意識が遠のいていく――。
美恵は完全に意識を失っていた。その腕からは血が流れ続ける。
全ての生物にとって命の源ともいえる血液が。
人間は体内の三分の一の血液を失うと通常死ぬ。




Solitary Island―73―




「川田」
「なんだ三村?」
「さっきから何を考えている?」
「そうだな……」
川田は足を止めると近くの樹の根に腰を下ろしタバコを取り出した。
それから昌宏には聞こえないようにやや小声で話し出した。


「この島が何なのかはわからない。しかし、どうやらオレ達を閉じ込めようとしている奴がいる」
「ああ、そうだな。そいつは七原の息子まで使った。目的の為なら手段を選ばない奴と見ていいだろうな」
「……そうだな」
それから川田はタバコを加え、一度だけ煙を吐くとやや躊躇して言葉を吐いた。
「……そんな奴が拉致したということは七原の息子は……ダメかもしれないな」
誰なのか知らないが冷酷で冷静。利用価値が無くなった幸雄を生かしておくはずがない。
一度も会ったことがない少年だが、七原の嘆きを考えると川田も三村も気持ちが異様に沈むのを感じた。
「……真一も……もうやられているかもしれないな」
三村は残酷だが現実的な一言を口に出した。
「初めてだな。おまえから真一のことを口に出すなんて」
川田は珍しそうに三村を見た。




「三村、オレは一度結婚した」
「ああ、そうだったな」
「だが女房は息子を産んですぐに死んだ。その息子も五歳の誕生日を向かえる前に死んだ。
生きていたら真一と同じ年齢だ。だから、オレは余計に真一のことがかわいいんだろうな」

それは川田の偽らざる本心だった。
昔。と、いってもそれほど昔ではない、数年前だ。
三村と再会しまた付き合うようになってから川田は真一の面倒をよく見るようになった。
真一も川田に非常に懐いていた。
顔こそ全く似てないが(当然といえば当然だが)はたから見れば親子だと勘違いされるくらいに。
父親にかまってもらえない不憫な子供。それが真一をほかっておけなかった理由だった。


しかし、何年もたってから川田は本当の理由に気付いた。
真一がかわいそうだから、同情したからではない。本当は自分が真一を必要としていることに。
真一は本当の意味で父親というものを知らずに育った。
自分はかけがえのない息子を失った。

この憐れな少年を自分の息子のように思ってなぜ悪い?

もし、自分が父親なら精一杯愛情を注いでやるのに。
真一にパソコンからこの腐った国の情報まであらゆることを教えてやったのも実の息子のように思っているからだ。
その『息子』が、「おじさん、オレ士官学校にはいる」と言った時、川田は頭を殴られたような気がした。
しかし、同時に真一が士官学校に行きたいといった理由も即座に気付いた。
士官学校は入学こそ狭き門だが、入ってしまえば学費はゼロ。
しかも全寮制で、生活費まで全面的に面倒を見てもらえる。
真一は三村から独立したかったのだろう。


「なあ三村……もし真一が士官学校なんかに入ったら将来おまえと戦うことになるな」
三村は黙っていた。
「そうなったら、おまえは真一を殺せるのか?」
「その時になってみないとわからないな」
「オレはなぁ……」
川田はタバコを地面に落とし靴底で踏みつけた。


「オレはおまえのこと全く知らないつもりはないぞ。
おまえは信念の為なら、時として非情になれる男だ。その時がきたら、真一はおまえを殺すぞ」


「何が言いたい?」
「はっきりさせておきたい。おまえの目的は政府を潰すネタを手に入れることだけか?」
「…………」
「オレは真一から学校のことをよく聞いている。士官学校予備校だけあって、とんでもな連中も大勢いるようだ。
そんな連中がこのまま大人になったら、おまえにとっては都合の悪いことになる」
「…………」
「そいつらを今のうちに何とかしようと思っても無理はない。それに、いずれは真一もその仲間入りか……」
三村の目の色が変わった。

「はっきりいってくれ川田」
「そうか、じゃあはっきり言うぞ」

「おまえは真一が将来政府の犬になる前に自分の手で殺すつもりなんじゃないのか?」














(何てしつこい奴だ。それに中々引き離せない)

瞬は僅かだが焦りを感じた。走りには自信がある。本気を出せば、100メートル11秒ジャストだ。
それなのに桐山は全く引き離されない。
数メートルの間隔を保ったまま、ずっと自分を追っている。
このまま洞窟の入り口までくれば、嫌でも自分の正体がわかる。
例え後姿だろうが、はっきりと自分の姿を見られるのだけは避けたい。
瞬は懐から何かを取り出した。それを背後数メートル地点に向って投げた。


光!いや閃光!!

(閃光弾!!)

これを食らった人間は僅かな時間だが視界を失い動きを止められる。
桐山も例外ではなかった。反射的に腕で目をガードしたが間に合わなかったのだ。
目の前に白い光が現れ、次の瞬間何も見えなくなったが敵が逃げたのはわかる。
足音が遠のいていくのがはっきりと聞こえたからだ。
しばらくして桐山は目を開けた。
しかし遅かった。すでに足音さえもはるか遠くでかすかに聞こえるだけ。

(……逃げ切られたか)

仕方がない……奴の捕獲はまた次回のチャンスにかけるしかない。
自分の当初の目的は……そうだ、美恵を守ることだ。
すぐに美恵と例の場所で合流しなければ。桐山は先を急いだ。














「くそ、どこだ?」
徹は何度も水中に潜った。しかし美恵の姿は影も形もない。
(もっと下流に流されたということか?)
徹は激流に乗って物凄いスピードで下流に向った。
やがて滝が見えた。滝から流された。もちろん岩は避けたので大丈夫だ。


「……美恵?」

美恵だ。岸に美恵がいる。倒れている。

美恵!!」

すぐに美恵の元に泳いだ。


美恵!しっかりしろ!!」

抱き上げた。顔色が悪い。あの激流だ。かなりの水を飲んだのだろう。
しかも息をしていない。徹は美恵の顎を掴みそっとうえを向かせると、その唇に自分のそれを重ねた。
そして息を送り込んだ。世に言う人工呼吸というやつだ。
しばらくして「……けほっ」と美恵の口から声が漏れた。

美恵、気付いたのか?」
「……と、お……る?」
「喋るな。しっかりしろ」

徹は美恵の腕の傷の上をハンカチで縛った。とにかく止血をしなければ。
「しっかりしろ。すぐにきちんとした手当てをしてやる」
一応止血はしたものの、それは遅すぎる処置だった。
なぜなら、美恵の腕からはすでに大量の血液が流れ出し、辺りを染めていたのだから。
そして、それを物語るように美恵の顔色がみるみるうちに青白くなっていく。
こんな応急処置ではダメだ。もっと衛生的な場所できちんとした治療をしなければ。


徹は思い出していた、例の基地に入った時のことを。
確か、この島に点在しているあらゆる施設の地図があった。
それが正しければ、この近くにも小さな建物があるはずだ。
もっともかなり激流に流されていたので正確な場所などわからないが。
しかし、今はそこに行くしかない。徹は美恵を抱き上げると走り出した。














「…………」
「どうした三村。図星をつかれて言葉も出ないのか?」
三村は腰を上げた。
「……考えすぎだぞ川田」
「そうか……それならいいんだがな」
「それより早くガキたちを探すんだろ?まずは七原の息子だ。生きているにしろ死んでいるにしろ……だ」
川田は昌宏に「おい、行くぞぼうず」と声を掛けた。
とにかく先を急がなければ。しかし、この島は思ったより広い。
どこに行けばいいのか見当もつかない。せめて地図でもあれば。
「おい川田。あれ、見てみろよ」
小さな建物。何か、この島の手掛かりのなるようなものがあるかもしれない。
「とりあえず入ってみようぜ」
「ああ」
















美恵は無事だろうか……」
「なんだ隼人。おまえ、まさか晃司たちのたわごとを信じているのか?」
「ああ、オレは直感というものは時として意外と頼りになるものだと思っている」
「まあいい。それより今後のことだが……」
ピーピー!晶の言葉を遮るように派手な音が鳴り出した。
「なんだ?……通信機がなっている?」
間違いない。赤いランプが光っている。
しかし、一体どこから?晶は通信機を手にした。

「……誰だ?」
『晶、晶か!?』
「徹か?」

徹だ。それにしても随分慌てている。


「どうした、おまえらしくもない」
『晃司!晃司を出せ!!』
「晃司はお出掛けだ」
『なんだと!?秀明は!?志郎は!!』
「三人揃ってお散歩中だ。美恵を探しにいってな」
『ふざけるな!すぐに探せ!!でないと……美恵が、美恵がっ!!』
「落ち着け。何があった?」

美恵が……死ぬっ』














「どうやら撒いたようだな」
瞬は何度も後ろを振り返った。しばらくは桐山はもちろん他の生徒に会うことも避けたい。
かといって、こんな場所にいて科学省の醜い化け物たちと出会い何度もバトルをするのもごめんだ。
だから瞬は少し離れた場所にある、ある建物のことを思い出した。
この島を散策中に見つけてものだ。あそこでしばらく休憩も兼ねて隠れていよう。
そう思いやってきた。そしてドアノブを手にした時だ。


「ふざけるなヤブ医者!!」

中から物凄い怒声が聞こえてきた。


(先客がいるのか?)

しかも、あの声……あれは佐伯徹。


美恵を死なせてみろっ!オレは貴様を殺すぞっ!!」


(……美恵?)

美恵もいるのか?だが『死なせてみろ』、とはどういうことだ?

美恵! 美恵、しっかりしろ!!」

美恵に何かあったのか?


「オレをおいていくなっ!!」


たまらず瞬はドアを開けた。
昌宏がいた。それに大人の男が二人。そしてソファの上に美恵が横たわっている。
佐伯が半狂乱になって美恵の手を握り締め叫んでいる。その顔には死相が出ていた。


「――美恵」




【残り34人】




BACK   TOP   NEXT