第一天瀬を追いかけなくていいのか?」
「貴様が無神経に思わず口に出したなら攻介より先に殴っている」
「何が言いたい?」
「晶、おまえわざと言っただろう?」
「当然だ。はっきりさせた方がいい。天瀬にとっても桐山にとってもな。一石二鳥だ」
「三鳥だろう」
「……気付いていたのか」
「攻介は頭に血が昇って気付いてなかったようだがな」
直人は懐からナイフを取り出した。
「天瀬のことだ。逃げろと言った所で、自分の身が危険にさらされようと絶対に逃げなかったらだろうからな。
一緒に戦うなんて言い出しかねない。もっともありがた迷惑だ。
あいつがいたんじゃ、桐山も攻介も気を取られていただろう。だったらいない方がいい。それにしても晶……」
晶たちの背後、距離にして二十メートルほどの岩陰に複数の影がうごめいていた。
「おまえも素直じゃないな」
「オレは徹や薫とは違う。別に好かれようなんて思っていないだけだ」
晶は立ち上がると、ズボンのポケットからバタフライナイフを取り出した。
Solitary Island―48―
「そうか……おまえたちも大変だったんだな」
「うん、ほれでね、へんなひゃつらが追いかけてきたから……」
「別に無理して喋らなくてもいいよ。それにしても、よく食べるな」
昌宏は半ばあきれていた。
瞳は危害を加えられないと安心したとたん「……御腹すいたな」と一言もらした。
何しろ、ろくに食事をしていないのだ。そこで昌宏が食事を出してくれた。
まあインスタントばかりだが、それでも今の瞳にとってはご馳走に違いない。
女の子にしてはややせわしい食べ方だな……まあ、腹ペコだったんだから仕方ないか。
それにしても、先ほど泣きじゃくっていたのが嘘みたいだ……まあネアカな子なんだろう、な。
昌宏は立ち上がると「おかわりするか?」と聞いた。
「うん、ほねがい。あ、あと何かのみものもちょーだい」
「食べるか、喋るか、どっちかにしろよな……」
本当に明るい子だな……理香も明るいほうだったけど、ずっと上だ。
昌宏は、またいとこの理香のことを思い出した。
母親同士が仲のいいいとこだったので、自然と子供の頃から兄妹のように仲良くなった。
理香……おまえ、今どこにいる?どうして帰ってこないんだ?
もう、おまえのことは諦めたほうがいいのか?
それとも、どこかでオレが助けにいくのを待っているのか?
「かきふまくーん、まだぁ?」
昌宏の悩みを吹っ飛ばすように、瞳の明るい声(食べながら喋るなよ。女の子だろ?)が聞こえた。
昌宏は溜息をつくと「すぐ作るよ」とフライパンに火をつけた。
(……とにかく望月の話じゃ、他に大勢いるようだから何とか協力しないとな。
理香のことも気になるが、伊藤も何とかしかきゃいけないし……。
それに、きちんと話し合って対策練らないと、望月のクラスメイトにこれからも犠牲者がでるんだ)
自分も逃げ回っているばかりで、大した情報を持っているわけではないが、とにかく何とか協力しないと。
チャーハンを作りながら(昌宏は中々の料理上手だった)昌宏はあれこれ考えを巡らせていた。
「吉田ぁ、なあこんな事するより逃げた方がいいんじゃないのか?」
拓海の指示で罠を仕掛けてながら純平は何度もそう言った。
拓海はというと持っていたナイフで、木の枝の先を鋭角に削っている。
もし襲われたら、それで戦うつもりらしい。
仕方ない。何しろここには銃も爆弾もない。
かといって自分が護身用に持っているナイフだけでは心もとない。
原始的な武器だが、無いよりはずっとマシだ。
「吉田、なあこんなことしてるより逃げよう。今なら明るいし古橋の二の舞は……」
「根岸ぃ、おまえ死にたいのか?」
「し、死にたいわけないだろ!!オレには夢があるんだっその夢をかなえるまえに死んでたまるかっ!!」
「……ふん、どうぜハーレム作る夢だろ?」
「違う……そんな現実離れしたものじゃない。オレだってバカじゃないさ。
そんな大それた夢、とっくに捨てた。オレの夢は……もっと、ささやかなものだったんだ。
例え、六畳一間の安アパートでも天瀬さんがいて……」
「ふーん、おまえ美恵が本命だったんだ。殺されるぞ、佐伯や鳴海に……」
「蘭子さんがいて」
「…………」
「千秋ちゃんがいて」
「…………」
この後、純平は春見中学美女ベスト30に入る女生徒の名を全てあげた。
「そんな、そんなささやかな未来を夢見てたんだぁぁっ!!」
「……根岸、おまえのことオレさあ、バカだった思ってた。でも違った……超大バカだったんだな、おまえ」
「うるさいっ!!もうこのさいバカでもいい!オレは逞しく純粋に生きたいんだっ!!」
「……ねえ」
理香だった。そう言えば、捕獲してからこの女が自分から話すのは初めてだな、拓海はそう思った。
「……あたしの仲間。あいつに殺された奴がいたの。
その時、あたしも一緒だったの。でも助かった」
拓海の表情が一変した。理香の体験は重要な情報だったのだ。
「どうして助かったんだ?」
「わからない。でも、夢中で崖から川に飛び込んだの。
あいつは追ってこなかった。もしかしたら……もしかしたらだけど……」
「水が苦手なのか?」
「うん……そうかもしれない。でも違うかもしれない。
ただ、あたしは川に飛び込んだから助かった。それだけは本当よ。だけど……」
理香は顔を下げた。絶望の二文字を背負った表情だ。
「あたしは、あんたたちよりは詳しいの、この島に。
……この辺りに川や湖はないわ。一番近い場所も……三キロくらい離れてる」
「まったく、都会の貴公子の僕にこんな絶海の孤島は似合わないね。
真珠を丸太小屋に置くようなものだ」
「随分、安っぽい真珠だな。本当に輝きを放つ人間は天瀬のことさ。オレの大切な天瀬だよ」
「……違う。オレのものだ。必ずオレが抱く」
岩を駆け上がり、生い茂る木々の間をすり抜けながらも三人は口喧嘩を絶やさない。
もっとも、この三人が仲良く会話をするなんて、ある意味ゾッとするが。
「この先は崖だ」
そんな三人に隼人は冷静に状況を説明した。
隼人の言ったとおりだ。崖、向こう側との間に五メートルほど距離がある。
「飛ぶぞ」
そう言うと同時に隼人が一気に崖を蹴り、宙を舞っていた。そして、向こうの崖に綺麗に着地。
続いて、他の三人も何の迷いも無く宙を舞っていた。そして、隼人同様綺麗に着地を決めた。
「……いいか。目的地は近い。今からは気配を消せ」
「……美恵天瀬。科学省の箱入り女、どんな女なのかな?」
礼二はニヤニヤと薄笑いを浮かべていた。
科学省の三人組の顔なら知っている。写真で見たことがあるからだ。
(速水志郎や堀川秀明みたいな感じだろうか?それとも高尾晃司のような感じだろうか?)
そんな考え事をしていると、ふいに後ろから誰かが抱きついてきた。
「ねえ礼二」
「なんだ美和か」
「何考えるのよ?」
「おまえのこと」
「……そう、嬉しいわ」
口ではそう言っていたが美和の目は嫉妬で赤く燃えていた。
もっとも礼二は後ろから抱きしめている美和の顔は見えない。
美和は礼二のことを全く信用していなかった。
礼二が考え事している時とは、大抵女のこと考えてるのだ。
しかも、それを問うと決まって「おまえだけだ」などと思っていもいないことを吐く。
「……あの千秋って女のこと考えてたの?」
「……千秋?……ああ、あの女か」
(……あの女じゃないのか)
ちなみに千秋はどうなったかといえば、伊織と一緒に再び捕まり再度監禁される羽目になっていた。
(……千秋か。あの女もなかなかいい女だったからなぁ)
全く、オレは美人に縁があるな。もしかしたら科学省の秘蔵娘とも縁があるかもしれない。
礼二はそんな不遜な考えすら持ち始めていた。
もっとも思っただけだ。軍の人間である以上身分違いということは重々承知している。
(……に、してもだ。特選兵士が来てるってことは……『アレ』をやらせてもいいんじゃないのか?)
礼二はポケットからタバコを取り出すと口にくわえた。
それを見た途端、美和はライターを取り出し火をつける。
(……何とか上手いこと奴等を騙すことが出来れば……だが和田が一緒じゃやりにくいな)
礼二は特選兵士の一人和田勇二とは顔見知りだった。
特選兵士の選考の時も勇二と一緒だった。
もっとも最後のテストで教官が『この6人の中から最終テストを受ける資格のあるものを選ぶ。選考方法は……』と言った時だ。
勇二が壁に寄りかかりながら、とんでもないことを口にした。
『おい、要するに最終テストを受ける資格ってのは強い奴限定なんだろ?』……と。
教官が肯定すると『てめえの仕事を今すぐ終わらせてやるよ、感謝しろ』と言うなり、いきなり近くにいた奴を殴り倒した。
その相手は数メートルふっとび壁に激突。
これには他の少年兵たちは驚き、一瞬にして全員戦闘態勢に入った。
もちろん礼二もだ。だが、勇二の行動のほうが早かった。
勇二はまるでスタートダッシュを切るかのような素早さで、他の4人(この中に礼二もいたのだが)を次々に殴る、もしくは蹴り飛ばし、数十秒後には、5人は床に倒れていた。
そして、勇二はこう言った。
『これで決まりだな。最終選考資格者はオレ一人だ』――と。
(……あの後、結局和田の野郎は最終選考にも合格して特選兵士になった。
だがな和田……あんな、不意打ちオレは今でも納得してないからな。
オレとおまえの実力はそう大差ないはずだ。
本来なら……オレも第一等特別選抜兵士の名誉を受けていたはずなんだ)
礼二はさらに思った。
(その証拠に、特選兵士最強と言われた高尾晃司ですら、オレの尾行には気付いていなかったんだぜ。
実際にやりあっても、そう差はないはずだ)
礼二は晃司が尾行に気付いていたにもかかわらず、それを無視した為、すっかり調子に乗っていた。
だが礼二は重要なことに気付いていなかった。
尾行していた者が、される側にまわっていたことに――。
「……この建物が、あの男の隠れ家か。特製の鉄筋コンクリート、これならあの化け物たちも入ってこないな」
瞬はドアノブをまわそうとした。が、回らない。鍵がかかってある。
「どうする高尾。どうやって入るつもりだ?」
晃司は礼二が尾行を中止して引き返した後、反対に尾行していた。
もちろん礼二は、それに気付いてない。
礼二と違い気配を完全に消し、物音一つ立てなかった。まさに完璧な尾行だったのだ。
「それにしても、あいつ。どうしてオレたちを尾行してたんだろうな。
まあ、捕まえてはかせれば済むことだけど……なあ、高尾。奴を捕まえるんだろ?」
「ああ、そうだ。聞きたいことが色々ある」
「どうやって中に入る?」
「簡単だ。鍵なんて、すぐに開けられる」
「へぇ、便利だな。あんたに、そんな特技があるなんて知らなかった」
瞬は本当に感心したように声を上げた。
「じゃあ行こうか」
「早乙女」
「なんだい?行くんだろう?」
「その前に一つ確認しておきたい」
「確認?」
「傷だ」
瞬の表情が僅かに歪んだ。
「奴等に襲われたんだろう。その傷を見せてみろ」
【残り34人】
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