「な、なんだこいつはっ!!」
海斗は思わず後ろに下がり実験用のテーブルに当たったい。
人間の体から見たことない生物が出てきた。焦らないほうがおかしい。
いや、そんなことすら考えられない!!

「ギィィー!!」
そんなおぞましい声を発して、謎の生物が襲い掛かってきた。
「下がってろ寺沢っ!!」
真一が咄嗟にそばにあった分厚い本(何かの研究書だろう)で、その生物を叩き飛ばした。
まるでハエたたきだな。相手がカエルかトカゲなら、そんな台詞がでることだろう。
しかし、相手は未知の生物。


「……グギギギ」

ほらな。カエルやトカゲならこんなおぞましい声ださないだろ。
なんて、こと考えている暇はない。
こいつの目を見ろよ。どう見ても友好的な感じじゃない。今にも飛び掛ってきそうだ。




真一はアルコールランプを手にすると、その生物に向って投げた。
もちろん大人しくぶつかってくれるわけが無い。
ランプは床に激突し、中のアルコールが辺り一面にばら撒かれた。
そして、その醜い生物の身体にもアルコールがかかっている。

「これでもくらえっ!!」

さらに真一はライター(そばにあったテーブルの上にタバコと一緒に無造作に置かれていた)を手に取った。
火をつけ、その生物目掛けて投げた。
「ギャァァー!!」
ライターがアルコールに引火。そしてアルコールを体全体に被った謎の生物にも。
その生物は叫びながら部屋を飛び出して行った。


「……なんだったんだ、あいつ」
「……わからない。でも捕まえたほうがよさそうだな。
あんな危険な生物、とてもじゃないが野放しにしておけないだろ」
「……ああ、そうだな」

二人は部屋の隅にあったロッカーから、モップやほうきをとりだすと、謎の生物を追うことにした。




Solitary Island―55―




「……う、うぅ……誠くん……」

どうして、どうして、こんな目に……。
会いたい。会いたいよ……。あなただったら、きっとあたしを守ってくれた。
今すぐにあなたに会いた……何かにぶつかった。


「……す、杉村くん」

菜摘はハッとして顔を上げた。
貴弘の後について歩いていたが両手で顔を覆い歩いていたので、貴弘が立ち止まったことに気付かなかった。
そして背中にぶつかってしまったのだ。


「……ウザイな」
「え?」
「もう我慢の限界だ。そんなに泣きたかったら、オレのいないところで思う存分泣いてくれ。
ここで別れようか?その方がおまえもいいだろう」
「……そ、そんなっ。杉村くん……酷い……」

こんな危険な森の中で一人放り出されたら……帰りの道すらわからないというのに。
いくら家族でも恋人でも友達でもない、単なるクラスメイトだからって、こんな時くらい優しくしてくれたっていいのに。


「……ひ、酷いよ杉村くん。あたし……あたし……」
「だったら、そばにもいない男に縋って泣くなんてみっともないマネはしないことだな。
オレは、そういうのは大嫌いなんだ」
「だ、だって……誠くんはあたしの彼氏なのよ?心配だし……杉村くんだって、好きな人くらいいるでしょう?」
「ああいるな。断っておくが、おまえたちと一緒にしないでくれ」
「……酷い……どう違うの?大事なひとを想う気持ちは同じじゃない……」
「違う。オレはおまえや椎名みたいに自家製の麻薬は使ってない」
「……え?」
これには菜摘はきょとんとした。
『自家製の麻薬』……それは一体?




「おまえ、どうして椎名と付き合うようになった?」
「……どうしてって……好きだから」
「なぜ好きになった?」
「……な、なぜって……初めて会った時……その」

菜摘は先ほどまで泣いていたのが嘘のように少々頬を赤らめた。
その様子を見れば、大抵の男は『可愛いな』と思うだろう。大抵の男は。
貴弘はその大抵の男の中には入らなかったが。
「……優しそうだなって感じたのかな?……でも理由はないけど」
菜摘は恥ずかしそうに頬を染めながら言った。

「理由は無いけど思ったの。私のことわかってくれそうなひとだって」
「……フーン。恋に理由なんてないって奴か。よくわかった」


「バカだな。やっぱり麻薬中毒者だ、おまえたちは」


菜摘の思考がストップした。
無理もない。こんな簡単にしかも痛烈なことを言われてしまったのだから。

「恋なんて人間が脳内を神経伝達物質で支配されている時生まれる感情だ。
つまり脳内自家製の麻薬でいかれているだけの事だ。くだらない」

菜摘は唖然とした。そして腹がたった。まるで自分と誠はまるでバカではないか。
そんな菜摘の気持ちを逆なでするように貴弘はさらに続けた。


「『理由なんかない、ありのままの君がいい』なんて、オレからみたら実にくだらないの一言に尽きる。
そういうのはバカな男と女がお互いを舐めあうだけのくだらない関係だ。
お互いを高めあえる相手でない奴によくもそこまで熱を上げることができると感心する。
まあ麻薬と言っても副作用もないからいいが、こういう非常事態にまで打つのはやめろ。
ウザイ思いをするのはこっちなんだ」

「……な、なんてこと言うの?杉村君だってご両親が恋に落ちたから生まれたんじゃない」

菜摘は言ってはならないことを言ってしまった。
貴弘に対し親の名を出してしまったのだ……。














「……もうすぐだ。ほら楠田しっかりしろ」
「……うぅ……すまない内海」
幸雄は途中で足をくじき、尚且つ体力を失って歩けなくなった隆文を背負い海岸沿いを歩いていた。
「全く、このオレがこんな場所で……帰ったら父に言って学校や旅行会社にそれなりの報いを与えてやるからな」
隣では悟が相変わらず不平不満を口にしている。
「文句ばっかり言うなよ仁科……あ、あれはっ!!」
「……ん?」
幸雄の背中にまるで空気が抜けたようにしがみついていた隆文もその明るい声に顔を上げた。
斜めになって海底に突き刺さっている客船が目に映ったのだ。


「……船だ。やった帰ってきたんだ」
幸雄は嬉しさのあまり走り出していた。隆文はその勢いで砂浜に尻から落ちている。

帰ってきたっ!!よかった、本当に良かった!!
千秋、随分と心配かけてしまった。でももう大丈夫だ。
きっとオレのこと心配して怒っているだろうな。あいつ、怒らせると母さんより怖いから。
それに美恵さん……美恵さんも無事だろうか?

幸雄の脳裏に二人の少女の顔が浮んだ。
それから仲のいい友人たち、クラスメイト次々に浮んだ。


「みんな、心配掛けたなっ!ごめん、勝手に行動して……」

そこで幸雄の言葉は止まった。
「…………」
幸雄は呆気にとられていた。人数が少ない、少なすぎる。
瀬名俊彦、速水志郎、曽根原美登利、服部雄太、横山康一……5人しかいない。
何より幸雄にとって重要だったのは最愛の千秋、それに秘かに思っている美恵の姿が無いことだ。
それに真一や海斗など仲の良かった友達もいない。

なんなんだこれは?

幸雄はキョロキョロ辺りを見回した。やっぱり影も形も見えない。
そのうち俊彦が近づいてきた言った。




「無事だったんだな。よかった、心配したぜ」
「……千秋は?それに他のみんなも」
「まあとにかく腹減ってるんだろ?味は保証できないけど食事にしろよ。詳しいことは食べながら説明してやる」
「千秋はどこ行ったんだよっ!!」
「落ち着けよ」
「落ち着いていられるかよっ!!」
幸雄は思い出していた。あの森の中襲ってきた得体の知れない何か。
そして見る見る蒼ざめていった。


「……ま、まさか……千秋は森の中にいるって言うんじゃないだろうな?」
「……参ったな。まあ、落ち着いて話を聞けよ」
「瀬名っ!!おまえ千秋が森の中に入るの黙ってみてたのかっ!!!?」
「おい、オレが帰ってきたときにはもうおまえの片割れはいなかったんだよ」
「だったら、どうして探してくれないんだっ!!?
千秋は……千秋はっ!!瀬名、千秋は……」
「おい、落ち着けって言ってるだろ?」
「……クソっ!!」
幸雄はクルリと向きを変えると、もう二度と足を踏み入れるものかと思った森向って走り出していた。
俊彦が咄嗟に「おい、待てよ」と腕を掴まなかったら、そのまま突入していただろう。




「は、離せっ!!あいつはオレが守ってやらないとっ!!」
「どうやって?おまえさぁ……気持ちはわからないでもないが少し無鉄砲だぞ。
内海の居場所知ってるのか?無闇に行動起こしてどうなるんだよ。……たく、少しは考えてくれよ」
「……瀬名。よくも、そんなことが言えたもんだな。いいか、よく聞けよ。千秋は……」
「何だよ?」
「……何でもない。でも、オレはいく。こんなところでジッとしてられるか」
「そうか。だったら、止めるしかないな」
「……なんだと?」
「こういうとき単独行動を起こされるとこっちが迷惑だ。
冷たいようで悪いが考えてくれ、おまえがオレの立場だったら、おまえはどうする?」
「……それは」
それは正論だ。自分には感情論しかない。


「……たった一人の姉弟なんだってな。
天涯孤独のオレにはわからないかもしれないけど、おまえにとってはきっと命より大事な相手なんだろうな。
だがな、ここで無謀な行動起こしたら、おまえも彼女の二の舞ってやつなんだ。
そうさせるわけには行かないんだよ。オレやオレの仲間のために」
「…………」
「とにかく今森の中を探してくれている連中もいるんだ。そいつらが帰ってくるまで待ってやれよ。な?」
「……オレが……守ってやらないといけないんだ」
幸雄は両手で顔を覆い、その場に座り込んだ。
「……オレが守らないと……千秋を……千秋と母さんを守ってやれるのはオレしかいないんだ……だから」

なんなんだこいつ?

それは家族の縁が薄い俊彦には少々理解しがたいものだった。
何しろ俊彦は国立の孤児院で育った人間。
だからきっと幸雄の気持ちなんて正確にわかるわけがない。
ただ、幸雄の様子は単に家族想いとか、そんなものを超えているということだけは理解できた。




「内海……少しは落ち着け」
「……千秋に……千秋にもしものことがあったら……」

確かに「大丈夫だ」なんてお決まりの台詞なんて言ってやれない状況だ。
何しろ実際問題として何人も死人が出ている。
まして俊彦は、この島がどんな恐ろしい島かということを知っているのだ。
とてもじゃないが気休めなんてやってやれない。
俊彦は、このクラスの生徒達のプロフィールを一通り把握していた。
確か幸雄は両親が離婚して、父親が家を出た。その後、母親が女手一つで幸雄と千秋を育てている。
(……親父がいない家庭か……だからか)
俊彦は気付いた。幸雄の事情を。
幸雄はおそらく父親の分まで自分が家族を守らなくてはならない、という使命と責任を強く感じているのだろう。


「……親父さんの分まで自分が家族背負ってやろうって考えは立派だと思うぜ内海。
けどな。おまえの責任でもなんでもないことなんだ。だから背負い込む必要なんてないんだぜ」
「……親父……?」
「ああ、離れ離れになった親父さんの分まで家族に対して責任持ってやろうって思ってんだろ?
その考えは感心するぜ。でも、おまえはまだ子供なんだし」
「あんな奴の代わりじゃないっ!!」
「内海?」
俊彦は転校してきてからクラスメイトと特別親しくしたことはない。
(何しろ自分は軍の人間。一般人とはあまり関わりをもたない方がいいからだ)
だが幸雄は温厚で優しくてクラスメイトの評判も上々。いきなり怒鳴りつけるような人間ではなかったはずだ。


「……あんな……あんな無責任でいい加減な人間と一緒にするなっ!!」
「……おい、親父さんに対してあんまりな言い草だな。
離婚して家を出たのは確かに親の勝手だが、親父さんにも事情ってもんがあるだろう?
一方的に悪し様にいうもんじゃないぜ。夫婦の縁が切れても、親子の縁は切れるもんじゃないしな。
きっと今頃おまえたちの心配でもしてくれてると思うぜ」
「……心配なんかするものか。あんな奴……。母さんやオレたちを捨てて出て行った男なんて……。
あんな奴、父親でも何でもない……最低のクソ野郎だっ!!」














「オレの両親が何だって?」
「…………」

菜摘はしまったと後悔した。が、遅い。
貴弘が起こした仁科半殺し事件。菜摘も目撃者の一人だった。
自分は特に悪いことは言ってない。言ってないはずだ。
それにいくらなんでも女の子に暴力揮うはずはないだろう。
しかし威圧感だけでも平凡なか弱い女の子である菜摘には眩暈がするほど居心地悪いものだったに違いない。
そんな菜摘の顔色をみて貴弘は呆れたような表情を見せた。


――全く、本当に世の中母さんと天瀬以外の女は価値が無い。

確かに自分の両親はとても仲がいい。
何しろ『貴弘』という名も父と母の名前から一文字ずつとってつけられたものなのだ。
だが、決して恋に落ちた間柄ではない。
世の中の男と女全てが恋から生まれたものだと思っているのなら、この女は本当に何も知らない子供だな。
恋から生まれたカップルなんて案外脆いものじゃないか。
お互い燃えてるときはいいが、百年の恋も冷めるという言葉通り壊れるときは本当に呆気なく壊れる。
そして熱が冷めたとき、どうして好きだったのか自分でもわからないというじゃないか。
その点、両親のように信頼関係から生まれた男と女のほうがずっと強く揺るぎない絆で結ばれ長続きするものだ。
物心ついたときから、そんな両親を見て育った貴弘は確信すらしていた。














(……捨てた?)
「……あんな奴……父親じゃない」
「おい落ち着けよ。何があった知らないけど」
俊彦は溜息をついたが静かに切り出した。
「正直羨ましいぜ。おまえが」
『羨ましい』、その言葉にうずくまっていた幸雄は顔を上げた。
「少なくても、おまえには母親と姉貴がいるしな」
「……瀬名?」
「オレは親も兄弟もいない。物心ついた時は薄汚い孤児院にいた。
そこの責任者が嫌な奴だったんで、脱走してスラム街でたむろしているストリートチルドレンにまで堕ちた」
「……え?」
幸雄の表情が一変した。それもそうだろう。


「半分崩れかけた廃墟に住みついた孤児の群れのなかにいたんだ。生きるためには物乞いしたり、スリや窃盗もした。
で、ある日政府の孤児狩りで呆気なくつかまって国立の孤児院行きだ」
俊彦は淡々と、そして簡単に言ったが、その内容は笑えない。
幸雄はただただ呆然とその話を聞いていた。
「まああれだな。生きるってことはいいことばっかじゃないってことだ」
「…………」

幸雄は何も言わずにジッと考え込んだ。
俊彦とはろくに話をしたこともなかったが、いつも明るく屈託のない笑顔で、そんな過去があるなんて微塵も感じさせなかった。
幸雄は急に自分が恥ずかしくなった。少なくても自分には優しい母や姉の千秋がいる。
愛してくれる存在がいる。帰るべき場所がある。
それなのに父が家を出たとき、自分は世界一不幸だと思った。
そんなおめでたい錯覚に何年も気付かずにいた。
俊彦は自分など比べものにならない過去を背負っているのに、そんなものに負けていない。




「……強いんだな瀬名は」
「ああ、大したことないぜ。オレの仲間はもっと凄い連中ばかりだからな。
だから、オレ程度の奴はゴロゴロいるんで、あんまり気にもならなかった」
「……オレは親父が家を出たくらいで……ほんと恥ずかしいよ」
「別に恥ずかしいことでもないだろ。きっと、おまえは親父さんのことが大好きなんだろ?
だから、嫌いだっていうのも愛情の裏返しで、本当は今でも大事に思ってんだろ?」
「……え?」


「顔に書いてあるぜ」
「…………」


「……いつも夜遅くまでキャッチボールしてくれたんだ」
幸雄は小さな声で語りだした。
「オレが風邪ひいて寝込んだときなんか寝ずに看病してくれた……。
母さんや千秋のことも、すごく大事にしてくれたんだ……」
「そうか、いい親父さんじゃないか」
「……ああ、そうだよ。最高の父親だった。それなのに……それなのに、突然いなくなったんだ……。
オレが朝起きたら……母さんがリビングルームで泣いていた。
そして言ったんだ。父さんとは離婚したって……。
オレは何が何だかわからなかった。父さんと母さんは……離婚するような夫婦じゃなかったんだ。
オレは信じられなかった。父さんがオレたちを捨てて家を出たなんて……。
何かの間違いで、すぐに帰ってきてくれると思った。
でも……何日待っても帰ってこなかった。手紙や電話もなかったんだ……。
……帰ってこなかった。オレの苗字も変わった、母さんの姓に……」


「……七原……七原幸雄……それがオレの名前だったんだ」




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