秀明はクルッと向きを変えると歩き出した。
「い、行くって?」
「長居は無用だ。すぐにここを出る」
真一は秀明についていくことにした。
この暗闇の中(非常灯のあかりでなんとか見える程度だ)まるで見取り図を見ているようにスタスタ歩いている。
しばらくして真一はあることに気付いた。
「……堀川、こっちは違うんじゃないのか?
オレも正確に覚えているわけじゃないが、方角が正反対のような気がするが」
「上に出る前にやることがある」
やること?一体なんだ?
真一は疑問符を浮かべながら秀明についていった。
やがて秀明はある部屋の前に辿り着いた。灯油缶が二個ほど置いてある、細長いロープも。
「このロープに灯油を染み込ませて導火線代わりに使う」
「何のことだ?」
「これを見てみろ」
秀明は、その部屋のドアを左右に大きく開いた。
真一の目が開かれる。その部屋の床いっぱいに見たこともない細長い球体状のものがそそり立っていた――。
Solitary Island―65―
「川田、疲れただろう。操縦代わろうか?」
「いやいい。オレは丈夫なだけがとりえだからな」
「そうか」
「三村」
「何だよ」
「順調に行けば数時間後にはオレたちは島に到着する。運が良ければ生きている子供達にも会えるだろう」
「ああ、そうだな。それに政府を潰すネタも」
「おまえは政府つぶしのネタより、もっと大事なことがあるだろう?」
「……なんだよ」
「おまえ、一度でも真一と腹を割って話し合ったことがあるのか?」
「…………」
三村は困った。話し合いどころか、普段滅多に挨拶もしてない。
「おまえ自身、いい家庭で育ったとはいえない事は知っている。
そのせいで、おまえが家庭に疎い人間になったことも。だがな人間は努力次第で、どうとでも変われるものだ」
「言いたいことはわかるよ川田。でもな……」
三村は本当に困ったように呟くように言った。
「手遅れってこともある。一度砕けたものは二度と元には戻れないんだ」
「……なんだよ、これは」
オレは動物学なんてかじったことも無い……。
だが、だがこれは……これはもしかして……。
「奴等の卵だ」
真一の額から汗がツツー……と流れ落ちていた。
「……奴等の卵だと?」
「ああ、そうだ」
真一は改めて部屋を見渡した。いくつある?30?40?……いや50はある。
「グズグズするな。すぐに処分する」
秀明は灯油缶を持ち上げると、何の迷いも無く部屋に入り左端の卵から灯油をかけ始めた。
真一もハッとしたように、すぐにもう一つの灯油缶を持ち上げると秀明とは反対側の卵に灯油をかけ出した。
灯油缶が放り投げられた。
「で、後はこのロープの先に火をつけて、オレたちはとんずらか?」
「ああ、そうだ」
「……生まれる前で良かったぜ。こんな数の化け物いくらなんでも多勢に無勢だ」
考えただけでぞっとするぜ。真一は卵を見たショックより安堵感を感じていた。
「とにかく、さっさと火をつけてトンズラしようぜ」
「…………」
秀明は返事をしなかった。
「どうした堀川?巻き添えをくうなんてゴメンだぜ、さっさと……」
「……もう遅い」
「……なんだと?」
真一は再度卵を見た。その一つがパカっと開いた。中から何か出てくる。間違いない、あの化け物だ!!
「くそっ!堀川、すぐに火をつけるんだっ!!」
真一はライターを取り出した。ほぼ同時に銃声が鳴り響いた。
「こっちのほうが早い」
秀明が硝煙の昇る銃を手にしている。そして発火。火の手は上がった。
しかし、真一は見た。卵が一つ……さらに二つ……次々に割れている。
「どうやらベビーラッシュのようだな」
秀明はとてもじゃないが冗談ではすまないような言葉を吐いた。
「何言ってるんだ、逃げるぞ!!」
真一はすぐにドアを閉めると鍵をロックした。
二人が走り出すと同時にドンッ!!ドンッッ!!!と、ドアに体当たりするような音が盛大に聞こえた。
「……な、なんだ!?……床が溶けてる?何だよ、こいつは!!」
見た感じ、まだ小さい……中型犬程度の大きさだ。
だが、血液が強力な酸で出来ているなんて!!
「ほらほら寺沢。グズグズしてる暇はないよ。さっさと逃げる仕度しなよ」
「相馬!おまえ、よく平気でいられるなっ!!」
こんな状況だというのに冷静すぎる洸に海斗は苛立ちさえ覚えていた。
「平気なわけ無いだろ。こんなに焦ったのは、株の暴落で大損したとき以来だよ」
そんな海斗に洸はまたしても神経に触るような言葉を浴びせた。
「適当に役に立ちそうなものは持っていこうよ。ほら、ほら、さっさとしなよ。時は金なりって言うだろ?」
それから洸はチラッとドアのほうを見て言った。
「それにお二人さんも戻ってきたみたいだしね」
それは海斗がずっと待っていた言葉だったに違いない。
洸の言葉を裏付けるように、タタッと二組の足音が聞こえだした。
やがて、秀明と真一が姿を現した。海斗の顔がパアァっと明るくなる。
「よかった!おまえたち、無事だったんだな!!」
素直に喜ぶ海斗だが、秀明と真一、特に真一には再会を喜ぶ余裕なんてなかった。
「逃げるぞ、おまえたち!!」
「に、逃げるだって?」
「奴等が追ってきてるんだ!!」
奴等って誰だよ?なんてバカな質問するわけがない。その代わり海斗は即座に一つの質問をした。
「何匹くらいだ!?」
「一家勢ぞろいさ」
それは曖昧すぎる答えには違いなかったが、それだけで敵が一匹や二匹でないことくらいはわかる。
海斗も洸もすぐに走り出したが、真一が一旦とまった。
「三村!何してる、早く逃げるぞ!!」
「ああ、わかってる。置き土産をおいてくだけだ!!」
真一はガス栓をひねった。すぐにシューシューと嫌な音が部屋の中に流れ出す。
「よし、行くぞっ!!」
部屋を出るとすぐにドアを閉めた。
「相馬っ!爆弾を一つよこせっ!!」
洸は「ああ、そういうことね」と笑みを浮かべて袋の中からダイナマイト状の爆弾を取り出した。
真一は、その導火線に火をつけると「行くぞっ!!」と言って走り出した。
元々、運動神経のいい連中なので瞬く間にもと来た廊下を走り、例の洞窟の入り口まで来た。
ドアに体当たりする音が、かすかだが聞こえてくる。
4人は洞窟から出た。ほぼ同時だったに違いない、火が導火線の終点に辿り着いたのと。
そして、やはり同時だった。化け物達がドアを突き破ったのも。
爆弾が爆発。さらに部屋の中に充満していたガスに引火!!
それは相乗効果となり、凄まじい爆発を生み出した。
「……やったぜ。化け物め、全滅だ」
真一はニヤッと笑った。
「……や、やったのか?本当に全滅したのかよ?」
海斗は半信半疑のようだ。
「だったら確かめるか?」
秀明はスタスタと近寄った。
「お、おい堀川……気をつけろよ」
秀明が近づくと、他の三人も少し離れてはいるが後に続いた。凄い熱、近づいただけで息が詰まる。
「……これじゃあ、いくら化け物でもひとたまりもないぜ」
真一は確信していた。全滅確定だと。
その瞬間だった、何かが飛び出してきた。秀明目掛けて――。
「あ、あの音は……」
美恵は震えていた。化け物に対する恐怖ではない。
いくら化け物でも、爆発を誘導するなんて知的なことができるわけがない。
事故ででも無い限り、誰かが故意にやったということだ。
その誰かとは、今この場所にいない秀明たちに他ならない。
「ひ、秀明っ!カイ!!」
美恵は走り出していた。しかし、その美恵より早く反応していた者たちがいた。
それは桐山と晃司だった。あっという間に姿が小さくなっている。
さらに隼人や晶もそれに続く。
とにかく、一部の生徒が動くと、他の連中もつられたように動き出していた。
まるでアフリカ大陸ヌーの大移動で、最初の一頭が川に飛び込んだ途端、一気に群れが川になだれ込むかのように。
「ギシャァァー!!」
な、何てことだ!生き残りがいたなんて!!
秀明の後に続いていた三人は、そんなことを考える暇さえなかったことだろう。
しかし秀明は冷静だった。
くたばりぞこないに銃を使うのは勿体無いと思いナイフを取り出すと、その喉元目掛けて投げていた。
化け物の身体は空中でストップして、そのままストンと地面に落ちた。
ジュワァァ……と、喉から出た血液でナイフが溶けている。
真一たちは用心深く近寄ってきた。
「……も、もう動かないよな?」
それは杞憂だった。どうやら完全に息絶えたようだ。
「なんなんだよ、こいつは?」
海斗がやっと、その一言を搾り出した。
「さあね。未知の生物なんじゃない?高く売れるかもよ」
洸がまたしても無神経な言葉を吐き、海斗はギッと睨みつけた。
「どうする堀川?」
真一は秀明に意見を求めた。
この特異な状況では秀明に従ったほうがいいと判断したのだ。
「……誰か来るぞ」
一旦、切れたはずの緊張が再びピーンと糸を張ったように真一や海斗の全神経に集中された。
「どっちだ!?」
「あっちだ」
秀明はスッと左の方向に指差した。真一と海斗はその方角を睨みつける。
しかし、その方角から現れた者をみて、二人はこころからホッとした。今度こそ本当に。
現れたのは桐山と晃司だったのだ。しかも次々にクラスメイト達が姿を現した。
どうやら、あの爆発を聞きつけてきたのだろう。
なんだ、思ったより近くにいたんだと、真一たちはそう思った。
「秀明、無事だったようだな」
「ああ」
秀明と晃司は簡単にそれだけの言葉を交わした。
「秀明!よかった、無事だったんだな!」
志郎は駆け寄ってきて「怪我はないか?何があったんだ?」と根掘り葉掘り聞いてきた。
秀明はそれに対し簡単明瞭に「心配ない」とだけ言った。
それから志郎は真一たちを見て「三村たちも無事だったのか」と、やっと三人の存在に気付いたように言った。
「よかった、無事だったのね!!」
美恵だった。美恵の姿を見た途端、真一と海斗の表情が緩んだ。
「良かった天瀬、無事だったんだな。心配し……」
真一が言い終わらないうちに海斗が駆け出していた。
「美恵!!」
「カ、カイ……っ」
そして美恵を抱きしめていた。
「……良かった。心配してたんだ……本当に良かった」
「……カイ」
海斗は痛いくらいに美恵を抱きしめた。
「あなたこそ無事でよかった。……怖い思いしたでしょう?」
「……おまえが危険なときにそばにいてやれないことが一番怖い」
嬉しい言葉。その抱擁シーンも美しいものだった。
海斗が下心ないというこを理解できない桐山や徹や貴弘が二人を引き離しにかからなければ。
さらに言えば隼人が止めなければ雅信が何をしていたか。
やがて遅れて桐山や特選兵士以外の生徒達、つまりごく普通の善良な一般生徒の足音が聞こえてきた。
「晃司……アレを見られるのはまずいんじゃないのか?」
「もう手遅れだ。ほとんどの奴が多かれ少なかれ襲われ奴を見ている」
そんな会話が晃司と秀明の間で交わされている、間に彼等は来てしまった。
女生徒と一部の生徒たちは残ったようだが、それでも大勢だ。
幸雄、拓海、伊織、昌宏、悟、純平。それに運動オンチの隆文まで。
「な、何があったんだよ!!」
このメンバーの中では一番足が速い幸雄が最初に姿を現した。
そして拓海、伊織、と次々に姿を現し、見てしまった。例の化け物の死体を。
昌宏はすでに何度も襲われた経験者だったのでそれほど驚いてはいなかった。
しかし、一度は派手に襲われた幸雄や拓海も驚きを隠せなかったようだ。
まして伊織や悟は自分の目を疑ったことだろう。
一番驚いたのは隆文だった。
その死体を見るなり爆発に匹敵するような悲鳴を上げたのだから。
「こ、こ、こ、これは!こいつはっっ!!」
「お、落ち着け楠田!!!」
「こー、こ、こ、こ、こいつはぁぁぁー!!」
「だ、大丈夫だよ楠田!!死んでるから襲ってこない!!」
幸雄も内心叫びたい状態だった。
しかし、先に隆文が発狂したのではないか?というくらい取り乱してしまったのでそれどころではなくなった。
「な、なんなんだ……こ、こいつは!!」
隆文はその化け物のそばに近づいた。
そして、メガネのふちをつかみジッと見詰めた直後、ガクッと、その場に膝をついた。
「……あ……ああ……」
その様子を見た晶は心の中で舌打ちした。
(……発狂者第一号か。この調子では他の連中もいずれ)
が、晶の考えは違っていた。
「や、やったぞぉぉぉー!!」
隆文は両腕を天に向けてあげていた。
「く、楠田?」
幸雄は一瞬、呆けた。
「……見てるかモルダー……ついに、ついに……この時がきたんだ」
「ど、どうしたんだよ楠田?」
隆文が笑っていた。幸雄は焦った。
まさか、もう完全にいかれたのか?
「やったぞ、見てるかモルダァァー!オレはついに地球外生命体と接触したんだぁぁー!!」
『今まで生きてきた中で一番幸せです』――by楠田隆文
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