――あの連中……科学省の連中を。
――そして、Ⅹシリーズを憎み皆殺しにしてしまえ!!
Solitary Island―72―
「オレが一番乗りか」
徹は一応辺りを見渡した。誰もいない、気配も感じない。
三つのルート。それぞれを自分、桐山、そして美恵と千秋がそのルートを使ってここに向った。
距離にして言えば一キロ程度。
整備された運動場や道路ではなく草木が生い茂り、岩などの障害物もあったが、それでも三分もかからない距離だ。
とにかく待とう美恵を。
桐山と千秋はどうでもいい。もちろん内海幸雄もだ。
徹はとりあえず施設内を一応調べてみようとドアに手をかけた。
その時だった――乾いた音がした。
「!」
あの音。あれは美恵に渡した銃の音。
(美恵!!)
徹は走った。あの音が聞こえたということは美恵に何かあったのだ。
そう、つまり敵に襲われている。
この島を我が物顔で徘徊している醜い下等生物か、それとも内海幸雄に危害を加えた謎の人物か、だ。
美恵が敵に襲われたら。そう思っただけで全身に戦慄が走る。
内海千秋に危害を加えるだけなら全然構わないが、もし美恵の身に何かあったら。
(クソ!!美恵に何かしてみろ、生まれてきたことを後悔させてやる!!)
徹は全速力で走った。
(……桐山!!)
何てことだ。よりにもよって、こいつが現れるなんて。
瞬は運命を呪った。
「き、桐山!!千秋……千秋は!?」
幸雄は叫んだ。まずは千秋の無事を確認したかった。
「おまえは誰だ?何が目的なのか?とオレは聞いている。さっさとこたえてくれないか?」
しかし、幸雄の思いは桐山には全く通用していない。
桐山の目下の興味は幸雄を攫った奴に集中していた。
本来救出するべき幸雄も桐山の眼中には全くないのだ。
(……どうする?ここで奴も内海ともども殺すか?)
思った。自分は強い。自分は、どの特選兵士よりも強い。
あの高尾晃司よりも強いはずだ。そういう人間に育てられたのだから。
「もう一度聞くが、さっさと答えてくれないか?」
しかし瞬が自分自身の答えを出すより桐山の方が早かった。
「答えないのなら力づくで聞かせてもらう」
桐山が一気に動いた。まるで静止画面が早送りになったかのようなスピードだ。
「!!」
暗闇の中。それでも桐山の蹴りの風圧で瞬はその強さを思い知った。
戦士の本能か、咄嗟に頭部を狙われたことに気付き腕でガードした。
だが桐山が続いて再度蹴りを繰り出す。
瞬は幸雄を放り出したて飛んだ。桐山の背後に着地。拳を繰り出した。
それは恐ろしいくらい切れのある拳だった。
だが桐山はスッと頭をさげ、同時に裏拳をはなった。
瞬はスッと上体を後ろにそらし、紙一重でそれを避ける。
(こいつ……強い!!)
特選兵士並の強さだ。
瞬は思った。もし勝てたとしても、おそらくその時は自分もただでは済まないだろう。
こんな所でダメージを受けるわけにはいかない。
自分はまだ目的を一切果たしていない。
瞬はクルリと背を向けると走り出した。
桐山もすぐに後を追った。二人の足音が幸雄の耳から遠ざかる。
「ま、待ってくれ桐山!!」
幸雄は叫んだ。身動きできない今叫ぶのが精一杯だ。
「待ってくれ桐山!!縄を解いてくれ!!」
しかし、足音がますます遠のいてゆく。
「オレを見捨てないでくれ!!」
「美恵ッ!!」
走った。ただ走った。
そんな徹の前方にセーラー服姿の少女が現れた。あちらも必死になって走っている。
だが、その少女は徹が思っている少女ではなかった。
徹が熱愛している美恵と行動を共にしていた千秋だ。
美恵の姿は影も形もない。
「さ、佐伯くん!!」
千秋は必死に走ってきたせいか、それとも何かショッキングなことがあったのか悲愴な表情だった。
だが、もちろん徹にはどうでもいいことだ。
問題は一緒にいるはずの美恵がいない。それだけが重要だった。
「た、助けて佐伯くん……天瀬さんが……化け物に……」
と、言いかけて千秋は言葉を止めた。
徹が自分の両肩を掴み「美恵はどうした!!?」と凄い剣幕で質問してきたからだ。
「天瀬さんは……化け物に襲われて……」
「何だと!!美恵を見捨てて逃げてきたのか!?」
徹の目が赤い色つきの目になっている。
まずい、非常にまずい。徹は激怒している。
千秋は命の危険すら感じた。
「天瀬さんが逃げろって……あたしを逃がしてくれたの……その」
本当はこんな言い訳したくないし、する必要も無いのだが徹のあまりの剣幕に千秋は必死になってそう答えた。
「どこにいる?」
徹はもっとも知りたがっていた答えを聞くために質問した。
「美恵はどこにいるんだ!!」
つかまれている肩が痛い!!
「こ、この先……100メートルくらい先よ。そこで化け物に襲われて……」
それだけ聞くと徹は千秋を押しどけ走った。
その勢いで千秋は突き飛ばされたように地面に倒れこんだが、もちろん徹は千秋に構ってなどいられない。
(美恵!!無事でいろ美恵!!)
千秋が言った100メートル先はすぐだった。
(美恵、美恵は!?)
どこにいる?徹はキョロキョロと辺りを見渡した。
銃が落ちていた。拾って見たが血痕の跡はない。
銃を使ったものの敵にダメージを与えることはできなかったということか?
だとしたら敵は五体満足で美恵はそんな奴に襲われていることになる。
徹はさらに血の気を失った。
「!」
そのときだ。地面に足跡を見つけた。
かすかだが、確かにそれは美恵と千秋の足跡だった。
二つの足跡のうち、一つは千秋とは全く違う方向に向って走っている。
美恵だ!!徹は迷わず、その足跡の方向に走っていた。
その時だった、殺気を感じたのは。徹の目の前にF3が木の上から飛び降りてきた。
「貴様が美恵を!!」
F3が襲う前に徹の蹴りがF3の首に食い込んでいた。
鈍い音がしてF3は悲鳴を上げると苦しそうに地面にのた打ち回る。
徹はそばにあった樹にからんでいる蔓を手に取ると強引に引きちぎった。
そして、それをF3の首にからめた。
「よくも美恵を、この醜い化け物野郎!!」
徹が両腕を左右に思いっきり引くとF3は苦しそうにジタバタもがいたが、やがて泡を吹いて動かなくなった。
「思い知ったか化け物野郎!!」
徹は死体となったF3を思いっきり蹴り上げると、再びスピードに乗って走った。
そして徹も辿り着いたのだ、美恵と同様激流渦巻く川に。
「美恵」
名前を呼んだ。もちろん美恵が返事をするわけがない。
「美恵!!」
今度は叫んだ。しかし、もちろん返事はない。
徹はぞっとした。ここで足跡は途切れている。
まさか……まさか美恵は、この激流に?
「……あれは」
その推理を裏付けるかのように美恵のセーラー服のスカーフが川の中央にある岩に引っかかっていた。
間違いない美恵はここからダイブして川に飛び込んだのだ。
この高さから、この激流に身を投げたのだ。
そう確信した徹の行動は早かった。
徹は飛び込んでいた。激流の中に――。
(苦しい……!!)
美恵はもがいていた。激流の中、必死に岸に向って泳いだ。
しかし、ここ数日ろくに食事も睡眠も取らず、精神的にもまいっている。
そんな状態で、この激流くだりは女の身にはあまりにもきつすぎた。
ただ激流に流され時々水面に必死になって顔を出し空気を吸うだけが精一杯。
死ぬ、このままでは間違いなく自分は激流のもずくとなって死ぬ。
(こんな……こんなところで死んでたまるものですが!!)
気力だけはあった。
しかし体力を失っている体はその気力をも削いでいたのだ。
そんな美恵の体に激流以上の衝撃が走った。
必死に川の流れと闘っていた美恵にはわからなかったが、美恵は滝から落ちたのだ。
いや滝の流れに叩きつけられたのだ。
(……っ!!)
誰か、助けて誰か!!痛い……身体が痛い!!
滝つぼに落ちたとき美恵は岩に当たった。
無傷ではなかった。滝つぼが赤く染まる。
(……誰か……助けて……)
意識が遠のいていく……。
美恵は運よく岸に流れ着いたが同時に気を失っていた。
その腕からは血が流れ続けていた――。
「とにかく美恵がクラスメイトたちを連れてきたら一緒に行動することになるだろうな。
オレたちと違って連中は戦闘に関して素人だ。
今から訓練を積むのは不可能だとしても、最低限の知識だけは叩き込んで……」
隼人が雄弁に語っていたとき、突然、晃司が椅子から立ち上がった。
「晃司どうした?」
様子が変だ。いつもは何もない表情に僅かだがかげりがある。
(もっとも普通の人間がみてもわからないが)
続いて秀明と志郎も立ち上がった。
「どうしたんだ、おまえたち」
いつもと違う。隼人のみならず、特選兵士の誰もが思った。
「……美恵」
晃司がその名を口にした途端、雅信が「気安くオレの女の名を呼ぶな」と喚いた。
「美恵がどうかしたのか?」
隼人は冷静に、しかし内心焦心に満ちていたが、それをおくびにも出さずに質問した。
「美恵に何かあった」
「何か?何がだ?」
「わからない」
「オレは美恵を探しに行く」
晃司の後に、秀明も志郎も続いた。
「まてよ晃司。作戦はどうするんだ?」
晶がそう言った。
「美恵が大事だ。美恵を優先する」
晃司ではなく志郎が答えていた。それはⅩシリーズ全員の総意だろう。
「義務はどうする?おまえたちは上から重要任務を受けているのだろう?」
「関係ない。美恵が大事だ」
また志郎が即答した。
「冷静に考えろ。美恵に何かあったという確証はあるのか?もし美恵がここにいたら、どうする?」
志郎はグッと言葉を呑んだ。
「どうする?」
「……自分のやるべきことを優先する」
「そうだ。あいつは、そういう女だった。
それなのに、おまえたちは行くのか?あいつが喜ぶと思っているのか?」
「……三時間だけだ」
今度は志郎ではなく秀明が答えていた。
「三時間か……いいだろう。そのくらい待ってやる。
それ以上は待てない。もし、おまえたちが帰ってこなかったらオレたちは先にくぞ」
「好きにしろ」
Ⅹシリーズは出ていった。
その判断が美恵を窮地においこむことになるとも知らずに――。
【残り34人】
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