それは桐山で無くても衝撃的な事実だったに違いない。
まあ少なくても、このクラスの中で、その事実を知ればショックを受ける男は5人いる。
貴弘と(衝撃より怒りの方が強いだろうが)海斗と(まあショックの意味が違うだろうが)
真一と(ああ見えても本気だから)幸雄と(もっとも、あんな性格では告白も出来ないだろうが)
純平(もっとも、こいつの場合、美恵でなくてもショックを受けただろうが)だ。
「もっと言ってやろうか?いつも美恵に対して独占欲丸出しの徹や雅信、それに薫もそうだ。
ああ、もちろん同じ科学省出身の秀明や志郎もそうだぞ。
何しろ科学省の自家製兵士だから、花婿候補の本命だろう。
それに隼人も、俊彦も、勇二もそうだ。わかったか?この女はおまえたち一般人とは違う。
同じ人生なんか決して歩めない人間なんだ。歩めるのは……オレたちのような男だけなんだ」
美恵はチラッと桐山を見た。どう思っただろうか?
わかっていた。自分は普通の人間じゃない。
人間ではあるが科学省という巨大な組織のモルモットに過ぎないのだ。
ずっと一人ぼっちだった。晃司たちと引き離されてからは本当に、たった一人、誰もそばにいない。
学校に通ったのも中学に上がってからだ。海斗と出会って初めて友達が出来たときは本当に嬉しかった。
軍の関係者以外の人間と初めて心を通わすことが出来た。
もしかしたら、自分は軍から離れて生きているのかもしれない。
そう思った。本当に一瞬の――夢だった。
Solitary Island―47―
「アレはどうしている?」
葉巻をくわえながら科学省長官・宇佐美章一郎は某博士に質問を投げかけた。
「施設の奥に閉じ込めてありますよ。アレは実に美しい少女です。
晃司や秀明、それに志郎も完璧な人間だけあって外見も芸術品
ですが、アレは女であるせいか晃司たちより、より繊細で優雅な顔立ちをしているのです。
軍の中に、あんな少女がいるなんて誰も思ってもいないでしょう。
この施設から、ほんの30キロ離れた場所には特選兵士の訓練施設があるというのに」
「で、アレはいくつになった?」
「Ⅹシリーズと同年齢ですから、現在は10歳です」
「晃司、おまえも久しぶりだから、積もる話もあるだろう?許可してやる。会っていい、手を握るなり、抱きしめるなり好きにしろ」
宇佐美は連れの少年にそう言った。
「……えっと。出来た」
美恵は花畑(施設の隅にある空き地だ。春になれば、それなりに美しかった)にいた。
花で首飾りを作っていたのだ。もっとも完成しても誰も見てくれない、ただの一人遊びだった。
「……晃司たちどうしてるかな」
もう何年になるだろう?
晃司たちと引き離されてからというもの美恵は、ずっと一人ぼっちだった。
周りは全員大人だけ。それも研究にしか興味を持たない無機質で冷酷で仕事熱心な。
美恵は、もう何年も誰かと普通の会話をしたこともなかった。
『今日の気分は?体調に変化はあるか?食欲は?』
『大東亜共和国の歴史第一章……』
会話と言えば、科学者たちに健康診断で質問されたり、学問を教えられたり、そんな時に交わした程度。
晃司たちがいる時は少なくてもこんなことは無かった。
「……寂しいな」
「……美恵…か?」
「え?」
その声に反射的に顔を上げると、これ以上無いくらい整った顔をした少年が立っていた。
一体、いつの間に?首飾りを作るのに夢中で気付かなかった。
いや、そんなことはどうでもいい。
美恵は、その少年の顔をしばらくぼんやりと眺めていた。
その少年の美しさに見とれたのかもしれない。
しかし、それだけが理由ではない。その少年が自分の知っている人間だったからだ。
自分が、この数年間ずっと求めていた人間だったからなのだ。
「……晃司!!」
「うわぁぁぁー!!」
美恵は晃司に抱きつくと大声で泣いた。
まるで小さな子供が親にすがりつくように(実際に美恵は子供だ、まだほんの小さな)
ずっと一人だった。
ずっと寂しかった。
ずっと会いたかった。
思った――外の世界に出たい。
晃司や秀明や志郎と一緒にいたい。
自分は、この施設の中しか知らないけど、この封鎖された空間以上に冷たい場所があるわけがない。
少なくても晃司たちがいるなら、どんな酷いところでも我慢できる。
外に出たい。ずっと一緒にいたい――と。
「……晶、いい加減にしろよ」
攻介がやや我慢の限界だと言わんばかりの凍てついた目で晶を刺すように見た。
「……オレは手遅れになる前に忠告してやっているだけだ。
美恵は世間を知らな過ぎる。純粋といえば聞こえはいいが、そろそろ境界線を見極める目を持ってもいい頃だ。
自分と、自分と違う世界の人間かどうか見極める目をな。でなければ、あの時のように騙されて酷い目に合うだけだ」
その瞬間、美恵の表情が凍った。
「晶、おまえ!!」
攻介が晶の襟を掴んだ。
「それだけは、それだけは言ってはいけないことなんだ、それを!!」
しかし攻介は晶どころでは無くなった。美恵が向きを変えると走り去って行ったからだ。
「美恵!!」
「天瀬!!」
しかし、攻介より早く桐山が反応していた。
「天瀬!待て、止まるんだ!!」
だが美恵は止まるどころかスピードを上げている。
「晶!おまえのせいだぞ!!」
攻介の拳が晶の左頬に向って伸びていた。
晶が避けなかったので、鈍い音がして晶の頬が僅かに赤く染まった。
晶は手の甲で頬を口の端から僅かに流れた血を拭う。
「……気が済んだか?」
「晶…おまえ、なんで、あの事を持ち出した!?
美恵の気持ちはどうでもいいのか?おまえは最低だ!!」
「結構だ。生憎とオレは徹や薫のように抱きしめて優しい言葉をかけてやるような方法は好まないんだ。
必要なら何でも利用するし、絶対に後悔なんてしない。
桐山が何者かおまえたちも知っているだろう?今、終わらせてやるのが一番いいんだ」
「あ、あの……あたし……」
菜摘は相変わらずいじらしい仕草でジッとすがるような目をして四人を見詰めていた。
しかし、生憎とこの4人はそんな健気な一人の少女に心動かされるような可愛い男などではない。
「……全く、とんだ邪魔が入ったが。どうする?続きやるのかな?」
徹が皮肉を込めた口調で言い放った。
「……おまえたちがオレの女から手を引かない限り、オレは止めない」
ギラギラした目。雅信は戦闘続行を宣言した。
「雅信は続行か。薫、杉村くん、君たちはどうなんだい?やめるなら命くらいは保証してあげるよ」
「冗談だろ?僕は一度決めたことを途中で投げ出すようなことはしない。
一度目をつけたレディは意地でも攫いたくなる。男の本能なんだ。止めたければ実力行使しかないよ」
「オレも止めるつもりはない。おまえ達みたいな身勝手で思い込みの激しい奴等に彼女は渡せない。
痛い思いをしたくなかったら、さっさと逃げるんだな」
もはや四人の眼中に菜摘の存在など皆無に等しかった。
「全員一致で続行か……ああ、彼女には伝えておくよ。
君たちは最後まで勇敢に戦いました…てね。
だから……さっさとくたばれよ、このストーカー野郎どもが!!」
(え?何?佐伯くんが、佐伯くんが……くたばれ…て?あの、もの静かで優しい佐伯くんが?)
そんな菜摘の疑問を余所に佐伯は最も身近にいた貴弘の腹目掛けて蹴りを放った。
瞬時に反応した貴弘が、一歩後ろに飛びつつ身体を反転させたかと思うと、次の瞬間には回し蹴りの体勢に入っていた。
だが、その徹と貴弘目掛けて、まるでタイミングを見計らったかのように雅信と薫が強襲を仕掛ける。
「……ど、どうしよう…誠くん」
どうしよう、止めないと。でないと本当に誰か死んでしまう。
こんな時に誠がいてくれたら、きっと四人を止めてくれたのに。
菜摘は誠が同時刻に絶望に打ちひしがれ泣き崩れているのも知らずに心から誠に助けを求めた。
(……誰か、誰か止めて…。誠くん助けて)
銃声が鳴り響いた――。
「ひっ!」
菜摘はその場にしゃがみこんだ。
「…なんだ!銃?」
初めて聞く音ではない。だが聞き慣れたという音でもない。
だが銃だ。そう、何度か聞いたことがある、貴弘は自分の耳に自信があった。
問題は、なぜ銃声が轟いたかということだろう。
そして銃声に慣れ親しんで育った徹、雅信、薫にしても、突然の発砲にいささか驚き、その音が聞こえた方向に視線を向けた。
「……満足か?こんな時に、くだらないケンカごっこは?」
「……氷室」
「隼人……どうしてここに?」
徹たちにとっては特選兵士たる自分達が銃を持ち歩くことも使用することもなんら不思議なことではない
しかし貴弘は、いささか驚いていた。
当然だろう。確かに隼人の正体を晶から聞いていた、だから銃を持っていたことも納得できる。
かと言って、実際に呆気なく使用されるとなると、やはり驚きを禁じえない。
菜摘など、あまりのショックにその場に座り込んだままガタガタ震えている。
隼人は、スッと銃口を下げると四人に近づいた。
「……っ!!」
最初に言葉にならない声を上げたのは貴弘だった。
ガンッと頭の中で鈍い音がして、頬に衝撃、そして口の中に僅かに血の味。
何より、油断していたとはいえ、身体が背後に飛んでいる。
木にぶつかり、一瞬動きが停止したと思いきやザザァと地に落ちていた。
「…隼人!」
「……貴様っ」
「……なっ?!」
続いて、徹、雅信、薫と、まるでビデオの早送りのようにスピーディーに瞬間的に殴り倒した。
それも全員、顔をだ。もしも、この四人がハリウッドの俳優なら所属事務所が悲鳴を上げるようなシーンだろう。
「何するんだ隼人!」
「……殺されたいのか?」
「……僕の…究極の美と言われた僕の顔を!!」
「氷室、貴様どういうつもりだ!!」
四人の怒りの矛先が一気に隼人に集中した。
凄まじい殺気。ごく平凡な少女に過ぎない菜摘でさえ、その異様な雰囲気を感じ取っているのか、
見る見る青ざめ、そして目が正気を失いつつある。
「頭に血が昇ったバカはこうでもしないと冷静にならないだろう?」
「何だと!?」
「おまえたち、ここに何しに来た?」
何しに来た?その言葉は四人が当初の目的としたクラスメイト探しのことではない。
何しろ隼人はそのことは何も知らないし、知っていてもそのことで徹たちを責めたりしないだろう。
なぜなら無駄なことをするほど隼人は愚かな男ではないからだ。
隼人がさした言葉の意味を三人は瞬時に理解した。
そして三人とも黙り込んだ。そう、思い出したのだ、この島にきた理由を。
「杉村、おまえは今すぐ村瀬を連れて海岸に戻れ」
「何だと?勝手に横から出て、ひとの顔を殴っておいて戻れだと?
ふざけるな、おまえ、オレに何をしたのかわかっているのか!?」
よりにもよって顔を殴った。尊敬する母にそっくりなこの顔に。
「おまえの文句なら後でいくらでも聞いてやる」
それから隼人はもっていた銃を貴弘に向って投げた。
反射的にキャッチする貴弘。ずっしりと重い鉄の感覚が掌に伝わった。
「護身用に、それを持って行け。安全装置は外してある。敵が現れたら十分に引き付けて発砲しろ、嫌でも当たる」
「オレが言ったことを聞いてないのか?オレはおまえを許すと言ってないし戻るとも言ってない」
「……杉村。聞け」
隼人は貴弘の腕を掴むと三人から少し離れ二言ほど何かを言った。
「……確かだろうな?」
「ああ、あいつはそういう奴だ」
「……そうか、だがなオレはおまえを許したわけじゃないからな」
「行くぞ村瀬」
貴弘は今だに震えている菜摘の腕を掴み立たせると、「さっさと歩け」と強引に引っ張っていってしまった。
「隼人、君なんて言ったんだい?」
「どうでもいい事だ」
ちなみに隼人はこう言った。
『ここで村瀬を無事につれて帰れば、天瀬のおまえに対する好感度は大幅アップだ。
あの三人に大きくリードするぞ。このチャンスをどうするかはおまえ次第だ』――と。
貴弘と菜摘の姿が見えなくなると、隼人は本題に入った。
「おまえたち銃は何を持っている?」
「カスタムⅡだが、それがどうかしたのか?」
徹は木の枝に掛けてあった学ランを手にすると、その内側の隠しポケットから銃を取り出した。
「……オレはワルサーPPKだ」
雅信もやはり銃を持っていた。
「S&Wチーフスペシャルだよ。軍用ライフルでも持ってきたかったけど、そういうわけにはいかないだろう?」
「そうか」
隼人は肩にかけていたディバッグをおろすと中から飛んでもないものを取り出した。
「コルトAR―15だ。四人分ある」
そうアメリカ軍が使用している軍用ライフルなのだ。
これには徹や薫、それに普段は無表情な雅信でさえ、僅かに目を拡大させた。
「どこで、そんなものを手に入れたんだ?」
「ここに来る前に科学省の施設を一つ見つけた。そこで手に入れたんだ」
隼人は、それを三人に向って投げた。
「行くぞ」
「行くってどこに?」
「F3が出た」
「「「!」」」
三人の目つきが変わった。
先ほどまで嫉妬に燃えて醜い争いを繰り広げていた男の目ではない。
敵を認知した軍人の目だった。
「女に骨抜きにされても、まだ腐ってはなかったようだな。行くぞ」
「この地点から三時方向に三キロだ。そこで吉田たちを襲っている」
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