「……と、特選兵士?」

拓海は、まるで小説の中の登場人物を見たかのような感覚に陥った。
軍人の家系に生まれた者として、その名を知らない者はいない。
かつて食事の席で祖父と父が話しているのを聞いたことがあった。


『今年の特選兵士は例年になくレベルが高いという話だな』
『そうですね。何しろ12人全員正式登用されたんですから』


全国にいる数万人の少年兵士たち。数年に一度、その中から最も優秀な者を選ぶ。
つまり将来の将官候補生と言ってもいい人間達。
正式名称・第一等特別選抜兵士。その特選兵士が、まさか自分のクラスメイトだったとは。


「さあ、かかってこい。科学省の家畜野郎が!!」




Solitary Island―52―




「わぉ、真っ暗だね~♪。でも平気平気、オレってこういうの慣れっこだものな。
あ、寺沢。足元に何か転がっているから避けたほうがいいよ」
「相馬、おまえもう目が馴れたのか?早いな」
自分はこの暗闇の中、危なっかしく一歩一歩慎重に歩いていると言うのに。
「まあ貴重な幼児体験が役立ってるんだよ♪」
「……幼児体験?」

こんな暗闇の中を歩き回ることがか?
一体、どういう生活おくっていたんだ?

「オレよりさぁ、堀川のほうがずっと上だよ」
確かに秀明はこの施設(何の施設かは知らないが)に入った瞬間から、まるで電気がついているかのようにスタスタ歩いていた。
この暗闇の中をだ。


(……堀川といい、相馬といい……なんなんだ、こいつら?)

美恵との関係も気になるが、海斗は取り合えず二人の正体の方が気になった。


「おい寺沢、また障害物だ。気をつけろ」
今度は真一が警告してくれた。
「なんだ三村、おまえももう見えるようになったのか?」
「……ああ、オレも暗闇ってのには馴れてるからな」

夜、目を覚まして周りを見ると親がいない……それが幼い子供にとって、どんなに心細いものだったか。
そんな暗闇の中、よく一人で震えていた……っけ。
それにオレって、中学生の分際で夜遊びばっかしてたからなぁ……。
はぁ……まいった、こんな素行の悪い男じゃ天瀬に嫌われちまう。まいったな……。

真一は溜息をついていた。














「……ギグゥ……」
。断末魔の悲鳴をあげ、F2が地面に倒れこんだ。
「……1、2、……後7匹か……全く弱い奴に限って数に頼るから嫌なんだよ」
「余計なお喋りは後にしろ晶……さっさと片付けるぞ」
「……おい気付いたか?」
「ああ……戻ってきている。まいったな」
直人はチラッと美恵が走り去っていった方向を見つめた。
こんなに早く帰ってくるなんて予想外だった。まだ五匹しか片付けてない。
あと数十秒で七匹なんて、いくらなんでもきつ過ぎる。
「……クク」
「何がおかしい晶?」
「初めて会った時のことを思い出したんだ」
「……おまえ、こんな時に」


「直人!直人、晶!!」


美恵だ」
「……全く、相変わらず仲間を見殺しにできない奴だな。あの時から何も変わってない。
多分、一生変わらないだろうな。何度、出会ってもあいつは変わらない」
「……全く同感だ」

直人は懐かしそうに思い出した。一瞬だけ表情が柔らかくなっていたかもしれない。
晶とは背中合わせに近い状態なので、その表情を見られることもなかったが。
あの日から全てが始まっていたのかもしれない。あの時、同じ場所にいたメンバーは8人。
自分と晶、徹、雅信、攻介、俊彦、勇二。そして美恵だ。
その日から色々あった。
徹と雅信は美恵に夢中になり、勇二は必要以上に美恵に反感を持ち、そして自分は借りが出来た。
だから、いつか返さなければならない。それが直人にとってのけじめだった――。














F3が猛然と走ってきた、勇二目掛けて。
「フン、望むところだ」
同時に勇二も走っていた。
「……あ、危ない和田!そいつは化け物だぞ!!」


特選兵士の強さは噂で聞いている。だが、あくまで噂だ。
拓海は特選兵士の強さを実際に見たことがないのだ。だが、この化け物の恐ろしさは嫌というほど味わった。
噂だけの特選兵士の強さより、化け物の恐ろしさの方が拓海にとってははるかに実感できる真実だった。
だが化け物が勇二のボディに向って鋭い爪をつき立てようと腕を上げたその時。
反射的に、勇二はスッと上体だけ後ろにそらした。
同時に右足を軸にしてクルッと回転すると、F3の左足目掛けて回し蹴りを炸裂させていた。
途端にF3のバランスが崩れる。
それを見て勇二はニヤッと口の端を上げると、F3の左足を両腕で掴むや否や、何とF3を振り回し始めた。
グルグルとF3の身体が遠心力を加えられながら二回、三回。
そして四回目に、勇二は数メートル先にあった岩場目掛けてF3を投げた。


「きゃぁー!!」
「あ、危ない理香ちゃん!!」

純平が慌てて理香を庇うように地面に伏せさせた。
その真上をF3が飛んでいく。そして激しい音を出しながら岩場に直撃。
「……グゥ」
F3はゆっくりと立ち上がった。
「そうだ。そうでなければ面白くない」
勇二はほんの数時間前の出来事を思い出していた。

あのF1……片手で持ち運べる便利なサンプル。
それなのに……それなのに……あいつに持ち逃げされた挙句、見失ってしまうなんて!!
こうなったら誰でもいい。このメチャクチャにしてやらないと気が済まない!!
とりあえずは、このF3だ!てめえの仲間はオレを侮辱した。
だから、その分せいぜい痛い思いをして屈辱的な死に方さらさせてやるぜ。
でないとオレが味わった屈辱に釣り合わないからな!!


「……グギギギギ」
F3の低い声が辺りに響いた。
「……ひ」
「……り、理香ちゃん……大丈夫か?」
純平は蒼ざめながら勇二とF3を交互に見詰めた。
なぜなら、自分達はこの睨みあう両者の直線上の、ちょうど中間地点にいるのだ。
その証拠に化け物は自分達の方向に飛んできた。
もし伏せなかったら自分も理香も化け物に激突されていただろう。冗談じゃない!




「わ、和田!おまえ何考えているんだ理香ちゃんに怪我させるつもり……」
と、言いかけて純平は再び蒼ざめ言葉を失った。
勇二が懐からナイフを2本取り出し投げたのだ。
「……ひぃ!!」
純平は再び頭を押さえながら、その場に伏せた。
鈍い音がしてナイフが地面に刺さっていた。F3が、その強力な爪で叩き落すように弾いたのだ。


「……二番煎じは通用しない……か。F2よりは上ってことかよ」
そうでなければ面白くない。
勇二はさらにナイフを取り出すと今度は自ら走っていた。
「邪魔だどけ!!」
「ひぃ!」
途中、障害物となっていた純平を殴りとばしながら。
「……ね、根岸くん!!」
慌てて理香が純平に駆け寄る。
「……酷い……怪我してるじゃない。何なの、あのひと!!」


金属がぶつかり合うような音。勇二がナイフで攻撃を仕掛ける。それを爪で防御するF3。
何度も、その音が火花を散らしながら繰り出された。
「足元が甘いんだよっ!」
F3の膝に蹴りが入る。思わずガクッとバランスを崩すF3。
「おっと、お寝んねにはまだ早いぜ」
地面に肩膝をつき倒れかけたF3の腕を掴むやいなや、勇二はまるで背負い投げをするかのように思いっきり投げ飛ばした。

「ぎゃぁぁー!こっちに来るぅぅー!!」

純平や理香に向ってF3が落ちてきたのだ。それを追うように勇二も飛んでいた。
F3が苦しそうに悲鳴を上げた。勇二の飛び膝蹴りがボディに食い込んだのだ。これはたまらない。
だがF3が悲鳴をあげると同時に純平たちも悲鳴を上げていた。
なぜなら……何ということか純平たちはF3の下敷きになっていたのだ。


「おらおら!さっきの勢いはどうしたぁ、それでも科学省ご自慢のペットかよっ!?」


F3の腹に勇二の足が何度も何度も勢い良く食い込む。
「……ん?」
そこで初めて勇二の壮絶な足蹴りがストップした。
(もっともF3のみぞおちを思いっきり足でグリグリしていたが)


「家畜野郎のダメージが低いと思ったら……そういうことか。
……おい、てめえら、いつからこの家畜野郎のクッション代わりになってやるほど仲良くなったんだ?」

「だ、誰も仲良くなるわけないだろぉ!お、オレたち殺されかけたんだぞ!!」
「誰がそんなこと質問した?どんな理由があろうと、オレと敵対している奴の利益に結びつく行為をする奴は、
敵とつるんでいるとみなすことにしてるんだ」
「……わ、和田?」
「はっきりさせようぜ……オレに逆らって科学省の家畜野郎と心中したいのか?」















「やっと目が馴れてきたな……ん?堀川何やってるんだよ」
秀明は壁に取り付けてある薄いボックスのようなものを開け、何かいじっていた。
次の瞬間、パッと明かりがつく。まるで地下から地上に出たみたいだ。
「……つ、急に明るいと眩しいな」
それから海斗は周りを見渡し、そして驚きを隠せなかった。
「……なんだ、これ?」
なんだか散らかっている。何より壁だ、自動ドアらしい入り口が溶接されている。
だが外側から物凄い力で突き破られたような跡……一体何があったんだ?
「……第一、何の施設だよ。なあ堀川……って、おい!」
秀明が一人で歩いていってしまった。慌てて後を追う。
そして秀明はいくつもの部屋の中から、ある部屋を選び入っていった。


(……間違いない。例の研究室だ)


研究日誌を発見した。

『……ついにF4の第四世代が誕生した。
今までのF4は遺伝子レベルで問題があり、成体になる前に早死にしていたが、今度は違う。
今度こそ成功だ。これは完璧な生物だ、恐怖も哀れみも迷いも一切無い。
ただ敵を倒すだけの闘争本能だけで生きている。
頑丈な肉体。パワーにスピード。特異な繁殖によるスピード増殖。
おまけに、その血液は強い酸で鉄をも溶かす。まさに脅威の生物兵器だ。
あとは、この生物に我々の命令を聞く遺伝子操作を施せばいい。
我々は二度とF5の失敗は繰り返さない。完璧な生物兵器の誕生のあかつきには…………』


「堀川、どうした?」
「……なんだ?」
「いや、それ何が書いてるんだ?この施設のこと何かわかったのか?」
「……いや特に何も無い」

……『F5の失敗は繰り返さない』

(……失敗か。奴等はやはり処分されたのだろうか?)

その日誌の最後にはこうつづられていたのだ。


『……あかつきには、あの悪魔の産物F5をただちに処分しなければ』――と。














「和田!何、よそ見してるんだ!!」
拓海が叫んでいた。
「ギィィッ!!」
怪物が起き上がっていた。
激怒したのだろう。まるでラグビー選手が敵にぶつかる様な強烈なタックル。
そのパワーに今度は勇二が背後に吹っ飛ばされていた。
「うわぁっ!」
拓海が倒れていた。勇二がぶつかってきたのだからたまらない。
そんな拓海を完全無視して不敵な笑みさえ浮かべながら勇二は立ち上がった。


「……甘いんだよ。オレたち特選兵士は、例えどんな不利な状況でも自分に有利にことを運ぶよう訓練されている。
てめえのバカな頭じゃ理解できないから教えてやろうか?
こいつがクッションになるように、てめえがぶつかる瞬間、ワンステップ横にそれてたんだよ」

これは特選兵士が訓練によって無意識に身につけたことだが、
勇二はF3が体当たりしてきた瞬間、反射的に拓海の方に飛ばされるよう横に一歩動いていたのだ。


「オレにたてつきやがって……この家畜野郎!!」


今度は勇二の鉄拳がF3をふっ飛ばしていた。

「ぎゃぁぁー!!」

またしてもF3が純平たちの上に降ってきた。

「ひっ……こ、殺される」

純平は心底青ざめた。


「……こ、殺されるっ!和田と化け物にオレたち殺されるんだぁっ!!」




【残り34人】




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