『ほら真一……これでも飲め。身体があったまるぞ』
『…………おじさん』
『なんだ?』
『なんで何も言わないんだよ。オレ…最低なことしたんだぜ』
『なんだ。叱ってほしかったのか?』
『……そういうわけじゃ……ないけど』
『いいから飲め。ほら身体が冷えてるじゃないか』
『……おじさん、オレ……ぅ』

泣いた。なぜ泣けたのかわからない。ただ自分が惨めだった。
その時だった。おじさんが何も言わずに肩に手をまわして抱きしめてくれたのは……。
その後はさらに涙が溢れた……。
ただ……最初に流した涙とは何か違った――。





Solitary Island―53―




「ほら、さっさとしてよね」
光子の激が飛ぶ中、七原と杉村は溜息をつきながら荷物を船内に運んでいた。
「やれやれ、あいかわらず女王様だな、あの女は。なあ三村」
「…………」
「三村?」
「……あ、ああ何か言ったか川田?」
「なんだ聞いてなかったのか」
「……ああ悪い。ちょっと考え事してたんだ」
「考え事?」


「……ああ、オレって随分自分勝手な人生送ってきただろ。誰にも縛られずに自由に生きてきた。
そう思っていたけど……改める考えると、随分無駄な人生送ってきたんだな……って。
杉村は…千草に尻に引かれっぱなしで、オレはずっと思っていた。
あいつは人生損してる。周りの人間に縛られるような人生まっぴらだってな。
でも……本当の自由って言うのは人間の権利だ。
権利って奴は、義務が伴って初めて意義があるもんだってことに今さら気付いた。
義務がともなわない自由なんて……単なる偽善……エゴにすぎないってな……。
オレの人生、そのエゴの塊だよ。後悔することばかりだ。今、こういう事態になって初めて気づいた。
もしも杉村が今死ねば、千草たちはそれこそ心底悲しむだろう。
でもオレが死んでも悲しむ奴なんて一人もいない。
やっとわかった。オレは誰かを愛さない人生を送った。だから……誰にも必要とされてないんだ」


「……三村」
「仕方ないよな……自分で撒いたタネなんだから」














「……ふーん、何の研究してたのかしらないけど色んなものがあるね」
洸は辺りを忙しそうに徘徊して、研究論文やらをパラパラみてまわった。
だが日本語ではないので(ドイツ語だった)何を書いているのか、さっぱりわからない。
「……パソコンか」
洸は電源を入れてみた。
液晶ディスプレイに光が走ると同時にカタカタと音がなり、『パスワードを入力してください』と表示された。
「マジ~?……んーじゃあ」
洸は面白半分にキーボードをいじってみた。
『パスワードが違います』当然のように、そう表示された。
「あはは、やっぱりダメか」
ちなみに洸が入力したのは『TAMANOKOSHI』だった。


「相馬、何やってんだよ」
「んー、ほらこれ。パスワード入力だから」
「……パスワードか。ちょっとどいてろ」
真一は椅子に座るとカタカタとキーボードを打ち始めた。
「何やってんの?」
「ハードディスクを片っ端から調べてパスワードを探すんだよ。この程度のコンピュータならそんなに時間はかからないだろ。
そうだな……10分くらい待ってろよ。それぐらい待てるだろ?」
「へえ、知らなかった。三村ってコンピュータオタクだったの?」
「おいおい、そういうこと言わないでくれよ。オレは何かに執着するなんてご大層なシュミは持ってないんだ」
「ふーん。オレは玉の輿に執着してるけどね」
「そうらしいな」
真一は面白そうに笑った。




(……F5か。奴等が処分されたのなら、何も問題は無いはずだ。
だが……この島と本部との連絡が途絶えた。一体何があったんだ?
Fシリーズが暴走を始めている。危険な奴等だから檻に入れ、繁殖も管理して、数の制限をしていたはずだ。
だが奴等は、この島を自由に徘徊している。
そしてプログラムで全員死亡と見せかけ一クラスの生徒を先月この島に送り込んだのも科学省だ。
おそらくFシリーズの繁殖の媒体にするつもりだったんだろうが、そこで何か計算外の事件が起きた。
だからオレたちを送り込んだんだ。早めに晃司と合流しておく必要があるな。
晃司のことだ。格下のFシリーズなんかにやられることはないはずだが……)


「……堀川」
「……なんだ?」
考え後をしている秀明に海斗が声を掛けた。
「……おまえ、美恵とどういう関係なんだ?」
美恵と?」
「まさか……恋人ってことはないよな?」
それは自信をもって言える。自分はクラスの中では美恵と一番近い人間だった。
もしも、この二人が親しい関係にあったのなら素振りでわかるはずだ。
だが、そんな態度は一度もなかった。秀明も。そして美恵も。
「……恋人?」
「ああ、それは違うって事くらいオレもわかる」

「ああ、違うな。それ以上だ」




「ふーんパスワードは『OKKEIKAMONN』……か。うさんくさいパスワードだな」
「そんなこといいからさ。早くパスワード入力してよ」
「まあ焦るなよ」
真一は再度キーワードを打った。
「よーし。OKOK調子良いぞ。やっぱオレって天才かなぁ?」
「何言ってんだよ。早くしなよ」
「ああ悪い。ほら見ろよ、この施設の見取り図、それに研究内容……それに研究施設の操作もできるぜ」
「操作って?」
「まあ簡単なことだ。温度調節、ロックの解除、空気調節、例えばほらこの見取り図みろよ」
真一は画面に表示されている見取り図の中から部屋を一つ選択し拡大した。
「今、オレたちがいる部屋だ。で、このアイコンをクリックする……」
シュー……そんな音がして背後のドアが左右に広がった。


「へえコンピュータでドアの開閉まで管理してるんだ。結構近代的な施設なんだね」
「そういうこと。だから、このアイコンをクリックすると前方の隠しドアが開くんだ」
「隠しドア?」
洸はチラッと前を見た。ただの壁だ。
洸は近づいて、トントン……と軽く拳で叩いてみる。
「ああ本当だ。この音……中が空洞だね」

(……何なんだこいつ。まるでスパイみたいな奴だな)

「ねえ試しに開けてみてよ」
「OK。食糧貯蔵庫だったらもうけもんだしな。じゃあいくぜ」
真一はマウスに手をおいた。




「……はぁ?」
「…………」
「……おい、何ていった?」
「…………言ったとおりだ」
「あのなぁ、オレは真剣に……」


「何だ、何なんだ、これはっ!!」


秀明と海斗は同時に振り向いた。
真一の声を聞いた秀明の反応は早かった。まるでスタートダッシュするように走っていたのだ。




「どうしたっ!?」
真一は声も無く、ただ指差していた。
(……隠し部屋?)
その入り口のすぐ手前に洸がいる。
そして部屋の中には(どうやら重要な薬品をしまっておく為のもので広くはない三畳ほどの大きさだ)人が倒れていた。
洸がそばに屈んでいるが、脈をはかるまでもない死んでいる。
それもかなり時間がたっているようだ。
「……寒……っ。この部屋まるで冬みたいだ」

(……冬みたい?)

秀明は物凄い勢いで洸の腕をとると部屋の外に引きずり出した。


「痛いなっ!もっと丁寧にあつかってよっ!!」
「この部屋は実験段階の細菌兵器の保管室だ」

洸の顔が珍しくギョッとなった。当然、真一も海斗もだ。

「だから温度を下げている。細菌の活動を完全停止させる為に」

それからチラッと死体に目を移した。
髪の毛の先は白くなっている。この部屋にいたおかげで幸か不幸か腐乱死体にはならなかったようだ。




「……誰なんだよ、そいつ」
それは真一のみならず、その場にいる全員の疑問だった。
秀明は保管室を見渡し、全てきちんと特製瓶に保管されしまわれていることを確認すると一歩前に踏み出した。
「ただの研究員だ」
問題は、どうしてこんな場所で死んでいるのかということだ。
みると形相凄まじく、なにか苦しんだような表情だ。
胸を押さえて死んでいるが外傷はない。

(……心臓発作か?それとも……)

秀明は推理した。この施設に入ってからずっと見てきた状況を。
何かに荒らされたような様子。

(……そういうことか。多分『奴等』から逃げるために、この部屋に逃げ込んだ。でも結局は手遅れだったということか)

秀明は部屋から出ると「さっさとドアを閉めろ」と指示を出した。
「おい堀川。その死体はどうするんだよ?」
「このままにしろ。後で処分する」
処分……見ず知らずの人間に対して、それはあんまりな言い草じゃないのか?
そんな真一の思惑など無視して、秀明はスタスタ歩き出していた。


「おい堀川、どこに行くんだよ」
「もう少し施設内を調べてくる。おまえたちは、ここにいろ」
「おい、一人になるな。危険だぞ」
「オレは問題ない」
秀明は、さらにスタスタと歩いていく。
「じゃあ、オレがついていくからさ。三村は寺沢と仲良くここで待っててよ」
洸はそう言うと「じゃあね」と愛想よく手を振って秀明の後に付いていった。


やっぱ強い奴についていかないとね~。
でないと、いざというとき損するのはオレ自身だからね♪……と洸は考えていた。

そんな二人の背中を海斗と真一は複雑な表情で見詰めていた。


人の……人間の死体があったんだぞ?
どうして、そんなに平然としてられるんだ?見ず知らずの人間だろうと衝撃受けるのが普通だろ?
まして、無人島と思っていた島に怪しい研究室があって、その中で謎の死を遂げているんだ。
おまえら、怖くないのかよっ!?














「ギギャァァー!!」
化け物の恐ろしい悲鳴がこだました。
「ふーん、科学省の家畜でも痛感はあるんだなぁ」
F3は地面にうつ伏せの状態になり、その右肩の付け根を勇二が左足で押さえ込み、そして右腕を持ち上げている。
その右腕は、不自然な形で曲がっていた。
勇二はF3を地面に叩きつけると、肩を足で押さえ腕を持ち上げテコの原理を利して一気に捻じ曲げたのだ。
「グギギギギ……」

「全く、見れば見るほど醜い化け物だぜ。もっとも外見だけはお綺麗なⅩシリーズの方が数倍ムカつくけどな!!」

勇二は再びF3の腕を今度は先ほどよりはるかに強烈に折り曲げた。
「グギャァァー!!」
溜まらずF3が暴れだし、何とか勇二の手を振りほどいて立ち上がった。
ただ右腕はブラーンと方から下がっている。
目はかなり血ばしっており、凄い目で勇二を睨んでいる。
勇二は完全にF3を怒らせてしまったのだ。
元々残忍は性質のF3は恐ろしい雄叫びを上げると勇二に襲い掛かった。


勇二の目が僅かに大きくなる。
シュッと空を切り裂く音。勇二は咄嗟に背後に下がっていた。
しかし、学ランが数センチとはいえ、横一直線に裂かれている。
まるで発狂したかのように鋭い爪を闇雲に振り回し勇二に攻撃を仕掛けるF3。
その強烈な爪で地面をえぐり、木の幹に鋭い爪痕を残す。
それらは勇二が紙一重で避けるたびに増えていった。猛攻のF3。紙一重で避ける勇二。


「げっ!こ、こっちに来るなよぉ!!」
純平が青くなっていた。そうだろうメチャクチャに辺り一面を切り裂きまくるF3。
そのF3が標的としている勇二がこっちにやってきたのだ。
これは溜まったもんじゃないが、勿論勇二が純平の懇願に耳を傾けるはずも無い。

「ギャァァー!!」
「……きゃぁ!!」

F3が勇二を攻撃し、勇二が避け、そして勇二の代わりに爪の餌食となった木の枝が勢い良く純平たちにぶつかってきた。
このままでは勇二の巻き添えをくらって、今度切り裂かれるのは木の枝ではなく自分達だ。




「に、逃げるんだ理香ちゃんっ!!」
純平は倒れている理香を急いで立たせようとした。
「てめえら何してるっ!邪魔だっ!!」
「え?」
背後に上体をそらしながら攻撃をかわしていた勇二の進路に理香がいた。
「……チっ!」
勇二は舌打ちをした。F3が爪を振りかざそうと腕を上げ、一気に勇二に振り下ろした。


「やられてたまるかっ!!」

「キャァァー!!」


「……お、大原っ!!」

拓海が叫んだ。

「り、理香ちゃん……っ!!」

純平も叫んでいた。


勇二が理香の後ろ襟首を掴むや一気に引き上げ、F3の眼前に突き出した――。




殺されるっ!!

理香はギュッと目を瞑った。だがF3の動きが僅かに鈍くなった。
F3は敵を徹底的に狙うハンターとしての本能が遺伝子に刻み込まれている。
標的以外の獲物が突然自分と標的の間に現れたので一瞬躊躇したのだろう。

――それを勇二は見逃さなかった。


どすっと、鈍い音がした。
「……あ、ああ……」
理香の目の前。目の前の怪物の喉からポタポタと血液が流れ出した。
同時にヒューヒュー……と息が漏れる音がする。


「本気でオレを殺したかったら、この女ごと貫くべきだったなぁ」


勇二は理香を放り投げると、F3の喉に突き刺したナイフを一気に抜いた。
プシューと音がして、まるで噴水のように一気に血が噴出した――。




【残り34人】




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