「……どういうことだ?」
「奴等に襲われたのなら深手を負ったはずだ。その傷を見せてみろと言っている」
「……必要ないな。カスリ傷だった」
「念の為だ」
そう言って晃司は瞬の左腕(血が滲んでいる)に手を伸ばした。
「必要ないって言ってんだよっ!!」
思わずあげた怒鳴り声に瞬はハッとした。

「……本当にカスリ傷だ。だからいいんだ」
「……そうか」


(……まさか、あいつ気付いているのか?そんなはずはない……そんなはずは……)




Solitary Island―49―




天瀬!!」
美恵はハッとして立ち止まった。
「……桐山くん」
「なぜ逃げる?」
「…………」
「周藤が言ったことが嫌なら、あいつと一緒にいる必要はない。天瀬のことはオレ一人で守ってやってもいい」
「おい!どさくさに紛れて都合のいいこと言ってんじゃねーよ!!」
少し遅れて攻介が駆け寄ってきた。
美恵……あいつのことは気にするなよ。晶の口の悪さはおまえも知ってるだろ?
隼人に言って二度とこんな口利かないように話つけてもらうから」
「……いいえ」
美恵は静かに切り出した。


「晶の言うとおりよ」
天瀬?」
「晶の言ったことは全部正しいわ。私は軍の道具に過ぎないのよ。
……だから軍以外の人間とは関わりを持つべきじゃなかった。
学校にだって行くべきじゃなかった。ただ……一度くらい普通の人間みたいな暮らししてみたかったの。
勉強して友達を作って、他愛のない会話で笑ったり……私、そういう経験がまるでないのよ。
義務教育を終える年齢になったら多分科学省の敷地から出ることも難しくなる。
だから、その前に一度だけ普通の生活送りたいって我侭言ったの」




桐山は突然理解した。思えば自分はなぜこの女に親近感を持ったのか。
いや親近感という言葉さえ浮かんでこなかった。
ただ、他の女とは違う。なぜかわからないが自分と似ている。
ふと、そう感じてしまったのだ。それが何なのかはわからない。
美恵は言った。自分は『道具』だと。普通の暮らしをしたことがないと。
桐山は自分と同じだな、そう思った。
境遇こそ違うが自分は父の(性格いえば義父だ。実父ではない)道具に過ぎない。
桐山家という由緒ある名家と、桐山財閥という大事業、この二つを継ぐべき大事な道具。
父からはあらゆる特殊な教育を受けてきた。
おそよ年齢に不釣合いな経済学や帝王学はもちろんのこと。護身術として格闘技はもちろんのこと、銃の扱いまで。
民間の中学校に行くことになったのも、一般人というものを見ておいたほうが後々の為になるだろうという義父の考えなのだ。


「……戻りましょう。晶や直人と離れるわけには行かないわ」
「いいのかよ?晶が嫌ならオレは戻ることないと思うぜ」
「……何を言うの。直人だっているのよ。あなた直人をほかっといていいの?大事なルームメイトじゃない」
「……直人は男だからな。おまえのほうが優先だろ」
「バカね。男も女も関係ないわよ……すぐに戻りましょ」














「……な、なあ吉田」
「何だ?」
「……ちょっと」
誠が言いにくそうに拓海に目で訴えている。
「何だ?言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「……だって……その」
誠は困ったようにチラッと理香を見た。その様子に純平は誠が言いたいことがわかったらしい。


「ははーん、さては用足しだろ?でも怖いからついてきてくれって言うんだろ?」
「……な!」
正解だった。それにしてもはっきり言わなくても。純平は気は利くが無神経な男だった。
「……怖いなら、すぐそこでやればいいだろ?」
と、冷たいことをいう拓海はさらに無神経だったが。
「……そんなこと言わないでくれよ。
女の前で……なあ」
「……根岸……おまえ、ついていってやれよ」
「ええ~?オレ、理香ちゃんにならついてやってもいいけど野郎はやだよ」
「……わかった。オレがついていってやるよ」
拓海はさも面倒だと言わんばかりに腰を上げた。














「……杉村」
「……なんだ?」
「……オレは怖いんだ」
七原はせっせと武器の手入れをしている杉村に突然切り出した。
川田と三村はまだ戻ってきていない。貴子と光子は、別の部屋で食料やら薬やらのチェックをしている。
今、この部屋にいる杉村と七原は武器の手入れをしているのだ。

「……幸枝に会う時間はない。そう言った事は正しいと思っている。
でも本当は会いたくて仕方ない。もしかしたら、それはもう二度と会えないからなのかもしれないし……」

「七原、バカなことは言うな」
「……でも」
「……七原。オレはおまえと違ってずっと貴子と一緒だった。
辛いときも楽しいときも貴子がいて支えてくれた。
そんなオレがこんなことを言うのはおこがましいが内海はきっとこう言うぞ。『自分にかまわず行って』ってな。
そういう強くてしっかりした女だったよ、委員長は。オレの貴子には負けるけどな」
「何言ってんだよ。幸枝だって負けないくらい強い女だぞ。オレが出て行くとき文句一つ言わずに許してくれたんだ」




『……じゃあオレ行くから』
『……気をつけてね。辛くなったらいつでも帰ってきていいのよ。
臆病者になったって構わない。命が一番大事なんだから』
『ああ、無理しない程度に頑張るよ……あとのこと頼むな』
『ええ』
『それから……もしオレが帰ってこなかったら、オレのことなんか忘れさせてやってほしい』
『秋也……?』
『……オレのことなんか忘れて幸せに』

『待ってるから』
『……幸枝』

『大丈夫よ。あたしは強い女なんだから。
あなたも知ってるでしょ?だから何年でも待ってるわ。だから……』
『…………』
『だから早くあたしたちのところに帰ってきて……』
『……幸枝。オレのこと許してくれるか?』
『もちろんよ』





「……杉村。女って本当にすごいな。本当に強いよ」
「おまえだってそうだぞ。七原おまえは偉いよ」
「オレが?」
「ああ……オレにはとても真似できない。貴子たちと離れて孤独な戦いに飛び込むなんてことは。
三村も川田も……おまえほどのことは出来なかった。
オレたちとも離れておまえはたった一人で戦ってきた。おまえは本当に偉いよ」


「ちょっと二人ともっ!!」


「「そ、相馬っ」」
「何、二人して呑気に会話してるのよ。武器のチェックは終わったの?!
まったく、そんなんじゃ先が思いやられるわ。
さっさとしてよね。出ないと邪魔になると判断して船上から海に捨てるわよっ!!」

杉村と七原は同時に呟いた。

「「……でも一番強い女はあいつだよな」」














「じゃ、じゃあ……ここで待っててくれ」
茂みの手前に来ると誠はおどおどしながらそう言った。
「……早くしろよ」
しばらくすると茂みの奥の方から音が聞こえてきた。
随分と我慢していたようだ。とにかく長い。
しばらく音が続き、やっと止まった。ポトポトと微かな音だけが聞こえてくる。
そのうちガサガサと茂みを掻き分ける足音が聞こえてくるだろう。
ポトポト……音が止まったようだ。一瞬、間が入り、再びポトポトと音が聞こえ出した。


拓海はほんの少しだけ妙だな、と感じた。
その妙な感じは大きくなってきた。なぜならポトポトという音が早く大きくなりだしたからだ。
「……椎名?」
声を掛けた。返事はない。
その代わりに「……ひ」と漏れるような声が聞こえた。
「……椎名?」
相変わらず返事はない。しかし誠の声は聞こえる。
「……ひ…ぃ……」
そんな声。いや声といえるかどうかわからない。
言葉にならない音がやっと喉のおくから漏れている、そんな感じ。
ここにきて拓海はようやく誠のただならぬ様子に気付き茂みの中に入っていった。
茂みの向こうではシリモチをつき斜め45度の角度を見上げ震え上がっている誠の姿があった。


「椎名どうした?」


ポトポト……何かが落ちている。
誠の手前の地面に……。

「……水?」

水……ではない。もっと粘着的な何か……。
拓海はゴクッと唾を飲み込み、ゆっくりと誠の視線の先に顔を上げた。


「……っ!!」


見た!確かに見た!!
何かがいたのだ。確かに!!

木の上からそいつは見ていた。誠を。そして拓海を。

だが、次の瞬間、その何かが一気に飛び掛ってきた!!
拓海の視界が一瞬にして黒く覆われた。

「ぎゃぁぁぁー!!」

誠の悲鳴が聞こえたが、そんなものに構っている暇はない。
なぜなら、その『何か』のターゲット(とりあえずはだが)間違いなく自分なのだから!!




拓海は持っていたナイフを無意識に胸の前で構えたが、そんなことで、その何かの勢いは止まらなかった。
目の前が真っ暗になると同時に平衡感覚が一瞬なくなった。
かと、思うと背中から地面に激突していた。
さらに地面を滑っている。凄まじい勢いだ。
頭、背中、いや全身に激しい痛み。いや、麻痺しているような感覚。
「……く」
拓海は一瞬両目を瞑っていた。恐怖なのか、それとも反射的になのかわからない。
考えている暇さえない。とにかくギュッと固く瞑った目を開いた。


「……な」
言葉がなかった。いや思考すら一瞬ストップした。
拓海は代々軍人の家系だった。
まるで三年寝太郎のようなのほほんとした性格ではあるが、その体内には間違いなく軍人の勇ましい血が流れている。
それにふさわしい教育も受けてきた。
海軍少将まで勤めた祖父の口癖は「いいか。どんな時にも己を失うな」だった。
その祖父の期待通りに育ったか否かは別として拓海自身は、その言葉を肝に銘じていた。
だが拓海は、その座右の銘を完全に忘れた。
まるで電流のようなものが全身に走った。

そう恐怖の旋律が!




そんな不気味な唸り声。見たことのない生物。
いや、想像したことすらない生物。

なんなんだこれはっ!?

口からポトポトと涎のようなものがたれ、学ランを汚していたが、そんな事はどうでもいい。
どうでもよくないことといえば、そいつが拓海の上に乗っていたことだ。
そして、ゆっくりと右手を上げた。
その右手にはナイフのように鋭く、そして大きすぎるくらいの爪がついている。
その爪を奴は真上から一気に刺してきた!!


「……うわぁぁぁー!!」


拓海の顔がこれ以上ないほど歪んでいた。
そして、その右肩から一気に鮮血が噴出した――。




【残り34人】




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