桐山はと晶を交互に見ながらそう言った。
「言ったとおりだ。おまえみたいなお坊ちゃんには想像もつかないだろうが」
晶はそばにあった岩に腰掛け続けた。
「オレたちは、ほんのガキの頃から戦闘訓練を受けて育った。
格闘技はもちろん、サバイバル技術、銃の扱い方。そして殺しの方法。
だが、オレたちは偶々親に死なれたから、この世界に入ったに過ぎない。
けれど、その女は違う。生まれながらに、この世界にいた」
「晶、それ以上は話すな!一般人に軍のことを話しすぎるのは軍律違反だぞ!!」
「相変わらずお堅いな直人。おまえは上官に命令されたことに律儀すぎる。
そんな考えだから、いつまでたっても上官から解放されないんだ。オレはオヤジが命令10だせば3くらいしかきかないものだ」
「晶、おまえなんてことを言うんだ!!」
今度は攻介が非難したが晶はかまわずに続けた。
「その女も、高尾晃司、堀川秀明、速水志郎も軍が作り出した人間だ。
軍の中でも特に優秀な兵士を選び子供を生ませてきた。
その女は……は遺伝学上の父親も母親も科学省が作り上げた人間。
つまり遺伝子も出生も育ちも軍に仕組まれた純粋なリーサルウエポンの血筋なんだよ」
Solitary Island―46―
「……どうしてるかな?秀明はどこにいるんだ?晃司は……いつ帰ってくるんだ?」
志郎は少々落ち込んでいるようだ。
もっともはたから見たら無表情なのでわからないだろうが。
「おーい志郎。腹減っただろう、めしにするぞ、めし」
志郎がジッと森の方をただ見ている間に俊彦はせっせと動いていた。
半分海中に没して見事に斜めになってしまった船体に入って色々と必要なものを持ち出していた。
その間に雄太と康一が薪を拾ったりしていたのだが、志郎と美登利はジッと座っているだけだった。
「全く、オレの手料理が食べれるなんて、おまえたち幸せだぞ」
料理と言っても、調味料と燃料、それに食器類なんかは船から持ち出したものだが、材料は釣った魚や、貝のみ。
野菜も肉もない完全なるシーフードだった。
「………」
「どうだ志郎?おい、美味いかどうか感想ぐらい言えよ」
「……オレはサバイバル訓練も受けている。だから何でも食べれる」
「……あのなぁ」
雄太と康一は余程御腹がすいていたのか、黙々と食べていた。
「……私の口には合わないわ」
しかし志郎も可愛げないが、この女は志郎以上だな。
お嬢さん育ちだから仕方ないが、何もせずに座っているだけだったのに文句だけはでるらしい
「……悪かったな」
いくらオレがフェミニストだからってなぁ、少しは言葉使いに気をつけろよ。
これが晶か勇二なら、これ以上ないくらいの毒舌はいてるぜ。
全くとは大違いだぜ。あいつも世間知らずな育れられち方をした女だけど、他人に対する気遣いは出来る女だ。
「俊彦……やっぱりオレも探しに行って来る」
「探すって……クラスメイトをか?」
「クラスメイト?」
志郎はキョトンとしていた。どうやらクラスメイトのことは考えてなかったようだ。
そうだよな、こいつの頭の中にいるのは晃司と秀明とだけだ。
は大丈夫だろう。何しろ晶や直人たちがついている。それに、あの桐山和雄も一緒なんだ。
秀明も心配ない。晃司は尚更心配ない。隼人も晃司と一緒だって言っていたからな。
あいつらに勝てる奴なんて、そうそういるか。全く問題ない。
だけど……そこまで考えて俊彦は急に不安になってきた。
そう、だけど自分はこの島に生息している奴等のことは何も知らない。
何しろ政府のトップシークレット。どんな化け物がいるかもわからない。
何より、噂に聞いた『F5』というのが気になる。一体どんな奴等なのだろうか?
「……隼人、無事でいろよな」
俊彦は無意識のうちにそう呟いていた。
「おい氷室、まだなのか?おまえ適当なこと言ってるんじゃないだろうな?」
悟が我慢の限界だと言わんばかりに先ほどから不平不満をこぼしている。
「おい仁科いい加減にしろよ。自分は何もしてないくせに」
そして、その度に幸雄がたしなめている。
「………」
隼人が立ち止まった。
「氷室どうした?」
「おまえたちはこのまま歩け。すぐに海岸にでる、そうしたら海岸を沿って歩け。
嫌でも、元の場所に戻る。わかったな」
「え?何でだよ氷室」
「オレは用が出来た」
「おまえ一人だけおいて行けるわけないだろう?」
「おまえは双子の姉のことを心配してたんじゃないのか?」
千秋…幸雄は双子の姉・千秋の名を口に出され、何もいえなくなった。
「早く行った方がいい。姉一人くらい守ってやれ、後悔しないようにな」
「……で、でも、おまえは?」
「オレもすぐに行く。だから、さっさと行け」
どうする?一人だけ置いて行くなんて……かといって、隼人はテコでも動きそうもない。
それに千秋のことも気にある。どうも、さっきから嫌な予感がする。
幸雄は迷信深くないが、双子を繋ぐ見えない糸は信じる気になるほど千秋に危険が迫っている気がしてならなかった。
「……わ、わかった。すぐに来いよ」
幸雄は仕方なく、その場を後にすることにした。勿論、悟や隆文も一緒だ。
三人の姿が見えなくなると、隼人は前方にある岩場に近づいた。
岩場の一部が僅かに色が違う。隼人は、その部分をコンコンと軽く叩いてみた。
「……思ったとおりだ」
この中には何かある。この部分はドアだろう。
隼人は注意深く岩を見詰めた。岩についている土を払う。
そして、ある部分(ちょうど直径三センチほどの大きさの円状のもの)を押した。
その部分が凹の形に引っ込む。そう引っ込んだのだ。
そして……キキィー…静かに岩の一部がドアのように開いた。
隼人はその中に何の迷いもなく入った。壁にのスイッチを押すと明るくなる。
どうやら電気は無事のようだ。しかし、大した設備ではない。
このような建物は、この島のいたるところにあるのだろう。
「……警備室のようなものだな」
10部屋にも満たない、この建物の中で一番広い(と、言っても八畳ほどの広さだ)部屋を見て隼人はそう思った。
モニタールーム。この島はどうやらいたる所に隠しカメラを仕掛けているらしい。
隼人は、その画面の一つ一つを注意深く見て、少々あきれ果てた。
「……あいつら。こんな時にまで」
そのモニターの中の一つに4人の顔見知りがいた。
画面は白黒で上から見下ろすような角度なので、顔は良く見えないが間違いない。
「……徹たちだ。こんな時にまで」
まったく、どうせくだらない理由だろうが、ほかっておくわけには行かないな。
「……!」
だが、他のモニターをみた瞬間、隼人の目が一気に鋭くなった。
「……あいつは何なんだ?」
隼人は片っ端から、その部屋にあった書類を机の上にぶちまけた。
そして地図を発見。モニターと交互に確認しながら位置を特定した。
「……が?」
桐山は信じ難いといった口調だった。もっとも表情は僅かに眉を寄せた程度だったが。
「そうだ。科学省は何十年も前から優秀な兵士を作り出すことに異常なまでの執念を燃やしてきた。
軍の中から優秀な兵士を選び交配させ生まれた子供に特殊教育を施す。
さらに、その子が成長すると、また子を産ませた。晃司たちは、父親も母親も科学省生まれの科学省育ち。
完全な科学省の自家製兵士第一世代だ。もいずれは上が決めた男と一緒になって子供を……」
「やめてっ!!」
溜まらずが叫んでいた。
「やめて、どうしてそんなくだらない事を今言うのっ!?」
「今のうちに言ってやった方が親切だからだ。こいつがおまえに本気になる前にな」
桐山の目が僅かに丸くなっていた。
(……自覚なかったのか。]シリーズに劣らず勝らず恋愛に鈍感な男だな)
桐山はを見た。は苦しんでいる、辛い思いをしている。
そんなことすら桐山にはわからない。しかし、の悲しそうな表情を見るだけでこめかみが疼く。
何なんだ、この気持ちは?
そして、にそんな思いをさせているのは間違いなく晶だ。
「わかったか桐山。この女は、財閥のおぼっちゃんが惚れるような女じゃない」
「やめてくれないか」
が、そして直人や攻介がギョッとして桐山を見詰めた。桐山が晶の胸元を掴みあげたからだ。
「が嫌がっている。それ以上は言うな」
「……オレは親切で言ってやったんだ」
「にそんな顔をさせるなら、オレが相手になる。それだけだ」
「……おまえに、そんなこと言われる覚えはないぞ」
「おまえにを悲しませる権利もない」
「の夫候補として、将来決して結ばれない相手との恋愛は止めておけと忠告してやることが悪いことなのか?」
「なんだと?」
今なんて言った?それともオレの聞き間違いか?
桐山は晶の『夫候補』という言葉に少なからずショックを受けている。
それを察した晶は、説明するためにさらに話を続けた。
「オレだけじゃない」
晶はチラッと直人や攻介に視線を送った。
「そこにいる直人や攻介もそうだ。は本来生まれないはずだった。
科学省は純血種の第一世代……]シリーズと呼ばれているが、そいつらには男しか生まれないように染色体に細工していた。
だが何のミスがあったのか、がまだ受精卵の頃、その処理が施されなかった。
そのせいで女が生まれた。科学省にとっては必要ない人間のはずだが、科学省はを施設の奥に閉じ込めて育てた。
なぜだかわかるか?利用価値があったからだ。
女なら子供を産める。晃司や秀明のようなパーフェクトチャイルドを産む可能性が高い。
勿論、相手の男には出来る限り優秀な相手を…と思っているだろう。
だから、軍の中でエリート中のエリートであるオレたちに科学省は目をつけているんだ。
軍とは全く関係ない、名門の金持ちのお坊ちゃんの出る幕じゃない」
「山科くん、あたしたちどうなるんだろう?」
千秋はまるでとって喰われるかのような、そんな悲痛な表情をしていた。
「……大丈夫だ。何とかする、だから」
「何ともならないね」
ドアが開く、あの憎らしい女(名前は美和とかいったな)が立っていた。
そしてツカツカと千秋に近づくと、千秋の身体に巻きついているロープを掴み無理やり引っ張り上げた。
「きゃあ」
強引に引かれ、無理やり立たされる形になった千秋。
「な、何するのよ!!」
「今から、おまえを礼二のところに連れて行く。礼二に流し目なんかしたら、ただじゃあおかないから。
さあ、さっさと歩いて。手間とらせるんじゃないわよ」
「嫌っ!!」
「やめろ!!」
伊織が立ち上がった。
「うちの委員長に何するんだ!!」
「フン。何威張ってるの?縛られて何も出来ないくせに。強がってるんじゃないわよ」
「……強がってなんかない」
「……な!」
美和の目が大きく拡大した。
伊織の身体に巻きついているロープが緩んだかと思うとスルスルと下に落ちたのだ。
「お、おまえ!!」
美和は咄嗟に、そばにあったモップの柄に手を伸ばした。
しかし伊織の方が早かった。美和の腕を掴むとグイッと引き寄せ、そのまま床に押さえ込んだ。
「れ、礼二…っ」
声が出ない。当然だ、伊織が口を塞いだのだから。
そして美和の両手を後ろに持ってくると、今しがた自分を縛っていたロープで、その両手首を縛り上げた。
「逃げるんだ内海」
伊織は即座に千秋を縛っているロープを解いた。
「よし行くぞ。走れるか?」
「ええ」
伊織は千秋の手を取ると、注意深くドアの隙間から廊下を確認。人がないことを確認して飛び出した。
「でも山科くん、どうやってロープを解いたの?」
「簡単だ。手首の関節をはずしたんだ。以前父に教わったことがある。
最もオレは父のように上手くできないから時間がかかってしまったが。
とにかく今は逃げるんだ。あいつが来ないうちに……」
「あいつってオレのことかよ?」
「!」
伊織と千秋は同時に立ち止まった。
廊下の角から「自分達の立場を考えろよ。逃亡はかった捕虜は殺されても文句言えないだぜ」と欠伸しながら礼二が姿を現した。
「……貴様」
伊織は咄嗟に千秋を背後に回し、小声で「逃げろ、わかったな?」と囁いた。
「山科くんは?」
千秋もやはり小声で伊織に問いかけた。
「オレはいい。こういう時は婦女子を最優先に逃がすのが男の義務だ」
伊織は、そばにあったモップを手に取り、先端を踏みつけたかと思うと、テコの原理にならい一気に柄の部分を根元から折った。
「ふーん、オレとヤル気かよ?」
礼二がニヤニヤと厭らしい笑いを浮かべた。
まるで高校生が真剣に向ってくる小学生をいたぶってやろうと楽しむような、そんな笑顔。
「内海、よく聞け。石黒たちを殺したのは間違いなくこいつらだ」
伊織はモップの柄をスッと持ち上げるとさらに言った。
「オレが、こいつの相手をするから、その隙に逃げろ。海岸まで走って皆にこいつらの事を話すんだ。いいな?」
確かに、それは重要なことに違いないが、しかしそれは伊織の犠牲が前提ではないのか?
この男がクラスメイトを殺した張本人だとすれば、当然伊織を殺すことにも何の躊躇もないはずだ。
千秋は、自分だけ逃げていいのかどうか迷った。
たかが二者択一でこんなに悩んだのは生まれて初めてだろう。
「おいおい、いい加減にしろよ。大人しく降伏すれば半殺しくらいで勘弁してやるぜ」
礼二が、またしても嫌な笑みを浮かべ一歩前に出た。
「ふざけるなっ!!」
同時に伊織が前に出る。そして礼二の脳天目掛けて一気にモップの柄を振り落とした。
区大会で優勝を決めたときより数倍威力があっただろう。
が、伊織が振り下ろした柄はピタッと、そうまるでビデオの再生を一時停止したかのように止まったのだ。
礼二がスッと掌で受け止め止めていたのだ。
「…クッ」
悔しそうに顔を歪ませながら、伊織は今度は右拳を握り締めると礼二の顔目掛けて一気に伸ばした。
「甘いんだよっ!」
「……グボッ!」
だが礼二の左足が伊織の腹部に食い込む方が早かった。
伊織が腹を抱えながらガクッと膝を床につける。
「山科くん!」
千秋は伊織に駆け寄った。
「おっと女はこっちだ」
「きゃあ!」
千秋の腕を掴むと、礼二は、そのまま力任せに引き寄せた。
「なあ聞いておきたいことがある。おまえのクラスに堀川秀明と速水志郎って奴はいるか?」
「え?」
千秋はまるで予想してなかった礼二の質問に思わず目を丸くした。
どうして?どうしてこの人が堀川くんや速水くんの事知ってるの?
「図星か。だよなぁ、高尾がいるってことは、あの二人もいると思ったんだよ。
まいったな……和田の野郎でさえ手も足もでなかった奴なんだ、到底勝てる気がしねえ」
「和田…くん?」
「何だ、その意味深な言い方……おい、まさか和田勇二もいるんじゃないんだろうな?」
「どうして和田くんの名前まで?」
そこまで言うと、先ほどまでニヤニヤと下卑た笑いを見せていた礼二の表情が、まるで氷の刃のように鋭く冷たくなった。
「和田の野郎がいるのか!?おい、まさか他の特選兵士もいるんじゃないだろうなっ!?」
「と、特選兵士?……な、なによそれ!」
それは当然といえば当然の反応だった。
一般人が大東亜共和国・第一等特別選抜兵士、通称特選兵士のことを知っているはずがない。
「おまえの質問になんか答えている暇はねえよ!イエスかノーか、オレの問いにだけ答えろ!!
周藤晶はいるのか?!氷室隼人は!?」
「……ど、どうして?どうして周藤くんや氷室くんまで!?」
「オレの質問にだけ答えろって言ったんだ!余計なことは言うな!!佐伯徹、立花薫、鳴海雅信、菊地直人は!?」
「…………」
「いるのか、いないのか!?」
「……い、いる…わ」
「蛯名攻介や瀬名俊彦もいるのか!?」
「……え?瀬名くん…?」
どうして?どうして瀬名くんまで?
千秋の思考はショート寸前だった。
「………何なんだ。第五期生の特選兵士全員集合かよ。冗談じゃねえ……おい、最後にもう一つ聞くぜ」
「…………」
「……って女はいるのか?」
「……い、いるわ」
「……そうか。そいつはめでたいな」
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