純平が震える声で必死に言った。細い糸でやっと理性を繋いでいるような不安定な精神状態。
無理もない。木の枝に吊るされている無残な同級生の惨殺死体を目撃したのだから。
純平はまだマシな方だ。誠など声も出ずにただ震えている。
捕獲した少女も随分と精神的疲労を重ねているようで、相変わらず顔面蒼白で微かに震えている。
そんな中、唯一吉田拓海だけが無言ではあったが落ち着いた表情で岩に腰掛けていた。
「そうだな。すぐに帰ったほうがいい、オレたちの手には負えないし」
「だろだろ?」
「出発だ」
「な、なあ吉田。古橋の遺体はどうする?」
「おいていく。悪いが死んだ奴にかまっている余裕はない」
それは、あまりにも冷たい言葉であったが同時に正論でもあった。
相手が何者で、何の動機かはわからないが命を狙われていることは間違いない。
「よし行こう。根岸、その女から目を離すなよ」
「……あ、ああ」
純平は少女の縛られた手をとり「ごめんね。ほら、今非常事態だから」と申し訳なさそうに謝った。
Solitary Island―43―
「ぷはぁ!」
瞳は水面に顔を出した。思ったとおりだ、壁の向こう側に出ることができた。
「阿部くんも一緒に来れば良かったのに」
ほんの五メートルほどの距離だった。とにかく入口をみつけ外にでよう。
「!!」
その時、瞳の全身に戦慄が走った。しかし声をあげることは出来ない。
背後から回ってきた手が瞳の口を抑えていたからだ。
突然の出来事に理性や思考がストップした瞳。
やがて「静かにしてろよ。大人しくしていれば何もしない」という男の声が聞こえた。
「返事は?」
瞳は無我夢中でコクコクと何度も頷いた。
「よし、そのまま歩け。いいか、オレに逆らうなよ」
瞳はまるでパブロフの犬のようにコクコクとひたすら頷いた。
(……幸枝)
「あーら、もしかして七原くん感傷に浸ってるの?」
「相馬……そんなんじゃないよ」
一枚の写真を眺めていた七原に光子が意地悪そうな表情でそういった。
「本当は後悔してるんじゃないの?会うなら今のうちよ」
「違うっていっただろう?それに……川田たちの準備が終了次第即出発するんだ。
幸枝に会いに行っている時間なんてない」
「まあ、そうね」
今、二人は光子の家の前にいた。
杉村と貴子は必要なものを持ってくると一度家に帰ったし、川田と三村も同様に一度帰宅した。
「なあ相馬」
「何よ」
「今さらかもしれないけど、おまえと千草は残れよ。女性にはきつ過ぎる。オレたちがおまえたちの分までやるから」
「あたしのこと甘く見てるの?それともバカにしてるの?どっち?」
「そんなこというなよ。オレは心配して言ってるんだ」
「それが許せないのよ。プログラムで女だからって政府の連中が手加減してくれた?
男だろうと女だろうと関係ない、少なくてもあたしは女だからって優しく扱ってもらえる人生は送ってないわ。
むしろ女であるせいでとんだ目にもあったしね。もっとも今では女であることを利用して生きているけど」
「じゃあ島には、どうしても行くんだな」
「もちろんよ。貴子だって同じよ、あの女クラスで唯一あたしを怖がらない女だったんだもの。
それに貴子と杉村くんは、あたしたち以上に燃えてるものね。
無理やり置いていったところで、しがみついてでもついてくるわよ」
「……そうか、わかったオレはもう何も言わない」
「そう、よかったわ」
「なあ相馬」
「なによ」
「その……無事だといいな」
「大丈夫でしょ。一筋縄じゃいかない連中も揃っているっていうし」
「……よ、吉田、根岸……オレたち、オレたちどうなるんだよ!!」
誠がヒステリック気味に叫んでいた。
「どうするんだよ。オレたち、もうみんなの所に戻れないんだぞ!!」
誠は地面に膝をつくと、「ううっ…」と嗚咽し、声を押し殺して泣き出した。
「……これはまいったな」
相変わらず緊迫感のない声で拓海は呟いたが、内心では心底まいっていた。
純平は呆然としていたが、やがて「……オレたち閉じ込められたのか?」と、震える声を絞り出すように言った。
今、4人はある場所にいた。
そこは谷のように地面に10メートルほどの幅の裂け目があり、その裂け目は延々と続いている。
そして、大木が、その亀裂をまたぐ形で倒れており、天然の橋になっていた。
拓海たちは、この天然の橋を渡ってこちらに来たのだ。
ところが、その木がない。誰かが故意に亀裂の底に落としたとしか思えない。
誰が?いや、この場合、その誰なんて一人しかいないだろう。
「古橋…古橋をやった奴だ。あいつがオレたちが逃げられないように……うわぁぁー!!」
誠は地面に顔を埋めて泣き叫んだ。
「……楽しんでる」
「え?」
純平はぎょっとして拓海を見詰めた。
「……楽しんでやがるんだ。オレたちを一人一人殺していくつもりなんだ。
昨夜も多分オレたちの居所は知っていた。だが襲ってこなかった。
古橋をやったから、だから昨夜のゲームはそれで終わり……今度もオレたちの中の誰かをやるつもりなんだよ」
「…ひっ」
純平は言葉を詰まらせた。
こいつ、何てことを言うんだ!冗談にもほどがあるぞっ!!
だが拓海が言ったのは冗談でも何でもない。
拓海は本気でそう考え、それを躊躇無く口にしただけなのだ。
「おい晶。あれ……」
「……倒れているな。どうやら…間に合わなかったようだな」
晶たちは近づいた。その顔のない(正確に言えば風穴が空いている)憐れな死体に。
「……F2か?」
「そうだな。F1にこんな攻撃力は無い」
そんな冷静すぎる雑談をしていると少し離れて歩いてきた美恵と桐山の足音が響いてきた。
「どうしたの?」
攻介は咄嗟に前にでると「見るなっ!!」と声を荒げた。
「……どういうこと?まさか……っ!!」
美恵は桐山から手を離すと攻介が制止するのもきかずに走りよってきた。
そして……「…っ」思わず口元を押さえた。
嫌な気分が全身からこみ上げてくる。
普通の女なら、その場で気を失うか、少々下品な言い方だがゲロを吐いていたかもしれない。
「……安陪くんなの?」
しかし、美恵は普通の女ではない。戦場経験こそないが、軍で育った女なのだ。
多少、声は震えているものの冷静に言った。
「……安陪くん…なの?」
「安陪だ」
晶が胸の名札をみてそういった。
「……そう……望月さんは?」
そう瞳の死体はない。少なくても瞳はここでは殺されていない。
「水の中に潜って向こう側にでたようだ」
4人は、その静かで凛とした声の方向に振り向いた。
「足跡が続いている。あれを見ろ、どうやらこの壁の向こう側にいったようだ」
「……すぐに追いかけましょう」
美恵は迷わずに、水に足をつけた。
「まて天瀬」
桐山はスッと腕を垂直に伸ばし美恵に制止をかけると「他にも道はあるかもしれない」と言って、水に少しだけ触れた。
その水に触れた手を広げる。掌にヒヤッとした空気の流れを感じた。
「こっちだ」
桐山が岩場を駆け上り、そして「こちらに抜け穴がある。一人ずつなら向こうにいけるぞ」といった。
「よかった。すぐに行きましょう」
美恵は素直に喜んでいたが、直人はさも面白くないといった表情を見せていた。
そして美恵には聞こえないように桐山に向っていった。
「……いい気になるな。おまえ、どうしてあの時美恵の手を離した?」
「……いけなかったのか?天瀬がしたことだ」
「そのせいで、あんなものを見せることになったんだぞ」
あんなもの。そう評価された健二郎は憐れだが、直人には健二郎などどうでもいい存在だった。
「とにかく、二度とでしゃばるな。こういうことはオレたちの方がなれている。
おまえみたいな苦労知らずのお坊ちゃまが出る幕じゃない」
「吉田!なあ、どうするんだよ!!オレ、ハーレム作る前に死ぬのはごめんだからなっ!!」
「……安心しろ。一生縁がない」
拓海は今までとぼけたような表情だったのが嘘のように固い表情を見せた。
そして、捕獲した少女に駆け寄ると、その両肩を掴み揺さぶるように詰問した。
「相手は誰だ!?おまえはそれを知っているんだろうっ!?」
「お、おい…よせよ吉田。可哀想じゃないか」
「口がきけないのか?そうじゃないはずだ、言えっ!奴は本気でオレたちを殺すつもりなんだぞっ!!」
「……あ」
「おい吉田!!よせって言ってるだろ、女の子だぞっ!!」
「おまえはあいつに殺されたいのか?おまえも狙われてるんだぞっ!!」
「……し、知らない。あいつの姿を見たことは一度もないものっ!!」
純平が目を丸くしていた。今まで閉じた貝のように口をつぐんでいた少女が大声で叫んだのだ。
「あいつは……あいつは…いつもそう……あたしの友達も……みんな殺された
…あいつは……あいつは、いつも……いつも……ぅ」
思い出したのか少女は嗚咽し涙を流した。
「おまえ名前は?」
拓海は今度はゆっくりと静かに質問した。
「……理香……大原理香」
「大原か」
拓海は学ランの裏側に仕込んでいたバタフライナイフを取り出した。
父が軍人はいかなるときにも武器の一つや二つ肌身外さず持つものだと、拓海に持たせていたものだった。
「よ、吉田っ!!」
純平がややギョッとした表情で拓海のナイフをみた。
まさか、そのナイフで少女をっ!思わず、そんな不吉な考えを持ったに違いない。
しかし、幸いなことに、この考えは外れていた。
代わりに拓海は純平が思ってもないことをした。
少女の手を取ったかと思うと、その手首を縛っていた蔓をナイフで切り取ったのだ。
「吉田、何するんだっ!その女は殺人鬼の仲間だぞっ!!」
先ほどまで地面とキスする勢いでうずくまってないていたのが嘘のように誠が飛び上がって抗議した。
「その女の仲間が古橋をやったんだ。そんな女を……」
「おまえは黙ってろっ!!」
「……はい」
「大原理香……だったな。いいか大原、奴はオレたちの命を狙っているんだ。
そしておまえも例外じゃない。わかるな、オレの言ってることが?」
少女――もう名前はわかった。偽名でなければ大原理香という――はゆっくりとうなずいた。
「死にたくなかったらオレたちに協力しろ。奴から逃げ切るのは難しい、だから戦うしかないんだ」
「た、戦うって吉田……じょ、冗談だろ?」
純平は青ざめ、誠は言葉を失っていた。
「……冗談じゃない。逃げられないならやるしかない」
「おまえたち。このまま大人しく殺されてもいいのか?それとも、その亀裂から飛び降りて自殺するのか?
オレは戦う。おまえたちはどうする?今すぐ決めろ」
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