三村は口の端を僅かに上げ、ニヤッと笑った。しかし目は笑ってない。
「そうだな。あのプログラムを脱出出来ただけでも幸運だった。
いや……オレは二度も、その幸運を使い果たしたんだ。
一人の人間の運がそんなに続くとは思えない。今度こそ、オレの命運もつきるかもしれないなぁ……」
タバコの煙がゆっくりと天井に昇る。
「川田……本当に行ってくれるのか?後悔しないのか?オレたちと違って、おまえには行く理由なんてないはずだ」
「……行く理由があるのかどうかはオレ自身が決めることだ。
なあ三村、オレにも生きがいがある。死んでもいいと思えるくらい大切なものがあるんだ」
「……そうか」
「おまえこそ恋人たちに別れの一言くらいしなくていいのか?」
「止めてくれよ。そういう相手は一人もいない。軽蔑される覚悟でいうぜ。体だけの関係だ」
「……そうか」
「驚かないんだな」
「いつも、そう聞いていたんだ。おまえが新しい女を作っただの捨てただの……って。
だから気になってはいた。オレが言えた義理じゃないが、おまえにはそういう相手がいないことに。
三村……一人の女を心から愛して、その相手に愛されるのは悪いことじゃない。
オレはおまえにもそういう相手が出来ることを願ってた。杉村や七原のようにな」
「……叔父さんと同じこと言うんだな。あいつがおまえを慕うわけだ」
三村は苦笑した。
「三村……今からでも遅くない。帰ったら本気で相手してやれ」
「そうだな……帰ったら考えておく」
Solitary Island―45―
「コ、コミケ……?」
男はますます理解不能といった表情をして見せた。
「もっと具体的に言え!!」
「ぐ、具体的?……あ、あたしの専門は蔵]飛、飛]蔵で、ハード有よ。
クラマは受が多いけど、クラマ本体のヨウコは攻専門で……」
「……受?受ってなんだ!?」
「だから……ちょっと耳かしなさいよ」
さすがに大声で話すのは気が引けたのか、瞳は男が耳を傾けると囁いた。
そして、これ以上ないくらい具体的に説明してやったのだ。
「……おまえ、オレをバカにしているのか?」
「バカに?な、なんでそうなるなよ。あんたが言えって言ったんじゃない!!」
「オレがいつゲイのポルノを説明しろなんて言ったんだ。オレが知りたいのはおまえが隠していることだ!
いい加減に吐けよ!おまえが隠していること全部だっ!!」
男が激怒している。なんで怒るのよっ!あたし言われた通り包み隠さずはなしたのよっ!!
怖い、もしかして殺されるかもっ!!
瞳は恐怖のあまり、ずっと胸の奥に隠していた秘密を暴露する決意をした。
「……わかったわよ。全部吐くわよ……。
実は高校の下見に行くって嘘ついてママからもらった電車賃でコミケに行った事が二回もあるの」
「…………」
瞳は自分が犯した悪事の暴露を始めた。
罪悪感を感じていたのか、それとも恐怖感からなのか、ポロポロ涙をこぼしながら。
「礼二遅いね。何やってるんだろう?」
美和はドアの前でジッと待っていた。タイミングよく、ドアをノックする音。
「オレだ。開けてくれ」
「礼二!!」
美和は大急ぎで鍵を開け、礼二に飛びついた。
「何してたのよ。遅かったじゃない」
「ああ悪い、少し用が出来たんでな」
礼二は抱きついてきた美和の腰に手を回し「首尾は?」と確認した。
「二人。男と女を捕まえたわ」
「ふーん、おまえたちもなかなかやるじゃないか。どんな奴等だ?」
「男はなんだかうるさい奴よ。あんまり口うるさいから部屋に閉じ込めてそのままにしてあるわ」
「そうか、じゃあオレが直接話しをしてやるよ」
礼二は美和から手を離すと伊織と千秋が監禁されている部屋に足を向けた。
「……静香……美咲に小夜子まで……」
「泣くな内海」
事情を聞いた千秋はずっと泣いていた。無理も無い、しっかり者とはいえ女の子。
三人とも千秋のグループのメンバーで、千秋とは仲が良かった。
伊織自身、三人の女生徒や智也とは仲がいいわけではなかったのに、かなりのショックを受けているのだ。
まして静香たちと友達だった千秋には辛いことだろう。
ガチャ……ドアノブを回す音。伊織は身構えた。そしてドアの向こうから男が現れた。
その時伊織は咄嗟に自分達を監禁した少女(美和)が言っていた拉致の首謀者・礼二のことを思い出した。
「おまえがオレたちを拉致監禁を指示した奴なのか!?」
「ああ、そうだ」
男はあっさりと認めた。その態度に伊織の怒りは一気に臨界点を突破した。
「どういうつもりだっ!?いや、そんなことよりオレたちをどうするつもりだっ!?
殺すのか?石黒や星野たちみたいにオレたちを!?」
「……なるほどなぁ。うるさい男だ」
礼二はあきれたように伊織を一瞥すると今度は千秋に目を向けた。
「おおっ」
なんだか嬉しそうな表情だった。
礼二はズカズカと千秋に近づくと、その顎を掴んで自分の方に向かせた。
「いい女だな」
その下卑た笑みに千秋は正直言ってゾッとした。
「何をする!内海から手を離せっ!!」
自分の質問を無視された上に、この許しがたい態度。臨界点を突破した伊織の怒りはさらにボルテージ上昇。
「……うるせえなぁ」
伊織の目が拡大し、同時に「グボっ…」と呻き声がもれた。
「山科くんっ!」
礼二の拳が伊織の腹部に食い込んでいたのだ。
伊織が床に倒れこむと礼二はさらに、その腹目掛けて数回蹴りを入れた。
「山科くんっ!!やめて、やめてよ、山科くんを殺す気なのっ!?」
「べつに。ただ、こいつがうるさいから騙らせたんだよ。
全く、てめえの立場って奴を理解しろよ。そんな口がきけるかどうかくらいわかるだろ?」
それから、再度千秋を見た。
「なあおまえ。もしかして、おまえが科学省のお姫様なのか?」
「え?」
千秋はキョトンとした。
「なんだ違うのか。まあいい、女の方だけオレの部屋に連れて来い」
美和という少女がムスっとした表情で「男は?」と聞いた。
「男?男なんかには用は無いよ。適当に痛めつけて大人しくさせておけ」
礼二は「今日は疲れたぜ」と両腕を伸ばすと、「仮眠とるから、30分後に連れて来い」と言い残し部屋を後にした。
「全くまいったぜ。どうなってるんだ?」
礼二はベッドに仰向けになると晃司のことを思い出した。
何とか気付かれずに尾行していたが(礼二は気付いてないがバレバレだった)気配を殺すのに思った以上に神経をすり減らした。
これ以上の尾行を続ける自信がない(気付くも何もバレてるが)そこで仕方なく尾行を中止し戻ってきたのだ。
「……それにしても、あの女」
確か男が『内海』と言っていたな。なかなかの美人だった。
一度くらいお目にかかりたいと思っていた科学省特製の美女とは別人だが、なかなかいい女じゃなないか。
科学省の噂の美女にも興味あるし、実際に期待通りの美人なら一度くらい身体を重ねてみたい。
が、実際に手を出したら]シリーズが、いや特選兵士が黙っちゃいないだろう。
「……何しろ噂じゃ科学省は、あの中から花婿選ぶつもりだって話だからなぁ」
つまり、その女は]シリーズどころか、特選兵士の花嫁候補。
手を出したら、どうなるか考えなくてもわかる。
礼二は「……高嶺の花かよ。畜生」と溜息をついていた。
この不和礼二という男は普通の学生ではない。
幼い頃、母は父のDVに耐えられなくなり男と夜逃げ。
その父は何人もの女に金をせびる最低男だったが、こともあろうにヤクザの女に手を出して刺されて死んだ。
最低の両親だから、当然親戚も礼二を引き取ろうという者はなく、礼二は国立の孤児院に入所。
そして国立の孤児院というところは、悪名高い専守防衛軍養成所も同然。
つまり礼二も特選兵士達同様軍養成所と化した孤児院出身で、そういう教育を受けて育ったのだ。
特選兵士の選考時、礼二も候補に上がった。
三次予選で落ちてはいるが、礼二は自分は特選兵士に比べても、あまり差は無いだろうと考えていた。
しかし、さすがに特選兵士最強と名高い高尾晃司では相手が悪すぎる。
だから尾行するのを止めたのだが、それだけで神経をすり減らしてしまったのだ。
「……それにしても……何なんだ、あいつは?」
礼二には一つどうしても府に落ちないことがあった。
しかし、考えてもわからないので、とりあえず寝ることにした。
「……いないわ。彼女どこに行ったのかしら?」
は辺りを見回した。しかし影も形も見えない。
死体がないということは少なくてもこの場所では殺されていないということだ。
「阿倍の死体は死後硬直が始まって、そう時間がたっていたわけじゃない。
望月もそう遠くには行ってないはずだ。おい、手分けして探そうぜ」
攻介が提案してきた。
「……この場所」
「、どうかしたのか?」
「この場所、もしかして、あの洞穴と繋がっているのかしら?」
あの洞窟。その言葉に桐山と晶はの考えていることを瞬時に察した。
最初に、この島を捜索した時、は二度襲われた。
一度は洞穴の中。二度目は近くの森の中で。
事情を知らない直人と攻介だけが疑問符付きの表情で三人を見詰めている。
「あの時会った男女の二人組……晶、あなた何か知ってるんでしょ?」
はポケットから、あの時拾った校章を取り出して、再度晶に質問した。
晶は仕方ないな、と思ったらしい。
「多分、奴等は深咲中学校三年B組の生徒だ」
深咲中学校三年B組という固有名詞に、攻介と直人の表情が一瞬凍った。
「深咲中学校?確か先月プログラムに選ばれた中学だったな」
そう言ったのは桐山だ。
特に興味もないが新聞やテレビニュースから得た情報はコンピュータのように彼の脳にインプットされていたのだ。
「全員死亡で優勝者はなし。そうだったな?」
「あんなものは政府が作り上げたシナリオだ。奴等は最初からプログラムなんかやらされていない。
プログラムで全員死亡と見せかけて、この島に送り込まれたんだ。
そして全員死亡と発表した。まあ、この島にいれば遅かれ早かれ死ぬことになる。
だから、全くの出鱈目というわけでもないがな」
晶は淡々と話した。とても中学生が流暢に話す内容ではない。
「なぜ、死亡したことにしてこの島に送り込まれたのかな?」
それは桐山でなくても、そう思うだろう。
「生きて帰れないからだ。この島は大東亜共和国の領海ギリギリの海上に浮かぶ孤島で、脱出手段がない。
まして、ここは政府のトップシークレット。その存在をしった以上、仮に脱出に成功しても政府に殺される。
もっとも、その前にこの島に生息する科学省ご自慢のペットたちに殺されるから脱出なんて不可能だがな」
『科学省のペット』という言葉にの顔が僅かに歪んだ。
それから晶はチラッとに視線を送った。
「科学省ご自慢のペットについては、おまえの方が詳しいだろう?」
「晶!!」
攻介が非難めいた口調で声を上げたが、もちろん晶が堪えるわけがない。
「が?」
桐山はを見た。が少し辛そうな表情で俯いている。
「どういうことだ?なぜが?」
「その女も科学省が作り出したからだ。科学省の最高傑作。
奴等が芸術品と自負している]シリーズの中で間違って生まれてきた人間なんだよ」
「あたしがやった一番の悪事は何といってもアレよ……」
瞳の懺悔はまだ続いていた。
「あたし初めて完全オリジナル創作に手を出したとき、オリキャラが思い浮かばなくて……。
うちのクラスの男子をモデルにしてドロドロの学園ポルノを作ったの……。
でも、名前は実名だし、外見やプロフィールも全部そのまんまよ……多分肖像権侵害してるわ……。
……うちのクラスで一番美形な桐山くんや高尾くんをめぐって、修羅場を何回も……」
「もういい……」
男が頭を抑えながら呆れたように制止をかけた。
「……どうやら、おまえはオレが考えていた人間じゃないみたいだな。
単なるマンガ好きの一般人みたいだ。どうして、ここに来た?」
「来たくて来たわけじゃないわ……うわぁぁん…」
瞳は相変わらず泣きじゃくっていた。
「修学旅行で……船だったんだけど嵐の夜にいつの間にか沖にでてたの。
何日も遭難してたわ。それで、ついたのがこの島よ……。
そしたら……そしたら……誰かに襲われて……友達が殺されて……」
「……そうか」
男が瞳の手首に巻きついているロープを外した。
「……え?」
瞳が不思議そうにキョトンとしている。てっきり、もっと酷いことをされるかと思ったのに。
「悪かったな。てっきりオレたちをこの島に連れてきた連中の仲間だと思ったんだ……」
「連れてきたって?」
「……オレたちは修学旅行中にバスごと拉致された。そしてこう言われたんだ。
『プログラム対象クラスに選ばれました。おめでとう』ってな」
プログラム!!その言葉に瞳は表情が凍りついた。
この国に生まれてプログラムをしらないものはいない。そして誰もが、そのプログラムを恐れている。
「深咲中学三年B組。オレはそのクラスの委員長で柿沼昌宏(かきぬま・まさひろ)って言うんだ」
「……柿沼…くん?…えっと、さっきの女の人は?」
「彼女は伊藤すみれ。オレのクラスメイトだ。
おまえたちと同じように、この島で得体の知れない何かに襲われているうちにおかしくなったんだよ。
いつも部屋の隅で震えている。クラスメイトのオレたちのことすら怯えているんだ」
先ほどのあの拒絶の声。そういうわけだったのか。
「……あなたたちだけなの?」
「もう一人いる。大原理香(おおはら・りか)って名前で、オレのまたいとこなんだが、昨夜から帰ってこない」
帰ってこない、そう言った時の昌宏は酷く沈んだ表情を見せた。
帰ってこないイコール死んだ、いや殺された可能性大だからだろう。
これは昌宏にはあずかり知れないことだが理香は生きている。
瞳のクラスメイトの拓海や純平たちと一緒にいるのだ。もちろん、そんなこと瞳も昌宏も知らないが。
「……他のクラスメイトたちは?」
「多分殺されたと思う」
「多分って?」
「最終的に8人残ったんだが、その中に不和礼二っていう奴がいて……。
ああ、去年転校してきた奴なんだけど、オレと馬が合わなかったんだ。
それでケンカ別れしたんだよ。その時、女生徒が二人不和についていったんだ。
それから会ってない。一週間も前のことだ。こっちは5人いて2人やられた。だから不和たちも多分……」
瞳は何も言えなかった。こんな悲惨なことがあるだろうか?
瞳が愛読している少年ジャンプでは日常茶飯事だが、実際に現実の出来事として突きつけられた事実はあまりにも重すぎた。
【残り34人】
BACK TOP NEXT