秀明が振り向かずに言った。
「その死体は元の場所に戻しておけ。扉も閉めてな」
そういうとスタスタと歩き出した。
「じゃあ、オレも行くから。二人とも仲良くね」
勝手についていった洸と共に。
「おい、待てよ二人とも」
「大丈夫、大丈夫。もしかして外と連絡とれる通信室とか見つかるかもしれないし。
ほら、オレたちもう何日も遭難してるだろ?
そろそろ帰ってやらないと、学校や旅行会社、ママに潰されちゃうよ。
何しろ、うちのママ。可愛い顔して過激だからね」
じゃあね、と笑顔すら見せながら手を振る洸に海斗も真一も溜息をついた。
「……あいつ、おふくろさんと仲良いんだな」
「そうらしいな。オレたち、もう何日も遭難してる?家族が心配してる奴が大勢いるだろうぜ」
「……三村、おまえも家族のこと気になるのか?」
「寺沢、そういうおまえはどうなんだよ」
「そうだな。正直言って、どうでもいい家族だ。親父は家庭を顧みない仕事人間だし。
でも、さすがに気になる。あんな親父でも一応親だからな」
「……そうか」
「三村、おまえ確か親父さんと二人暮しだろ?やっぱり気になるか?」
「別に。考えてなかった」
それは冷たい返事だった。海斗自身温かい家庭とは無縁の人間だったが、それでも少しは家族が気になる。
しかし真一は本当にどうでもいい、と言った感じだ。
「冷たい奴だなぁ。二人っきりの家族だろ?夜も眠れないくらい心配してくれてんじゃないのか?」
「……想像つかないな」
「あいつの父親の顔……一度もみたことないからな」
Solitary Island―54―
「直人、晶!!」
「……このバカ、どうして戻ってきた?」
美恵は少々ムッとした。
「あなたが襲われているからじゃない!!」
「オレと晶は大丈夫だ。おまえは自分の身を守ることだけ考えろ」
F2が二匹そろって美恵を見た。嫌な目つきで向かってくる。
「美恵!下がってろ!!」
至近距離だ。弾は二発とも正確にF2の眉間を貫いていた。
「下がってろ美恵」
「攻介」
「おまえは桐山と一緒に逃げろ。オレたちも後から行く。おまえに何かあったらオレは隼人や晃司に言葉もない」
「あなたたちを見捨てて逃げろって言うの?」
「全く、相変わらずな女だな。今すぐ、この場所から逃げ……」
「晶、後ろっ!!」
F2が大きくジャンプすると晶目掛けて飛び掛っていた。
だが晶が消え、F2はキョロキョロと顔を左右に動かした。
「こっちだ、ウスノロ」
「!」
即、背後に振り返ろうとするF2の顔面に晶の強烈な蹴りが炸裂した。
その勢いで岩壁に叩きつけられるF2。
「わかったか?おまえは必要ない」
「相変わらずね。あなたって」
「それはこっちのセリフだ。襲われても守ってやるつもりはないぞ。だから、さっさと安全な場所に避難しろ」
「それは心配ない」
二人の会話に桐山が口をはさんできた。
「天瀬はオレが守る。だから、おまえは必要ない」
「……なんだと?おまえ、オレがさっき言ったこと忘れたのか?
この女は軍の管理下にある。だから、いずれオレ達特選兵士の誰かと……」
「だったらオレがおまえたちより上なら問題ない。そうだろう?」
「何だと?」
「おまえたちより上なら天瀬の夫は軍の人間でなくてもいいはずだ」
「物心ついたときから、親父にかまってもらった記憶は一度もなかったな。
ガキの頃は、昼間は年増のベビーシッター、夜は親父の愛人が面倒見てくれていた」
「……愛人だって?」
「ああ、見てくれが良くて、ヤバイつながりのないフリーな女なら、言い寄られれば誰とでもすぐに寝るんだ。
大勢いたな。もっとも長続きしない。たいていは半年くらい。もって、せいぜい一年程度だ。
何しろ親父は相手の女に本気じゃなかった。愛情持ったことなんて一度もない。
まして親父が口にすることと言えば、政府の体制や腐った官僚に対する文句ばかり。
誰でも嫌になって逃げ出すさ。わかるだろ?」
海斗自身、冷たい家庭に育った。しかし、それでも驚きを隠せない。
「親父を見て育てば、例え地味でも真っ当な人生が一番だって嫌でも思うさ。
反面教師としてなら親父は最高の相手だった。
オレはずっと親父から独り立ちすることだけを考えて生きてきた。
中学卒業したら、すぐに家を出るつもりだったんだよ。
だから、今親父と離れていたって、オレにとってはどうでもいいことなんだ。
むしろ、気まずい思いをしないで済む分幸せなのかもしれない」
突然、見知らぬ島に流されて帰る方法も何一つない。まして何人も死人が出ている。
こんな状況に父親と顔を合わせなくてすむから『幸せ』と言い切る真一に、海斗はさすがに不謹慎だと思い反論した。
「三村、おまえにも言い分はあるだろうけど、こんな状況で幸せなんて軽々しく口にするなよ。
親の心、子知らずってことだってありうるだろ?
今頃、おまえの親父さん、おまえのことを心配してくれてるかもしれないんだぞ」
「……心配か。ああ、それなら大丈夫だ。絶対ないな」
真一はおどけた調子で笑みさえ浮かべてそう言い切った。
「おい!」
途端に海斗が非難めいた表情をみせる。
「オレってさ。小学6年のときに肺炎で死にかけたことがあったんだよ。
その時、親父は何してたと思う?仕事で忙しかったらしくてさ、一度も見舞いに来なかった」
海斗の表情が一瞬固まった。信じられない、そんな表情だったことだろう。
「……おい、嘘だろ?」
「嘘じゃないさ。ま、そういうこと。オレって誰からも必要とされてない可哀想な人間なんだよ。
だから、オレ自身がさ、オレを必要として愛してくれる相手を探すしかない。
自分の力で家族ってやつを作るしかない、ずっとそう思っていた」
親父……オレは絶対にあんたのような男にだけはならない
たった一人の大事な女だけを一生守り生まれてきた子供がいつも笑っていられる
そんな家庭を作れる男になる。
おじさんみたいな……そんな男に。
「……やっと見つけたんだ。大事に思える女を」
固まっていた海斗の顔がピクっと反応した。
「彼女さえ良ければ、オレは命がけで守ってやりたい。そう思っているんだ。本気で」
「……三村」
海斗の表情が険しいものに変わっていた。
「おまえの辛い人生には同情するよ」
その表情は、まるで野生動物が捕食者から我が子を守ろうと必死になっているそれに近いものだった。
「だがな……あいつは……美恵はきっとおまえより辛い人生を送ってきた。
そんな、あいつには救いを求める男じゃなく、あいつを救ってやる男が必要なんだ。
おまえには悪いが、すがりたい相手は他の女にしてくれ。
あいつには辛い人生を送ってきた分、これからは幸せになってほしいんだ。
だから……おまえにはやれないよ」
「……あ、あぁ」
その場にペタンと座り込んで、ただ震えている理香。
顔や服には蛍光色の血液がべったりついている。
「理香ちゃん、しっかりしろよ理香ちゃん!!」
純平が必死になって理香の両肩を掴み揺さぶったが反応はない。ガクガクと震えているだけだ。
「……和田」
背後から拓海の声。しかし勇二は振り向きもしなかった。
胸元から出した小さな透明の筒にF3の血液を採取している。
「……和田」
再び拓海の声。今度は口調が強くなっている。
しかし勇二は相変わらず完全無視を通し、今度はナイフでF3の皮膚の一部を切り取っていた。
「……和田!こっちに向けよ!!」
拓海が勇二の襟を掴むと同時に怒りにまかせてグイッと引っ張った。
「おまえ、大原が死ぬのを承知で盾にしたな。殺すつもりだったのか!?」
「フン、だとしたらどうする?」
「……なんだと?」
「どうせ、オレが駆けつけなかったら、てめえら全員やられていたんだ。
だったらオレの為に役に立ってもらったって罰はあたらないだろう?」
「おまえ!」
「それとも、全員仲良くたばりたかったのかよ?」
「……おまえって奴は」
「フン、オレは何も間違ったことはしてないぜ。負け犬は黙ってろよ」
「特選兵士って奴は全員そうなのか?」
「ああ、そうだ。オレなんか、まだおやさしい方だぜ」
「だったら、軍が誇る特選兵士って奴も大した奴じゃないよな」
「なんだと?」
今度は勇二の顔色が豹変した。
「……戦闘能力があるだけのクズじゃないか」
バンッ!!そんな凄い音がした。
音の方向に目を向けた純平が見たものは、勇二の鉄拳によって殴り飛ばされ地に伏している拓海の姿だった。
「……ゲホッ」
おまけに口の中を切ったらしく、唇の端から血がボトボトと落ちている。
「よく考えたら、おまえたちを生かしておいてやる理由もなかったな。
大人しく震えていればいいものを。全く馬鹿な奴だ。
オレを怒らせた、てめえが全部悪いんだぜ?
覚悟は出来てるだろうなぁ?終わりだ吉田。てめえはもう終わりなんだよ……」
勇二は拓海の襟を左手で掴むと立たせるように引き上げ、同時に右拳を握り締め振り上げた。
おそらく次の瞬間には、顔の形が変わるまで殴打される拓海の姿が純平の角膜に映るだろう。
その時だった――。
「止めろ勇二!!」
勇二の動きが止まった。同時に声の方角に視線を向ける。
純平も、そして拓海もその方向に視線を送った。
「……隼人」
氷室隼人が立っていた。
隼人だけではない。佐伯徹、立花薫、そして鳴海雅信だ。
「何をしている勇二」
「……何って、こいつが」
「その手をはなせ」
「こいつが悪いんだ。オレを怒らせたから、だから」
一向に拳を納める気配のない勇二に郷を煮やしたのか、隼人がツカツカと近づいてきた。
そして拓海を掴んでいる左手の手首をやや強いくらいに掴んだ。
「オレがはなせと言っているんだ勇二」
「……てめえには関係ないだろ?」
「何があったかしらないが、いちいち切れてどうする?そんなことで晃司に勝てるとでも思っているのか?」
「何だとっ!?」
「細かいことに一々めくじらをたてているようでは一生勝てないぞ。
晃司に勝ちたかったら感情のコントロールくらい出来るようにしろ」
「……クソっ!!」
勇二は叩きつけるように拓海から手をはなした。
それから隼人はF3の遺体に視線を移した。
「勇二、おまえがやったのか?」
「オレじゃなきゃ、誰が殺せるっていうんだ?
このド素人たちが殺せるわけないだろ。考えてものを言えよ隼人」
「一匹だけか?」
「何だ、文句でもあるのかよ」
「答えろ。やったのは一匹だけか?」
「そうだ。それがどうかしたのかよ?」
「……なんでオレじゃダメなのか理由ってやつきかせてくれよ」
乾いた声だった。明らかに不快感を漂わせている。
「簡単なことだよ。人一倍愛情を求めているのに、愛に飢えて育った奴は無意識に自分が愛されることを最優先する。
誰かを愛するってことは与えることだからな。
でも、それは与えられて満たされた奴だから出来るんだ。飢えて育った奴には与える余裕なんてない。
自分が欲しがる。相手に求め要求することに夢中になるうちに相手の気持ちなんて考えられなくなる。
全部が全部そうとは言わない。でも可能性は高い」
「……オレがそうだっていいたいのかよ?」
「全部とは言ってないだろ?でも可能性は高い。オレは美恵には与えてくれる男と一緒になってほしい。
自分よりもあいつの気持ちを最優先してくれる男に。あいつはずっと奪われてきたんだ。だから……」
「ふざけるなよっ!まともな家庭に育ってない奴に天瀬に惚れる資格はないっていうのか!?」
「だったら、おまえは美恵が時々寂しそうな目をしてたことに気づいてたのかっ!?」
「……なんだって?」
「……やっぱり気付いてなかったんだろ?」
海斗が言ったことは事実だった。美恵は時々寂しそうな、いや悲しそうな目をしていた。
真一は美恵のことをよく見ていた。
好きだから、惚れた相手だから気がつくといつも目で追っていた。
それなのに、そんな寂しそうな目をしてたなんて……まるで気づかなかった。
確かに自分は、どうしたらこの思いを伝えられるのか、どうしたら両思いになれるのか。
そればかり考えていた。
「……わかっただろう?おまえは悪い奴じゃないけど、自分が一番可愛いんだよ。
でも、それは当たり前なんだ。それが人間ってやつだ。おまえが悪いわけじゃない。
でも……あいつはオレにとって60億でたった一人の人間なんだ。あいつには世界一幸せになってもらいたい。
……だから、あいつはやれない。おまえにはやれないよ。……ごめんな三村」
その時だった、不審な物音がしたのは。ガタガタッ……気のせいじゃない。しかも大きくなっている。
二人は揃ってあるものを見詰めた。秀明が元の場所に戻しておけといった死体を。
「……おい、あの死体動かなかったか?」
「まさか……でも、確かに音はしたよな?」
二人はお互いの顔を見詰め合うと、どちらともなく死体に近づいていった。
死体は静かに眠ったままだった。
「やっぱりオレたちの気のせいだったようだな」
「ああ、疲れているみたいだなオレたち……」
ガタガタガタッ!!
「な……!」
「し、死体が!!」
死体が激しく動き出した。
そして……メキメキメキッと嫌な音が死体の内部から聞こえた。
「ギィーー!!」
死体の胸が裂け、中から血まみれの生物が飛び出してきた。
「なんだ、何なんだ、こいつはっ!?」
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