「ああ」
そう言ったものの伊織には全く名案は浮ばない。
縄も前よりしっかり縛られ、到底縄抜けなんて出来ない。
その時だった、ドアが開き、あの憎い男が姿を現したのは。
「大人しくしてたか?」
「オレたちをどうするつもりだ!!」
「あー、うるさいうるさい。なあ千秋、おまえ、こんな男と一緒にいて面白いか?」
「ふざけないでよ!!あなたなんかに呼び捨てにされるいわれはないわ!!」
「ち、冷たい女だなぁ……。まあいい、オレは新しく見つけた女とヨロシクやってくるから」
女?伊織と千秋の表情が変わった。
「いい女見つけたらデートしてくる。だから、しばらく留守にするけど逃げようなんて考えるなよ。
もし妙なまねしたら只じゃおかないからな、わかってんだろうな?」
「おい待てよ、どういうことだ!?」
「どうもこうもあるか。見つけたんだよ、腰まであるロングヘアの美人を」
腰まであるロングヘア……クラスではたった一人だ。
千秋は即蘭子を連想した。伊織は千秋より早く連想し立ち上がっていた。
「貴様、鬼頭をどうするつもりだっ!!」
「鬼頭?なんだ、あの女も科学省の女じゃないのか。まあ、いい。その鬼頭って奴とランデブーしてくる」
「ふざけるなっ!鬼頭に手を出したら貴様を殺すぞっ!!」
Solitary Island―58―
「……とにかく一度海岸に戻りましょう。望月さんも見つけたことだし」
美恵は皆に提案した。
「……そうだな。他の連中も何か収穫があったかもしれないし。
「ま、待ってくれ!!」
昌宏が立ち上がっていた。
「待ってくれ。まだ理香が……オレのはとこが帰ってない……。
オレは此処をはなれるわけには行かないんだ。だから……」
「多分死んだと言ったのは嘘だったのか?」
「ああ、確かにおまえはそう言った。あきらめたんじゃなかったのかな?」
晶と桐山は無神経にもそう言ってしまった。
攻介が「よせよ2人とも」と小声で非難している。
勿論、2人は攻介の非難ぐらいで応えるような人間ではない。
「待ってよ。理香さんのことも何とか探せないかしら」
美恵だった。
「身内が行方不明になったらどんなに心配か……晶、あなただって輪也くんが行方不明になったら心配でしょう?」
「別に。死んだら、それがあいつの運命……」
と、言いかけると「よせよ晶!」と攻介が横からどついてきていた。
「……仕方ないな。とりあえず一度戻ろう、置手紙を置いて。
とにかく、一度戻って他の連中の情報を聞いてから行動するのが賢明だ」
確かにそうだ……そこで晶の言うとおり昌宏は置手紙を書くことにした。
『理香。オレは例の連中と行動を一緒にすることにした。
……略……もし、帰ってきたら大人しく待っててくれ。
後で必ず迎えに来る。間違っても一人で外を出歩かないでくれ』……と。
「どういうことだ隼人」
「言った通りだ。片付けたのは一匹だけか?」
「一匹殺しただけじゃあ悪いのかよ」
「そうか」
隼人は片膝をついてF3の死骸を見ていたが立ち上がると同時に手を払うような合図をした。
その合図を確認すると、徹、薫、雅信の三人は三方に動いた。
「おいなんだってんだ隼人」
「おまえたちの他に誰かいるか?」
「知るか!!」
「椎名が!!」
拓海だった。
「椎名がいる……向こうのほうに」
「……そうか」
隼人は「いいか、ここから動くな」と言い残すと、拓海が指差した方向に向って歩き出した。
「ぎゃぁぁぁー!!ば、化けものぉぉー!!」
「!」
「あ、あの声……椎名だ!!」
「……でたな」
「でた?何のことだ氷室!!……ま、まさか……。まさか他にも、こんな化け物がうようよいるのか!?」
「おまえたちはここにいろ。こいつらが守ってくれる」
そういうと隼人は走っていた。
「お、おい待てよ!!」
慌てて拓海は後を追ったが、その前方を徹がふさいだ。
「君が行っても何の役にも立たないよ。足手まといになるだけだ」
「……足手まとい?」
「勝てる自信があるのかい?そこに横たわっている醜い化け物のお仲間に」
「鬼頭に手を出したら承知しないぞ!!」
「なんだぁ?もしかして、おまえの女なのか?」
「……!」
途端に伊織は口をつぐんだ。それを見た礼二は意地悪そうに笑う。
「なんだ単なる片想いってやつかよ。だったらオレが手を出してもそれは自由恋愛ってやつだ。
彼氏でもないてめえにとやかく言われる筋合いはないんだよ」
「ふ、ふざけるな!!おまえみたいな奴に鬼頭にちょっかい出されてたまるか!?」
「けっ、いい子ぶりやがって。おまえだって所詮その女をモノにしたいと思ってんだろ?」
「……な!」
それはおかたいくらいに真面目すぎる伊織には衝撃的な言葉だった。
モノにするだって?そんなふしだらなこと考えたこともない。
「ふ、ふざけるな!!おまえと一緒にするな!!」
「ふん、正直になれよ。男なんてみんな同じなんだよ、認めろよ」
「いい加減にしろ、おまえみたいな男と一緒に……」
と、言いかけて伊織は言葉を止めた。
そして礼二のずっと後方を見詰めた。伊織だけじゃない。千秋も同じだ。
一瞬、なんだ?と思った礼二だったが、二人の視線から即何かが背後にあると悟った。
振り返った。そして目を見開いた。
「……た、高尾晃司!?」
「オレの名前を知っているのか。おまえ何者だ?」
「…………バカな。気配なんて少しも感じなかったのに」
「おまえとは違う。それだけだ」
礼二は一瞬ぞっとした。第一級特選兵士は軍に籍を置いているものなら誰でも畏敬の念を持つ特別な存在。
その中でも科学省が誇るⅩ5・高尾晃司は最強と言われていたのだから。
が、一瞬ぞっとしたものの礼二は思い直した。
見たところ高尾は高度な武器を持っていないようだ。
銃撃戦ならテロリスト相手に戦ってきた晃司と自分とでは経験に差がありすぎる。
しかし肉弾戦ならそれほど差は無いだろう。
しかも、この狭い建物内という限られた空間なら尚更だ。
何を怯えることがある?とにかく隙をみて逃げ出せばいいと考えていると、今度は晃司が口を開いた。
「おまえに聞きたいことがある」
礼二は固唾をのんだ。
「なぜオレの後をつけた?」
「……き、気付いていたのか?」
「当然だ。あの低レベルな尾行では嫌でも気付く」
余談だが晃司は嫌味でも何でもなく、思ったことをさらっと口にだしてしまっただけだ。
勿論、言われた本人は嫌味としか受け取っていないだろうが。
「質問に答えろ」
「……うるさい。てめえに一々指図されるほど、オレは落ちぶれていないんだよ!!」
礼二が飛んでいた。そのとび蹴りが晃司の顔面に見事に的中……するはずだったのだが。
「え?」
とび蹴りが一瞬空中で止まっていた。晃司が足首を掴み、その為動きが止まったのだ。
そして……「うわぁぁぁー!!」……バンっ!!
物凄い音が体内から聞こえた。
晃司が足首を掴み、そのまま礼二の身体を床にたたきつけたのだ。これはたまらない。
「……つぅ」
「質問に答えろ」
「う……うるさいっ!!」
礼二はドロップの体勢からバク転、その勢いで立ち上がると、さらに蹴りを繰り出してきた。
が、これも簡単に止められていた。
「……クッ」
「わかってないようだな」
「うわぁ!」
途端にバランスを崩す礼二。それもそうだろう。
蹴りの体勢にでている以上、今自分の身体を支えているのは片足一本、その足を晃司が蹴ったのだ。
ガクッと礼二の身体が沈む。そして……ガンッ!!そんな音が礼二の体内から聞こえた。
沈みゆく礼二のあごに晃司の膝が炸裂していたのだ。
「……き、貴様……っ!」
「断っておく」
晃司は礼二のあごを掴むと一言だけ言った。
「おまえじゃ無理だ」
そして、そのまま壁に向って吹っ飛ばした。
礼二の身体が背中から壁に激突し、伊織の上に落ちてきた。
「……う……っ」
「……つぅ……おい、どけよ!!」
「うるせえ!!」
礼二は口惜しそうに晃司を睨みつけた。
(……クソ、参ったな。隙をつかれたとはいえ……。このままじゃオレに分が悪い……ん?)
礼二は思わずほくそ笑みそうになった。
晃司の背後、部屋の入り口に美和が立っていたからだ。鉄パイプを握りそっと近づいている。
まあ、素人の女がいくら闇討ちとはいえ特選兵士の晃司をしとめられるわけがない。
だが、美和が攻撃を仕掛ければ、一瞬とは言え晃司は美和に気をとられる。
自分は、その隙を狙って反撃すればいい。
「よくも礼二を!!」
美和が鉄パイプを勢いよく晃司の頭目掛けて振り落としす。
(……今だッ!!)
同時に礼二が飛び出していた。
「……グボッ」
だが、礼二は次の瞬間、腹に衝撃を受けていた。
そして鉄パイプが部屋の隅の壁にぶつかり床に転がっていた。
晃司は振り向きもせず裏拳で鉄パイプを飛ばし、同時に礼二の腹にまるで杭を打つかのように蹴りを食い込ませていたのだ。
そして晃司はまた言った。
「もう一度だけ言うぞ。おまえでは不可能だ」
「……ち、畜生……」
礼二は腹をかかえながら、苦しそうに立ち上がった。
(畜生、畜生!!話が違うじゃないか!!)
礼二は憎憎しげに晃司を睨みつけた。もちろん晃司は全く動じない。
(……和田の野郎、何が『オレは特選兵士最強だ』!!
あいつのレベルに照準合わせて計算した結果がこれだ!和田より、ずっと強いじゃないかっ!!)
このままでは自分は晃司に捕獲されてしまう。
何しろ高尾晃司といえばテロリスト相手に戦ってきた冷酷非情な男だ。
散々逆らった自分をどういう扱いするか……想像しただけでぞっとする。
おそらく拷問して吐かせるだけ吐かした後は喉をナイフで一直線だろう。
冗談じゃない!!オレは殺すのはいいが殺されるのはごめんなんだ!!
その時だった。
「礼二、逃げて!!」
美和ではない。美和とは正反対の容姿の少女だった。
腰まである亜麻色のストレートヘア、それに白すぎるくらいの肌。
美しい少女だが、まあ容姿はどうでもいい。
とにかく、その少女が晃司の足にしがみついて、さらに叫んだ。
(晃司は「なんだ?」とでも言いたげな緊張感のない表情で少女を見ただけだった。
攻撃というものでもないので、どうこうする気にもならなかっただけだろう)
「逃げて礼二!!はやくっ!!」
「……千鶴子!」
女が惚れた男の為に身をていして誠を尽くす。
余程の臆病者でもない限り「おまえをおいて逃げるなんて出来るわけがないだろう!」と大抵の男は言うだろう。
ただし、礼二は臆病者ではなかったが、誠実な男でもなかった。
そして実に自分に都合のいいように物事を考える人間でもあるのだ。
「千鶴子!おまえの気持ちありがたく受け取ったぜ!!」
礼二は全速力で走っていた。走りながら叫んでいた。
「おまえの為にオレは逃げる。おまえの気持ちを無駄にしない為にだ!!」
「あ、あいつ!!女を見捨てて逃げるなんてなんて奴だ!!」
伊織が怒りを通り越してあきれ果てた声で叫んだ。が、礼二はすでに遠い位置。
「おい女、すぐにオレから離れろ」
「嫌よっ!!礼二には手を出させない!!
「もう一度だけ言う」
晃司の口調が少し強くなった。
「手を離せ」
「……っ」
強くなったのは、今度は口調だけではない。
なんと言ったらいいのか……全身をおおっているオーラといえばいいのだろうか?
戦闘に関しては素人の千鶴子でも感じるくらい強烈なオーラ。千鶴子はすぐに晃司を離した。
晃司はゆっくりと歩き出した。礼二を捕獲する為に。
「ま、待ってくれ高尾!!」
晃司の足が止まった。が、振り向くことさえしなかった。
「縄を解いてくれ!!」
晃司が何者かなど伊織も千秋もしらない。
しかし自分達はクラスメイトだ。仲間じゃないか?
助けを求めるのは当然の要求といえよう。しかし、そんな二人に対して晃司はあまりにも冷たかった。
「後で暇が出来たら解いてやってもいい。今は自分達で何とかしろ」
そう言うと、さっさと走っていってしまった。呆然とする伊織と千秋をおいて。
これには美和と千鶴子も唖然として晃司が去った後の部屋の入り口を見詰めていた。
「やばかったな。それにしても千鶴子のおかげで助かったぜ。
半年も付き合ってるのにカトリック気取ってキスしかさせないお高い女だと思っていたが結構役に立ってくれるじゃないか。
やっぱり持つべきものは見てくれが良くて利用できる女だな!!」
礼二はドアを開けると外から鍵を閉めた(もっとも、晃司は簡単に開けてしまうが)
「さて……と。取り合えず身を隠して……」
ギクッ!!そんな擬音が脳裏に浮んだ。目の前に男が立っていたからだ。
「……て、てめえ……」
早乙女瞬だった。
「……おまえ、ずっとオレを見てただろ?」
礼二は硬直していた。いや、ほんの少し震えていた。
ただ……冷や汗が額から頬にかけてツツーと流れた。
(……な、なんて……殺気だ……)
……動けない。礼二は動けなかった。
蛇に睨まれたカエル。そんな言葉の代名詞になったかのように。
恐ろしかった。とにかく怖い。
礼二は特選兵士ではないにしろ、悪名高き専守防衛予備軍とも言うべき国立孤児院で育った。
やるか、やられるか。そんな弱肉強食の中でだ。
その中で礼二は育ち、特選兵士ほどではないが、そこそこ勝ち組の部類にはいる。
だからこそ自信家でもあるし、経験も実力もそれなりに持っていた。
だが、怖い。礼二は心の底から、そう思った、いや感じた。
「……おまえ、見てたんだろ?」
……ゴク……ッ……礼二は唾を飲み込んだ……。
「見たんだろ?」
「…………」
「そうなんだろ?」
「…………ああ見た」
礼二はやっとの思いで言葉を吐いた。
「…………おまえ何者だ?」
「さあな……だが……」
瞬の目の色が変わった。
「おまえの今日の運勢は最悪だな。……おまえは知りすぎた」
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