「ち、ちくしょうぉぉ!!」
礼二は口惜しそうに叫んだ。実際に口惜しかったに違いない。
こんなことなら、あっちの優男にすれば良かった!!
身の程知らずにも、そんなことを考えていた。
とにかく、このままでは、この生意気そうな男に殺される!!
本能でそう感じた礼二は立ち上がると振り向きもせず走り出した。
本当なら「今日のところは勘弁してやる!ありがたく思え!!」くらいの捨て台詞を残したいくらいだ。
しかし礼二にはそんな余裕は一切ない。必死になって逃げ去った。
仮にも軍の中で育っただけあって、その走りはそれなりにスピードがあった。
礼二の姿が見えなくなると晶は「なんだったんだ、あのバカは」と、呟いた。




Solitary Island―62―




「……ここ、さっきも通ったよね」
蘭子は忌々しそうにそう言った。
「はい……あの木の枝に見覚えがありますから」
邦夫は完全にヘトヘトだが、女の蘭子が気丈に歩いているのだ、自分もしっかりしなければと思い必死になってついてきたのだ。
「安田、疲れているんなら少し休もうか?」
「と、とんでもない……ら、蘭子さんこそ疲れているのに……ぼ、僕だけ」
「全く、相変わらず生真面目な男だね。まあ、そこがあんたのいいところなんだろうけど」
そんな二人の耳に何かが聞こえた。


「安田、今何か聞こえなかった?」
「い、いえ……何も」
「……ほら、もっとよく耳をすませてみて」
邦夫は言われた通り、聴力に全ての精神力を注いだ。瞼もとじ、ひたすら耳に集中した。


「鬼頭ぉぉー!どこにいるんだっ!?」


「……あ、あの声は!」
「聞こえた?」
「は、はい聞こえました。あの声は……山科くんですよ」
二人はお互いの顔を見合わせると、同時に二人して叫んでいた。

「や、山科くん!!こっち、こっちですよ!!」
「山科っ!ここよっ!!」

その声が届いたのか、こちらに向って足音が近づいてくる。
そして茂みをかき分け、伊織が姿を現した。

「鬼頭!良かった無事だったんだな!!」
伊織は駆け寄ると「怪我してないか?」と必死になって質問してきた。
「あたしは大丈夫よ。安田は随分へばってるみたいだけどね」
「安田、おまえも無事だったんだな……良かった。この島は危険なんだ。離れ離れにならないほうがいい。
あっちに建物がある。そこに高尾や早乙女がいるんだ。そこに行こう。二人とも随分疲れただろう?」














「晶、おまえ、なぜ奴をみすみす逃がした!?納得のいく説明してみろよ!!」
「オレはあいつの顔も知らなかったんだ。因縁つけるなよ」
「なんだとぉ!?」

晶と勇二が再会早々ケンカを始めていた。
ケンカというよりは勇二が一方的に切れ、晶は相手にせずと言った感じだったが。
今、この部屋にいる人間は7人。晶、勇二、攻介、徹、薫、雅信、そして晃司だ。


あの後、何があったのかと言えば、モニターを見ていた晃司が迎えに来た。
そして、全員ひとまず例の建物に行くことにした。
その建物内の司令室にある地図と隠しカメラが送ってきた画像、さらには貴弘からの情報をもとに隼人たちの位置を確認。
(確認している途中、蘭子と邦夫を伴った伊織が帰ってきた)
晶が隼人たちを迎えに行った。
(そして、偶々礼二のことを口にした途端、顔見知りだった勇二がベラベラ喋りだし、礼二の素性がわかった)
隼人たちが到着すると美恵は笑顔で出迎えた。
もっとも、徹が同時に駆け寄り、まるで映画のワンシーンのように美恵を抱きしめ、それが元でひと悶着あったのは言うまでもないが。
(昌宏と理香も感動の再会を遂げた。ふたりが、またいとこだと知った純平が「お義兄さん」などと呼んでいた)
そこで簡単にミーティングをした結果。取り合えず浜辺で待機している連中も呼びに行くことにした。
今、隼人と直人が向っている。 もう30分も前の事だ、そのうちに疲労困憊の俊彦の顔を拝むことになるだろう。
別室では女生徒たちと、晶曰く軟弱な一般男子(邦夫、純平、誠、昌宏、伊織、瞬)が仮眠を取っている。
いざというとき動けないのでは困るので休めと言ったのだ。
桐山と貴弘は体力的にも精神的にも特に必要ないらしく、彼等の(いや、正確には美恵の)そばについてやっている。




「……ん」
天瀬、寝言を言っているのか?」
「夢でも見てるんだろう」
貴弘がそう言うと桐山は「……夢……か」と、まるで珍しそうにつぶやいた。
「そうだ。おまえも夢くらい見たことあるだろう」
「…………」
桐山の反応に貴弘はまさかと思いながら言った。
「……ないのか?」
「……ああ」
「……夢というのは聞いたこともあるし、どんなものかも知っている。だがオレには経験がない。いいものなのか?」
貴弘は何と言っていいのかわからず、前髪をかきあげた。


「そうだな。いいものか、悪いものかは個人差があるだろう。
オレの親父は仕事の打ち上げに珍しく酔って帰った夜夢見て『貴子許してくれ!!』と物凄い形相で目覚めたときがあった。
目が覚めた途端『……生きてる』と呟いたんだ。どんな夢見たたのか……まあ想像はつくから聞かないけどな」
「……そうか」

夢……か。天瀬も夢を見てるのか?
どんな夢を見てるんだ?














「はは、ほらこっちだ。早く来いよ」
「まって、まってよ……早すぎるよ」
……ぴぃ……ぴぃ……
「あれ?」
「どうした美恵?」
「小鳥が……見て怪我してる」
「出血してるな。鷹かカラスに襲われたんだろう。右の羽はちぎれかけてるし、もう助からない時間の問題だ」
「苦しんでる。助けてあげて」
「こいつが苦しいと美恵は嫌なのか?」
「うん、可哀想だよ」
「そうか、わかった。すぐに楽にしてやる」
少年が小鳥の首を掴んだ……そして。
『ビギィィィッッ!!!』
小鳥は物凄い叫びをあげるとガクッとうなだれた――。


「…………」
「これでもう苦しまない。どうした美恵?」
「……あ」
「どうした?」
「……う……うわぁぁーん!」
美恵、美恵、どうした?泣くな」
「うわぁぁー!!」
「泣くな美恵……頼むから泣かないでくれ……頼むから。おまえが泣いたら……オレはどうしていいかわからない」















「……どんな夢をみてるんだ?」
「さあな天瀬でないとわからない」
「だが……楽しい夢ではないな」
「どうして、そんなことがいえる?」
「見てみろ。天瀬は泣いている」




「奴は何か知っている。それも重要な情報を。そうだな晃司?」
「ああ、間違いない」
「だったら女たちは?奴の女だったんだ、何か知ってるだろう?」
「直接聞いてみろ」
晶は部屋の隅にあったドアを開けた。その向こうには、もう一つ部屋があった。
おそらく仮眠室だろう。六畳ほどのスペースの部屋に洗面台とベッドだけがついている。


「おい、奴はどこに逃げた?心当たりくらいあるだろう」
晶はスッとそばによると威圧的な声で質問した。
「……わ、私達を……ど、どうする気なの?」
千鶴子は余程怖いのかビクビクしている。
「知らないわよ!知っていたとしても、誰が言うものか!!」
美和は相変わらず悪態ついていた。

(……こっちの女は使い物にならないな。このバカ女の方は何か知っている)

晶はスッと片膝を床につけると「大人しく喋った方が身のためだぞ」と言った。
「うるさい!」
「あんなバカに尽くして何になる?必死になって庇う価値があるのか?」
「……う」
美和は言葉に詰まった。確かに、そうだとでも思ったのだろう。
しかし、仮にも敵である連中の言いなりになったら、どうなるか。
美和はそれに危機感を覚え必死になって抵抗していたのだ。


「そんなに話したくないのか?断っておくがオレたちは善良な一般市民じゃない。
こう見えても軍の中で育った人間なんだ。
捕虜から秘密を聞き出すときは多少無茶なこともするよう訓練されている」
「……っ!!」
美和は顔を引き攣らせていた。千鶴子は泣き出している。
「安心しろ。拷問なんてことはしない。オレたちと違って、そういうのは嫌いな女がいるんだ。
だから、おまえたちが協力するのなら、全て穏便に済ましてやる」
「し、信用できるものですか!!」
「それが返事か?よくわかった」
晶は千鶴子の身体の自由を奪っているロープを掴むと立ち上がった。
もちろん、千鶴子の身体も強引に立ち上げられる。
「い、いや!」
「おまえはこっちだ」
晶は千鶴子を半ば引きずるようにして部屋の外に。




「女は吐いたかい?」
徹がまず質問してきた。
「いや、思ったより強情な女だ。徹、この女は美恵たちがいる部屋に連れて行け」
「もう一人は?」
「尋問にかける」
徹が千鶴子を連れて部屋から出ると攻介が顔をしかめて言った。


「……おい、本当にやるのか?相手は女だぞ、それも民間人の」
「オレは忠告した。それでも反抗したんだ、あの女は」
それから晶は雅信に言った。
「雅信、おまえはこういうことは得意だろう?」
「……嫌だ」
「何だと?」
「オレはもう美恵以外の女に労力使う気はない」
晶はあきれたように溜息をついた。
「それが工作員のお言葉か。ご立派なものだぜ」
そして今度は薫に視線を移した。


「薫、女をはかせろ。おまえなら出来るだろう」
「珍しいね。君が僕にお願いするなんて」
「こんな時だ。個人的感情なんかにかまってられるか。やるのか?やらないのか?
それとも、どんな女も言いなりに出来ると豪語していたのは嘘だったのか?」
「まさか。誰に向って口を聞いているんだい?簡単だよ」
「だったら、行動で証明して見せろ」
「わかったよ。全く人使いが荒いな」
薫はさも面倒そうに立ち上がると言った。

「それで手段は?」
「一切問わない」

「OK了解した。断っておくけど美恵には黙っていてもらうよ」
薫が部屋に入ると攻介は額を押さえた。
「……隼人がいなくて良かったぜ。あいつはこういうことは一番嫌いだからな。
はぁ……まったく、よくやるよ、あいつも……」
やがて何か話し声が聞こえてきた。女の方が犬のようにギャンギャン悪態をついているようだ。
さらに、しばらくすると怒鳴り声が聞こえていた。なんだか揉めているようだ。
しかも「ふざけるな!」「女の敵!!」などと何やら乱暴な言葉を連発している。
そして……静かになった。攻介は頭を抱えた。

「……オレは知らないからな。後で問題おきても」














「本当に、本当に千秋は無事なんだな?」
幸雄は歩きながら何度も聞いた。直人はうんざりしたように「何度も聞くな」と言った。
「良かったじゃないか。安心しろ無愛想だが直人は嘘はいわねーよ」
「無愛想は余計だ俊彦」
幸雄は本当に心からホッとしたようだ。
「そうだ、もう一つ聞きたい。なあ……」
美恵さんも無事なのか』……と聞こうとしたら幸雄が言う前に俊彦が「美恵は無事か?」と切り出した。
「ああ無事だ。疲れたから眠っているが」
「……そうか良かった」
俊彦は本当に安心したらしく心から安堵した表情を見せた。


「…………」
その顔を見た幸雄は不安になった。

……なんだ。どうして、そんな顔するんだ?
まさか……まさか、おまえ……美恵さんのこと……。

「随分と心配してたんだな俊彦」
「当然だろ?あいつの顔見るまでは気が抜けないんだよ」
「安心しろ。おまえが守る必要も無い。徹たちがついてるからな」
「オレに……言ってくれるよなぁ……。おまえのそういうところが心配なんだよ。
人間って奴は理屈だけじゃあ生きていけないんだ」


「……お、おい瀬名」
「ん?なんだ内海」
「あの……さ。変なこと聞くようだけど……まさか、おまえ」
「何だよ」
「……おまえは、その」
「……?」

幸雄は色々な意味で複雑な気持ちがした。自分の気持ち、そして千秋の気持ち。
幸雄は美恵のことが好きだった。その自分と同じように俊彦は美恵のことを心配している。
それは、もしかして個人的感情からなのか?
だとしたら自分は困る。はっきり言って俊彦はいい奴だから……。
自分と俊彦では、はっきり言って自信がない。自分が美恵だったら絶対に俊彦のほうを選ぶ。
それ以上に千秋のことが気になった。


「……その、おまえさぁ……もしかして」
「もしかしてなんだよ?」
「……あ、あのさ……おまえ、クラスに好きな子いるか?」

唐突な質問に俊彦の目が僅かに丸くなった。

「何でそんなこと聞くんだ?」
「ほら、うちのクラス二枚目多いだろ?その上、女子少ないからさ。
だから、そういうこと気になるんだよ……」
「まあ、確かに多いな」

俊彦は徹や薫を思い浮かべて(……いくら顔が良くて女にもててもあれじゃあなぁ)と思った。




「おまえの好きな子いるか?ほら例えば鬼頭なんか顔もスタイルもいいだろ?
それに……身内のこというのは何だけど千秋も結構美人だろ?」
「委員長か。確かに美人だな、彼氏くらいいるんだろ?」

いるわけないだろ!この鈍感!!

「なあ……おまえさぁ、千秋みたいなタイプどう思う?」
「どうって?まあいいせんいってるんじゃないのか?」
「……なあ、もしも鬼頭とか、うちの千秋がおまえのこと好きだったら、さ。
付き合って欲しいと言われたらどうする?」
「はは、光栄だな」
「真面目に聞いてるんだ。答えてくれよ」

幸雄はなんだか本当に真剣な表情だった。なんだかわからならいが真面目に答えてやるべきなんだろうな。
俊彦はそう感じたのだろう。真面目な表情で言った。


「いるぜ。好きな女、このクラスにな」
それから少し口惜しそうに前髪をかきあげながらさらに言った。
「……でも、ずっと前にあきらめた」
それでわかった。少なくても千秋では決してない。
「あきらめたって?それでも好きなのか?なんであきらめたんだ?」
「オレなんか比べ物にならない男がそばにいるから」
「……だったら、他の女を好きになろうって思わなかったのか?」
「関係ないな。オレは命懸けでその女に惚れてるんだ」


「二人ともおしゃべりはそこまでだ。到着したぞ」
見ると数十メートルほど先に確かに建物の入り口らしきものがある。志郎が飛び出していた。
美恵っ!晃司っ!!」
「お、おい待てよ志郎!!」
途端に俊彦は走り出している。
「あいつも大変だな。志郎のお守りは」
直人は同情めいた表情で二人の後姿を見ていたが、幸雄にはそんな余裕は無かった。


『オレは命懸けでその女の惚れてるんだ』

「……命懸けか」

かなわないよな。勝てっこないオレも千秋も。
でも、それなら、どうしてあきらめたんだ?オレなら絶対にあきらめたりしないのに。
相手が誰だろうと。例え海の向こうのお姫様だって追いかけるのにな。
なんでだろう?














美恵っ!!」
「静にしてくれないか。天瀬が起きる」

ドアを開けた途端、桐山が注意を促してきた。
志郎は慌てて口を閉じると、そっと美恵に近づいて、その寝顔を見詰めた。
「寝てるのか」
「疲れたんだろう。静かにしててほしい」
「ああ、わかった」
志郎は美恵のそばにあった椅子に腰掛けると、その寝顔をジッと見詰めた。
「なあ他の連中は?」
俊彦の問いに徹は「廊下を真っ直ぐ言って三つ目のドアの中さ」と簡潔に答えた。
俊彦は美恵の寝顔を見て安心すると、取り合えずその部屋に行くことにした。




「おーい、おまえら怪我はなかったか?」
ドアを開けた。晃司と雅信は相変わらず無表情で、勇二はなんだか普段よりイライラしている。
晶はすました表情だったが、反対に攻介は頭を抱ええいる。
「……お、おい……どうしたんだよ?」
俊彦の存在に気付いた攻介は頭を抱えたままスッと部屋の隅にあるドアを指差した。
「……?」
何があったんだ?俊彦はジッとドアを見詰めた。

なんだか中から声が聞こえる。二人いるな、男と女が……。
それにしても、あの声……なんだか、様子がおかしい。


「……薫だ」
「薫?何してるんだよ?」
「……オレに聞くな」
俊彦は今度は晶に視線を移した。
「おい、晶」
「尋問だ」
「……尋問って……薫がぁ!?」
途端に俊彦は耳まで赤くなった。
「お、おい!何考えてるんだ、おまえたち!!隼人は知ってるのか?だ、第一……」
バタン……ドアが開いた。
「わかったよ。奴が行きそうな場所は三箇所ほどある」


椅子に座っていた連中はすぐに立ち上がる。
そして部屋の中央にあった台に地図(この司令室で手に入れたものだ)を広げた。
「どこだ?」
「こことここ。ああ、それからこの海沿いに洞窟があって、その中に隠し扉がある。地下施設があるらしい」
「間違いないだろうな?」
晶が念を押した。
「ああ、大丈夫さ」
「騙されていないだろうな?」
「それはないさ」
薫はフフンと前髪をかき上げた。


「彼女はもう僕には嘘はつかないよ」




【残り34人】




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