄に聞こえた微かな音は、この化け物の聴覚にもしっかり響いていたのだ。
ドンッ!と地面に振動。そして化け物の足だけが見えた。
「…………」
岩の上から飛び降りて来たのだ。幸雄はゴクッと唾を飲んだ。
どうやら、この隙間にはまだ気付いていないが時間の問題だ。


「ギィギィギィ!!」
幸雄は恐ろしさのあまりギュッと目を閉じた。
なんてバカでかい声なんだ。何しろでかい口だったから。
きっと、その口の中に並んでいる牙だって物凄く大きいだろう。そんな不吉なことまで想像力が働く。
(……こんな所で死んでたまるか)
幸雄は狭いスペースの中で、まるで太極拳のようなスローな動きでそっと小石を掴んだ。
そして、それを指で弾いた。かつっと小さな音がした。


「ギっ!?」
途端に二匹が反応する。そして、小石が飛んでいった方向にさっと動いた。
(今だ!)
幸雄はそっと、しかし素早く隙間から出るとゆっくりと岩壁にくっつように歩いた。
まるで泥棒にでもなったかのように忍び足で。
音をたてずにそっと。とにかく音をたてずに……。




……バキ……ッ!
「え?」
幸雄の額からツツー……と汗が流れた。
恐る恐る足元をみた。
(……な、なんでだ?)
泣きたくなってきた。

(なんで、こんなところに木の枝が落ちてるんだよ!!)

馬鹿な、こんな酷い話があってたまるか!
ホラー映画で使い古したパターンじゃないか!!
どうして、オレがこんな目に合うんだよ。オレが何かしたのか、神様!!


「ギギっ!!」
「!!」


ばれた!今度こそ完璧にばれた!!
二匹とも振り向いた。しかもバッチリ目があった!!


「畜生ー!!」

幸雄は走った。走るのは大の得意だった。
父譲りなのか100メートル11秒前半で陸上部から何度勧誘されたかしれやしない。
そのくらい自慢の足だ。逃げる事には自信があった。
もっとも、こんな命懸けの鬼ごっこなんて望んでなかったが。

「こんな所で死んでたまるかぁぁー!!」














「ギギィ!!」
嫌な叫び声だ。貴弘は「ふざけるな下等生物!!」と叫ぶと、化け物のさらに上に飛んでいた。
そして最高点に達した瞬間、身体をひねった。化け物の脳天目掛けて回し蹴りだ。
「ビギィ……ッ!」

化け物でも悲鳴をあげるんだな。初めて知ったぜ。
こんな攻撃では致命傷はおろか足止めにもならない。
ほら、簡単に立ち上がった。ラウンド2だ。しかも嫌な事に、他の二匹が背後に回った。
まさに地獄のトライアングル。挟み撃ちを狙っているようだ。

「……下等生物の分際で」

命の危険性について怖くないといえば嘘になるだろうが、貴弘は母から受け継いだ性格上、
恐怖よりもこんな奴等に負けてたまるかという自尊心のほうがはるかに上をいっていた。
しかし、これではどう考えても自分のほうが不利。
自分は丸腰なのに、相手には強力な爪も牙もある。おまけに三対一。
いくらなんでも反則じゃないのか?


『意識を集中させなさい』


ふと、母の声が聞こえたような気がした。
貴弘は物心付いた時から母から戦い方を教え込まれた。銃の使い方までだ。
その母が訓練中によく言っていたセリフだった。


わかってるよ母さん。焦ったら全てアウトだ――。


三匹が一斉に三方から襲ってきた。
同時に貴弘は飛んだ。三匹がそろってぶつかる。
「ギャァギャァ!」
どうやら、お互いに相手の非を責めているのか、文句をたれているようだ。
しかし、すぐに自分達が戦わなくてはならない相手を思い出したのか、三匹そろって上をみた。
貴弘は木の枝に掴まっている。
「ギィっ!!」
一匹が飛んでいた。
貴弘は即座に鉄棒の逆上がりの要領で一気に枝の上にでる。
そして木の上から三匹を見下ろした。

さて……これから、どうするか。とにかく、しばらくは安全圏だ。


「ギィ!」
「……こいつ!」
しかし、それは甘かった。一匹が木の枝に向かって飛んできた。
すごいジャンプ力だ。
「ふざけるな!!」
貴弘は咄嗟にそばの枝を力任せに折り、それで思いっきり殴り飛ばした。
それも脳天に。これは、いくら化け物でもたまらないだろう。そのまま地面に落ちていった。
脳震盪でもおこしたのか。ギィギィ……と力なく鳴いている。




「……さてと。どうするか」

どうする?こんなとき、母さんならどうする?

もちろん、あの誇り高い母のことだから戦うことを選ぶだろう。
しかし、幸か不幸か貴弘は命をかけた実戦というやつは経験がない。
これが初めての体験なのだ。
今はこうして高い場所に避難しているが、あくまでも一時しのぎ。
いつまでも、このままの状態が続くとは思えない。
先ほど枝で殴り飛ばしてやった奴はまだ頭が痛いのか、やっと立ち上がったのに、ふらふらと足元がおぼつかない。

(……あいつ一匹ならチャンスだ)

そう、あいつなら殺せる。今なら。
しかし、それは、この安全な場所から降りていかなければならないということでもあった。
それは馬鹿な選択だろう。誰だって安全な位置から降りようとはしない。
しかし、貴弘はさらに思った。
このままの膠着状態を続けることは、もっと馬鹿のやることだと。


「片付けれるうちに片付けておくべきだな」


貴弘は飛んでいた。安全な場所を自ら捨てた。
そして、持っていた枝を例の奴に突き立てたのだ。凄まじい悲鳴が辺り一面に轟いた。
杭を胸に打ち込まれたような姿になったF2は胸に突き刺さった枝を抜こうともがいた。
もがくだけが精一杯の戦いだろう。のた打ち回っている。
一匹はこれで終わりだ。止めを刺す必要も無い。
いや訂正。刺す暇がない。
なぜなら、怒り狂った他の二匹が一斉に貴弘目掛けて襲い掛かってきたからだ。
貴弘は一旦逃げる事にした。
この場所ではダメだ。もっと戦いに有利な場所にいかなければ。


そこで、この二匹を片付けてやる。
さあ、追って来い。
そして、今日、オレに出会ったことを不運に思うんだな――。




【残り34人】




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