「ぼ、僕達はどうしたらいいのですか?」
邦夫が震えながら言った。
「とにかく例の場所に行って。ここは危険だわ」
美恵は考えたのだ。この場所はすでに例の化け物たちに知られている。
他の化け物が襲ってくるとも限らない。
とにかく今は晃司たちがいる例の場所に行かせるのが一番だ。
「わ、わかりました……でも、場所が」
美恵は桐山たちを見た。
「オレは連れて行く役目はごめんだ。
オレが命懸けで守るのは君だけだ。他の人間に興味は無い」
徹は頼まれる前に早々と辞退した。
「オレも天瀬と一緒にいる。他はどうでもいい、そう思うんだ」
桐山もやはり淡々と答えた。美恵は最後の望みをかけて貴弘を見た。
「断っておくがオレも子守はごめんだな。オレはオレが認めた相手しか興味がない。
オレが守ってやる女は天瀬おまえと、ここには居ない母さ……」
その時だった。空を切り裂く凄まじい音がしたのは。
「……あの音は」
貴弘の目の色が変わった。
「……コルトパイソン……母さんの銃だ!!」
Solitary Island―69―
銃声が一発二発と空にすいこまれていった。
「……どうやら近くにはいないようね」
両手で耳をふさいでいた川田たちはゆっくりを耳から手を離した。
「杉村……おまえのカミさん怖すぎるぞ。
上陸した途端発砲とはな。少しは静にするように言っておけ」
「何ってるんだ川田。貴子はいつだって間違ったことはしない」
「……そうか、よくわかった」
川田はやれやれと溜息をついた。
貴子は突撃銃コルトXM177を手に取ると「行くわよ弘樹」と歩き出した。
「おい千草、どこに行くんだよ!!」
慌てて七原が止める。
「決まっているでしょう。息子を探しに行くのよ」
「待てよ!!単独で行動したら危険だ、まずは作戦を立てて……」
「こうしている間にも、あたしの息子が危険にさらされているかもしれないのよ。弘樹、あんたも七原と同じ意見なの?」
「まさか。オレはおまえと一緒に行く」
「そう、じゃあ行くわよ」
「ああ」
七原は慌てた。
「お、おい待てよ二人とも!!」
「ほかっておけ七原」
そんな七原を今度は川田が止める。
「なんでだよ川田」
「子供達がどこでどうしているのかオレたちには見当もつかないんだ。手分けして探したほうがいい」
「……でも」
「オレは三村と一緒に行動する。おまえは相馬と一緒にいろ」
「え”?」
「よろしくね七原くん」
光子がやけに明るい声で顔面蒼白の七原にそう言った。
「ど、どうしたんですか杉村くん?」
確かに今何か音がした。しかし委員長たちには何の音かはわからなかったようだ。
しかし、貴弘にはわかった。
幼い頃より、母に連れられ射撃場に通っていた貴弘には。
母がコルトパイソンを片手で使いこなし、射撃をしている姿は凛として美しいものだった。
聞きなれた音だ。間違えるわけがない!!
「……確かに、あの音はコルトパイソンだな」
徹にもわかった。軍人のエリートなのでそのくらい聞き分ける耳は持っている。
「母さんがこの島に来ている」
その言葉に美恵は驚愕した。
この島に来ている?子供をプログラムに取られた親は大抵泣き寝入りなのに。
第一、この島は科学省の極秘の島。一般人なんかが来られるわけがない。
「母さんの銃だ。オレが聞き間違えるわけがない。母さんが来ているんだ……」
貴弘は嬉しいと思うより先に母が危ない、そう思った。
この島には得体の知れない化け物がうろうろいる。
そんなところに母がうろついたら……考えるだけでぞっとする。
「……くそ!」
本来なら美恵のそばについていてやりたいが……非常事態だ。
「桐山、佐伯!今だけは天瀬を守る役目譲ってやる、いいか今だけだぞ!!」
貴弘はそう言うと全速力で走り出した。
(母譲りの脚力だ。もっとも得意は短距離だが)
「君に言われなくても守ってあげるよ。……と、言ってももう聞こえないか」
徹はやれやれと腕を組んだ。
(母親なんかがそんなに大事なのか?変な男だ。オレだったら、あの化け物に襲ってもらうことを祈るくらいだね。
もっとも、オレを生んだ女はとっくの昔に死んでいるけど)
貴弘が走り去ったのを見て美恵は困惑した。これではクラスメイトたちの道案内が出来ない。
かといって幸雄たちを見殺しにするわけにもいかない。
(……仕方ないわね)
美恵は拳銃を取り出すと「誰か銃扱ったことのあるひといる?」と質問した。
クラスメイトたちは驚いている。
中にはぶんぶんに頭を振っている者もいる。
まあ無理もない。中学生が銃なんかを扱っていたら、その方が不気味だ。
しかし、一人だけ例外がいた。拓海がスッと手を上げていたのだ。
「……吉田くん、あなた銃を扱えるの?」
「……うーん、今ひとつ自信ないな。でも何回か親父たちに射撃場に連れて行ってもらったことあるから。
後学の為に銃くらい馴れておけって。オレの家代々軍人だからな」
「そう。だったらお願い」
美恵がポンっと銃を投げてきた。空中で受け取る拓海。
それから美恵は近くの机の上にあったメモ用紙に簡単な地図を書き込んだ。
「私達は内海くんを探すわ。あなたたちは、この場所に避難して。
すぐに出たほうがいいわ。例の化け物がまた来るかもしれないから」
誰かが「ひっ」と叫んだ。
「天瀬もオレたちと一緒に来たほうがいいんじゃないのか?女には危険だろ?桐山たちにまかせてさぁ」
「断っておくけど、彼女が探さないならオレも探さないよ」
「オレもだ」
徹と桐山はすかさず冷たい言葉を吐く。
「……そうか、じゃあ仕方ないな」
「じゃあ吉田くん、みんなをお願い。行きましょう二人とも」
「待って、あたしも一緒に行くわ」
千秋が手を上げていた。
「ゆっくんをおいて一人だけ避難するなんて出来ない。あたしも行くわ。連れて行って」
それは、たった二人っきりの姉弟としての当然の感情だろう。
「お願い、あたしも連れて行って。足手まといになるようなマネはしないわ」
千秋は必死だった。
確かに千秋はしっかり者でバレー部のエースだけあって運動神経もいい。
しかし、それはあくまでも普通の生活の中においてでだ。
今は通常ではなく異常な事態。
「もし足手まといになるようなことになったら見捨ててくれてもいいから」
千秋は本気だった。
徹は表情には出さなかったが内心では苦虫を潰している。
桐山は特になにも考えていなかった。
美恵は少し考えてから「わかったわ。その代わりハードになるわよ」と念を押した。
「ありがとう天瀬さん」
千秋の表情が明るくなった。反対に徹は「ちっ」と心の中で舌打ちした。
「おい美恵」
小声で徹が囁いてきた。
「いいのかい?どう考えても彼女は邪魔者だよ」
「いざとなったら守ってくれるでしょう?」
「オレが?まさか。オレは君以外の女は興味ない。むしろ嫌悪感すら感じるね。絶対に守ってやらないよ」
「そう」
「嬉しいかい?オレが守るのは君だけさ」
「その私はずっと彼女のそばにいるのよ。私を守るということは千秋さんも守ることよ。わかってる?」
徹はまたも心の中で舌打ちした。
「じゃあ、オレと三村は杉村たちとは反対方向に行く」
「オレと相馬は?」
「おまえたちは、ここに残れ」
それは子供達を助けにきた人間には残酷な言葉だった。
「おい待てよ!この島のどこかにオレの子供たちがいるんだぞ。大人しく待つなんてこと出来るものか!!!」
「そうよ!!七原くんの子供はともかく、あたしの息子はどうなるのよ!!」
相馬……おまえも人の子の親だったんだな。
七原の子供はともかく……ってのは、おまえさんらしいが。
川田は苦笑しながら、さらに言った。
「よく考えてみろ。この島にいるのがどんな奴なのかオレ達は知らない。
だが、そいつがオレたちを無差別に攻撃するような連中で知恵があったらどする?
オレがそいつらの立場なら、まずこの島から出さないことを考える。つまり……船を襲うってことだ」
七原はハッとして自分達が乗ってきた高速艇を見た。
これを破壊されたら元も子もなくなる。
「わかったか?おまえと相馬にはこの船を守ってもらいたい。いいな?」
七原は口惜しそうに唇をかんだ。
「そんな顔をするな。おまえの子供たちはオレたちが必ず保護してやる。
だから、今のうちに感動の再会を想定してドラマ的なセリフを考えておけ」
「……川田」
「いいな七原?」
「……ああ」
本当ならすぐに探したい。しかし川田が正しい。
いつだって、川田は正しいんだ。七原はグッとこらえることにした。
そして、この時七原たちは気付くべきだった。
自分達を見ている一人の人間に――。
「……なんなんだ、あいつらは」
なぜ、この島に……遠すぎて何を話しているか聞こえない。
じっと凝視した。
こちらを向いている男。その顔を見て思った。
(……内海に似ているな。何を言っている)
何か必死になって坊主頭(こっちは後ろ向きだ)に何か訴えている。
(……『た・の・ん・だ・ぞ・か・わ・だ……ゆ・き・お・と・ち・あ・き・を』……
あいつ、内海たちの父親か?
確か……例のプログラムで脱走して反逆罪に問われている城岩中学三年B組の生徒の生き残りだったな。
隣にいる女は……相馬光子か?あの金の亡者の相馬にそっくりだ、間違いない)
連中は子供達を助ける為にきたんだな。
……それは困る。今、この島から脱出されたらオレの計画が水の泡だ。
仕方ないな……あの船からしばらく離れてもらうか。
「はぁ……はぁ……クソ……すまない内海」
伊織は岩陰に隠れて辺りを見渡した。
3人で逃げた。しかし、逃げてる途中で前方からも新手の化け物が現れたのだ。
咄嗟に伊織は左にあった獣道を走った。気付いたときには幸雄も昌宏もいなかった。
離れ離れになっていたのだ。
「……とりあえず、元の場所に戻ろう」
岩陰からそっと一歩でた伊織がギクッとなった。
例の化け物がいる。いや、化け物というより恐竜に近い大型は虫類が。
恐竜に似ているといっても背の高さは自分とはそう変わらない。
しかし、奴は頑丈そうなうろこで覆われた体に、強靭な尻尾。
何よりいかにも凶暴ですといわんばかりの爪と歯がある。
(まずい。今見つかったらおしまいだ)
伊織はジッと岩陰から様子を見ていた。
そして心臓が止まりそうになった。
その醜い爬虫類野郎(F2と呼ばれる科学省の作品だが)がクルッとこちらを向いたのだ。
そして「くぇっくぇっ!!」とおぞましい叫ぶ声をあげると一気にジャンプした。
伊織の心臓は一気に大きくはじけた。
爬虫類野郎が自分が隠れている岩のてっぺんにスタッと飛び乗り、こちらを見下ろしているのだ。
「くそ!!」
逃げた。とにかく逃げるしかない。しかし、奴はまたしても一気にジャンプ。
一瞬で伊織の前方に着地。伊織はクルリと向きを変え反対側に走った。
いや、走ろうとしたが足を止めた。なんと後方からも一匹きている。
(しまった、挟み撃ちだ!!)
なんてことだ。見かけは低脳な爬虫類なのにチームプレイがいいなんて!!
いや、感心している場合じゃない!!
どうする!!?どう考えても突破口なんてない!!
口惜しいがオレはこの化け物たちの餌食になるのか?
石黒や西村のように無残な死体になるのか?
こんなことなら鬼頭に一言好きだっていっておけばよかったな。
こんなことならもっと親孝行してやるべきだった。
こんなことならもっと……。
「ギィィー!!」
またもジャンプしてきた。もうおしまいだ!!
伊織はギュッと目を閉じた。
その時、ズギューン!と聞きなれない音が響いた。
(え?)
なんだ、この音は?
とにかく、ぎゃぁ!!と凄い声を上げて今しがた自分に飛び掛ってきた化け物が吹っ飛んでいた。
血を流している。もう一匹も飛んでいた。
自分ではなく、ほかの者に襲い掛かっている。
「調子に乗るんじゃないわよ。この化け物っ!!」
再びあの音が轟いた。
もう一匹も血を噴出し、その場に突っ伏した。
「大丈夫か!!」
今度は男の声だ。自分に駆け寄ってきた。
そして、「貴弘か!?」と、伊織に駆け寄り……いや、駆け寄る前にこう言った。
「……違う」
随分と落胆した声。
伊織はゆっくりと振り向いた。男と女がたっていた。
「……違う。うちの子じゃない」
男のほうがガクッとその場にうなだれた。
「……どこにいるんだ?」
「落ち込んでいる暇があったらその子から情報聞き出しなさいよ。わかってるの、弘樹!!」
「……そ、そうだった!!」
男が立ち上がり、伊織に駆け寄り両肩を掴むと揺さぶった。
「君!うちの息子は!!貴弘はどこにいるんだ!?」
「む、息子さん?……杉村……のご両親?」
「ああ、そうだ!君のクラスで一番ハンサムでカッコよくて勉強もスポーツも何でも一番の杉村貴弘だよ!!」
「す、杉村とは……その別行動してるんです。この島のメイン施設に行ってるはず」
「別行動?……そうか、だったらこんなことしている暇はないな」
男は立ち上がった。
「貴子……どうする?」
「決まってるでしょ。その施設に行くわよ」
「ああ、そうだな」
二人は再び歩き出した。そして数秒後、杉村はハッと気付いた。
「……貴子、さっきの子」
「あの子がどうしたのよ」
「あのまま、ほかっておくわけにもいかないんじゃないのか?仮にも貴弘の同級生だし、一応助けてやら無いと」
「そうね。だったら連れてきなさいよ。面倒はあんたが見るのよ」
「ああ、わかった」
こうして伊織は何がなんだかわからないうちに貴弘の両親と名乗るカップルについていくことになった。
なぜ、貴弘の親がここにいるのか、伊織は混乱した。
しかし母親だと名乗った女性は貴弘とそっくりな顔立ちなので、本当の両親に違いないだろう。
しかも銃を持っている。今はこの二人についていくのが一番確実だろう。
「……あの杉村さん」
「なんだい?」
「どうして、この場所がわかったんですか?オレたちは漂流してこの島に来たのに……」
「説明すると長くなるから今はいえない。それより貴弘を探し出して保護しないと」
「……はあ……そうだ、あの!」
「なんだい?」
「内海たちを助けてください!オレたち化け物に追われて逃げてる途中だったんです!!
途中で内海たちとはぐれてしまって」
「内海?もしかして内海幸雄くんか?」
「はい」
その生徒の名前を確認した杉村は困惑した表情で言った。
「どうする貴子?間違いない……七原の息子だ」
「仕方ないわね。取り合えず、その辺りを捜索して……」
その時だった。
「うわぁぁー!!だ、誰だ、貴様……うっ……」
「あ、あの声は!!」
「内海……内海の声だ!!」
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