「あ、あの声は内海!!」
「内海……しまった七原の息子が!!」
杉村は走った。親友の息子だ、助けてやら無いと。
しかし森を抜けた途端、杉村の顔に色濃く絶望に近い焦りがでた。
崖だ。断崖絶壁の。その向こう側の森の中から悲鳴が聞こえたのだ。
飛び越えるのは不可能だ。遠回りしなければ。
しかし、その必要は無かった。


「なんだ、あの声は!!」
「こっちだ三村!!」
遠くから、向こう側から二人の声が聞こえる。
杉村は叫んだ。
「川田、三村、こっちだ!!七原の息子を早く助けてやってくれ!!!」




Solitary Island―70―




「…………」
七原は何度も砂浜をいったりきたりしていた。まるで動物園の動物のようにウロウロと。
「ちょっと七原くん、少しは落ち着いたらどう?」
「これが落ち着いていられるか。相馬、おまえは心配じゃないのか?」
「心配に決まっているでしょう。あいつは、あたしの宝なのよ」
「……そうか」
七原は正直ホッとした。光子にもそういう感情あったんだ――と。


「それより、船の中からさっさと武器を持ち出しなさいよ」
「武器を?」
「ええ、そうよ。七原くん、あなたゲリラにいたんでしょう?
その割には全然学習してないようね。
いざという時の為に、武器はいつでも使えるようにしておかないと」
「そ、そうだな……」
「そうね。取り合えず……」
光子はメモ用紙を取り出すとスラスラと書き込んだ。
「ほら、これだけは船の残して、それ以外は持ち出して頂戴。
それからいざって時のためにいくつか武器をどこかに隠しておいたほうがいいわね。
ああ、それからすぐに薪集めて火をつけて。
煙が出ればそれを見て子供達が来るかもしれないでしょう?
発炎筒も2、3本ハデに使いなさいよ」
「あ……ああ」
「じゃあ、早速始めて頂戴」




光子の指示に従って七原は動き出した。
その間、光子は何もせずに砂浜に流れ着いたであろう木に優雅に座っている。
いや、双眼鏡を手にして時々島を見つけていたが。

「……なあ、相馬。少しは手伝ってくれよ」
「七原くん……あんた、バカ?」
「……ば、ばかって……」
「あたしは見張りやってあげてるのよ。七原くんは労働担当。そんなことも理解出来ないの?
あたしがいなかったら、武器の調達も出来なかったくせに」
「……そうだよな」
「とにかく、それが済んだら食料もさっさと運び出しなさいよ」
「あ、ああ」

七原は言われた通りに動いた。
確かに川田がいない以上、光子の指示を仰いだほうがいい。
現に光子はテキパキと指示を出してくれているのだから。


「相馬って確かクラブのママやってるんだったよな?」
「ええ、そうよ」
「どうして、オレよりこういう状況に馴れているんだ?」
「話さなかった?あたし、川田くんや三村くんと、あのプログラムの後しばらくゲリラに厄介になっていたのよ」
七原は驚いたようだ。初耳だった。
「ゲリラに?」
「ええ、地下活動している連中だったわ。あたしたち、色々と流浪の旅ってやつをしてたの。
最初は、川田くんの知り合いのスラムの医者。
次はその医者の紹介で地方で反政府活動している弁護士。
その後は、その弁護士のつてでゲリラよ。10年近くいたんだから、嫌でも戦闘なれするわよ」


「もしかして相馬の息子さんの父親って……」
「その時知り合ったゲリラの男よ。もっとも一晩寝ただけの関係だったけど」
「……ね、寝た!?」
あまりにもストレートな言い方に七原は耳まで真っ赤になった。
「なによ。あんただって二人の子持ちじゃない。
幸枝と散々やってるくせに今さら恥ずかしがることじゃないでしょ?」
「そ、それは……!……そう……だけど」
「相変わらずね」
七原はまだ赤面していた。しかし、ふと一つだけ疑問が出てきた。
『一晩寝ただけの関係』……と、いうことだ。

「……なあ相馬。その……息子さんのお父さんとは……その」




「とっくに死んだわよ」




「……死んだ?」
「そう。ある日、テロ作戦で呆気なくね。あの子がお腹にいるってわかったのはその後。
結構大変だったのよ。女手一つで育てるのは。
あたし自身、ろくな人生送ってないから息子だけは清廉潔白な人生をって、これでも気を使って育てたのよ。
立派に人間になれなんていわないわ。ただ真っ当で正直に自分らしく生きて欲しい。
後悔しないような人間にだけはなるなって、それだけよ」
「……そうか」
七原は思った。光子はきっと自分が思った以上に壮絶な人生歩んだのだと。


「だから政府の玩具にされて殺されるのだけは真っ平御免よ。
何の為に苦労して育てたのかわからないじゃない」
「そう……だよな。無事だといいな息子さん」
「そうね。多分、七原くんの子供より無事な確率は高いわよ。だから、あたしは余裕もってるんだけど」
「なんで確率高いっていえるんだ?」
「こういうときの為に銃持ち歩かせているもの」
七原は眩暈がしそうになった。
おまえさっき『真っ当な人間』に育てたって言ってなかったか?














「こっちだ川田!見てみろ、誰か倒れている!!」
男の子だ。
「七原の息子か?!」
だが遠目でもわかった。違う。
川田は七原の息子の顔を知らなかったら違うと思った。
なぜなら着ている学生服が真一のものと違ったからだ。
とにかくほかっておくわけにはいかない。川田はその少年を抱き起こした。


「おい!しっかしろ、何があった!?」
パンパン、と軽く頬を叩いた。
「……う……ん」
少年がかすかに目を開いた。
「大丈夫か?」
「……お、おじさん……誰?」
「大丈夫だ。オレ達は味方だ、何があった?」
「何って……そ、そうだ内海!!」
少年は飛び起きた。


「た、大変だ内海は……!?」
辺りを見回している。
「ど、どうしよう!!いない、どこにいったんだ!?」
「おい、落ち着け!!」
川田は少年の両肩を掴み「とにかく深呼吸だ」と落ち着かせた。
「何があったか教えてもらう。まず、おまえの名前は?」
「柿沼昌宏……です」
「柿沼か。内海ってのは内海幸雄のことだな?」
「はい」
「何があった?」
「それがオレにも……二人で逃げてたんです。そしたらいきなり木の上から何かが落ちてくる音がして……
上を見る前にいきなり殴られて……気を失って……」


川田は推理した。地面に争ったような足跡。
どうやら、その何か……いや何者かは、この少年を気絶させ、七原の息子は拉致したようだ。
とんでもない状況だが一つだけ断定できる。
七原の息子は生きている。
連れて行ったということは、とりあえず命をとられることは無い。
殺すなら、その場で殺されているはずだからな。
もっとも用が済んだら(何の用かは知らないが)殺されるかもしれない。
早く探し出してやらないと。















「…………」
七原は光子に言われた仕事を全て済ますとやはり何度もウロウロしていた。
それからトランシーバーを何度も見詰めた。
何かあったら杉村か川田から連絡が入るはずだ。
しかし、まだ何も入らない。
「……幸雄、千秋……無事でいろよ」

必ず助けてやる。オレの命と引換えにしてでも必ず。
その為に、この島に来たんだ。

そんな七原の耳にとんでもないものが聞こえた。




「な、何するんだ!く、暗い……っ!どこなんだここは……!!」




「あ、あの声は!!」
スピーカーを通しているのだろう。大音量だ。
しかし、間違いない。声変わりしているとはいえ我が子の声を聞き間違えるはずは無い。
あれは息子だ、幸雄の声だ!!
さらに追い討ちをかけるように、今度は悲鳴ではなく叫び声が聞こえた。




「や、やめろ!痛いっ何するんだっ!!う……うわぁぁぁー!!」




「幸雄!!」
叫び声。襲われている!!
瞬間、七原の理性の糸がプッツリ切れた。
「幸雄ぉぉぉー!!」
七原は走っていた。とにかく声のするほうだ。
「ちょっと七原くん!!」
光子の声も聞こえない。あっという間に森の中に入っていった。
「あのバカ!!武器も持たずに!!!」
光子は咄嗟にそばにあったライフル銃を手に取ると追いかけた。














「川田、あの声!!」
「ああ近くだ、いくぞ三村!!おい坊主、走れるか!?」
「は、はい」
昌宏は立ち上がった。少し頭は痛いが大丈夫、走れる。
「よし、じゃあ行くぞ!!」
川田と三村は早かった。昌宏はクラスの中でも早いほうだったが、全然スピードが違う。
幸いだったのは、幸雄の悲鳴が聞こえていた場所が近くだったことだ。
小さな建物。鍵が壊され入り口が開いている。すぐに中にはいった。
メインルームに向った。そして、川田と三村は絶句した。




『や、やめろ痛い何するんだ!!』




「……これは」
MDプレイヤー……それがマイクの前におかれている。
そして幸雄本人はいない。川田は血の気が引くのを感じた。

自分はさっき何を考えた?
そうだ、幸雄は殺されない。少なくても用が済むまでは、そう考えた。
だが……幸雄の用は済んだのではないか?
まずい、非常にまずい。

しかし、さらに川田は考えた。

こんな手の込んだことを考えたのは誰だ?
少なくても人間だ。動物なんかじゃない。
しかし、なぜこんなことを?こんなことをして何の得がある?
誰かをここにおびき寄せるためか?
そうとしか、おもえない。だから幸雄を生きたまま連れ去りこんなマネを。

そこまで考えて川田はハッとした。


待てよ……二人いたんだ、七原の息子とこの坊主と。
それなのに、なぜ七原の息子のほうをさらった?
たまたまか?それともわざと七原の息子のほうを攫ったのか?
だとしたらなぜだ?なぜ七原の息子を使ってこんなマネを……。


「……しまった」
「どうした川田?」
「すぐに船に戻るぞ!!」

なんてことだ!!あの単純バカの七原のことだ、すぐにあの場から離れているに決まっている!!
いや、親なら我が子の悲鳴を聞けば誰でも理性を失うだろう。
とにかく、すぐに戻るんだ!!船が危ない!!














「あ、あの声は……ゆっくん!!」
千秋は走り出していた。しかし、すぐに動きが止まった。
美恵が、手を掴んでいたからだ。
「はなして天瀬さん!!ゆっくんが襲われているのよ!!」
「待って、様子が変だわ」
「……変って?」
美恵は桐山と徹に振り向き言った。


「……気付いた?」
「ああ、声が生身の声じゃない」
「多分、一度録音したものを流してるんだろうな。
どういうことだ?この島に化け物以外の敵がいるってことなのかな?
まあ、いいさ。安心しろ美恵、君は必ずオレが守ってあげるよ」
どさくさに紛れて抱きしめようとした徹を美恵は慌てて押し返した。
「すぐに内海くんを探さないと!」
バサっと音がして桐山が地図を広げていた。
「あの声の方向……おそらく、この第7施設だろう。
多分、内海はあの場所にはいない……内海に危害を加えた奴ももういないだろう」
桐山は施設の周囲数箇所を指差した。
「多分、ここか、このルートで逃げているはずだ。
こちらは崖だからな。今から先回りすれば何とか追いつくかもしれない」
「そうね……すぐに行きましょう」















「……く」
幸雄は何がなんだかわからなかった。
突然、何かが木の上から落ちてきた。
頭に布のようなものを巻かれ視界を奪われ痛めつけられた。
殴られたし、腕を折り曲げられるような感覚も味わった。
もっとも痛みはあるが折れてはいない。
今もまだ視界は真っ暗で、しかも自分は縛られている。
そんな幸雄を少し離れている場所から見ている人間がいた。
(……さて、どうするか。こいつは用済みだ。だったら……)
スッとナイフを取り出した。簡単だ、頭を持ち上げ、ナイフを喉にあててひけばいい。


(……だったら片付けても問題はないな)




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