徹の取り乱し方。ただ事ではない。その証拠に美恵はグッタリして、その顔色はさらに血色を失っていた。
「何があった?」
瞬はやや強い口調で言った。
「どういうことだ。何があった!?」
「し、失血だ……その」
昌宏が重い口を開いた。
「今すぐ輸血してやらないと天瀬さんが死ぬっていうんだ」
Solitary Island―74―
この二人を最初に発見した時は驚いた。
三村は単純に生徒を二人発見したと思ったが川田は違う。
(この子は……真一の)
そうだ、真一が好きな子が出来たと写真を見せてくれた。
かなり美人だったので(そう中学生時代の光子や貴子クラスだ)よく覚えている。
その少女がソファに横たわらせて、その傍らに男がいる。
その男が、どう見ても少女のセーラー服を脱がそうとスカーフに手をかけているのを見たとき川田は切れた。
「こ、小僧!真一の彼女に何するつもりだっ!?」
いきなり知らない大人が二人も乱入してきたので、徹のほうも何事かと思ったが今はそんなことどうでもいい。
「勘違いしないでくれないか!!」
「勘違いもクソもあるか!真一の女を手篭めにしようなんて許さないぞ!!」
「彼女とは元々そういう仲なんだ!!」
なんだって!?ああ、かわいそうな真一……おまえ、ふられたぞ。
川田は我が事のようにショックを受けた。
「だ、だからって、こんな場所で……」
「だから、それが勘違いだと言ってるんだ。彼女は腕に怪我している。
だから手当てする為にセーラー服を脱がそうとしただけだ」
「何、怪我だと?見せてみろ」
川田は背負っていたサバイバル用リュックから医療道具を取り出した。
「どこを怪我した?」
「腕だ。出血が酷い」
「そうか」
川田ははさみを取り出し、肩の付け根の部分から袖を切った。
「応急処置はしてあるな。とにかく縫合と化膿止めだ」
仮にも医者だけあって早い。あっという間に適切な処置をしてくれた。
「これで助かるのか?」
「嫌……大分、出血量が多い。今すぐ、輸血してやらないとヤバイぞ」
「輸血……だと?」
輸血と聞いた途端徹は顔色を失った。
「おい小僧。このお嬢さんの血液型は何型だ?」
「…………」
徹は答えなかった。
「どうした、恋人のくせに知らないのか?まあ調べれば済むことだ。ここにいる人間と一致すればいいが……」
「合うわけがない」
ここに来て徹がやっと口を開いた。
「なんだ。四人もいるんだ、確率は高いだろう。もしかしてAB型RH―なんていうんじゃないだろうな」
「……それ以上だ」
「何だと?」
「美恵の血液はボンベイ型だ」
「……なんだって?」
川田の表情が一気に暗くなった。
「ぼ、ぼんべい?……あの、それって?」
昌宏がキョトンとした表情で質問してきた。しかし、昌宏の質問に答える余裕なんて徹にはない。
いきなり立ち上がると通信機に駆け寄った。
「……この通信機は……海軍と同じタイプだな。例の基地、あそこは……」
通信機を必死になって操作しだした。
「川田……ボンベイ型って、確か……」
「ああ……200万人に一人と言われている超レアな血液型だ。そんな血液手に入るわけがない」
すまない真一。おまえの恋人、助けてやれない。
徹は必死になって通信機をいじっている。
「おい小僧、何するつもりだ」
「ボンベイ型の人間を呼ぶんだ」
「いるのか!?」
「三人いる!!」
『美恵が……死ぬっ』
「なんだと?」
しかし、頼みの綱の三人。つまりⅩシリーズはいなかった。
「死ぬだと?!どういうことだ!?」
途端に晶の声のボリュームが上がった。何事だと全員が晶を見た。
『美恵が……美恵が出血が酷い。輸血しないと……。あ、美恵っ!!』
「おい徹!!」
ツーツー……通信が切れた。全員が晶の元に駆け寄った。
「おい、どういうことだ。彼女に何か合ったのか!?」
「美恵、美恵がどうした。まさか化け物に襲われたのか!?」
まず真一と海斗が叫んだ。
「出血って……そんなに酷い怪我なのかよ!!」
「おい確か美恵の血液って……ボンベイだろ!?」
攻介と俊彦はお互いの顔を見合わせて驚愕した。
「そうだ……晃司たちをすぐに探すんだ。まずはそれからだ!」
隼人がすぐに決断した。とにかく、今は一刻を争う。
「美恵!!オレの美恵がぁぁぁー!!」
ハッとして全員が雅信を見た。しまった、こいつに聞かせるべきじゃなかった!!
「美恵が……美恵がし……し、し、し……」
雅信がガクガクと震えだし、その場にひざまずいた。
「お、落ち着け雅信。すぐに晃司たちを探すんだ。そうすれば美恵は助かる。だから……」
攻介の言葉は常人には慰めになっただろうが雅信は違う。
「美恵が……美恵の体が……オレの!!オレの美恵がっ!!」
「落ち着け雅信!!まだ死んだわけじゃないぞ!!」
「オレの、オレの……まだ一度も抱いてないのに……。
美恵が死ぬ?……オレの、オレの美恵が壊れる?
オレがそばにいれば……オレが、オレがついていれば……。おまえ達が……おまえたちが……」
雅信の目が正気を失っていた。ギロッと、その場にいた全員を睨んだ。
「貴様らが……貴様らがオレたちの邪魔をしなければ……。
オレと美恵の仲を引き裂かなければ……美恵に横恋慕しなければ……。
こんな……こんな事にはならなかったんだ!!殺すっ!全員八つ裂きにしてやるっ!!」
「……はぁ……はぁ……」
「美恵っ!!しっかりしろ美恵っ!!」
呼吸が荒々しく、しかも小さくなっている。血液が少なくなっているからだ。
「何とかならないのか!?」
「無理だ。オレは神じゃない」
「何だとヤブ医者!!殺されたいのか!!?」
「殺されても出来ないものは出来ないんだ!!」
徹は本当に川田を殺しかねない勢いだった。
(…………美恵)
瞬は平静を装って美恵を見ていた。
本当に辛そうだ。息をしているのもやっと。
今頃、晶たちが晃司を探しているだろうが、もはや間に合わないだろう。時間の問題だ。
このまま、ほかっておけば美恵は死ぬ。
ボンベイ型は200万人に一人の稀有な血液。
Ⅹシリーズは身内同士。だからこそ同じボンベイ型だった。
だが、赤の他人の中にボンベイ型の人間がいるわけがない。
ますありえない。それこそ1パーセントにもはるか届かない確率だ。
このままほかっておけば美恵は死ぬ。自分が手を下す間もなく死ぬ。
「……美恵」
……ほかっておけばいい。
「オレの血を使え!!」
瞬が袖を捲り上げて叫んだ。
「おい、小僧。話を聞いてなかったのか?このお嬢さんは……」
「合うはずだ。ほかっておいたら死ぬんだろう?だったら、さっさとしろ」
「……じゃあ、おまえは」
「オレもボンベイ型だ」
川田は驚いていた。じゃあ何か、今この島にはボンベイ型の人間が五人もいるのか?
しかし驚いている暇なんてない。とにかく早く輸血しないと。
「よし、すぐに輸血しよう」
川田は輸血用の器具を取り出した。
(……美恵)
瞬は複雑な表情で美恵を見詰めていた。
(……オレは何をやってるんだ)
「うわぁぁーん!!」
「泣くな。泣くな美恵」
「小鳥が……小鳥が……」
泣くなんて、泣かせるつもりなんて無かった。
「泣かないでくれ美恵。おまえが泣いたら……」
その声を聞きつけて大人たちがやってきた。
「どうした!!お、おまえは……!!」
いきなり殴られた。
「おまえは、いつから!!」
「殴らないで!!」
慌てて美恵が駆け寄る。しかし、すぐに引き離される。
「いいか、よく聞け!!この子は将来Ⅹシリーズの花嫁になる子だ!!」
「おまえみたいな出来損ないの失敗作が近づいていい娘じゃない!!
二度と、この娘に近づくな。さっさと施設に戻れっ!わかったか、この化け物めっ!!」
――何かが切れた。
ペッと唾を吐きかけられたことではない。
ずっと、心の中で渦巻いていたものが爆発したのだ。
きっかけは『美恵に近づくな』ただ、その一言だった。
「…………ぅ」
「なんだ、文句があるのか?この出来損ないの化け物め!!」
「うわぁぁー!!」
その数秒後。あたりは血の海になっていた。
「……あとは、このお嬢さんの気力次第だな」
「助かるのか?」
「五分五分だ。だが、この小僧がいなかったら確実に死んでいた」
「美恵、しっかりしろ。オレがついている」
徹は瞬に礼も言わずに美恵の手を握り締め、ひたすら心配そうに付き添っていた。
「美恵?」
涙……どうしたんだ美恵。
美恵の頬を涙が伝わっている。
「……美恵」
徹はそっと涙を手で拭った。
「……夢でも見ているのか?」
もちろん美恵が答えるわけがない。
「大丈夫だ。君にはオレがついている。一生ずっとそばにいるよ」
「……こ……ぅ…ぃ……」
「……寝言か」
――違う。彼は化け物なんかじゃない。
――だから殴らないで。
――お願い。お願いよ……。
涙が途絶えることは無かった――。
【残り34人】
BACK TOP NEXT