「どうするんだよ高尾」
「奴には色々聞きたいことがある。侵入して奴を捕獲する」
「そうか。オレはどうしたらいい?」
「ここで待ってろ。邪魔になる」
「そうか、じゃあそうするよ」

瞬は木の幹を背にして、その場にペタンと座り込んだ。
晃司は早速有言実行。簡単に鍵をはずすと建物の中に入っていった。
瞬は何をするでもなく、じっとしている。うつむき……ただジッとしていた。
やがて一匹の蛇がシュルシュルと近づいてきた……。
文字通り蛇行して、瞬の目の前を横切ろうと這っていた……。
そして瞬のすぐ手前……距離にして半径一メートルほどの位置に来たときだった。


蛇が急に頭を持ち上げ瞬の方をみた。
瞬は相変わらず、ただジッと俯いている。蛇の存在すら知らないように。
だが蛇の方は違った。
シャァァァ……ッッ。そんな威嚇音が聞こえてきそうだ。
自分の頭の倍以上もある卵も丸呑みにする、その口を精一杯ひろげ、白い牙を見せ……それでも瞬は全く動かない。
ただ……ジッと俯いている。全く見ていない……。
蛇の身体が一気に直線に変化していた。
一気に瞬目掛けて白い牙がうなりをあげ、飛びついてきていた。
動物の本能だろう。恐怖が頂点を超えたとき、動物は威嚇を止め襲い掛かってくる。


が、空中で蛇は首根っこを捕まれていた。
身体をよじらせ、瞬の腕に自らの身体を絡める。
必死に締め上げる。最後の抵抗だ。
だが瞬は微動だにしない。ただ腕の力を強めた。
しばらくすると蛇はカクッと頭をさげ、絡み付けていた身体も力が抜けスルリと瞬の腕から地面に落ちていた。


1、2……フレディが来るぞ
3、4……家の戸を閉めろ
5、6……十字架にすがれ……。




Solitary Island―57―




「おーい、いたか?」
「いや全然だ」
真一と海斗はモップの柄を壁の隙間などに突っ込んでみたが全く反応が無い。
「どこにいったんだろうな」
「まあ、この広い建物の中だ。簡単に見つかるわけがないだろう」
「外に逃げたんじゃないだろうな?」
「それはないな」
「なんで、そんなこと言い切れるんだよ」
「オレ達が入ったドアはきっちり閉めてきただろ。
コンピュータで調べたんだが、この建物はそれぞれの区域は分厚い鉄の壁とドアで区切られている。
それこそ蟻の子一匹通り抜けられないようになっているのさ。
あんな小さい生き物がクソ重たいドアを開けるとは思えないしな」
「そうか」
「とにかく二手に分かれようぜ。オレは向こうを探してくる。寺沢、おまえはそっちを探してみてくれ」
「OK」














「さあ望月、深いわけというのを言ってもらおうか」
「……あ、あの……その……」
瞳は青ざめていた。こんな衝撃、机の引出しに隠しておいた18禁同人誌を親に発見されて以来。
いや、その数十倍ヤバイッ!!
(一番ヤバイ24禁はタンスの底の空洞を利用して隠しておいたので無事だったし)
ああ、これが我が愛する少年ジャンプの漫画なら、カッコイイ美形が登場して助けてくれるだろう。
だが、もちろんそんなこと起こるわけがない。

ああ!!こんなことになるくらいなら、やっぱりクラマxトビカゲの24禁同人誌第五弾を出しておけばよかった!!


「大丈夫よ望月さん」
天瀬さん?」
「皆、もう何とも思ってないから」
「おい」
攻介が『それは違うぞ』と言いたげだ。
「……で、でも周藤くんが」
「彼はそんな器量の狭い男じゃないわ。そうでしょ?」
「…………」
周藤はさも面白くない表情で美恵を見上げた。
「そうでしょう。あなたほどの男がこんな小さいことをいちいち気にするわけないもの」

……全く、嫌な女だ。オレの性格をよくわかっている。
これじゃあ殺すことも出来ない。
晶は溜息をついた。まあ、確かに今はそれどころじゃないか……。




「とにかく望月さんが無事でよかった」
「うん」

ああ……何だか周藤くんから殺気感じたけど何とか生きてる。
怖かった……でも次回作のネタになるかも。

「柿沼くん、確かもう一人いるって聞いたけど」
「……ああ伊藤すみれっていう女生徒だ」
「彼女にも会わせて」
「……それは」
昌宏は困ったように顔をしかめた。
「どうしたの?」
「……伊藤は……かなり精神的に参ってるんだ。同級生のオレのことさえ怖がっている……。
とてもじゃないが、おまえたちとまともに会話できるとは思えない……」
こんな島に一ヶ月もいたんだ。精神が崩壊してもおかしくないだろう。
でも、だからと言ってほかっておくわけには行かない。


「とにかく一度会わせて。五分でいいから」
昌宏は少し考えた。そして美恵の言うことが正しいと思ったのだろう。
「……わかった。あ、でも……あんただけにしてくれないか?男は怖がると思うから……」
「ええ」
「おい美恵、厄介なことは……」
攻介が心配そうに肩に手を置いてきた。
「大丈夫よ。皆で協力してこの島を出ないと」




「……伊藤はさ」
美恵と2人で部屋を出て、例の少女が篭っている部屋の前に来ると昌宏はドアのノブに手をかけて小声で話し出した。
「……伊藤は大人しくて目立たない奴だったけど、明るくてどこにでもいる子だったんだ。
でも……目の前で親友の首が吹っ飛ぶのをみて……それから壊れた。
無理もないけどな……男のオレでさえ正直言って限界だった。
理香が……妹同然の身内がいたから、何とかもっていたんだ」
「……わかるわ」
「……だから彼女は普通の状態じゃないってこと……わかってやってほしい。
何かしても……許してやって欲しいんだ」
「わかってる」
昌宏は「伊藤、入るぞ」と恐る恐る声を掛けるとノブを回した。


「……入って来ないで!!」
部屋の隅でやつれた女の子が毛布を被ってうずくまっている。
「伊藤、オレだ……」
「……柿沼くん」
「話があるんだ……」
昌宏が一歩近づいた。途端に何かが飛んできた。
「来ないで!!お願だから来ないでよ!!」
「……伊藤」
昌宏は『やっぱりダメだな』というあきらめの表情でチラッと背後の美恵を見た。




「……伊藤さん」
初めてみる人間にすみれはビクッと反応して美恵を凝視した。
「はじめまして。私、天瀬美恵っていうの……あなたと同じように、この島に送り込まれたのよ」
「……
「私の話を聞いて。あなたを傷つける気なんてないわ。ただ少し話をしたいだけ」
美恵が一歩前に出た。
「いやぁぁー!!」
すみれが美恵を突き飛ばし、逃げようとした。
「……ま、待って!!」
慌てて美恵はすみれを抱き止めた。その勢いで、2人とも床に倒れこむ。
「落ち着いて何もしないわ!!」
「は、はなして、はなせぇぇー!!」
「何もしないわ。私の話を……痛ッ」
激痛が腕に走った。すみれが噛み付いてきたのだ。


美恵ッ!!どうした、何があった!!」
来るなと言っておいたのに攻介が走りこんできた。そして、美恵とすみれの姿を見るなり激怒した。
美恵に何してんだ、この女ッッ!!」
「待ってくれ伊藤は……」
慌てて昌宏が止めに入る。
「うるさい黙ってろッ!!」
が、攻介は聞く耳を持つ気は無いらしい。


「黙っててっ!!」


「……美恵」
しかし美恵が攻介を制した。
「……このくらい大丈夫よ。あなたは黙ってて」
美恵はすみれが逃げないように、さらにしっかり抱きしめた。
すみれはまだ美恵の腕に噛み付いている。
「……大丈夫よ。何もしないわ」
「……」
「……大丈夫よ。誰もあなたを傷つけたりしないわ。
だから安心して。私たちはただ、あなたを守ってあげたいだけ」
「…………」
すみれが口をはなした。
美恵、大丈夫か?」
攻介が心配そうに見ている。

「大丈夫よ。彼女は本気じゃないわ……ただ怖かっただけなのよ。
……私にはわかるわ。私にはわかるのよ」














「……山科くん、あたしたち殺されるのかしら?」
「……今すぐってことはないだろ。大丈夫だ、内海1人くらい守ってやる」
「ありがとう……」
その気持ちは嬉しい。でも素直に喜べるほど千秋は楽観的ではなかった。
「……ゆっくん、大丈夫かな」
「あいつなら大丈夫だろう。頑丈だから」
「……そうね」
「なあ内海……こんな時にこんな話するのも場違いかもしれないが」
「何?」
「……会いたい奴はいるか?」
「ゆっくんのこと?」
「そうじゃなくて……好きな奴はいるかってことだ」
千秋は少々驚いていた。堅物で通っている伊織から、そんな話題が出たことが余程衝撃だったのだろうか?
しばらく固まっていたが、ふいに優しげな表情でこういった。


「いるわよ」
「そうか。……もしかして、このクラスの奴か?」
「そうよ」
「相手もおまえのこと好きなのか?」
「全然……彼、他に好きな子がいるのよ。見てればわかるわ」
「……そうか」
「そういう山科くんは好きなひといるの?」
「ああいる」
「このクラスの子?」
「ああ、内海に負けないくらい美人だぞ」
このクラスは女子は10人。しかも美人という条件付。
それではかなり限定さればれてしまうではないか。
千秋はそう思ったが、こういうことにうとそうな伊織は全く気付いていないようだった。


「……ねえ、どんなひと?」
「強い女だ。オレなんかよりずっと強いよ……」
「そっか……また会えるといいわね」
「そうだな」
「会ったら告白くらいしなさいよ」
「……告白か。……オレらしくないな、そういうことは」
「何言ってるのよ。告白しなかったら、どうやって気持ちを伝えるの?」
「それもそうだな……」
「そうよ……あのね、山科くん。小夜子は……」
「ああ、石黒から聞いた。正直言って驚いた。どうして、ろくに口も利いたことのないオレがよかったのかな」
「小夜子部活が、ほら茶華道部の茶室って道場の近くにあるじゃない」
そうだった。小夜子が所属している茶華道部の茶室と、伊織が所属している剣道部が使用している道場は近かった。
「それで道場の前を通るとき山科くんが稽古している姿見て好きになったんだって。
すごく……すごく、かっこよかったって言ってた」
「……そうか」

伊織はピンとこなかった。クラスにはハンサムな男が大勢いる。
伊織は不細工ではなかった。むしろ凛々しい顔立ちと言ってもいい。
かといって桐山や晃司、それに徹や薫のような目立つ容姿の持ち主に比べたら十人並み。
クラスのいたるところにハリウッドの俳優みたいな美男子がいたのに、どうして地味で目立たない自分を好きになったのだろう?
伊織は嬉しいというより不思議だった。


「……内海も言ったほうがいいんじゃないか?」
「え?あたし?」
「言ったじゃないか。好きな男がいるって」
「……でも、彼は他に好きな人だっているし」
「でもふられたわけじゃないんだろ?気持ちを伝えればなんとかなるかもしれない」
「……そう思う?」
「ああ」
「……そうね。会ったらダメもとで言ってみる」

千秋は思い出していた。父、母、そして幸雄と自分。
家族4人で過ごした楽しい日々……。
もう帰ってこないかもしれない日々……。
あんな家族をつくれるような相手を好きになりたいと思っていた。
彼はそういうひとだと思った。
でも……千秋は不安を隠せなかった。
千秋が好きになった男は優しくて明るい……とにかくいい奴といえるだろう。
それなのに千秋が理想とする家庭を築くのに相応しい相手とは違う、そんな気がする。
なぜ、こんなことを思うのだろうか?
あんなに優しいひとなのに……なぜ?














「ねえ礼二。あいつら、いつまで監禁するの?」
「殺すわけにもいかないだろ?」
「……気に入らない。まさか、あの女に手を出す気なの?」
「なんだ焼きもちか。オレが愛してるのはおまえだけだ」
「本当でしょうね?」
「ああ、だからくだらない焼きもちなんてやくなよ」
美和を抱きしめながら礼二は思った。

(……全くウザい女だな。最初はこの強引なところが良かったんだが……。
この女にも、もうあきた。そろそろ切れどきとは思っていたんだ)

そんな礼二の目にモニター画面(この建物内にはモニター室があった)の中のある光景が飛び込んできた。


「……美和、どいてくれ」
美和をどかすと立ち上がり、その画面に近づいてさらに凝視した。
美和は何事かと思い、礼二が凝視しているモニターを見た。
そして瞬時に、そのわけを悟り一気に機嫌が悪くなった。
そのモニターに女が映っていたからだ。それもかなりの美人の。
「……礼二」
「…………」
「ちょっと礼二!!聞いてるの?」
「ああ聞いてる……」
礼二はニヤリと笑った。美和の不快指数100パーセントの表情には全く気付かず。

(……いい女だ。もしかして、この女が科学省の例の女なのか?
まあいい、とりあえずさらっておくか……一緒にいるメガネ野郎は邪魔だが)














「大丈夫よ。私の仲間はみんな強い連中なの。あなたを襲った奴等も目じゃないくらいにね」
美恵は大人しくなったすみれにコーヒー(もちろんインスタントだが)を差し出した。
しかし、すみれはジッとしているだけで受け取ろうとしない。
「私の仲間は特殊な訓練を受けた連中なの……嘘じゃないわ」
「関係ないわ」
突然すみれが口を開いた。
「……ママは化け物なんていない。いるとしたら人間の心の中だけだ、そういったわ。
でも、そんなの嘘だった……化け物は存在したもの」
「……そうね」
「……誰が一緒でも同じだもの。だから一人にさせて」
「気持ちはわかるけど……皆と一緒にいたほうが安全よ。
さっき言ったことは本当に嘘じゃないのよ。私の仲間は戦闘のプロなのよ。
実際に、ここに来る前に何匹も敵を倒したのよ」
「……どうせ」
すみれは呟くように言った。


「……どうせ、やられるわ」




【残り34人】




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